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06 猫の王国に君臨せし、メイドの女王様

「さーて、次はどんな世界を創りますかねぇ」


 こんな台詞を生きてる内に言うことになるとは思ってなかった。しかも早朝にこんがり焼けたトーストを食べながら、コーヒーを片手に。

 優雅すぎるひととき。神々はこんな毎日を過ごしておられるのだろうか。


 しかし俺は気づいてしまった。


「あれ・・・叶えたい野望って、もう無いかも・・・」


 世界征服と幼女ハーレム。少年時代から漠然と抱いていた二つの大きな夢。

 考えてみれば、これ以外に叶えたい夢は無い。


 この能力と恒久的な安寧さえあれば、他はどうでもいい。

 そこにリリーシュが待ったをかける。


「あの、提案なんですけど!」

 声を張り上げる。机に手をつき前のめりになる・・・顔が近いよ。

「・・・私の夢を叶えるってのは、どうですかね?」

「お前の、夢?」

 なんだったっけ。前に確か言ってたような。

 密度の濃い日々に埋没し、記憶に無い。

 でもなんか楽しそう。

「・・・いいじゃねぇか」

 俺は快く承諾した。

 普段思考が読み取れない彼女の脳内を覗けるかもしれない。


 彼女の指示通りに世界を作り変えて行く。徐々に世界の全貌が明らかになる。工作をしてるようで楽しかった。粘土を練るように、積み木を重ねるように──クリエイトする。


 そして出来上がったのが──


 ──猫の王国だ。


 一言で言えば猫と人間の立場が逆転した世界。

 市場で品物を売る者、城に仕える者、その全てが猫で、人間は首輪を繋がれ猫に散歩させられている。

 疲れた時の夢みたいだ。


 だけどこれこそが彼女が待ち望んでいた景色。


「すごい、すごいよ! 猫がいっぱい!」

 出会って以来一番のはしゃぎっぷりだ。これがいい。見た目に合ったリアクションで、実に自然だ。


 彼女は王国の女王に君臨したいらしい。その点で言えば俺の世界征服の夢と本質的にはあまり変わらない。支配したい対象が違うってだけで。


 しかし彼女は人間だった。女王が猫でないのは不自然だ。

 ということで、指示で作っておいた猫耳カチューシャをリリーシュにあげた。

 装着した途端に、彼女は人格が変わった。否、猫になった。

 もちろんカチューシャにそんな効果はない。

 リリーシュは、猫耳を着けると動きや仕草が猫のようになってしまうようだ。

 普段から猫感が隠しきれてない感じはあったが、今日はもう、全開だ。


「ニャー! 私は猫にニャったのニャ〜」


 両足を大きく広げて屈み、足のつま先で顔の毛繕いをしている。いや、繕う毛なんてないんだけど。

 とにかく大胆な格好で、俺は目を向けられなかった。再現度に関しては言うまでもない。擬人化した猫を見てるようだった。

 ただ、あんたは人間の女の子なんだから、足を閉じろ、足を!

 幸いメイド服なので中身が見える事は無いけど危ないぞ。


「さぁ、ソウタ様もつけて!」


 ほいっと渡されたのは作っておいたもう一つの猫耳カチューシャ。予感はしていたが・・・。


「お、俺はやめとくよ」

「・・・ふーん。まぁ嫌だったらいいんですけど」

「え?」


 いいの?

