Episode5
「よっす。 ってなんか浮かない顔だな」
あれから家へと帰った俺は、いつものジャージに着替え、RMTにログインする。 そして毎日待ち合わせをしているセントラルの西倉庫付近でランカを待っていた。
待ち始めてから、物の数分でランカが俺の視界内に現れる。 いつも、こうしてログインのタイミングは決まっているんだ。 それがランカも分かっているのか、俺の方を向くとすぐさま口を開いた。
「ちょっとシンヤ聞いて。 私、昨日と今日最悪な目に遭ったの」
「最悪な目? そんなこと、あったっけか」
ランカは俺の言葉に首を振る。 そして、倉庫付近にある階段に腰を掛け、続けた。
「ここじゃなくて、リアルの方。 すっごくムカついてるから、聞け」
言いながら、杖で自身の横を叩く。 座れという命令だ。 逆らえば、恐らくソウルショットが飛んでくる。 俺は躾けられた犬の如く従うことにした。
……あれは結構酔うので、出来れば避けたいのだ。
「……はいはい。 その話終わったら、今日のターゲット探しに行くからな」
半ば諦めながら、俺はランカの横に座る。 すると、ランカは満足したように一度笑うと、そのムカついたという最悪な目にあった話を始めた。
「昨日さ、落ちたあとにコンビニに行ったの。 そしたらカップラーメンが全品百円のセールがやってたんだけど」
珍しいな。 珍しいというよりかは、初めてだ。 今まで一度として、ランカはリアルの話をしたことがなかったのに。 お互い、暗黙の了解で話さなかったことだってのに、今日のランカは少し様子が変である。
「そうなったら、当然買い占めるでしょ? で、倉庫にあったストックのやつも全部買い占めて、ちょっと気分良く帰ってたら」
きっと、それほどまでに頭に来た出来事なのだろう。 というか、ランカをそこまで怒らせるとか相当な命知らずだろ……。 デスラム撃たれるぞ。
「後ろから、男が追いかけてきたの。 ストーカーかと思って警戒してたら、その男……ジャージ男ね。 カップラーメンを売ってくれとか言い出して」
それにしても、この話はどっかで聞いたことがあるような話だな。 最近、というか昨日、俺も同じような経験をしたばかりだ。 あのときの女……甘楽は、ベストオブ嫌な奴だ。 RMT内だったら真っ先にPKしているレベルで。
「私のラーメンが減るのは嫌だったから、一個二百円でなら売るって言ったの。 そうしたら、そのジャージ男なんて言ったと思う?」
「フード女……とか?」
俺は、昨日似たような経験をしているだけあり、そのときに言った言葉をそのまま言う。 すると、ランカは。
「そう! 私がフードかぶってたから、フード女って言ったの!! 信じられる? あでも、私が持ってたカップラーメンとかけてのフード女ってことみたいだったから、ちょっと笑いそうになっちゃってね。 堪えたんだけど」
そう、言った。 それは、その話は……。
おいおい……こんなことって、あるのか。 まさか、あり得ない。 何かの偶然だと言い聞かせ、俺はランカの話の続きに耳を傾ける。
「それで次の日! 学校行ったら……あ、私って高校生なんだけど、その高校に行ったのね。 最近転入して、日が浅かったんだけど……そこに居たの。 昨日のジャージ男」
「は、はは……そりゃ、災難だな」
主に、そのジャージ男が災難だったろう。 きっとその男は「なんでお前が居るんだ、ラーメン女」とか言ったのだろうよ。 絶対そうだ、間違いないな。
「でしょ!? ほんっと、あり得ないんだから! それに、いろいろ話している内に、そいつに私の秘密がバレちゃって……」
ランカは言うと、目を細めた。 それは、泣きそうな顔にも見える。 それだけで、ランカにとってその秘密とやらが、どれほど大事なことなのかが分かった。 触れないほうが良いこと、リアルの俺は触れてしまったが、こっちの俺は知らないでおくべきことかもしれない。
「それが最悪な目ってわけか。 災難だったな」
聞かれたくなかったことだった。 バレたくない秘密だった。 だから、俺は言った。 そこで話を終わらせようと、そう言った。 しかし、ランカは首を振る。
「ううん、それは良いの。 そのあとにさ、あの馬鹿……私と握手してきたのよ? 普通だったら、絶対しないのに」
そして、ランカは続ける。
ああ、違う。 違った。 ランカは悲しそうに、泣きそうになっていたんじゃない。 嬉しかったんだ。
「……それだけは、すごく嬉しかった。 本当に、それだけだけど」
……そうか。 そういうことか。
だから、ランカは俺にこの話をしたんだ。 これは嫌な話ではなく、良い話だったから、ランカは俺に話したんだ。 誰かに聞いて欲しいほど、嬉しかったんだ。 それが例え、見ず知らずの俺相手でも。
こんなに、ランカから話をされたのは初めてだ。 言葉数も、その内容も素っ気ないランカが、これほど高低差が激しいトークをしてきたのは初めてだ。 そんな些細なことが少しだけ、嬉しかった。
「ランカ。 ならここでも握手しとくか。 俺と一緒に組み始めてから、そういや一回も握手してないだろ? ラーメンフード女」
俺だけが知ってるってのは、不公平だ。 もうこの際、どうなったとしてもしっかりと言っておくべき。 そう判断して、俺はランカに言う。
「なんでシンヤと……って、ラーメンフード女……? え? 待って、そう言えば、さっきなんであのジャージ男が言った言葉を……」
ランカは口元を手で覆い、考える素振りを見せる。 そして、数秒後に目を見開いて俺に顔を向けた。
「まさか」
「甘楽。 そのままひっくり返しただけとか、わりと適当なんだな」
「シンヤ、シンヤ……シン、ヤ」
偶然ほど、怖いものはない。 偶然狩場がかぶったとか、偶然欲しいアイテムがかぶったとか、偶然シーフをしてしまったとか、偶然レアアイテムを拾ったとか、ある意味で怖いものばかりだ。 俺としては、その全てがPKで解決するから良いけどな。
「ッ!!」
ランカは立ち上がり、俺に杖の先を向ける。
え、おい、ちょっと待て。 こいつ、まさかとは思うが。 これってそういう流れなわけ? いやいや俺としては、感動の再会みたいな流れになってもおかしくはないと思ったんだけど、違う?
