表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の鴉  作者: 悒燈
1/3

 それは、雪の降る寒い日の夕方のことでした。


 少年は、雪の上で力なく倒れた一羽のカラスを見つけました。

 カラスの身体は墨のように真っ黒で、一面に広がる白い雪原の中で、そこだけがぽっかりと空いた穴のようでした。


「ああ、なんということだ」


 少年はカラスの体をそっと両手で掴み、持ち上げました。

 カラスは目を閉じていて、まるで死んでいるようでした。

 けれども少年には、確かに彼女の心臓の音が聞こえます。


「こんなところに迷い込んでしまうなんて。僕が、何とかしてあげないと」


 少年は、カラスの体をそっと胸に抱いて、持ち帰りました。

 少年に抱かれても、カラスは目を閉じたままでした。


***


 少年は雪の道を歩いて戻り、家の中の鳥籠にそっとカラスを入れました。


「大丈夫。もう君は、凍えていない」


 少年は、鳥籠に向かって優しく語りかけました。


「あとは君が眼を開ければいい。君に、その勇気があれば」


 だけど、静かに横たわったカラスは、いっこうに眼を開ける気配がありません。


 少年が窓の外を見ると、だんだんと吹雪が強くなってきていました。

 吹きつける風の冷たさは窓の隙間を通り抜け、部屋を少しずつ冷やしていきます。


 少年の部屋に、部屋を暖める暖炉はありませんでした。


**


「やあ、気がついた?」


 カラスが眼を覚ましたのは、その日の夕方のことでした。

 少年は、うっすらと眼を開けたカラスに向かって優しく語りかけました。


 カラスは体を起こし、周りをキョロキョロと見回し、そして、静かに涙を流しました。


「ああ、どうしたんだい」


 少年は言いました。


「何があったか話してごらん。僕にはなにもできないけど、話くらいは聞いてあげることができるから」


 カラスは首を振って涙を払い、そして話し始めました。


「私は魔女に会って、姿を変えられてしまったのです」


 カラスの声はガアガアとやかましく、掠れて聞き取りにくい声でした。

 ですがその言葉遣いは、とても上品なものでした。


「どうして、変えられてしまったんだい?」


 少年はカラスに優しくたずねました。


「魔女が、私に言ったのです。ドレスを着飾っただけで心まで綺麗になるとは思わぬことだ、と。あなたの心は、醜い姿のままだ、と」


カラスはうつむき、言葉を詰まらせました。ですが、懸命に話そうと頑張ります。


「だから、姿を変えられてしまったのです。私に、罰が当たったのです」


 癇癪を起こした子供の泣き声みたいなカラスの声を、しかし少年は、はっきりと聞き取りました。

 少年には、カラスの心がわかりました。


「私は、耐えられないのです」


 そう言うと、カラスはボロボロと涙をこぼしました。


「鳥に姿を変えられるのなら、せめて雪のように真っ白で美しい姿でありたかった。こんな醜い、下品な姿をあなたに晒すことになるなんて」


 少年は、そんなカラスを見て、少し惨めな気持ちになりました。


 この子を慰めてやりたい、でも慰めるだけでは何の意味もないのだと。

 少年は、そう思いました。


 だから、嘘をつくのはやめようと思いました。


「いいえ」


 少年は言いました。


「あなたの姿は綺麗です。この白い虚無の中で、あなただけが色のついた姿だった」


 それは、少年の正直な気持ちでした。


「僕の手を、僕の顔を見てください。ほら……真っ白でしょう?」


 少年の手を見て、カラスは息を呑みました。少年の指先は色を失い、まるでガラスのように透き通っていたのです。


「もうすぐ僕の身体は、透き通って崩れていきます。今の僕は、その時がくるまでに見せる、ほんの少しの夢なんです。だから僕は、僕と違って色を失わないあなたの姿を見て嬉しかった」


「無くならない色をこの眼で見て、この手で触れることができた。それが本当に嬉しかったんです」


「あなたの黒い羽は、とっても綺麗です」


 少年は、笑いました。


「あなたの黒い姿は、僕にとっての温かい夜空です」


 それは少年が初めて見せる、笑顔でした。



「一つ、教えてください」


 カラスは意を決して訪ねました。


「あなたの名前は、何ですか?」


「……アル」


 少年は、寂しそうに微笑みました。


「僕の名前は、アルです」



***


「それにしても、不思議なものです」


 アルは、鳥かごの中でぐっすりと眠っているカラスを見て、そっと呟きました。


「鳥と(カラス)。たった一つの線だけで、どうしてこうも違うのでしょうか」


 答えを返す者はありませでした。



 そして、少年の影はぐずぐずと崩れていきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