 案外あっさりしてんなぁ、と思ったが。


「但し、着けニャい選択をするということは、貴方は人間のままということですから・・・どんニャ扱いを受けるかは、分かりますよねぇ?」

「ひえっ」

「それをお望みでしたら着けなくてもいいですよ」

「着ける着ける! い、いやぁ、有難いなぁ、猫耳!」


 断ったら鞭で叩かれそうな気がした。ボンテージ姿で俺を罵倒するリリーシュの姿が容易に想像出来る。小さい体して恐ろしいやつだ。

 威圧感に耐えかねて、嫌々、猫耳を装着する。


 リリーシュが白猫で俺は黒猫。対をなしている。


 一度大鏡を持ってきて欲しい。どれだけ惨めな姿か見てみたい。


「いいですね。良く似合ってますよ、ソウタニャン」

「なんだその呼び方は!」

 突然言われるから顔が真っ赤に染まる。ただでさえ恥ずいのに。

「猫バージョンの私達の名前ですよ。名前の後ろに『ニャン』をつけるんです。私は・・・リリーシュニャンですね」

「良く分かんないよ・・・別にいつも通りでいいだろ」

「だめです。・・・というか、猫っぽく喋って下さいよ。猫なんだから」

「・・・それもやんなきゃダメなのか」

「当たり前です。ほら早く、このままだと貴方は半人半獣の怪物として地下牢に隔離されてしまいますよ!」

 その設定はともかく、もうここまで来たら吹っ切れるしかないだろう。人間としてのプライドは、今は捨てる。

「・・・こ、こんな感じで、いいのかニャ?」


 直後にリリーシュは叫び声をあげた。まるで赤子の産声のような甲高い声。この世に生を受けたのと同じくらい、彼女は喜んでいた。


「最っ高! もっとやって欲しいニャ〜!」

 体の動きで『来い!来い!』と執拗に迫ってくる。

 この状況、羞恥により俺の中で何かが壊れそうだ。


「・・・も、もう無理ニャーーッ!!」


 俺は広々とした王の間の、隅っこで顔を伏せた。語尾にニャをつけるだけの単純作業は、想像以上に恥ずかしく、またそれを見られてたと思うと消えたくなる。

 嗚呼・・・空気になりたい。世界に漂うだけの概念になりたい。


 リリーシュは俺の傍に屈んで顔を覗き込む。


「あれ、顔が真っ赤だニャ。どうしたのニャ?」

「う、うるせぇ!」


 彼女の表情は本当に楽しそうだった。

 よく躊躇わず猫になれるよな、お前・・・。


 でも、その満面の笑みを見ていると、少しは付き合ってやってもいいかなって気分になる。

 ・・・猫言葉はぜってぇやんないけど。


 見届けてやるか。彼女が猫の王国で、どんな統治を行うのか。

 この前は王様だったが、今日は俺が秘書だ。


 王室には既にエリート臣下たち──もちろん全員猫──が集まっていた。

 どの猫も二つの足で立っている。表情も豊かでより人間らしい。


 ──人間は四足歩行で歩き、ニャーと鳴く猫の姿しか知らない。

 しかし、裏では全然二足歩行だし、言葉も理解している。猫同士でしか見せない顔があるのだ。そう考えるとロマンがあってワクワクする。

 ──これも全てリリーシュの作った設定だから、本当のトコは分からないが。


「・・・何すればいい?」

 王座に座って、開口一番がそれだった。

「俺に聞くなよ。自由にやればいいじゃんか」

「ニャんか猫に囲まれただけで結構満足しちゃったニャ」

 熟慮した末に、彼女は臣下へ言い放った。

「今日はみんな解散していいよ。はい、解散!」


 慌てふためく臣下たち。戸惑っている。

 不安げな表情を浮かべていた。

「今日の分のご褒美はどうニャりますか・・・?」

「それなら大丈夫。ほら、受け取るニャ」

 リリーシュはドレスのどこかから何かを取り出した。

 ──マタタビだ。

「あ、ありがとうございます! やった!」

 猫はなんとか冷静沈着に振舞おうとするが、本能が抑えられない。ひとつのマタタビに一斉に飛びついた。

「「「「「ニャーーー!!!」」」」」

 ・・・こういう時はニャーとしか言わないのな。

 我を忘れ、マタタビを噛んだり転がしたり投げたりして遊んでいる。

 リリーシュはそれを悶絶しながら見ている。

「ソウタニャンもマタタビいります?」

「い、いらねぇよ」


 臣下らが夢中になっている隙に俺達は抜け出した。というかリリーシュに城の外へと連れ出された。

「ふふ、ソウタに猫の街を案内してあげるニャ」

 案内?

