03 手始めに一国の王になってみた
世界を征服するなら、まずはこの街を征服するところから始めよう。簡単だ。城に勤める人間の記憶を、俺が王であると改竄すればいい。最初に門を見張る警備員の記憶を変え、やがては側近の記憶を変え・・・あっという間に王の間へと辿りついた。真紅の椅子には王と思しき人間が座っていた。
──全く考えていなかった。こいつの記憶はどう改竄すればいいんだ。適当に護衛だって思わせとくか?
うん。そうしよう。
こうして俺は王様になった。メイドは秘書になった。元王様からマントを奪う。これまた、真紅の高級なものだ。王冠と共に身につける。王座に腰をかける。
「リリーシュ、これをかけろ」
手渡したのは生成した赤いメガネ。
「これは、一体どうして」
「いいからかけるんだ」
赤メガネと言えば厳しいお姉さんの象徴で、つまりは秘書の象徴だ。このアイテム一つで、見た目幼女であっても俺の求めている秘書感が出るはずだ。
いざかけるとリリーシュもノリノリで、片手でメガネをくいっとしたりした。
「ふふん、どうですか?」
「・・・似合ってるじゃないか」
自然と偉そうな口調になる。
椅子に深く寄りかかる。肘掛に肘を掛ける。足も大きく開いて、立派な王様座り。
周りを取り囲む従順な数十人の部下達。スキルに関係なく、こいつらは俺の指示通り動いてくれる。これが頂点に君臨せし者の心か・・・。気持ちがいい。
「王様、そろそろお時間でございます」
「え、なんの?」
「・・・日々の日課である『正午の演説』の時間です。王様は毎日ちょっとした小咄で民を感動させたり、笑わせたりしておられています」
・・・なんて面倒な習慣だ。ただの演説ならまだしも、面白いオチをつけなきゃいけない。俺にそんな才能はない。どころか人前で話せるかどうか・・・。
「・・・お忘れですか?」
「い、いや! 覚えておるが?」
強がった。やっちまった。
・・・でも、民衆を支配している実感を得られるいい機会かもしれない。
部下について行くとそこは二階の広いベランダだった。外には多くの民衆が待ち構えている。なんなんだよ。暇かよお前ら。もっと面白い事あるでしょ。
更に部下達も後方からわくわくした目で俺を見ている。・・・リリーシュお前まで。プレッシャーがエグイ。
「よろしくお願いします」
部下が引き戸を開ける。民の歓声が聞こえる。まるでアイドルのコンサート。待て、俺一人でこの舞台に立てと言うのか。寂しいよ。リリーシュ、お前も来てくれ。
腕を引っ張るが・・・来ようとしない。従順で忠実じゃないじゃん。ただ、代わりにヒントをくれた。
「お話に自信が無いなら、騙せば良いんですよ」
っていうかほぼ答えだった。民衆の笑いのレベルを底辺まで下げればいいってことだろ。
・・・ほら、どうだ。多分これで笑いのツボは極限まで下がったはずだ。あとは何かテキトーに話せばいい。えーと、って言われても思いつかないな。
しばらく沈黙が続く。気まずいな。えーと。
「──ハ、ハロー。ハァハ?」
時間を稼ごうとする。誤魔化す。でも何も出て来ない。
けれど、王の話を待たずして民の中から笑いが湧き始めた。
「王様ってこんなに若かったっけ? ぶはははは!」
大爆笑である。
──そういえば、民の記憶を改竄するのを忘れていた。彼らの脳内での"王"は、あのよぼよぼの爺さんなのだ。俺との年齢差はおおよそ六十くらい。
これは──『急に若返った』というギャグだと思われてるのではないか?
