Episode1
「おーい、ランカ。 聞こえるか?」
『……こちらランカ。 感度良好、問題なし。 オーケーだよ、シンヤ』
ゲームとは、所詮遊びだ。 時間の空いたとき、気まぐれでやる趣味のようなものだ。 少し前まで、世間様の認識はそんなものだった。
しかし、それがある日変わった。 VRMMOと言えば、今となっては広く普及したものである。 発売された当初こそ、ゲーム界における革命だとも言われていたVR系のゲームも、それが今じゃあ当たり前だ。 自分自身の視点で、バーチャルの世界を思う存分楽しめるそれが流行るまで、一ヶ月の月日も経たなかった。
そりゃもう、狂ったようにやる奴が続出だ。 各運営会社も課金制、課金額をどんどん酷いことにしていき、飲めり込みすぎて死亡者続出、なんてニュースにもなったりしている。
「あいよ。 んじゃまぁ、やるか」
『いつも通りに、ね。 そう言えば、この前ちょっと面白い話を聞いたんだ、私』
ゲームとは、基本的に金がかかるものだ。 千単位なんて常識だし、ハマる奴は月に万単位の課金をしていく。 酷いときなんて、十万単位だ。 課金をすればするほど強い装備、強いアイテムが手に入る。 課金者と無課金者の間には、埋められない差が存在する。 昔は主流だった月額課金制も、ポピュラーではなくなってしまった。
しかし、そんな認識を覆したのが、この『Real Money Trade』だった。 一般的……ではなく、ゲーマーの中では広く知られている、俗に言うRMTというものではなく、これがそのゲーム名である。 とてつもなく広大なフィールドと、自由度の高いMMORPG、そして時代の流れに逆らうかのような月額課金。 だが、他のVRMMOとは決定的に違うことがひとつだけある。
それが、ゲーム内通貨の換金制だった。 RealMoneyTrade、通称『RMT』では、ゲーム内通貨である『ルピル』と呼ばれる物を現実の『円』へと換金することができる。 レートは一ルピル一円、つまりは等価交換で。
そのルピルを稼ぐ方法も、様々だ。 モンスターを狩ることや、ゲーム内にある宝くじ、他には月単位で開催される様々な大会、攻城戦、それらを通し、ゲーム内通貨をリアルへと持ち越すことができる。 しかし、当然ながらそれらで得られるものは微量な金でしかない。 基本、月額課金制である『RMT』では、その月々の課金額を補うために設定されていると言っても良い。 一ヶ月一万円、それがRMTにて設定された課金額だ。
だが、それでもこのゲームで稼ぐ方法は、確実に存在する。
「面白い話? ランカのそういうときって、大体どうでも良い話なんだよな」
それをするためのアイテムが、このゲームには存在する。 限定解除権と呼ばれる、ドロップ率が天文学的な数字のそれだ。
通称『チケット』と呼ばれるそれが解除するとあるもの。 それは。
『この前殺した人、あれからログインしてないって。 多分だけど、逝っちゃったのかな』
プレイヤーキル、通称PK。 それの先制権を得ることができるのが『チケット』が持つ効果。 当然、攻撃されたプレイヤーは反撃権を得る。 しかし、この殆どのプレイヤーがプレイヤー同士の抗争を想定していない状況では、先制できる権利というものが莫大な効果を持つ。
「へー、そりゃご愁傷様で。 つーか、咄嗟の判断力がない奴多すぎだろ。 冷静にやっときゃ、死ぬこともねーのに」
PKで得られる最大の利益……それが金だ。 この『RMT』では、登録する際に口座登録が条件なのだ。 それにも更に条件があり、残高が十万以上というのが絶対条件である。 そしてプレイヤーがプレイヤーを殺した場合、その口座から自らの口座へ十万円が流れてくる。 残りの金はと言うと……。
これがRMTに置ける最大の肝。 このゲームは、死亡した際のペナルティ……所謂デスペナルティが、果てしなく重い。 プレイヤーの操作するキャラクターが死亡した場合、その口座に存在する金額の全てが、運営会社であるザッツ・ライに流れるシステムである。 それが例え、殺した者に流れる十万を差し引いて数百万だろうが数千万だろうが、容赦なく引き落とされる。
とは言っても、その死亡すること自体が滅多にないゲームなのだ。 丁寧に作られたマニュアルに沿ってやっていれば、死亡することは皆無と言って良い。 万が一レベルの高い狩場に迷い込んでも、そういう狩場は基本的にノンアクティブ、こちらが攻撃を加えるまで、モンスターも襲って来ないところが殆どである。