 指示を受けながら作ったから、街の概要は知ってるんだけど──と、実際街の風景を見るまでは思っていた。

 概要はあくまで概要。細かく指定しない限り、街の住民達は作られた世界のルールに従って、自らの意思を持って生活する。

 露天で商売を行ったり、酒屋でビールを一気飲みしたり、人間らしい側面。猫じゃらしや飛ぶ虫を追いかけてしまう猫らしい側面。両方を兼ね備えた生活を送っていた。

 彼らの日常は想像を絶するものだった。


 しかし・・・大問題が起きた。

 もし、女王が街をフツーに歩いてたら人は集まるし、何事だと民衆はざわめくだろう。そんな当たり前の事を俺達は予見出来なかった。

 豪華絢爛なドレスで、甘い匂いを振りまいて、『ここに女王がいるぞ!』と言わんばかりのドヤ顔で、メインストリートを堂々と歩く。

 ちょうど市場の活気がピークの時間帯だった。瞬く間に民衆は悲鳴に近い歓声をあげる。

 年長者は深くお辞儀をして敬意を示す。一方若者は、友達と談笑し感動を共有する。


 ・・・奴らが押し寄せてくるのも時間の問題だった。


「逃げるぞ」

 リリーシュの手を引っ張るが、彼女は地に足をしっかりとつけて動こうとしない。

 薄ら笑いを浮かべていた。

「・・・かかってきなさい」

「は?」

 両手をバッと大きく広げ、叫んだ。

「・・・かかってきなさい、民衆よ! 寛大な心で、私はあなた達を受け入れよう!」

 あろう事か、自ら民衆を呼び寄せた。

「どういうつもりだ?」

「・・・民衆の声に耳を傾けるのも、王の仕事だニャ」

 確かに正しい。だけどこんな近くで聞かなくても。

 時既に遅し。民衆は俺達を取り囲んでいた。


 私が俺が、と話したがる彼らを、

「静かにするニャ!」

 の一言で場を落ち着かせる。

 権力の強さを実感し、ふふっと笑みを浮かべる。

 それ悪役の顔だぞ。


「一人ずつ言いニャさい」

 そこのあニャたから──リリーシュは主婦猫を指差した。いきなり呼ばれて、あたふたしながら「はい!」と返事する。

「最近息子の食欲が無いんです。アクティブな子でいつも疲れて帰ってくるのに、『腹は減ってない』って・・・。どうしたらいいんでしょうか」

「そんなの女王に聞いてどうすんだよ!」

 思わず声に出してしまった。口を押さえる。

 場が静まり返る。

 しまった。ここはアウェーだ。

「・・・なんでもないです」


 素直に謝った。何事も無いかのように話は進む。

「汝のニャやみ、聞き届けたり」

 するとリリーシュは両手を空中にかざし、ハンドパワーでも送るようなポージングで、何かを捉えようとする。気功術みたいだ。

「はっ!」

 目を見開く。

「・・・それは・・・その・・・ほっとけば治るやつだから心配しなくていい・・・たぶん」

「・・・あ、ありがとうございます! ありがたや!」

 民衆は皆深々と頭を垂れていた。いや、大したこと言ってないし。ましてやアドバイスにもなってない。

「精進せよ」

 と何処ぞの師範みたいな台詞を吐く。


「女王様! 貴方の美貌は如何にして維持されておられるのですか! 知りたいです!」

 一人の若い女子猫が言った。

「え! 美貌だニャんてそんな・・・えへへ」

 あからさまに照れるリリーシュ。

 気を取り直して厳格な口調で答えた。

「・・・魚を骨まで食べるとよい。さすればそニャたの魅力を引き出すことだろう」

「・・・丸ごと!?」

 民衆は一歩足を引いた。

「引かれちゃった!? あ、いや。冗談だからね、ね?」

「・・・さすが女王様。我々の考えの及ばない場所にいらっしゃる」

「あ、そう?」

「・・・でも、さすがに引く」

「え、えー!?」

 若い女子猫は正直だった。


「どいて! すいません、どいてください!」

 人混み・・・猫混みをかき分け走ってくる猫の姿があった。何処かで聞き覚えのある声。

 見ると、マタタビで遊んでいた臣下だった。

 額に汗を浮かべ、息も上がっている。

「はぁはぁ・・・女王、大変です!」

「・・・どうしたの?」

