92. 冬季休暇 (7)
92話目投稿です。
魔狼が大きく跳躍して俺にに襲いかかって来たが、再度バシンっ!と弾き返した。
その勢いのまま、魔狼が俺の右後方に吹っ飛んで行くが見えた。
飛ばされる軌跡を辿る先には、ヴィーがいた。
「!!」
ヴィーは飛んでくる魔狼を見上げて、ただ見ていた。
しまった!周りを注意していなかった。
魔狼は、飛ばされる体を空中で反転させ、一瞬下を見た。
下に人がいるのに気がつき、魔狼の体が瞬間ビクついたように見え、その後に魔狼が信じられない動きをした。
空中で前足後足を必死に動かして、ヴィーの上に落ちないようにしているように見える。
その動きは所謂”平泳ぎ”。
空 中 で ひ ら お よ ぎ
そこは”犬かき”だろ?!
いやいやいや、突っ込んでも意味はないって、俺。
まるで何かのコントのようだが、やっている魔狼は、本気で必死の様子。
何とかヴィーの上に落ちずに通り過ぎた途端に、力尽きたのか雪上に結構無様に直下した。
現戦闘に関係ない者は、巻き込んじゃダメなルールとかがあるのかな?
「・・・・そういえばあいつ、風の魔術使えてたのに、何であんなことになってんの?」
と今更のように気がついて、言葉が口を次いで出た。
誰も言葉を発せず、動かずに一様に魔狼を見ていた。
その中で、ヴィーが魔狼に近づこうとしていた。
危ないから近づくなと声をかけようとした時、
「合格じゃ!!お強いのう、お客人!!このように早いのは久方ぶりじゃ!!」
「ははははははは・・・・本当じゃ!」
「コテンパンよのう!」
「本当じゃ!ハハハハハハハハハ・・・」
さっき倒したはずのむさいおっさん精霊たちが、血だらけで笑って嬉しげに言ってきた。
キャーこっち来んな!
血が付いちゃうだろが!俺に!
「何、あの魔狼のことは心配せんでいい。気を失って伸びとるだけじゃ!・・・・おや?」
あ、マイカたちにようやく気がついたようだ。
「やーやー、マイカ嬢ではございませぬか!新たなお客人もご一緒か!!」
顔を綻ばせてマイカたちに手を振っている。
マイカ達もさっきの精霊の街の客となる為の、試練という名の戦闘もいつからか見ていたらしいから、おっさんが血だらけでも気にしていない。
いや、スイゲツ君たちは心配そうに見ているな・・・当然か。
ヴィーは、チラチラと魔狼を気にしてる。
魔狼も伸びてしまっているから、スイゲツ君たちに対しては、仕切り直しなのだろうか?
********************
ちょっと待て、この状況はなんだ?
何で、スイゲツ君たちには精霊の街の掟を発動せずに、受け入れているんだ?
俺の不審そうな視線に気がついた、先ほどの戦闘時のリーダーっぽいおっさんが聞いてきた。
「どうかされましたかな?お客人?」
「え?ああ、何故彼らには、試練とやらは課せられずに街に受け入れられたのか?と思っていました。」
ああ、と得心した顔で説明してくれた。
彼らは正式に客人と認められたわけではない、仮なのだと。
この街の客人であるマイカの連れでしかもまだ未成年なので、仮の客人として一時受け入れたに過ぎないらしい。
これが、成人であったならば、例えマイカの連れであったとしても、別働隊が試練に当たるはずなのだそうだ。
「彼らも未成年とはいえ、なかなか強そうですな?成人後が楽しみじゃ!ハハハ!」
「未成年は、この街の掟に抵触しないんですか?」
「彼らが望めば試練を課しても良いのですが・・・・4人ともなると、試練の相手を努める人数が80名ほどになりますが?それを成人前の子供に差し向けるのは、かなり心苦しいですな。」
ああ、そうか。そうだよなぁ・・・皆まだ、13歳の子供だもんな~。
ちょっと待て、4人?!
マイカでさえ、戦闘前に女性だという事が判ったのに、ヴィーを男性だと換算しているのか?
