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第3話 『グミチョコレートパイン』

 その日の授業が終わり帰ろうとしていたところ、校舎の入り口付近でゆかりさんを見かける。


 まだ肌寒いというのに、日の当たらないこの場所で誰かを待っているようだった。

 僕は彼女と挨拶をかわすほど親しいわけではないので、目線が会わないよう、やや伏し目がちに通り過ぎようとした。

 何事もなく通りすぎるはずだったのだが、彼女は僕を見かけるとこちらに向けて駆け寄ってくる。

 しかしよほど慌てたらしく何かにつまずいてしまい、もっていた本を派手にばらまいてしまった。

 さすがにこの状況で無視することは出来ない。


「大丈夫?」


 そう声をかけると本を拾い上げる。

 一瞬本の表紙を見やると、それらはこの街の図書館で借りたもので、あろうことか全部岩波文庫だった。

 マークトゥエインの「不思議な少年」をはじめとして古臭い本が並ぶ。きょうびこんな活版印刷のかすれた文字の本を、わざわざ読もうと思う女子学生も珍しいのではないだろうか……。

 そう、まだわからないが多分ゆかりさんは、今どき珍しい文学少女なのかもしれない。それは彼女のクラスでの立ち位置よりも、彼女の雰囲気に合っている。僕は彼女の秘密を自分だけが見つけた気がして、ひそやかにほくそ笑んだ。


 本の束を手渡そうとしてゆかりさんに差し出す。彼女は教室で見るように微笑んだ。

 歯茎を見せず、きっちりと口角が上がったその笑顔は、何某(なにがし)かの女優のように美しかった。ただそう感じることに僕は恥じた。人はなにかを美しいと感じるとき、醜いものと比較しているのではないか? そんな価値観が僕にはあったからだ。


「ありがとう」


 そういうとゆかりさんは本を受け取ろうと手を伸ばす。

 彼女の手が触れた途端――バチッと激しい痛みが本を持つ手に走り、僕らは再び本を取り落としていた。静電気のような、いやそれよりもより強い衝撃。腕がしびれて硬直する。


 もしかしたらスタンガンをうたれたらこんな感覚になるのではないだろうか。まさかこれが恋に落ちたときの衝撃じゃあるまいし……。

 いったいなにが起こったのか。しばし僕はしびれと共に呆然としていたが、彼女の方は立ち直るのが早かった。いや、まるでこのことを知っていたのではないかというぐらい、早すぎる気がする。一瞬彼女のいたずらを疑ったが、その考えを振り払う。


「ごめんなさい、大丈夫?」


 ゆかりさんはそう言うと、しびれていた僕の手を握ろうとしてきた。彼女の指先が僕の手に触れて、僕は恥ずかしさにとっさに手を引いてしまう。その僕の所為に彼女は少し驚き、二人の間に気まずい雰囲気が漂う。

 先ほどの衝撃がなんだったのかはわからないが、再度本を拾おうとして気がつく。本からは焦げた臭いがした。図書館用によくあるビニールの貼られた表紙が黒く焼けている。やっぱりさっきのは、単なる勘違いではなかったのだ。


「ごめん、本こんなになってしまって」


 そう言って拾い集めた本をゆかりさんに手渡すと、彼女はそれを受け取った。


「いいえ、謝るのは私の方よ。多分、私のせいだから」


 まるで懺悔するように、彼女は少し節目がちにそう呟く。

 その彼女の言葉でわかったことがある。やはり先ほどの電気のような痛みは彼女にとって初めてのことではないということ。そしてもう一つ、それは彼女の故意ではないということだ。僕はそのことがわかっただけで少し安心した。

 さてどうしたものか……なにも用事はなくなったし帰ろうとしたところに、背後からゆかりさんが声をかけてきた。


「私、図書館に寄るつもりなの。もし少し時間あるなら、途中まで一緒に帰らない?」


 率直に断ろうとした。人と関わりあうのは苦手だ。

 しかし彼女が駅までの途中にある図書館に寄ろうとしていたのなら、返却時に汚してしまったことを謝るに違いない。

 彼女は自分のせいだといったが、それを彼女の責任として押し付けるのは違う気がした。僕になにか責任を取ることはできなくても、一緒に謝るくらいならできるだろう。

 どうせこのまま帰っても家では誰も待っていない、ひとりで寝るだけなのだし。


「図書館までなら行くよ。ちょうど寄りたいと思っていたところだから」


 ゆかりさんは少しはにかんだ。


「ありがとう。あと、忍くん……って呼んでいいかな。私のことはゆかりでいいから」


 彼女の距離のつめ方に僕は戸惑いながら、それでも多少遠回りして図書館まで一緒に歩いていくことにした。

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