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VRMMO殺人指南書  作者: 幽々
神楽結成編
4/31

Episode3

目を開く。 まず視界に入ったのは、何もない天井だった。 まるで長い夢を見ていたかのような感覚に襲われ、俺は数秒ぼーっとする。 そうしていると、段々覚醒して来るのだ。 人それぞれ覚醒の仕方は違うというが、俺にとってはこれが一番良い。


「もう夜……か」


言い、視線を天井から窓へ。 見えてきたのは、すっかりと暗くなった外の景色だった。 俺はそれを確認し、頭に付けていたヘッドギアを外す。 その動作が、毎回俺に現実への帰還を教えてくれる。 最高の世界から、最悪の世界へ。


神谷(かみや)七瀬(ななせ)。 それが、俺の()()()()での名前だ。 キャラ名の『シンヤ』ってのも、苗字を違う読み方にしているだけである。


「今日……何日だっけ……」


寝たままの姿勢で、今度は視線を窓から壁にかけてあるカレンダーへ動かす。 二〇七二年、十月三十一日……か。


「……三十一!?」


飛び起きた。 とあることを思い出したから。 RMTにおける月額課金である一万円、それの支払いは月初めだ。 つまり、二十四時になった瞬間……俺の口座から一万円が引き落とされる。


「やっべぇじゃん……やっぱ今月は運が悪すぎた」


呟き、傍らに置いてあったスマートフォンを手に取る。 そしてそれを操作し、宙に画面を表示させた。 俺が確認するのは、ついさっきゲーム内でも確認した自身の口座である。


「……残金二十五万。 一万引かれて二十四万だろ? で、水道は止まってるとして……電気代が五千円だったよな。 ガスは殆ど使ってないから千円か。 残り二三万ちょいで、十万は口座に残さないといけないから、それから食費を考えると……つらすぎだろ」


俺、神谷七瀬は酷く貧乏である。 稼げるときは数十万円が入ってくるのだが、手元にあれば全て使ってしまえタイプの俺には、こういう巡り合わせが悪いときってのが起きてしまう。 で、現在がそれ。 十一月は既にピンチだ。


ついでに言わせてもらえば、家賃もある。 高校生での一人暮らしということもあり、そういうものの計算は全て俺がやらなければならない。 金があったときに決めたところだから結構高いんだよな……。


「あーくそ……やっぱリアルはクソだ、クソ」


伸びた髪をぼりぼりと掻き、ベッドからようやく降りる。 都内にある少しだけ良いアパート。 家賃約七万五千円。 さすがにもう一人くらいPKして置かないと、俺が死んでしまうな。


「あれ? てか、月の頭ってことは明日学校あるじゃねえかよ……。 とことんツイてねー」


リアルでの俺は、ぶっちゃけて言ってしまえば不登校である。 とは言っても、月に一度は高校に行っているから半不登校みたいなものだけど。 真っ当な人間から見れば一緒だな、こりゃ。 つうか、俺にはRMTがあるから高校なんて止めても良いとは思うのだが、その止める手続きさえ面倒くさいから始末に終えない。 俺自身のことだけどな。


ま、学費やらなんやらは特別免除となっている俺だ。 別に成績が良くてとか、優秀な実績があるとか、そういうわけではない。 所謂、捨て子の俺はお情けで免除してもらっているだけの話。


「……飯食うか」


嫌でも見せられる現実に吐き気に似た感覚を受け、俺はとりあえずそれを忘れるべく、飯にしようとの思いに至る……が。


「おいおい、カップラーメンもねーじゃん。 買いだめしてあったと思ったんだけど……」


今日は、十月の三十一日。 時刻は、夜の十一時。 日付が変わるまで、残り一時間。


……もしかしたら、今日はツイている日になるかもしれない。 俺は、とあることをギリギリで思い出せた。 近所のコンビニで行われている、月末セール。 毎月三十一日はカップラーメン類全種類百円均一だ。


「ああああっと……とりあえず三万だ。 三万引き落とし、チャージ」


手に持っているスマートフォンに向けて言うと、軽快な機械音と共に三万円が引き落とされたことを確認する画面が表示される。 それの決定ボタンを押し、俺のスマートフォンに三万円がチャージされた。 この時点で、RMTを運営するザッツ・ライに手数料として、引き出した額の十五パーセントを取られたということになる。