「ソウルショット!!」
「うおっ!?」
気持ち、いつもより威力のあるそれは、俺の体を吹き飛ばすには充分すぎる威力だった。 そして最後に見えたのは、ログアウトボタンを押して消えていくランカの姿だった。 どうやら、俺の脳内イメージの流れとはかけ離れた結果になったようで。
「あのやろ……くっそ、ラグが」
予め来るのが分かっていれば平気だが、こうドッキリみたいにやられるとどうしても酔ってしまう。 街中で唯一使える遊び魔法ってのが、幸いだ。 もしもPK合戦になってあれを使われたら、正直死ぬ気がするからな。
『新着メール一件アリ。 差出人、ランカ』
動きが鈍る俺の頭に、そんな機械音声が響き渡る。
携帯デバイスをヘッドギアに装着していれば、メールが届いたときもこうしてゲーム内に居ようが知らせてくれる。 俺はラグが収まるまでその場に寝転び、十数秒後に起き上がった。 そして、メールを開封する。
『今すぐ、昨日のコンビニの裏にある公園に来て』
偶然は大体PKでどうにか出来てしまうが、この偶然ばかりは……難しそうである。
「来たね」
それから俺はRMTからログアウトし、ランカに指定された公園へと行く。 すると、ブランコで揺れる甘楽の姿が目に入ってきた。 甘楽は俺に気付くと、ブランコから立ち上がって俺を指さす。
「今日のこと、全部忘れて」
「いきなり無茶ぶりだなおい……。 というか、話してきたのはランカの方からだろ? 俺は悪くないぞ」
正直、リアルとゲームの比率はゲームの方が圧倒的に高い俺からしたら、ゲームのキャラ名で呼んだ方がしっくりと来た。 だから、こいつはランカだ。
「私がランカだと分かった瞬間に饒舌ね……馬鹿シンヤ」
べーっと舌を出し、ランカは言う。 それはお前も一緒だろって言いたい。 無表情、素っ気ない、氷のような態度だった癖に、俺がシンヤだって分かった瞬間これだ。 ま、悪い気はしねーけど。
そんなことを思いながら、溜め息を吐いてランカの横にあるブランコへと座る。 すると、それを見たランカもブランコへと腰をかけた。
「それよりさ、シンヤ。 豪遊してるって言ってたわりには、随分質素な格好。 う……くく」
「なっ……! お前、笑うんじゃねーよ! ジャージは立派な私服だ! これ以上ないくらい動きやすいんだからな!? それに、今月はたまたま金がねーだけだッ!! 普段は俺、超金持ち!」
「あは……あはは! あっはっはっはっは!!」
「笑うなって……ほんと、気に食わない奴だよお前は」
ランカは声を出し、腹を抑え、笑いすぎて溢れている涙を指で拭い、ようやくそれを止める。 ひぃひぃ言いながら笑う姿は、見たことがないランカの姿だった。 少しだけ、新鮮だな。
「でもさ、私もシンヤもキャラクタースキャンそのままでやってたでしょ? 顔とか、身長とか、ほとんど一緒だし」
「まぁそうだな。 RMTの中じゃ、装備とかあるから分かりづらいけど……スキャンそのままが一番やりやすいからな。 狩りもPKも。 それに俺イケメンだし」
ヘッドギアによる、身体のスキャン。 それが一番最初に行われ、そこからキャラメイクをするのは可能だ。 ただ、俺やランカのようにほとんどいじらない奴も居る。 プレイヤー数が多いRMTでは、リアルの身バレも危険視するべきなのだが、俺にはバレて困るような個人情報もないからな。
それは多分、ランカも一緒なのだろう。
「そのシンヤがイケメンか否かの議題はいつかまた話し合おうね。 けど、そっかぁ……」
ランカは言うと、俺の顔をジロジロと見始める。 それがなんだか鬱陶しくて、俺は気付いたひとつのことを言う。
「いやでも、ランカはちょっとキャラメイクしてるだろ? 胸とか、絶対お前キャラより小さいじゃん」
「……はぁ!? なにそのセクハラ発言ッ! ソウルショット!」
「……なにしてんの、お前」
こいつやべぇな。 リアルで「ソウルショット!」とか叫び始めちゃったよ。 心配だ。 そう言えばだけど、俺とログイン時間とかほとんど一緒なランカは、わりと廃人に分類されるのか。
「な、なし。 今のはなしね。 それで胸のことだけどッ!! た、確かに少しはそうかもしれないけど……シンヤだって身長ちょっと盛ってるでしょ!?」
「認めるのかよ……。 俺の場合は、RMTやってる内に縮んだんだよ。 最初は本当にあと数センチでかかった」
「真顔で嘘を吐く辺り、本当にシンヤね」
俺とランカはそこで顔を見合わせ、笑う。 こうして人と話したのも、久し振りだった。 けれど、懐かしい感じは一切しない。 ただそこにあるのは、毎日言葉を交わしていた奴とのやり取りだったから。 こうして話してみると、いくら仮想空間で、いくらゲーム内の出来事だったとしても、リアルと繋がったその瞬間に、あの世界での出来事もリアルと大差はないんだ。