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大富豪の嫁になりたい

作者: 佐伯琥珀

使い回しネタですが。

「お前な、もうちょっと本気で考えろよ」


 無駄にガタイの良い担任の先生の言葉。

 もう七時を回っているというのに職員室では大勢の先生がパソコンや書類と向き合っていた。


 6月も後半に突入して、そろそろ本格的に熱くなってくる時期。それでも職員室は「頑張れ☆残業」とでもいわんばかりに、クーラーがガンガン稼働している。

 これでも十分だってのに、担任の先生は机の上に卓上扇風機まで置いちゃってる。

 私は、その卓上扇風機の風にぱたぱた揺れる書類をぼんやりと見ていた。


 部活終わりに呼び出されたから、さっき使った制汗剤の匂いが扇風機の風に乗って私の鼻の中にやってくる。何なんだろうね、このスメル自給自足。



 田舎名物「何という虫の鳴き声なのか、よく分からないけどとりあえず虫の鳴き声」を職員室の窓越しに聞きながら私は、ぼんやりと担任の先生が持っている紙に目をやる。



「進路調査票にはな、希望の大学名を書くんだ。なんでお前は『大富豪の嫁』なんていうアホな事を書いてんだよ」


 担任の先生は、半袖のジャージにうっすら汗を浮かべていた。日も落ちてるし、しかもクーラーまでかかっているこの職員室で汗をかいてるって……。あんたは夏になったら裸になるしかないんじゃないか。自分の進路調査票を見ながらそんな事を考える。



 「高校三年生は人生の分岐点だ」と、高校三年生の初めてのホームルームで担任の先生はそう言った。

 イマドキ平均寿命は80歳くらいまでいってるのに、18歳で早くも人生の分岐点あんの?嫌になっちゃうよね。なんて窓の外の桜を見つめながらそんな事を考えていた春の私。


 それでもこの桜が散る頃には、きっと自分のやりたい事が見つかっているさ。なんてちょっぴりポエミーな気分に浸っていた。

 実際は桜散った今でも特に自分のやりたい事なんて見つからず、「大富豪の嫁」というトチ狂った進路選択をしてるんだけど。



「お前はもうちょっと森を見習えよ……幼馴染なんだろ?」


 先生がため息交じりにそう言う。

 先生はどうにも、その言葉が私にとって「イラつくワード」である事を知らないらしい。私の頬は少し引きつってしまう。


 すると、隣の席に座っていた綺麗な女の先生(確か隣のクラスの副担任? あまりよく知らない)がニコッと微笑みながら口を開いた。



「森君、今回も成績良かったみたいですね」

「ええ、そうなんです。森は模試の結果も良くて……」


 担任の先生は嬉しそうにそう言う。



 森、というのは私の幼馴染である「森 弘樹」の事だ。

 同じクラスで、学級委員を務めていて成績は良好。


 これで、クソ真面目なガリ勉野郎だったら良かったのに。

 運動出来るわ、顔は良いわ、頭は良いわ、性格は良いわ。と神様本気出し過ぎじゃない?ってレベルに、森弘樹はパーフェクトなのだ。

 あ、一つ残念な点をあげるとすれば「私」というクソみたいな幼馴染がいる所であろうか。ここで美少女幼馴染でもいれば本気でパーフェクトだったのに。すまん、弘樹。


 むすっとして突っ立っている私を見て、先生は「とにかく、ちゃんと考えてこい」とだけため息交じりにそう言った。

 そして最後に、先生は私の名前を呼ぶ。


「あ、森がまだ進路調査票提出してないから、明日までに出せって言っといてくれ」


 私がへいへい。と返事をして背を向ければ、背中越しに弘樹すげぇぞ談義が盛り上がっていた。やってらんないね。





 外は、水色の絵具に灰色をブチ込んだみたいな何とも言えない暗さだった。

 夏が近づいてきているからか、七時と言えどもまだ真っ暗ではない。それでもナンセンスな駐輪場のランプは年がら年中、七時になると灯がともる。

 私は、肩に食い込むエナメルバックに眉を寄せ、無駄に明るい駐輪場を歩きながら自分の自転車を探す。



「小夜子」


 そんな時、声がした。

 わざとむすっとしたフリをしてから振り向くと、そこには弘樹が。


 からから、と自転車を押しながら弘樹は私の方に歩いてくる。



「小夜子、進路の事で呼ばれてたんだって?」


 はは、と笑みを零しながら弘樹がそう言った。

 弘樹のぱっちりと開いた目が細くなる。

 弘樹の柔らかな顔付きを見ると、私はきまって不機嫌になってしまう。


 私は、昔ママが「弘樹くんに入学祝い♡」なんてぬかしながらプレゼントしたベルトを見ながら「そうだよ」と小さな声で呟いた。


 近くを通った2人組の後輩が、私に挨拶するついでに弘樹にも「さようなら」と挨拶をしていく。愛想よく弘樹が「また明日」なんて言えば、2人はきゃあきゃあと盛り上がっていた。