しかし、それでも死ぬ馬鹿は稀にいる。 とあるVRMMOでの仕様により資産を失った男が自殺、だなんて話を聞いたりもしたっけな。
更にもうひとつの仕様だ。 このゲームで得た資産を現実へと『換金』する場合は、その引き出す金額の数パーセントがザッツ・ライへと流れる。 一万までの引き出しで十五パーセント、十万までで八パーセント、百万までが二・五パーセント、百万から一千万までが〇・五パーセント、そしてそれ以上は手数料が免除されるのだ。 貯めれば貯めるほど、一度に引き出す額が多ければ多いほど、得をするというシステム。 それらが、貯め込みを加速させている。
月額一万円がかかるRMTだが、普通にやっていれば収入の方が上回る。 上位のプレイヤーともなると、数百万なんて大金を保有している奴らも居るくらいだ。
一般的なプレイヤーの口座は、初めて日が浅い奴ならば十万からは多少プラスになる程度にしか動かない。 しかし、年単位でプレイしているプレイヤーの残高は相当なものになっている。
例えば、今ランカが言っていた「この前殺した人」だ。 あいつは確か、口座に八百万もの大金を溜め込んでいた。 とっとと換金すれば良いものを……欲を出して一千万を貯めて手数料の免除まで頑張ろうとでも思っていたのか、俺らに殺され、全てがパーとなった良い例だな。
「まー俺たちに入るのは五万ずつだけどな。 そんな十万ぽっちでも、おかげさまで俺は遊んで暮らせているよ、豪遊だ豪遊。 ランカ、お前もだろ?」
そして殺したときに得られる十万は、パーティメンバーで分配される。 止めを刺した者が所属するパーティメンバーに、均等に分配されるのだ。 この場合、俺が殺してもランカが殺しても、それぞれに入る金は五万というわけ。
『……私は別に。 それよりシンヤ、そろそろターゲットの可視エリアに入る。 一度、止まって』
「はいよ」
このRMTと呼ばれるMMORPGには、クラスが七種類用意されている。
まず、平均的な攻撃力と優れた防御力を持つ騎士。
次に、瞬間火力と隠密性に優れた暗殺師。
援護魔法、治療魔法を唯一使用できる聖魔法師
攻撃魔法、妨害魔法を駆使する呪術師。
モンスターを召喚し、それを使役する召喚士。
騎士と暗殺者の中間に位置する龍騎士。
精霊魔法と呼ばれる特殊なスキルを有する精霊師。
この、七種類のクラスだ。 そして、俺は暗殺師でランカは呪術師、連携がしっかりと取れれば、問題なく相手を殺すことができる。
「んじゃいつも通りにな。 ランカ」
『分かってる。 ターゲットまでの距離、約百メートル』
基本的に、俺が殺しの実行でランカがそのサポートだ。 俺が『チケット』を保有しているから、ランカは先制ができない……というわけでもない。 この『チケット』は、パーティを組んだ場合、そしてギルドを設立した場合、その全員に効果がある優れ物だ。 この配置は、そっちの方がやりやすいし殺りやすいというだけ。
「……ん、見えた。 ランカ、ターゲットは北北西に六キロの速度で歩行中。 俺は自己バフすっから、三十秒後の位置に魔法張っといてくれ」
『了解。 パラライズで良い?』
「ああ……っと、ちょっと待て。 あいつ、装備が妙だ」
目を瞑り、ターゲットの位置を認識する。 暗殺師が持つ特有のスキル、サーチアイ。 半径百メートル圏内のプレイヤーをどの位置からでも見ることができるスキルだ。 そして、そのサーチアイを使いターゲットを再確認する。 クラスは召喚士……だな。 レベルは俺よりも下、ランカよりも下だ。 一般プレイヤーって感じである。 だが、ひとつだけ妙なこと。
「全身が殆ど対人用の装備だ。 ランカ、最近って闘技大会はあったか?」
闘技大会が行われる直前、直後、それらなら、あいつが対人装備をしていることにも納得が行く。 一週間前後の範囲なら、許容範囲と言っても良い。
『……ないね。 直近であったのは、二週間前の隠れんぼ大会だけ』
ということは、あいつはPKを想定しているってことか? それとも、俺たち同様チケットを保有している? 召喚士のスキルは基本的に召喚獣の操作と強化、プレイヤー自体はそこまで強いわけではない。 そして召喚獣を出すには、結構な時間……十秒ほどの詠唱があるはずだ。 だが、あいつはその召喚獣を出して歩いていない。 ならば、自分自身の腕に相当な自信がある? それとも、何か策を秘めている?