「・・・過激派の犬どもが侵攻して来ました!」

「カゲキハノイヌドモ? なにそれ」

「はぁ? ・・・とりあえず来てください!」

「あぁ、ちょっと!」

 手を引っ張られ女王は連れていかれた。俺は後を追いかける。


 ──犬と猫。人間が好むペットの二大勢力。

 『犬派か猫派か』──これは散々に議論し尽くされた、人類のテーマである。そしてこの二つは対立の関係にある。

 この世界ではその関係が、議論される側にも反映されたようで、犬と猫同士の仲が相当に険悪だ。

 そのため、それぞれの種が住む国を別とし、互いが顔を合わせる事のないよう出来ている。

 普通にしていれば喧嘩など起こるはずも無いのだが──一部、戦争を好む輩のせいで平和は維持されない。


 今回侵攻して来たのは『犬の過激派』。いつもと違い今日の彼らは、ただの一般市民の集団では無い。軍用兵器や特殊武器を装備している辺り、軍人出身の協力者がいると見て差し支えない。


 思いのほか緊急事態だった。

 軍隊総出動。マタタビ噛んでた奴らも顔を変え最前線へ動き出す。


 隣国との戦い、幼女同士の争いと来て、犬猫の戦いか・・・。

 どの世界も争いは避けられないな。


「大変だ! 城に侵入してきたぞ!」


 臣下が大声で叫ぶ。どうやら犬の優勢のようだ。

 遠くから金属のぶつかる音、争う声が聞こえる。


 女王であるリリーシュは城の外で動けずにいた。


 城に接近すれば殺られる。しかし自分だけ逃げるのは如何なものか。

 その中間に身を置いた──傍観するしか出来ない。


「これは・・・どうすればいいニャ! ソウタニャン!」

「・・・どうしようも無いんじゃねぇか、リリーシュニャン」


 示談や交渉の解決しそうに無いのは明らかだ。犬らの殺気は計り知れないものである。理性のぶっ壊れた彼らを今更止めようなど、愚行だ。


 しょうがない・・・とひとつため息を吐く。


「・・・この世界やめるニャ」

「いいのか?」

「もう十分堪能したからニャ」

「そうか」


 リリーシュがそう言うならば、そうしよう。


 念を込めて手をパン、と叩いた。


 街には人が溢れ帰り、犬猫は四足歩行に元通り。

 そして何事も無かったかのように散っていった。


 俺は猫耳を外す。


「・・・まぁ、猫だらけの世界も楽じゃないってことだな」


 さり気なくリリーシュの猫耳も回収する。


 ぐるぐる模様が描かれた瞳に人間の生気が取り戻された。

 猫っぽい顔立ちも消え、そこにはメイドのリリーシュがいた。


 リリーシュの顔の変化には、猫耳を外してから気づいた。試しにもう一度猫耳を装着させる。たちまち猫要素のある顔に変身した。外すと元に戻る。

 ・・・このカチューシャにこんな効果をつけた覚えはない。俺の無意識が反映されてしまったのだろうか。


 加えてリリーシュはこう言った。


「──あれ。私、いったい」


 猫モードの記憶が無いのだ。


 彼女の人格が激変したのもこいつのせいなのかも。


 気味悪いなこのカチューシャ。捨てようか。

 いや・・・思いとどまる。


 使う機会が来るかもしれない。


 例えば、猫モードの彼女が必要な時が来るかも。


 その時まで取っておこう。


「お城で猫耳をつけて、そこからの記憶がまるで無い。・・・ソウタ様、何かしましたね」

「してないよ。記憶が飛ぶくらい楽しかったってことなんじゃない?」

「まさか。メイドの私がそこまで冷静さを欠く事があるわけないじゃないですか」

「だよな。語尾に『ニャ』をつけて話したり、毛繕いしたり、挙句の果てに『私は猫にニャったのニャ〜!』なんて叫ぶわけないよな」

「・・・え。私やったんですか?」

「さぁ?」

「やったんですかっ!? え、ちょっと! 教えて下さいよ!」

「ふへへっ」

「笑い声気持ち悪っ!」


 帰りに林檎を二つ買って、それを齧りながら、その日は家に帰った。


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