Episode2
「遅い。 また十五分ぼーっとしてたの?」
真っ白な髪に、青い瞳。 すらっとした体型の持ち主が、俺がパートナーとしている相手、ランカだ。
「どうせ誰も襲ってこないって。 そんな度胸がある奴、もう居ないのかもな」
俺もランカも基本的なやり方は暗殺だが、ガチの殴り合いってのも結構好きだったりする。 脳からのイメージが直接作用するということもあり、実際の動きが色濃く反映されるのもまた、RMTの特徴だ。
ランカとは月に一度ほど、その感覚を鈍らせないためにコロシアムと呼ばれる場所で力合わせをしている。 とは言っても、唯一デスペナルティが存在しない特殊フィールドではあるが。
「まぁ、シンヤが殺されようと私にはどうでも良いけどね。 それより、祝勝会」
「またかよ……。 この終わる度に祝勝会の流れ、どうにかならない?」
「ならない。 それともなに? 間違えてデスラム喰らいたい?」
最早脅しじゃねえか……。 ランカが今言った『デスラム』とは、呪術師が会得できる魔法の中でも最強級の魔法だ。 その分高額な魔法ではあるが、先月めでたくランカは習得したというわけである。
その効果は、対象者に膨大なダメージと特殊効果を与えるというもの。 生半可なHPではそのダメージで即死するので、未だに特殊効果というのは見られていない。 かなりレベルを上げている俺ですら、一発喰らったらほぼ瀕死の威力だ。 怖すぎるので、喰らったことはないけど。
「分かった分かった分かったよ。 祝勝会な。 いつもの店で良いよな?」
「オーケー。 それで宜しい」
笑い、ランカは言う。 PK中はひどく冷たい奴になるが、街中でのランカはこんな感じに人間味のある奴だ。 まー、中身は良くて時間を持て余した主婦ってところだろうか。 その昔、ロリキャラで俺に引っ付いて来た「猫耳天使」を思い出す。 中身はおっさんだった。 もうあのオンラインゲームは二度とやらない。 忌まわしい記憶を呼び起こしてくれるな……。
「っと、その前に」
言い、俺は宙に触れる。 するとそこにパネルが表示された。 所持アイテム、ステータス、所持スキル、競売、ギルドコマンド、オプション設定、ログアウト、の順で表示されているパネルの競売コマンドを俺は押す。
「またアイテムチェック? どうせ売りなんてないって」
「念のためだよ、念のため。 あったら俺たちに取っては大問題だからな」
一日に一回は俺がチェックするアイテム、それは俺も持っているチケットだ。 殺人許可証とも言われるこれが出回ることはほとんどない。 約三千万人のプレイヤーを抱え、一日のログイン数は約一千二百万人、同時接続数が常に六十万人を上回り、もっとも人が多くなる夜間で百万人を記録するRMTだとしても、このチケットを所有するキャラクターはほんの一握りだ。 そんな馬鹿みたいな確率で設定されている所為で、俺やランカはたまにチーター呼ばわりをされたりもしている。
現在では二億に迫る勢いの人口だが、そうだとしてもこのプレイヤー数は異常な数値だよな。 それほど、RMTが生活の一部となっている人の多さが窺える。
「もしも売りが出たら、速報流れるって。 ニュースオークションは読んでるでしょ?」
「読んでるよ。 けど、その速報よりも早く情報を入手したいんだ。 一体どれくらいの値段が付くのかにも、興味があるし」
待たされ、不服そうな顔をするランカを尻目に、俺は競売されているアイテム一覧から検索をかける。 数秒のラグのあと、結果が表示された。
「……ゼロ件、か。 これで、もう一年近く売りなしか?」
「正確に言えば三百二十七日。 その習慣も、私と組んでからでしょ?」
「そうだっけ? お、ランカ見ろよ。 この守護の衣安くね?」
「確かに安いけど……嫌。 変態服」
「はは、そういう奴も居るな」
性能は良いが、見た目がこの上なく恥ずかしい所為で付いた略称だ。 たまーに街中で身に付けて歩いている奴を見かけるが、まさに変態服の名に相応しい出で立ちだったっけ。
「それともなに? 私に着ろって言うの?」
「へ? あははは、ランカが着ても似合わないだろ」
俺が言うと、ランカはぴくっと眉を動かす。 そして、俺に持っていた杖の先を向けた。
「ソウルショット」
「は、おい! ちょっとま――――――」
直後、俺の体が後方へ吹き飛ぶ。 起こるのはたったそれだけ、単なる吹き飛ばし魔法だ。 言ってしまえば、お遊び魔法である。