『シンヤ、悪い癖。 イレギュラーがあると怖気づく癖ね。 あれは初心者だから、召喚獣を出していない。 装備もまともに知らない所為で、対人用の装備を付けている。 そういう考えもできるでしょ』
思考していた頭に、ランカの冷たく落ち着いた声が響く。 そう……だな。 そうだ。 どの道、今日やっと見つけたターゲットだ。 これを逃すわけには、正直行かない。
「……わり。 ランカ、三十秒後だ」
『了解。 私はターゲットが魔法にかかった時点で離脱する。 あとは頼んだよ』
「はいはい、りょーかい」
俺が居るのは一般的な草原フィールド。 とは言っても、その面積が半端なく広い所為で、こうして無防備で歩いているソロプレイヤーを見つけるのは中々に骨が折れる作業だ。 今回のこれは、ようやく見つけた獲物。 外に出れば人に会うこと自体が難しいこのゲームで、俺とランカがようやく見つけた餌だ。
ランカは、俺のところから更に少し離れた木陰で待機している。 ランカのステータスならば、俺の頭上を超えての魔法の先張りが可能。 そしてその魔法が発動次第、ランカはタウンスクロールと呼ばれる街へ戻るアイテムで離脱。 その使用にも数秒の時間が必要だが、交戦状態でなければ問題はない。
「……うっし」
そこの岩陰に隠れ、俺は自己エンチャントを始める。 攻撃力の強化、ステータスの増強、脚力の強化、武器に毒の付与。 それらをこなし、俺は思考する。 殺しのイメージと、動きを。
「ハイド」
唱えると、俺の姿は消えた。 他プレイヤーから一切認識されなくなるスキルだ。
それが見えたのか、ランカの声が頭に響く。
『五……四……三……』
PKを始めてから、数年が経った。 殺したプレイヤーの数は、覚えちゃいない。 一日が終わる頃には、殺した奴の名前すら忘れている。
『二……一……』
ランカのことは良く知らない。 出会いのことは覚えているが、それ以外は殆ど知らないと言っても良い。 一応はメールのやり取りをしているが、ゲーム内のことしか話したことはない。
俺が唯一知っているのが、ランカは殺した奴のその後を調べているといったことくらいだ。 俺が言うのもあれだが、趣味の悪いことこの上ないよな……。
『ゼロ。 シンヤ、今よ』
言葉を受けて、目を開く。 そして岩陰から飛び出し、五十メートルほどまで縮まっているターゲットを視野に入れる。
見たところ……麻痺効果はしっかりと出ているな。 さすがはランカ、寸分違わずの精度だ。 と言うよりかは、俺もランカも対人特化型のステータス振りをしているから当然か。
その五十メートルの距離も、一瞬で詰まる。 俺の場合は、AGI……要するに俊敏型。 移動速度と攻撃速度、そしてスキルの詠唱速度をこれ以上なく上げている。 PKに置いては、たった一秒のズレ、早さこそが最重要と考える俺のやり方だ。
ランカの場合は、INT極振り。 魔法威力をこれ以上ないってくらい求めているランカのサポートは、俺との相性が非常に良い。 純粋な殴り合いではなく、文字通りの暗殺をメインにしている俺とランカならではのステータス振りだ。
「よう、気分はどうだ」
俺はそのプレイヤーの前で立ち止まり、声をかける。 と同時に、ハイド状態の解除。
……女か? このゲーム、登録する際の個人情報でキャラクターの性別も決定するんだよな。 それを適当なものにした場合は換金システムそのものが利用できないから、こいつは女だ。
「う、く……あんたは……! 来ると、思ってたわ」
召喚士の女は、俺の顔を見て言う。 なんだ、やっぱりPKに遭うことが前提の対人装備ってわけか? しかし、それにしても麻痺の効果時間は残り三十秒、麻痺の耐性は上げていないのか。
それに加え、俺のことを知っている……か。
「ん、俺を知っているのか?」
俺が尋ねると、女は飛びかかる勢いで口を開いた。 しかし、麻痺状態の所為で身動きは取れない。
「そりゃそうよ!! あんたの所為で、あんたの所為であたしのお父さんはッ!!」
キャラクターが、ラグっている。 脳波を利用するVRMMOでは、現実世界の状態によってキャラクターにもブレが生じる。 つまり、現実世界で酷く動揺しているってことだ。
「俺の所為? おい、まさかとは思うが」
「この前あんたがPKした……殺したプレイヤーよ! お父さんはお金をあんたに取られたッ!! 運営に言っても、規約に明記されているの一点張りで……!! それで、あたしのお父さんは……!!」
