99. 冬季休暇 (14)
99話目です。
6人で雪山での野営とは思えないほどぬくぬく暖かい寝床で一晩過ごしたあと、ヴィーとマイクさんは北区のジオターク村へ、僕たち4人は雪深い山道を緩やかに下っていく。
そこは、マイカさん1人が通るのがやっとという細い山道、僕とロベルトは1人ずつなら難なく通れるが、ルーフェスにはかなりきついようだった。
体を横にしたり、斜めにしたり変な格好になったり・・・体が大きいのも時と場所によりけりなんだなと思ったりした。ははは。
細い山道に雪が少なくなったなと歩きながら思っていたら、そこは既に東区に入る直前だったようだ。
急に、開けた場所にポンと出て、一瞬呆けてしまった。
「えっ?何これ?行きと違って全然楽だったような・・・・どういう事?!」
「ほんとだ。道は確かに狭かったが、ただ歩いて下って来ただけだしな。」
後から付いて来ていたロベルトが、僕の独り言に賛同する。
その後ろのルーフェスは・・・・姿は見えるけど・・・・まだ遠い。
先頭を歩いていたマイカさんは、やっぱり狭くて歩きづらかったのか体をほぐす運動をしていた。
「やあ、来た来た!ルーフェス君は・・・・まだか。」
「マイカさん、何だか行きよりも楽だったんですが?」
「え?そうだね。この道が東区から北区に行くのには一番安全な路だから。」
「「えっ?!」」
じゃあ何で、行きはこの路を通らなかったんですか?という問いが喉まで出かかったけれど、連れて行って欲しいと頼んだのも、道程をお任せしたのも僕たちなので口には出せなかった。
「行きもこっちの方が良かった?でも行きは上りになって、あの街に付くのには3日ぐらい遅くなったと思うよ?今の君たちならもう少し早いかもしれないけどね?体力的にも魔力的にも技術的にも前と比べてかなり成長してると思うけど、実感ない?」
そんな事を言われても今ひとつ判らない。
実感なんてないなぁって思っているのが判ったのか、マイカさんに「そのうち判るよ」と流されてしまった。
ドタ、ドサッ!
おめでとう、ルーフェス。
漸く、狭い山道から抜けられたね。
でも、お尻を突き出した形で前のめりに倒れてる姿は、はっきり言って格好悪い。
体のあちこちに変な力を入れていたせいか、すぐには起き上がれないようで今だにそのままだ。
目を見開いて呆然と見ていたロベルトは、何瞬後かに我に返ってルーフェスを助け起こしていた。
僕?僕は腹筋が急な痙攣に襲われてしまって、それどころじゃなかったよ。
上り坂になっているとはいえ、断崖絶壁を上りよりは遥かに楽で安全だろうこの道が、何故あまり知られていないのか?
その理由は通るのは確かに楽だけど、そこで北区の魔獣に襲われたら抵抗出来ずに終わりだからだそうで、余程自信のある者でないと通らない。そして更に道を抜けきるまで結界を張り続ける力がないとすぐ襲われてしまう場所らしい。
ナニソレコワイ!
それって、このまましておくのはかなりまずいのではないだろうか?
「それで・・・!」
と言った途端に、マイカさんは魔術を発動させ山道脇にあった大きい岩を僕たちが出てきた出口に移動させた。そして、その岩の上部にぴょんと飛び乗ると何やら作業をして降りてきた。
岩の上部には魔石が埋め込まれており、北区の魔獣がこの山道を通って東区に流れて入って来ないように、結界を張っている。
その結界を維持するために、魔力の強い者が魔石に魔力を補充する必要があるとのことだった。
「それって、もしかして東区を管轄にしている騎士団の仕事では・・・?」
とロベルトが聞くと、あっさり「そうだよ」という答えが帰ってきた。
でも、使うことは禁止されてないし、使ったら岩を元に戻して、結界の魔力も補充するのが暗黙のルールになっているらしい。
そういうことだったら、看板立てるか岩自体に書いておけば良いのに。
警告!
高ランクの魔獣に遭遇する危険あり。
不用意に岩を動かすべからず。
動かした者は、元に戻し魔石に魔力を補充すべし。
とか、どうかな?
でも、それは出来ないそうだ。
大人の世界って難しいな。
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マイカ姉たちが細い山道に入っていくのを見送りつつ、あんな所にあんな山道があったんだと思っていた。
こちらも移動しなきゃなと振り返ると、マイク兄が近くにあった気を一本切り倒していて、風の魔術を使ったのか、あれよあれよという間にある物を作った。
「えっ?・・・・ソリ?」
「ヴィー、風魔術の布札持ってる?」
「あ、うん。持ってるよ。」
「貸して。」
マイク兄は、受け取った布札をソリに魔術で貼り付けるとソリの中に寝るときに使った、シープの毛を敷き詰めさせた。
2人でソリに乗り込むと「ちゃんと掴まってろよ」と一言注意すると、風魔術を発動させジオターク村方向に向けて雪飛沫と共に猛スピードで雪道を滑らした。
周りの景色が垣間見えたのは最初だけだった。
初っ端から猛スピードだったのに、更にスピードを上げたらしくもう景色なんて見えない。
っていうか目も瞑れていない。
スピードと寒さで顔が強張って表情筋が動かない――――――っ!!
