第7話 ゆかりさんとの再会
その日、僕は午後の授業を休み保健室で過ごすと、混雑を避けるため授業の終わりより少しだけ早く学校から出た。
人通りの少ない、いつもとほんの少しだけ違う帰り道。僕はゆかりさんとの出来事を反芻するように思い返していた。
今頃彼女はどうしているんだろう。ひとりで泣いているかもしれない。僕にできることは何もないのだろうか――
うつむきながら歩いていた僕は、ふと視線を感じて面を上げる。街路樹の陰に見知った人影を見つけた。いや、見つけたんじゃない、彼女は待っていたんだ。
それはゆかりさんだった。
彼女はいつもの紺のブレザーに紺のハイソックス姿だった。ひとつだけ違うところをあげるとするなら、今日の彼女は学生帽をかぶっていた。
「会えてよかった……。君のことずっと待ってたんだよ」
そんな彼女の言葉に僕は安堵を覚える。彼女が無事だったことに、再び出会うことができたことに。
ゆかりさんは微笑を浮かべていた。それは以前教室で見た物とも、あの日屋上で見た物とも違った、屈託のない笑顔だった。
「やだ、なに泣いてるの? 優しすぎるよ、君は」
僕は泣いたつもりはなかったが、彼女から見たら涙ぐんでいたのかもしれない。
「ケガとか、体調とか大丈夫だった? どこか痛いところとかはないの?」
「うん、ケガはないかな……。心配してくれなくても大丈夫だよ」
駅へ向かっていた僕の歩みに合わせるように、彼女は自然に歩き出す。一緒に、並んで歩くのは気恥ずかしい限りで、僕はうつむいていた。いろんな話したいこともあったけれど、何も言葉にならなかった。他愛のない会話を続けたくても、どうしていいのかすらわからなかった。
会話の切り口を探すように、ふと彼女は僕に語りかける。
「それよりこの帽子、へんじゃないかな?」
「……似合ってるよ。ゆかりさん、髪きれいだし」
ゆかりさんは僕のその言葉を聞くと、少し寂しそうにうつむいて相槌をうった。
「そっか……」
ただ、そのうつむきは一瞬だった。彼女は気分を切り替えるように、いつもより高い声で話し始める。
「あのね! 私入院してた時に運命的な出会いがあって。その人のおかげで立ち直れたの……。その人は『人は幸せだから笑うんじゃない。笑うから幸せなんだ』って……。だから笑顔だよ」
彼女はまた、先ほどと同じように屈託のない笑顔を浮かべていた。だけれどもそれは無邪気な微笑とは違う。強さの必要な笑顔なのではなかろうか……。
彼女は言葉を続けた。
「実はね、今日はその人に会って欲しいの……」
突然の誘いに僕は戸惑った。
「……まさか、宗教の勧誘とかじゃないよね……」
「ばかぁ。そんなんじゃないよ」
僕は歩みを止めた。彼女は半身を翻しながら僕を見つめた。僕はぎこちなく彼女を見やると、尋ねる。
「……あのさ……その人って、男の人なの……?」
「うん、大切な人」
彼女は綺麗というよりは、自然な笑顔でそう答えた。僕はその笑顔を羨ましく思った。僕と一緒にいたときには決して見ることのできなかった表情だったからだ。
その笑顔がまぶしくて僕は目をそらした。
ふと視線の方向を見やると、人混みの中に子犬が倒れているのを見つけた。その子犬は怪我をしていたようだ。腹部から血を流し、その血が黒く固まって白い毛に付着している。元々は白かったであろう毛並みは薄汚れて茶色じみていた。
待ちゆく人々は誰も気にとめてさえいないようだった――
僕が駆け寄ろうとすると、それよりも早くゆかりさんが子犬に近づいて、汚れることなど気にも留めずに抱きかかえる。
「行こ」
そう彼女は言うと、子犬を抱えている手とは逆の右手を僕に出してくる。
僕は逡巡しながらも、その手を握る。ゆかりさんはその手を引くように歩き始める。
彼女が幸せならそれでもいいと思う。ただ、彼女の手のぬくもりが嬉しかったから――