「マイカの連れの4人のうち、1人は女性ですが?」
「ぬ?・・・・はて?判定を間違えましたか?・・・・・いやいやいや、女性はマイカ嬢だけでありますぞ?」
「はあ?!」
「ああ、もしや、中性の子供の事を仰っているのか?」
「中・・・性?」
はっ!とヴィーのいる方向を見やると、俺とおっさんからは少し離れた後方にいる。
精霊の街が物珍しいのだろう4人は、辺りをキョロキョロしていた。
こちらの話しは彼らには聞こえていなかった事にほっとして、その話はこの場では一時預けて、後で詳しく聞きたいと伝えた。
おっさんは、不思議そうにしていたけれど了承してくれた。
*****************
ヴィーたち子供組は、かなり疲れていたらしく精霊たちに用意された家で休ませて貰うことになった。
そりゃな、4日でこんなところまで来たって事は、相当過酷な道程を来させられたんだろうマイカに。
判っているのか?スイゲツ君とロベルト君は高位貴族の子息なんだって事をさ!
何かあったらどうすんだよ!もう!
子供が休んでいる間に一先ずは、マイカと一緒に精霊の街の長の元へと挨拶に赴いた。
精霊の街の長の家にしては、小さかった。
いや、他の家々と比べれば大きいって言えば大きいのだが。
でかいログハウスって感じで、中は4LDK。
ひと部屋がだいたい15畳くらいで、一番でかいのがリビング?が30畳ほど。
「よく来られた、新しい客人。私は、この精霊の街の長を勤めている”キミドリ”。」
黄緑?確かに髪の色と目が薄い黄緑な人だけど・・・・それが名前?
「勿論、真名ではない。呼び名だ、我らは互いに自身の持つ色を呼び名にしておるのだ。して、客人の呼び名は・・・・我らは、あなたをなんと呼べば良かろうか?」
「この度は、私を受け入れて下さりありがとうございます。私の事は”マイク”とお呼び下さい。」
「相分かった。”マイク”、時にそなたはマイカ嬢と殊更に容姿が似通っているが・・・血縁か?」
「はい、マイカは私の双子の姉でございます。」
「おお、そうかそうか。ゆるりとされていくが良い。」
「ありがとうございます。」
戦闘を挑んできたおっさん精霊とは打って変わって、まさに精霊って感じの捉えどころが判らないフワフワした感じの人だ。
容姿はさすがに人間離れしていて、怖いくらいの美形だが・・・・フワフワ感がそれを抑えてる。
見た目20歳チョイ過ぎぐらいに見えるが、精霊の年なんて見た目通りか判らないもんな・・・。
なんて、思っていたら風呂を借りたのかさっぱりしたマイカが連れられてきた。
「長、マイカ嬢をお連れしました。」
「!!」
ガタガタガタッ!
「マ、マイカ嬢!良く参られた!疲れてはおらぬか?怪我などしておらぬか?」
はっ?
「大丈夫ですよ?多少の疲れはありますが、怪我などは負っていません。ご心配痛み入ります。長。」
「マイカ嬢・・・・」
何だ何だ?急に長がワタワタしだしたぞ?
落ち着いてくれよ、長だろ~?マイカが怖いのか?
っていうか、おお!マイカが女装・・・・いやいや、女性らしい格好をするのを久しぶりに見た。
何か・・・こう・・・・衣装ってすごいな!
ちゃんとマイカが女に見える。
長が惚けたように、俺の方に歩いて来るマイカを見てる。
心なしか顔が赤いか・・・?
って、ええええええっっ?!どゆこと?!
もしかしてもしかしたら、長ってばマイカに惚れてんの?!
・・・・・・・・・・・・勇気あるー・・・・・
ゴンっ!
「痛っ!何するんですか?!マイカ姉さん!」
「マイク、お前の考えてることなど、するっとまるっと筒抜けだ。」
「え?口に出してましたか?私とした事が、すみません。」
「・・・・・謝ってないな?それ・・・・・まぁ、それは後で良い。長。」
「・・・・・・・・・・・」
マイカが長に呼びかけた。
「?長?」
再びマイカが長に呼びかけた、しかし返事がない。
ただのしかば・・・ごほんごほんごほん!