「あ、あは、やった! あははは!」
初回演説(?)は大成功。思わず笑いがこみ上げる。
ただ、後方の部下やリリーシュは一切笑っていない。それを見て俺の笑顔はすーっと消えていった。
──いや、待て待て。俺がやりたいのはこんな事じゃない。もっと王としての力を、独裁的に振るいたいのだ。気に食わない奴は即処刑。言論弾圧。血も涙もない残虐な政治を執り行いたい。
それでこそ征服だ。だけど・・・。
「10分後に会議が御座います。準備を。お急ぎください」
「・・・会議とかあんの?」
「予算、法律、条例等々・・・最終的に決断を下すのは王様ですが、その内容に関しては委員会や公聴会を開き、厳正に審査した上で判断せねばなりません。その為に必要な会議です」
面倒だなぁ。俺は王様だ。もっとわがままに振舞ってみよう。抵抗してやる。
「・・・そうか。だか、今日からは俺が決める。お前達は引っ込んでいろ」
「・・・ふざけた事を申すな! 民の信頼がようやく回復してきたところで、また貴方は過ちを犯すか!」
大激怒だった。過去に王様が何をしでかしたのか分からんが、相当キレている。ここで俺が王として言える事は一つ。
「──ごっ、ごめんなさい」
謝罪の意を表明するのみ。無駄な口は叩かないと部下の前に誓った次第である。まったく。こんなものでは独裁など遠く及ばない。
案の定会議とやらは退屈で、いちいち冗長でつまらない。そもそも面白い会議は無いと思うのだが、しかしこの会議はつまらない中でも特につまらない。
知らない単語が頭上を飛び交う。加えて早口で聞き取れない。日本語に翻訳されてるはずなのに分からないというのは単に俺の日本語力の欠如かもしれないが・・・にしてもだ。もっと人に伝えようって言い方をしてくれても良い。
それで最後にこう言うのだ。
「王様──これでよろしいでしょうか」
宜しくない。何の話をしていたんだ。話を聞いてなかったわけではない──全くもって理解出来ないのだ。けれど、これ以上王としての威厳や尊厳を落とす訳にはいかない。
「うむ──良いだろう」
とりあえず頷いといた。
「それではたった今ここに、『隣国及び周辺国への攻撃に伴う、民衆の出兵義務』が正式に決定された事を宣言する」
「待て待て待て待て!!」
徴兵だと・・・そんな物騒な話してたのかお前らは!
「・・・どう致しましたか?」
「出兵だなんて、まるで戦争じゃないか」
「えぇ。戦争です」
「隣国とそこまで仲が悪いのかよ」
「・・・今日の貴方は変です。すべてお忘れになってしまわれたようで。隣国とは二十年間、民族問題等々で水面下で争っておりました。それがついに爆発して戦争が勃発した・・・つい三ヵ月前の出来事ですよ」
「あぁ、そう言えばそうだったなぁ。ははっ」
「隣国に限らず、隣国の味方をする国、彼らの同盟国、その全てが攻撃対象です。つまり我々の味方はいない。我々の周りは敵ばかりだ。数で言ったら1対6。ただでさえ軍事力不足の我々は、圧倒的不利であります。しかし幸いにして、我が王国、人口は爆発的に多い。敵国の人口全てを足し合わせた数よりも遥かに多い。だから──数で勝負すると決断した。全ての国民を動員すれば、力では勝てなくとも数で圧倒出来る。その際殆どの民衆が死ぬだろう。けれど王国の未来が望めるならば、それでいい──」
「・・・そんなの、ダメだろ」
「──全て、あなたの言葉ですよ」
「・・・」
「この方針は、厳正な会議の手順をすっ飛ばして、感情的になってまで強行採決した、王様自身の強固な意思によるもの。それを今更撤回しようと言うのですか。不可能です。各行政機関は既に動いております。『正午の演説』だって、信頼度を最高まで上げればいざ徴兵となっても、多くの人間が快く受け入れてくれるだろうとお考えになり始めた催しで御座います。舞台は完璧に整っているのです。もう、後戻りはできません」
「・・・」
俺は元王様に恨みを重ねるしか無かった。なんて複雑な状況を作り上げてくれちゃってるんだ。この問題を解決せねば、この世界での平穏な暮らしは保証されないじゃないか。
俺が責任を放棄していち庶民に戻るのも考えた。だけど、元王様がこの問題を解決出来るとは思えない。むしろ悪化の一途を辿るだろう。
──俺が解決しなければいけない。俺しかいないんだ。そんな使命感に駆られていた。
「今日まで民衆には『戦争状態にある』という事実さえ伝えていませんでしたが・・・明日、強制出兵の令と共に公示致します。早朝に紙を張り出し、昼には武器を持たせ出兵させる予定です。その際、王様の口からも発表して頂きます。いまいち紙一枚ではいたずらかと思われるかもしれませんので。最も信頼を置かれている王様の『最後の演説』という形で──よろしくお願いします」
その日の夜。王室のベッドルームに俺はいた。赤を基調としたデザイン、超高級素材を用いたシーツ、肌触りはどこの高級ホテルにも及ばない。最高の居心地──であるはずなのだが。やはりあの話が頭から抜けない。
──俺が、『負けが確定してるような戦争に今から行ってきてもらいます』なんて残酷な事実を告げなければならないのか。いくら信頼を得ていても、『はい』と応じる命知らずはいない。全くもって無謀である。
それに、心の底から信じていた人間に裏切られるのは・・・心に悪い。俺も民衆も嫌な気持ちになる。
あの部下は命令に従ってるだけでしょうがないとして──元王様の野郎だ。あいつには人の心が無い。だからあぁ言えるんだ。
俺は頭を抱えた。どうすれば。何か忘れてないか、忘れてないか・・・?
