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第8話 『不思議な少年』(前編)

 会わせたい人がいると言ってゆかりさんに連れてこられたのは、僕らが通学に使っている駅前だった。


 駅の向こう側はロータリーが広がり、アパレルショップの入ったファッションビルや、私鉄密着型のチェーン系巨大スーパーなどが並んでいる。

 しかし駅のこちら側は駅前開発が遅れていて、地方私鉄の駅前らしい、ちょっと寂れた雰囲気が漂っていた。

 長い階段を上がった先にある改札を通り抜け、ゆかりさんは僕をホームまで連れていく。左手で息も絶え絶えとなった子犬を抱え、右手で僕の手を引いて。

 そこには一台の電車が止まっていた。

 電車で移動するのだろうか?そういぶかしがる僕に、ゆかりさんは言った。


「この中にいるのよ」


「え!? だってこれ電車だよ……?」


 明らかにおかしい――

 いくら日中で人通りの少ない時間帯とはいえ、その電車には人影がなくドアも開いていない。それに電車の発車表電光掲示板を確認すると、電車がくる時間でもなかった。

 故障か事故なのだろうか? ホームにまばらにいた人々もざわついていたが、アナウンスさえ流れず、まるで駅全体の機械類が止まってしまっているかのようだった。

 そして、僕らがホームに到着するのを待ち構えていたように、僕らの目の前のドアだけが開いた。ゆかりさんにいわれるがままに、二人とも電車に乗り込む。すると発着のベルもならずにドアが閉まり、電車は勝手に発車し始めた。


 すべてが異常な雰囲気に包まれている。その不可思議さが、僕にひりつくような緊張を与えた。眼鏡がゆがんでいる気がして、左手の親指と薬指でフロント部分をはさんでかけ直す。

 ふいに、電車内に男性のよく通る澄んだ声が響いた。それは僕に投げかけられたものだった。


「ゾンビのような眼をしているね、君は……」


 声のした方を振り向くと、そこには僕と同じ年ぐらいの、見慣れない学生服の男性が座席に座っていた。彼は僕に向かって言葉を続けた。


「死んでいるのに、生きたい生きたいと叫んでいる眼だ」


 その男性はどこか中性的で端正な顔立ちをしているが、少年と呼ぶにはあまりに大人びた雰囲気を放っている。彼の背中側からさす強い日差しが、彼の彫刻のような面に陰影をつけ、その精悍さを引き立たせていた。

 学生服の上にはまだ肌寒いのか、ロングコートを羽織っている。黒の革靴はまるで新品のようにピカピカに磨かれていた。

 しかし何より目を引いたのは、雨でもないのに手にした傘だった。彼は杖代わりのように立てている黒の長傘に、両手を乗せていた。

 あまりの不可解さにうろたえていた僕に、彼は自己紹介をし始める。


「僕の名は日野……。平城高の学生だ」


 平城高といえばスポーツエリート高として有名だった。大規模な大会に毎年のように名を連ねている。

 日野と名乗った少年は手にした傘を腕にかけると、ゆかりさんが抱えていた瀕死の子犬を抱き受ける。服が汚れるのを気にもせず、子犬の濡れた頭をいとおしそうに丁寧に撫でた。

 彼の眼の色がかすかに変わる。先ほどまでは微かに呼吸を震わせていた子犬は、完全に生気がなくなっているようにみえた。


「かわいそうに」


 そう誰にともなく呟く。

 そして、日野は射すくめるかのような視線で僕を見つめてきた。僕の目をゾンビのようだと形容した彼の眼は、まるで猛禽類か何かのようで、僕は思わず目をそらしたくなる。彼はまるで関係なさそうな話題を振ってきた。


「ところで、君はこの駅の改札までの階段が何段あるか知っているか?」


 当然答えられるわけがなかった。しかしなぜ、そんなことを尋ねるのだろうか。彼はより強い言葉で続ける。


「39段だよ。君は毎日登っている階段の段数さえ知らない。それと同じように、人は同じものを見ても、同じものを感じるわけじゃない……」


 日野はいったん言葉を切ると、今度は右手の人差し指を自分の目を指すようにこめかみに当てて言った。


「今、息を引き取ったこの子犬の命でさえ、ただの肉の塊にしか見えない人間がいる……。自殺者の悲しい叫びも、楽しい会話のネタにしか考えない人間がいるんだよ!」


 その言葉は僕の胸に突き刺さる。彼の想いは、僕があのコンクリートの囲いの中で感じていた想いと一緒だった。そう僕は感じてしまったのだった。

 誰もが見て見ぬ振りをする。なのに人はみな、自分だけは潔癖だと声高に叫ぶ。それは自分自身の見えない盲目の世界に違いない。

 日野は先ほどまでの力強い口調とは違い、まるで語りかけるように言った。


「ひどいと思わないか……。こんな人間なんて消えてしまえばいいと思わないか」


「いったいなにが言いたいんですか!?」


 日野は、右の手のひら大きく開くと僕に向けた。


「一緒にこの街を滅ぼさないか? 同じ、『(あざな)』を操るものとして――」


 彼が向けたその手のひらには、僕と同じような黒ずんだあざが描かれていた。それは、くっきりと『火』という文字に読めた――

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