さて、そんな考えをする暇は残念ながらなし。 とにかく、俺のカップラーメン生活をより豪華にするために、今日の買い溜めは必須だ。 これに失敗したら、正直野垂れ死ぬ可能性がぐんと上がる。 それは非常に困るので、俺はジャージ姿のまま外へと飛び出していった。 出て行く際に、チラリと鏡に映った俺の顔は今日もイケメンだ。




それから俺は、自宅から一番近くにあるコンビニへ。 街中には、夜遅いので気を付けてくださいとのアナウンスを繰り返す警備ロボットが徘徊している。 お前らの方がよっぽどこえーよなんて思いながら、その警備ロボットを尻目に歩く。


俺がこの生活を始めたのは、高校に入ってすぐのことだった。 児童養護施設で中学時代を送っていた俺は、ネットで出来るアルバイトで小遣いを稼いでいた。 その金をちまちまと貯め、中学二年のときにRMTデビューって流れだ。 金持ちの道楽とも、貧乏人の命綱とも揶揄されるRMTに。


当初こそ、俺も俗に言う狩り専と呼ばれる奴らの一員だった。 けれど、ある出来事と同時期にドロップしたチケットが、俺のRMTでの過ごし方を大いに変えた。 昔よりも今の方が稼げているし、養護施設の手を借りずとも一応は一人暮らしを出来ているほどには。 引き換えに、高校一年にして将来が見えてきてしまったがな。


「ランカの奴、確か明日は夜しかインできないつってたな」


たまーにあるんだよな、その夜だけの日が。 何をしているかなんて知らねえけど、大方リアルでのなんやかんやがあるのだろうと予測する。 俺の勝手な推測でしかないが、ランカはきっと問題児だ。 RMT内の話ではなく、リアルでの話。 あいつの表情の些細な変化や、声色や話し方、視線の移動がそう告げている。 ランカは稀に、得体の知れない何かを俺に見せるんだ。


ああっと……悪い癖だ。 そうやって、人の裏側を見ようとするのは。


俺は、孤児であることが鬱陶しかった。 周りが何を考え、俺に対し何を意識し、どう思っているのか。 それらを常に観察し、分析してきた。 その結果、俺はこうして人の考えや気持ちに敏感な方へとなってしまっている。 とは言っても、それ自体は役に立つことが多いから助かってはいるけども。


孤児が嫌だというのは、周りからの鬱陶しいほどの気遣いだ。 あいつらは揃いも揃って「可哀想」と俺のことを認識して来やがる。 そして俺を特殊な奴、だと決めつける。 自分たちと違うのは、親が居るか居ないかの違いだけだというのに。 それが嫌で、ウザくて、俺は高校に進学すると同時に施設を退所した。 世界が変わると思って。


しかし、何一つとして変わらない。 たった親が居ないというひとつの事実だけで、誰もが一定以上の特別な目で俺を見る。 それは結局、一緒だったんだ。


『新着ニュース一件アリです。 発信元、ザッツアルダイル』


「ニュース?」


唐突にスマートフォンから鳴り響いた音声に、一度思考を止め、意識を向けた。 発信元はRMTの運営会社、ザッツ・ライが作成している人工知能導入型のニュースプログラムだ。 プレイヤーの発言、言わば興味を示していることを収集、分析し、ニュースになる出来事を自動で取り上げるシステム。 主にアルダイル、中部地方と呼ばれる場所のニュースを配信しているプログラムだが……この時間にニュースが届くってのはかなり珍しい。 通常なら、朝の八時と夕方六時に配信設定がされている。 それ以外に届くってことは。


「新着メール開封。 自動読み上げ」


この機能は、いつも使うのは自宅だけだ。 自動読み上げってのは結局、誰かに盗み聞きされる可能性もあるからな。 だが、幸いなことに今は夜遅くで周りで活動しているのは警備ロボットだけだ。