一人ではどうにもならず、専属のメイド──いや、秘書に助けを求めた。
「リリーシュ・・・。何か分からないか」
「さぁ? ご自分でお考え下さい」
「ううっ・・・そんな冷たいこと言わないでくれよ」
唯一の味方であるお前にまで突き放されたら俺はどうすればいいんだよ。泣いちゃうぞ。
「なっ、泣かないで下さい! ごめんなさい調子に乗りました!」
ていうかもう泣いてた。
自分が思っているよりも追い詰められていた。
「しょうがないですね。あなたには私しかいませんもんね!」
「そこまでは言ってないけど・・・」
「そこは肯定しろニャ!」
こいつ自分の言ったこと覚えてる?
忠実って言ってたのにご主人様に命令を下す始末だよ。可愛いから許すけど。
「・・・言っちゃアレですけど、頭の回転が遅いですね。お忘れですか、あなたには世界最強のスキルが備わっていることを」
「・・・それは覚えてるよ。でも・・・」
いくら何でも六つの国の軍隊を蹴散らす事は出来そうに無い。部下の記憶を改竄したって根本的な解決にはならない。
「・・・どうやらご主人様は、まだスキルの力を侮ってるみたいですね」
「・・・え?」
また心を見透かしたような事を言う。
「本当に『何でも』出来るんですから。確かに慣れない今は記憶の改竄、物質生成、蜂の巣程度の小さな物質破壊で精一杯でしょうけど、やろうと思えば出来るんです。不可能なんてありません。・・・例えば、国そのものの存在を消す、とか」
リリーシュの言う通りかもしれない。
『不可能が無いスキル』『世界最強のスキル』と分かっていながら、何処かで限界があるんだろうと感じていた。勘違いしていた。
本当に文字通り、無限の可能性を持った完璧な能力なのだ。
「なるほど・・・ありがとう、リリーシュ」
「いえいえ。私は当然の事を言ったまでです」
「・・・ちょっと馬鹿にしてるだろ」
「ふふっ。してませんよ?」
唐突にリリーシュは頭を撫でてきた。優しくぎこちない手つき──ただし母親のような抱擁感がある。自然と心が落ち着く。
「今日は疲れたでしょう。もうお眠りになって下さい」
「あぁ・・・そうだな」
「お着替えなどは猫メイドの私がちゃちゃっと済ませときますので、ご心配なく!」
「寝れるか!」
翌日。紙の掲示等の仕事の準備で早朝から城内は慌ただしかった。故に俺も早く起こされた。皆が仕事をしている中、部下が朝食を用意しろと厨房に指示をする。俺は制止した。俺だけ優雅に飯を食うのは申し訳ない・・・とかそういうのじゃない。朝食を食ってる暇なんてないから。
今すぐ行動に移さなければならない。
「やめだー! やめ!」
大声で叫ぶと人の動きがピタッと止まる。
「紙を作るのはやめだ。俺が直々に民衆に伝える。今すぐ手分けして街中の人間を起こしてこい!」
部下は一言も発さず、フリーズしたままだ。朝だし、突然の事で頭が回らないのだろう。やがてその中の一人が反応する。
「しかし、既に紙を刷ってしまいました」
「知るか。そんなの後で再利用すりゃいいだろ」
また、別の部下が。
「しかし、既に会議により事項は決定されたものですので・・・」
「うるせぇ、これは命令だ。黙って従え」
会議やらないと何も決められないのかっての・・・まぁ会議も大事なのかもしれんが、今はそんな暇ない。
ようやく王様らしく語気強く命令を下すと部下達は黙って従った。
この街は広い・・・五つのエリアに分割されている。全員を一気に起こす為、各エリアの管轄へと連絡を回す。そこに駐在する兵士や職員が家を回り住人を叩き起こす。そして例の演説の場所に向かわせた。
それでも全員に演説を届けるのは不可能。しかし最悪、民衆全員が耳にしなくとも別に良い。俺の導き出した解決策は、そういうものだから。
「皆の衆!」
一瞬言葉に詰まるが、変に誤魔化しても無駄だ。ストレートに伝えよう。
「・・・朝早く招集してしまい済まない。今日はいつものふざけた演説なんかじゃない。皆に謝罪したい事がある」
部下が必死に原稿を渡そうとするが、そんなものは要らない。俺の心情を察してか、リリーシュがそれを拒む。