 弘樹は、このクソ田舎の学校で一番カッコイイ。

 そんな事、口に出して言ってなんかやらないけど。



「どうだった? っていうか、小夜子はどこの大学にいくつもり?」

「……さぁ……あ、そういや先生が『弘樹さっさと進路調査票出せー』って怒ってた」


 私は弘樹に背を向けながら、カゴにカバンを突っ込み、自分の赤い自転車にも鍵を突っ込んだ。

 別に先生怒ってなかったけど。虚偽申告。

 弘樹は「ああ、出さなきゃな」なんて小さく呟いた。


 私は無言で自転車を押して、弘樹の横に立つ。

 何も言わないけど「一緒に帰ろう」の合図。



 田舎名物「何という虫の鳴き声なのか、よく分からないけどとりあえず虫の鳴き声」を聞きながら、からからと二人で自転車を押しながら帰る。

 さっきまで随分明るかった空も、急に暗くなってくる。職員室を出た時から15分位しか経っていないというのに。



 対向車線を走るのろい軽トラの光に目を細める。

 ここは田舎。軽トラに乗っているのは近所のおじちゃんだった為、弘樹と二人して手を振っておいた。お返しは勿論クラクション。



「小夜子、進路調査票にはなんて書いたの?」


 からから、と音を立てる車輪。

 その話をまた持ち出すか!?そんな私の心の声は弘樹には駄々漏れだったらしい。

 弘樹は「どうせろくでもない事書いたんだろ」なんて呆れたように言う。そのくせちょっと笑っているのがムカつく。



「……大富豪の嫁……」


 私がそうぽつ、と零すと弘樹は真顔で「……頭大丈夫?」と言ってきた。

 私は何となくそれ以上進路の話をしたくなくて、必死に弘樹との話のネタを探していた。されど、幼馴染。もう色々話尽くしている。個人的に話したくない事以外は。


 苦肉の策。しょうがない。進路の話でグダグダ弘樹にまで説教されるのは御免。そう思って私は「個人的に話したくない」案件を持ちだす事にした。



「私の後輩ちゃんが、弘樹に告白するって言ってたけど」


 弘樹の顔を見ずにそう言った。

 幼馴染の私に「先輩、森先輩に告白したいんですけど……」なんて謎に事前確認をしてきた彼女。

 彼女は私を一体何だと思っているのか。私は「森弘樹面会事前受付」では無いのだけど。



 弘樹は何も答えなかった。

 からから、と車輪の回る音だけがやけに耳についた。

 何故か泣きそうになった。



 ……やっぱりこの話、持ちだすんじゃなかった!そんな風に後悔していた時、弘樹は「小夜子」と私の名前を呼んだ。

 私がぱっと横を見てみても、弘樹は真っ直ぐ前を見ている。ただ、その横顔が少し笑っているだけ。



「……なんでいま名前呼んだの」

「なんとなく」

「……なにそれ」


 また、弘樹は無言になった。

 私は、自分のエナメルに付いたゆるきゃらのマスコットをただじっと見つめる。

 いつもなら、こんな謎の沈黙なんかならないのに。……ああ、マジでこの話しなきゃよかった。なんて思っていた時、弘樹はようやく口を開いた。



「好きな女の子なら、居る」


 喉の奥がひゅ、と鳴った。

 えええええええ、と田んぼのど真ん中で叫んでやりたい気分だった。


 確かに、弘樹はモテるし、格好が良いけど。

 弘樹は、今の今まで誰とも付き合ってこなかったから。


 その後、田舎だからあまり多くない学年中の女の子の名前を指を折りながら呼んでみたけど、弘樹はずっと「違う」と笑っていた。

 どうにも私に真相を教えるつもりはないらしい。幼馴染だっていうのに。






 次の日の部活帰り、私はまた職員室に呼び出された。

 大富豪の嫁がダメならアラブ石油王の嫁にしてやろうか。なんて若干やけくそ気分で先生の前に立つと、先生は大きな大きなため息をついた。



「なぁ」

「はい」

「お前、何か森に吹き込んだか?」


 こめかみに手をやり大きくため息をつく先生。

 私は先生が何を言いたいのかがよく分からなくて、ぎゅっと眉を寄せてみる。



「森はずっと国公立狙いだった」

「はぁ、知ってます」


 ママがいつも聞いてもないのに報告してくるし。

 先生は「これ森の」と言って私に弘樹の進路調査票を押し付けてきた。

 いやいや、個人情報。……まぁ幼馴染だからいいか。

 それにしてもどうして先生はこんなにため息をついているのだろう。なんて思いながら進路調査票に目をやる。



 そこには弘樹らしい丁寧な文字で「第一希望:大富豪」と書かれていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです 二人とも現時点での『将来の夢』について、完成形が思い浮かんでいるのですね(想い人に対する照れ隠しも含めて)。 先生ならば「そうか、大富豪(の嫁)になるためには、勉強して起業す…
[良い点] 理想的なオチの付け方のセンス センス! そう、羨ましい位のセンス!! そして彼氏の潔いまでの開き直りっぷりが、背中の煤けた自分には余りに眩しすぎでした。
[良い点] 終わらせ方がとても良いですね [気になる点] 俺の学生時代にはこんな甘い出来事が無かった事
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