『本人認証完了。 メールの読み上げを開始します』


機械音声が鳴り響き、やがてその内容が読み上げられた。




本日午後二十二時三十分、北部地方を拠点とする『グランダ』と『グルト』の両ギルドが正式に合併案を締結、三十分後の二十三時丁度に、新ギルド『グラグルト』を設立、両ギルドのメンバー全員が加入致しました。


ギルドマスターは元『グランダ』のギルドマスター『サーザン』が。 サブマスターは元『グルト』のギルドマスター『影桜』が、それぞれ就きました。


これにより、RealMoneyTrade内最大規模のギルドとなり、攻城戦やセントラル競技大会にも影響が出るものと思われます。




グランダとグルト、名前は聞いたことがある。 RMTの北部にあるノーラムという地域を拠点としていたギルドだ。 PKギルドではなく、両ギルド共に巨大な狩りギルドという認識だな。 以前からどちらもクエストを協力しあっていたり、友好関係ではあったらしいが……思ったよりも早い合併だな。


この合併の裏には、恐らく近日行われるノーラム城の攻城戦が関係している。 RMT内でも最大の城と言われているノーラム城の攻城戦が行われるという告知が、九月にあった定期メンテナンス直後に発表されたのだ。 継続的に、一定の収入を得られる城の存在は大きい。 なんとしてでも取りに来たってわけだな。


規模で考えると……五百人規模か? 一般的なギルドが大体十人から二十人ってことを考えると、規模の大きさが窺える。


位置関係的にも、開始直後に保有するのはグラグルトで間違いはない。 問題は、一時間半の攻城戦時間を守りきれるかどうかってところか。 今回のこのニュース、他地方のギルドも黙って見過ごすわけにはいかないだろう。


……RMTでは、大きく五つの地方に分けることができる。


まず、北部地方のノーラム。 これは今言ったように、グランダとグルトが主に活動しているエリアだ。 狩りをするならノーラムへ行け、と言われるほどに狩猟クエストの数は豊富となっている。


次に、東部地方のガーラ。 ここではガーラの里と呼ばれるギルドが活発的だ。 少数精鋭と呼ばれるガーラの里は、主に難易度が高いクエストのヘルプや、今回より以前に行われた攻城戦のヘルプなどに駆けつけている。 言ってしまえば、お助け軍団だ。 そしてガーラ地方の特徴は、キャラクタースペックの強化にある。 クエストの殆どは、通常よりも多くの経験値が得られる周回系のクエストだ。


西部地方、南部地方については俺も詳しくは知らない。 だが、そのどちらかに『ハーメルンの殺人鬼』と呼ばれるPKギルドが存在するはずだ。 あのギルドには俺も随分世話になったからな。 いつか、礼をしなければなるまい。


そんな曖昧な情報も、公式がゲーム内の情勢、状況を外部サイトに載せることを強く禁じている所為で、ゲーム内でそれらの情報を得るしかないのだ。 ザッツ・ライ曰く「体験し、学ぶ楽しさを失わないため」とのこと。 まぁ、親切すぎるチュートリアルやヘルプシステム、よっぽどのことがない限り死ぬ仕様にしていないのも、そういう理由からだろう。


そして最後に、俺とランカが活動している中部地方。 一番でかい街はセントラルという街で、ここが全てのプレイヤーが一番最初に訪れる街だ。 月に一度行われる競技大会も、この街で行われる。


要するに、俺とランカがやっているのは俗に言う「初心者狩り」だ。 とは言っても、メインがそれというだけで中には高レベルの奴も居たりはするが。 何が楽しいって、あの右も左も分からない内に死んでいく奴らだ。 最速記録は、スタートして十二分だったっけか。 そいつの名前も忘れてしまったけど。


そんなことを思い、俺って結構ヤバイのか……なんてことを考える。 しかし、まだ道行く人に意識を向けても頭の上に名前は表示されないから、セーフと思おう。


ま、RMTでのスキルが使えたらな……とは思ったりする。 ハイドとかめっちゃ使いたい。 そこまで思考して、俺自身常にハイド状態みたいなもんだな、と思い直す。 これ、結構面白くね? 今度ランカにでも話してみようか。


……やめよう。 馬鹿にされるのがオチだし、何よりそんな無駄話、あいつは聞く耳持たない。 俺が知るランカは、そういう奴だ。

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