「ランカが言ってたな……この前の奴か。 一千万近く持ってた奴」
召喚士の女のキャラクターは、更にブレていく。 電波状況が悪いときのホログラムのように、崩れている。 このまま進行していけば、身体の危険を感じ取ってゲームからの強制切断が行われる。
「……自殺、したのよ。 あんたが、あんたが殺すからッ!! この人殺しッ!!」
「人殺し」
言われた言葉をそのまま、俺は反復する。
……さてはランカの奴、知ってやがったな。 前回の男プレイヤーがどうなったのかも、今回のターゲットがそいつの娘であることも。
「あんたがあたしのお父さんを殺したのよッ!! 返してよ、あたしのお父さんを!!」
「……そっか。 俺が、殺したか。 けどさ」
俺は言う。 泣き叫ぶ召喚士の女の顔を見て。 満面の笑みで。
「たかがゲーム、それで馬鹿な父親が消えて良かったな。 ゲームの死亡で現実でも自殺する馬鹿なんて、死んで良かったろ? あはは」
これがあるから、止められない。 馬鹿が馬鹿を見るゲーム、それを早くに知れた俺は、早々にこのゲームの正しいやり方を学ばせてもらった。
「な……あん、た……!」
女のキャラは、更にブレる。 マズイな、そろそろ切断されるか?
「さて、んじゃお話は終わりだ。 そろそろ麻痺も切れるし、何よりここで強制切断されても困る。 お前の死は、俺の飯になるんだ。 良かったな」
「こ、の……死ね、死ね死ね死ねッ!! お前なんか、死んでしまえッ!! 地獄に落ちろッ!!」
「おいおい、死ぬのはお前だよ」
手に持っていたダガーを女の胸へと突き刺す。 直後、女のHPバーはみるみる減少していく。
俺がメインで使っているクリスと呼ばれる短剣だ。 これはクエストで獲得した際に、様々な効果が付与される唯一の武器である。 通常、武器には決まった付与効果があるが、このクリスに限っては付与数も付与効果もランダムなのだ。 とは言っても、一度のみしかクエストは発生しないので、武器自体の希少価値もかなり高い。 毎日毎日レベル上げてクエストクリアを可能にするほどまでスペックを上げて、それから更に運が絡んでくるという武器だ。
そして、俺のクリスに付いているひとつの効果、それが出血。 斬られた者は継続ダメージを受け、そしてそれが刺された場合だと、時間が経つに連れ膨大なダメージ量となる。 更に、暗殺師の毒付与スキル、ポイズンウェポンによってダメージは増している。 このクリスには他に六つの特殊効果が付与されているが、五つ目、六つ目、七つ目に関しては恐らく機能をオンにすることはない。 オプション機能のオンオフをできる辺り、優れたゲームだよ、まったくな。
「覚えとけ……いつか、いつか絶対に殺してやるッ!!」
「言ってろ。 また殺してやる」
言葉と同時に、HPバーが消え、更に女のキャラクターは消滅する。 そして、俺の名前が赤く染まる。
『お知らせです。 アルダイルフィールド上にてプレイヤーキルが発生致しました。 プレイヤー「シンヤ」がプレイヤー「ナナ」を殺害しました』
これが、PKをしたときに行われるワールドチャットと呼ばれる物。 PKを行ったプレイヤーと、PKをされたプレイヤーの名前がそのエリアと隣接するエリアに存在する全てのプレイヤーに知らされる。 通常、エリアは一キロで区切られているから、単純計算で八方向……大体半径ニキロくらいか。 そのエリアに存在する全てのプレイヤーが、危険を察知できるシステムだ。 そしてPKを行った者は、十五分間誰からも先制を受けるレッドネーム状態となる。
「さてと、今日は誰か来るのかな。 俺を狩りに」
同時にそれは、PKKと呼ばれる連中を呼び起こす可能性もある。 プレイヤーキラーを狩るプレイヤー、それに重きを置く連中も、このRMTには存在する。
「来てくれれば、収入は倍だ」
俺は呟き、その場に座る。 ランカからはこっ酷く「済ませたら街へ戻れ」と言われているが、俺にはひとつの目的があるのだ。
しかし、一分が経ち、十分が経ち、十五分が経っても誰一人として現れない。 殆どが、死ぬのを避けているこの現状だ。 俺はこのRMTは、PK推奨型のゲームだと認識している。 そうするのがもっとも効率良く稼げ、そして同時に。
「……くそ、今日もゼロかよ」
それが、この上なく楽しいからだ。