「俺は長い間、我が国を取り巻く状況を、下手したら国の存亡に関わるかもしれない重要な問題を、隠していた。嘘を付いていた。・・・すまなかった」
一国の王が頭を下げる事態に民衆はざわざわしていた。続ける。
「──単刀直入に言おう。我が国は今、隣国や周辺国を含める六つの国と、戦争状態にある」
民衆側に立って考える。いきなりこの事実を知るのは衝撃だろう。受け入れられない。
「そして今から君達には、『兵士』として・・・この戦争に参加してもらう──というのが会議で決定した事項だ」
ましてや突然戦場に駆り出されるなど、信じられない。辛いだろう。
「──だが、心配しなくていい」
俺はそんな事はさせない。
「皆が戦地に出向く必要は無い。戦いに出るのは──俺一人で十分だ」
部下達だって傷つけやしない。俺一人の力で全てを解決してやる。それが最善策。
部下は懸命に説得を試みている。事情を知らない者から見れば無謀な話だ。何千何万もの大軍に一人で立ち向かおうなど無茶だ。阻止するのも無理はない。
だけど俺は行く。たった一人で立ち向かおう。
巨大な敵に、たった一人で・・・。
「──やっ、やっぱお前も来てくれ、リリーシュ!」
こわい!
「・・・そう来ると思ってました」
制止を振り切り、戦場になる草原へと瞬間移動する。嵐の前の静けさと言うべきか。良からぬ予感が存分に漂っている。
「──具体的に、どうするつもりなんですか?」
リリーシュの言葉。
「そうだなぁ」
「もしや、決めてないんですか!?」
「いや、決まってるけど」
「私としては派手に、さながらアクション映画のように、機関銃をぶっぱなして圧倒的な勝利を演出してほしいですね」
「世界観がめちゃくちゃだな」
異世界に持ってきちゃだめだろそんなもの。
それに、そんな攻撃的な事は俺には出来ない。
「──万が一があったら、なんとかしてくれ」
「それは私の台詞です。私は無力ですよ」
「天から授かりし力とか無いの?」
「少し人間よりも上の世界に住んでたってだけで、能力はほとんど人間と同じですから。──なんて言ってる間に、来ましたよ」
「えっ?」
敵の襲撃は突然だった。今まで何処に隠れていたのだ。四方八方から接近する。俺達を囲む。
筋骨隆々の、ゴツイ槍を持った男が問う。
「貴様は、かの国の人間か。答えよ」
こいつらには王であると認識されていない。もしそう認識されていた場合、隙は全く無く、即殺されていただろう。
「違うのなら見逃す。そうであるのならばこの場で殺すまでだ。・・・答えよ」
しかし俺はこの問に答えない。代わりに喧嘩を売るのだ。
「知らねぇよ、んなこと。それよりさぁ、おじさん。一つ言いたいことがあるんだけど、良いかな?」
「・・・なんだ」
「そのあごひげ、全く似合ってねぇな」
「・・・なに?」
眉間がピクッと動く。怒りに震えているのが見て取れた。半笑いで続ける。
「丸眼鏡でインテリ感出そうとしてんのか知らねぇけど、そんなの無駄だぞ? いい歳こいてなにやってんだか。もっと自分に合うスタイルを探しな」
人生で一番性格の悪さを発揮した瞬間だった。
勿論これで相手がキレないわけがなく──。
「テメェ良くも言ったなゴラァ!! 馬鹿にすんじゃねぇよ糞野郎! 殺れ! 今すぐこいつを殺せっ!!」
彼の一言で大量の歩兵や騎兵が一斉に動き出す。彼は案外、六国の軍を取り仕切る偉い立場の人間だったのかもしれない。とんでもないやつに喧嘩を売ってしまったな──と、かつての俺だったら後悔していただろう。
今の俺は怯まない。顔色一つ変えず、平然とした面持ちで仁王立ち。彼らの攻撃を待ち構える。
だって俺のスキルに不可能は無いのだから。大袈裟に言っちゃえば、世界は俺の物なのだから。
「飛べッッ!!」
両手を横に、大軍を防ぐように大きく広げる。
するとたちまち、あの大男が、立派な馬たちが、高く天へと吹き飛ばされる。
俺の両手から発生したのは・・・爆風。『飛べ』という意思が、このような形となって具現化したのだ。
風は勢いが収まる事無く、ここにいる全ての軍勢に衝撃を与えた。気づくと全員、地面に馬諸共横倒しの状態になっていた。