「……それ、いきなり撃たれると酔うからやめろって……マジでさ」
倒れた体を起こし、自身の体を見る。 ちょっとだけラグが起きてるじゃねえか……。
「女性に対して、失礼なことを言うからよ。 体で覚えておいて」
「なら、似合うって言った方が良かったか? 変態服」
「ソウル……」
「うわ! ストップ! 俺が悪かった! この通りッ!!」
慌てて頭を下げ、慌てて手を合わせる。 その行動の早さと潔さが功をなしたのか、ランカは杖を背中へと仕舞う。 AGI振っといて良かった……こんなところで役立つとは。
「早く行くよ、祝勝会。 今日はシンヤの奢りだし」
「……分かったよ。 けどほどほどにしてくれよ?」
「うんうん、ほどほどね」
にっこり笑い、ランカは言う。 こいつの言う「ほどほど」ほど、怖いものはないんだよ。
「うーん! やっぱここのラミアのステーキはサイコー!」
「お前な、ラミアってあの蛇だぞ。 偏食家め」
ランカ曰く、程良く乗った脂と絶妙な歯ごたえ、そして溢れる肉汁が堪らないらしい。 俺はあんな蛇の肉、食べようとも思わないけどな。
「それに、ここで飯食ったって腹は満たされないし栄養もないだろ」
ランカに向けて言うと、ランカは横にあった水を飲み、口を開く。
「別に良いでしょ? 味は得られるんだから。 それとも、そんな変かな?」
最後の部分で、少し声のトーンが落ちた。 変、というのを嫌がっているのか。 それとも、俺にそう見られるのが嫌なのか。 どちらにせよ、答えに変わりはない。
「変だよ。 周り見てみろ、ここに来る奴なんて一人も居ない。 ただの無駄な浪費だからだ」
「まぁ、そうだよね」
寂しそうに笑い、ランカは言う。 そんなランカを見て、俺はランカの食べているラミアのステーキを一切れ奪い、口に放り込んだ。
……確かに美味いな、これ。
「つっても、PK行為をしている俺たちがそんなの気にしてられるかよ。 街中行けば、すっげー変な視線浴びるし、もう慣れてんの。 ランカが変なんじゃなくて、俺たちが変なんだ。 けど、別に良いだろそれで」
「……ふふ、そうね。 そうかも。 ってわけで、すいませーん! ラミアのステーキもう一枚!」
「……それ自腹か?」
「へ? シンヤの奢りに決まってるじゃん。 私のステーキ一切れ取ったんだし、良いでしょ?」
ステーキ一枚と一切れを同価値で考えるなよ……。 結構高いんだぞ、それ。
「いやぁ、食べた食べた。 今日はご馳走様」
「もう絶対奢らないからな。 折角殺したのに、その収入が……」
残高を確認し、少し溜め息が出る俺である。 今日は一人を殺したから俺もランカも五万ずつ貰えているが、さっきの祝勝会で一万ほどぶっ飛んでいる。
「どれどれ、シンヤはどれくらい貯め込んでいるのかな?」
と、不意にランカが後ろから俺のパネルを覗き込んだ。
「ッ! おい! 勝手に見るんじゃねえよ!」
「お、っと……ご、ごめんごめん。 ちょっとマナー違反だったね、さすがに」
舌を出し、ランカは謝る。 少しだけ言い過ぎだったかもしれないが、見られてないよな……?
「……あれだ。 俺ってすげえ貯めてるから、ランカに見られたら殺されかねないからだよ」
「あはは、そんなことしないって。 どうせシンヤを殺しても、私が貰えるのは十万だけだし。 それならシンヤと手を組んで、沢山PKした方が良いから」
……結局は、そこだな。 俺もランカも、お互いに稼ぐ上で都合が良いから組んでいるだけでしかない。 お互いの素性なんて話したこともなければ、話す内容は百パーセントの確率でゲーム内のことだ。 一年近い付き合いの中で、俺もランカも年齢の話すらしたことがないのだ。
そりゃ、ランカが現実世界でどんな奴なのかってことには興味がある。 一年近くパートナーとして行動をして、ログインする時間帯や接続時間ってのも大体分かってはいる。 まぁそこから考えるに……ランカは主婦、または引き篭もり、またはニート。 そのどれかだとは思うけど。
俺も、人のことを言えた義理はないけどな。
「んじゃ、今日のとこは落ちるわ。 ランカもそろそろ落ちる時間だろ?」
「ん、本当だ。 それじゃあシンヤ、今日はお疲れ。 また明日」
「ああ、また明日」
話は始まる。 とあるVRMMOにおける、殺人の話だ。 俺がもしも指南書なんて物を出すとしたら、最初の項目はこれで決まりだな。
殺人の手引きその一、殺すのを躊躇うな。