多分これじゃあ、魔獣だって襲ってこない。
下手にソリの軌道上にいたりしたら、引かれちゃうかもしれない。
まさかの魔獣が交通事故?!
「ふははははははは――――――っ!!何人たりとも俺の前を走るんじゃね――――――っ!!」
・・・・・・逃げて――――――っ!!
北区の魔獣たち超逃げて――――――っ!!
ソリに乗った単独暴走車?に駆逐されちゃうよ――――――っ!!
(族じゃないよね?!ソリ1艘だから!)
しかも、寒い!
寒い寒い寒いってか、冷たい冷たい――――――っ!!
身動きがとれないから、布札も取れないし魔術も発動できない。
ソリを止めて欲しくても言うことが出来ない!
ソリの上で凍死しちゃうだろ――――――っ!!
おのれぇ!マイク兄――――――っ!!
馬鹿――――――――――――――――――っ!!
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そろそろ、人里に着くだろうとソリの速度を緩めて滑らせていると、巡回中なのか北区の騎士団の制服を着た人影が2つ見えてきた。
あちらもこっちに気がついたのか、警戒しながら声をかけてくる。
「おい!そこのソリ!止まれ!」
別に争うつもりもないマイクは、更に速度を緩めて2人の前に弧を描いてソリを止めた。
「どこから来た?名前を名乗れ!」
2人のうちの1人が声を張る。
もう1人がそれに待ったをかけた。
「待て。もしかしてマイクか?」
「ええそうですよ。ああ、失礼、王都中央騎士団所属マイク・バンブーです。そちらは巡回中ですか?イザーク?お仕事お疲れ様です。」
知り合いだった事とこちらが名乗ったことで安心したのか、あからさまだった警戒を少し緩めた2人にマイクは苦笑した。
だが、一応何をしに来たのかは問うてきた。
「こんな所で何をしているんだ?」
「ジオターク村に人を訪ねて来たんですよ。」
「ふむ。一人でか?・・・・休暇か?」
「え?休暇ですけど、1人じゃ・・・・・うわっ!」
マイクは乗っていたソリの前に、こんもりと盛られている雪に今更気づき驚く。
「もしかして、お前の前にいるのが連れか?雪だるまにしか見えんが・・・・?」
雪の塊を見て少し呆れながら言うが、手を貸そうともしないイザークに、一緒にいた騎士は慌てて雪を払おうと近づき声をかけた。
「何?!これ、人なのか?!おい!だ、大丈夫か?!しっかり!!今雪を退かしてやるぞ!」
雪の塊と化していたヴィーは、ソリが止まったことにやっと気づいたようで、ゴソゴソと身震いした後に突然、ザッと立ち上がった。
ぼたぼたぼたっと、まとまった雪が周りに落ちた。
顔は俯いたままで、頭にはまだ雪が乗っかっている。
「・・・・大丈夫か?」
騎士はいきなり立ち上がった雪まみれの人物に驚いたが、何も言葉を発しない。
心配になって再び声をかける。
「心配してくださってありがとうございます!あなたは良い人ですね、それに引き換え・・」
と声を掛けてくれた騎士の手を取って微笑んだあと、マイクをジト目で睨んだ。
「!!」
騎士の顔が瞬間カーッと赤くなって、顔を急にあちこち向け、あわあわしている。
髪が雪で濡れて滴り落ち、疲労を隠しきれない微笑は妙な色気を醸し出してる。
その上、手袋越しとはいえ手なんか握られてしまっている状態に、駆け出しの純情な平民の騎士はどうしていいか判らないらしい。
「あいつはそっちの趣味の奴だったのか・・・・」
ぼそっとイザークが呟いた。
イザークはマイクと一緒にいるのが嫁候補に考えている”リヴィオラ”だとは、やはり気がついていないようだ。
「ヴィーは女の子ですよ!失礼だな!」と喉まででかかったが、今は正確ではないなとグッと飲み込んで、目を明後日の方へと向けた。
間違っているとも言えない状況に、説明するのも面倒なのでそのことは放置し、マイクは休暇を利用してシェリルとシュンを訪ねて来たことを告げて、イザークたちと別れた。
実家に向かう道すがらヴィーは魔術で自分を”洗濯”し、移動中の所業について延々説教をし続けた。
結界も張らずに猛スピードで滑って、寒さと自分に積もっていく雪で危うく凍死しそうだったとか。
スピードもさる事ながら、かなりの高低差のある場所で「こんな高さなんか俺の敵じゃない!」とか
訳の判らない事を叫んで、躊躇なくソリにブーストをかけられて何度も舌を噛みそうになったとか。
襲っても来ない、ソリのただ軌道上に運悪く居ただけの魔獣に「何人たりとも俺の前を走るんじゃね――――――っ」とかの暴走行為はなんなのかと。
マイカが北区に単独で旅に出た時に、自分も北区の魔獣の心配をしたことを思い出したマイクは、雪だるま状態で配慮し忘れていたヴィーの説教に、何度も「ごめんなさい、もうしません。」と言うしかなかった。