──この時初めて、スキルの『絶対的な力』を身をもって実感した。ここまで地味な作業でしかスキルを使用して来なかったが・・・すごい。気流の流れを作り変えて風を発生させる・・・とんでもない力だ。
先ほどの大男の青ざめた顔が見える。眼鏡のフレームは曲がり、レンズは割れている。あんなにたくましい男が、俺を見て震えている。声にならない声で抵抗している。
そこで、すかさず俺は言うのだ──。
「誓え、二度と手を出すな。そして──だだちに我が王国との友好条約を結べ。分かったな」
いつの間にか俺は敵の剣を奪い、刃を首筋にちょんとつけていた。少しでも動かせば切れる。
これが追い打ちに追い打ちをかける形となり、大男の答えはもちろん──。
「は、はぃぃ! 結びますっ!」
情けない返事だ。
十分楽しんだところで、彼らの記憶を書き換える。『民族問題は既に解決。国との間の争い事は無い。今から俺達は条約を結びに行く』という具合に。
・・・最初からこうすれば良かったんだけども。
でも、あのパフォーマンスが無ければ、恐怖におののく顔も見れなかったしな。無駄ではない。
ここでリリーシュからある指摘を受けた。
「──どうして友好条約なのですか? ご主人様の思想から推察するに、普通ならば殺していたはず」
なんてバイオレンスなやつだ。
しかし、過去の俺の発言を覚えているのならば、これは当然の抱くべき疑問だ。
『血も涙も無い独裁国家を作りたい』──他でもない俺自身の言葉。こんな奴が友好条約なんて、随分と平和的じゃないか。なんなら、何千人と一気に処刑できるチャンスだっただろう?
そう──結局は口だけなのだ。
ヘタレで、いざ実行するとなるとビビって出来ない──それが俺という人間なのだ。今回の件はそんな性格が顕著に現れたものと言えよう。
「・・・なるほど。分かりました」
「何が? ・・・まだ俺何も言ってないけど」
不思議だ。まるで俺の心中で呟いた言葉を聞き取っているかのよう。
・・・そういえば、『血も涙も無い独裁国家を作りたい』という趣旨の言葉は、実際に発言した訳ではなく、あくまで俺の心の中で人知れず唱えていた言葉のはずなのだが──質問の言い回しからしてこいつはそれを知っている。
他にも何度か心を見透かされたような経験がある。これは偶然という言葉では片付けられない──。
「・・・やっぱりお前、何かしらの『力』持ってんだろ」
「何度も言わせないで下さい。私は無力です」
「じゃあなんで説明もしてないのに分かったとか言えんだよ」
「・・・全く、女心が分かってないニャ。こうは思わないのですか? 質問はしちゃったものの、あまりにも疲弊しきっているご主人様の表情から事情を察して、大変だったんだなぁと自分の中で納得して、答えを待たずして『なるほど』と発言するに至ったと」
「それが・・・女心なのか?」
「えぇ。例えば、部活で失敗して落ち込んでしまっている彼氏がいたとしましょう。傷心の彼が、部活動関係の質問に答えないのは当然として、会話にも応えてはくれないでしょう。そんな彼に私はそっと、微炭酸のジュースを差し出して言うんです。『──おつかれ』と。あとは何も言わず、一緒に下校してあげる。それが女心です」
例が具体的過ぎてもはや実体験なんじゃないかと思うほどだが──。
「──なんとなく分かる気がする」
「女心というか、女の子の優しさです。それを、力がどうとか真っ先に疑ってしまうなんて、最低です。死ぬまで童貞です」
「待て、結論を急ぎすぎるな。まだ二十のピチピチの若者なんだから。早々に未来の希望を捨てさせないで」
「では選択肢を与えましょう。童卒の希望を捨てるか──命を捨てるか」
「・・・一生童貞で良いです」
後日無事調印され、条約が結ばれた。それにより、かつてのような隣国や周辺国との貿易も復活。ますます街の商工業の発展が見込まれる。不思議と民衆の顔も、前より活気があるように見える。
何はともあれ、無事この王国の平和は保たれた。
事態は無事収束。ひとまず安心。
「──で、どうします?」
秘書の発言。言葉が圧倒的に足りなかったが、彼女の言わんとしてる事は理解出来た。
俺が王として君臨する世界を、継続するかどうか、ってことだろ?