「申し訳ございません、長が機能停止となりましたので、ここからは儂が話しをいたそう。」
と話しを引き継ごうと声を発したのは、マイカをここへ連れてきた俺との戦闘でリーダーぽかったおっさんだ。
長が機能停止?
ああ、うん止まってんな。マイカを見たままで。
「儂の呼び名は”チャチャ”と申す、以後お見知り置きを。」
”チャチャ”?!髪と目が茶色だから?!”チャチャ”?!・・・・おっさんをチャチャと呼ばなきゃならないのか?!おおう・・・・何か、涙がチョチョ切れそうだ・・・!!
落ち着け、落ち着くんだ!!ここは重要じゃないだろ?!
「・・・・・・・・・・マ、マイク・・・とお呼び・・・下さい・・・チャチャ殿・・・!」
「おお、マイク殿か!相分かった。」
「すみません。早速ですが、先ほど一旦止めて頂いた話しなんですが、どの子を指して中性と判したのか、それはまたどういう事なんでしょうか?お話し願えますか?」
機能停止している長を、不思議そうに眺めていたマイカも加わる。
「中性?誰が?水色の髪の子?銀色の髪の子?金色の髪の子?黒色の髪の子?それともマイク?」
「私ではありません!ちゃんとこの街の掟通り闘っていたの見たでしょう?マイカ姉さん!」
「「ハハハハハハハハハ・・・・」」
はははじゃねーよ!こいつら!
「黒髪の子です。あとの3人は完全な男性ですな。」
「「!!」」
そうじゃないかな、とは思っていたけど、やっぱりヴィーのことか。
「・・・・ふむ、儂らもあまり人間の事は詳しくはないのですが、極僅かではありますが・・・精霊の気を感じました。どうやら精霊の血が入っているようですな。精霊と番った者の子孫で、先祖返りでもしたのでしょう。」
「先祖返り?ですか?・・・・精霊はみな中性・・・と言う事ですか?」
「精霊の生まれ方は千差満別でしてな、周囲の魔力を吸収して自然に生まれる者もいれば、番った者の子として生まれる者もいるのです。精霊は幼生の時分は中性・・・未分化な状態でして、成人を境に自ら性別を選び、大多数が変化致するのです。」
「自分で性別を選ぶ・・・?」
「さようです。ですが、稀に未分化のまま時を過ごす者もおりますが・・・・それは今は関係ないので省くとしましょう。先ほどの黒髪の子は、人間として生きておるようですが先祖返りにて、中性、未分化の状態だと思われます。」
「精霊は人間と・・・とは。そんな事があるんですか?」
「あります。実は儂もその一人でしてな。この街で実体化しておるものは精霊と人間の子として生まれたものです。まあ、外の世界を見たくてこの街から出て行った者もおりますので、そのうちの一人が黒髪の子の血の元でありましょう。」
「では・・・あの子はこれから、自分で性別を選ぶという事で変化して行くんですか?女性か男性に?」
「ええ、そうです。性別を選ばず中性のままという選択肢も御座いますよ?」
これって、ヴィーが自分の性別を男と定めたら・・・妹弟子が弟弟子になんの?風呂とかで裸の付き合いだって可能?いやいやいやいや・・・・・え~と。
「すまん、マイクは混乱しているようだ。まあ、性別云々は判ったが、他に何か人間と違う事柄はあるのですか?」
「違う事柄・・・・ですか。う~む・・・あそこまで血が薄まっている状態だと、それ程違いはないかと思われますが?儂たちのように、親だったりした場合は寿命が違いますがな。」
「失礼ですが、チャチャ殿はおいくつですか?」
「儂は、300歳になりましたな。ちなみに未だ機能停止の純粋な精霊である長は、御年800歳ほどですがね。」
「・・・・長・・・・・・なっがいき~・・・・」
マイカの呟きが遠くに聞こえる。
俺は、混乱状態。
長は、マイカを見つめたまま機能停止状態。
マイカとチャチャ・・・・殿は和やかに歓談中。