それもどうせ俺の胸の内を理解しての発言なんだろうな。俺は即答した。
「──止めよう。王様はもう、疲れた」
「世界征服までまだまだですけど?」
「──国を支配するのは、思ってたより楽じゃなかった。世界を支配するには、想像を絶する苦労が待っていることだろう。それに俺は耐えられる自信が無い。だから、やめだ」
「恐怖政治しちゃえばいいじゃないですか」
「せっかく幸せになれたんだ。・・・あいつらの不幸な顔は見たくない」
「意外と優しいんですね・・・性格が良いんだか悪いんだか、どっちかにして下さい」
俺は性格が悪いと自覚している。何の恨みも無いおっさんをけちょんけちょんに貶せるのは、つまりそういうことだ。
でもここは一つ英雄っぽく気取っておくか。
「・・・ふふっ。だからって、間違っても俺に惚れるなよ?」
痛く寒い台詞なのは重々承知だが俺は言ってもいいと思う。それなりの事をしたと思う。
「・・・」
意外にもリリーシュの罵倒は無かった。目を逸らして顔を伏せてしまう始末。おい、これはまさか。
「もしかして俺の事好きなのか?」
「・・・けっ!」
「せめて『はい』か『いいえ』で答えろや!」
「・・・普通に見て分かるでしょ。ドン引きしてるんですよ、ドン引き。あんな台詞を言う人に惚れるわけ無いでしょ、それこそ間違いでも無い限り」
「・・・だっ、だよなー。ははー」
もう敬語少なくなってきてんじゃんか。主従関係が逆転する日もそう遠くない。
元の状況に戻すというのも容易いものでは無い。今まで散々『俺が王である』と改竄し尽くしてきた城内の人間の記憶を再度書き換えなければならないからだ。
しかし・・・またあの王様に任せるのはどうなのだ。また何か問題が発生するのではないか。民族問題の発展と、かの王の就任はほぼ同時期らしい・・・事を考慮すると、完全に元のままに戻すのは好ましくないだろう。誰か、部下の中から相応しい優秀な人材を探し出さなければならない。
だけど悩むのにそう時間はかからなかった。もう心に決めてた奴がいるからだ。リーダーシップと責任感、物怖じせず発言する勇気を兼ね揃えている優秀な人物──王になって初日の会議の日、俺に向かって強気に反論したあの部下。あいつしかいない。
自分の部屋に別れを告げ、退出する。隣の部屋でその部下は書類整理の最中であった。ノックをして中に入る。
「・・・王様! わざわざ直々に・・・お呼びでしたら秘書を寄越せば良かったですのに」
「君に直接話したくてな」
「・・・何ですか?」
彼に近づき、彼の肩に手を置く。こんな事をしなくても記憶は変えられるけど、彼には言葉を伝えたくて。
「・・・頼んだぞ」
無事彼の頭から、俺という王様とリリーシュという秘書の記憶が消し去られた。代わりに自分が王であると記憶を作り上げた。
後は城をぐるぐる巡りながら城中の人間の記憶を書き換えまくるだけだ。・・・二、三日しかいなかったけど、物悲しい。どうせなら城の全てを堪能してから帰りたかった。だけど、俺はもう関与しないと決めた。このまま帰るだけだ。
城を見る。
「すげぇな。俺はあそこで演説をしていたのか」
見上げるのはあのベランダ。『正午の演説』の舞台であり、戦争前に決意表明した場所である。
『正午の演説』・・・自分がやるのは勘弁だが、あれは民と王の距離を縮める良い行事だと思った。元王様の唯一の良点はこの行事を生み出したことだろう。例え動機が不純だとしても。
この良き伝統を終わらせる訳にはいかない。もちろん、『彼』が受け継いでくれる。
「皆の衆!」
正午の金が鳴る。歓声が彼を見て黄色い声援を浴びせる。彼は優しく手を振った。
これでこそ『正午の演説』だ。今度こそ、政治的な意味の無い、民と王のコミュニケーションの場としての『正午の演説』だ。あるべき姿だ。
これを見て安心した。もうしばらくこの王国に大きな問題は起こらないだろう。起きたとしても、彼が王である限り、迅速に対応し速やかに解決されるはずだ。
「──さて、帰ろうか」
俺達は、作り物の高級感で塗り固められたあの家に帰っていった。寄り道に、二つリンゴを買いながら。




