89. 冬季休暇 (4)
89話目投稿です。
すっきりと晴れている高い空。
以前は青々とした草に覆われていた地面は、今は寒々しく露出している。
薄い雲を眺めている暇などない。
木々の隅に群れているブラウンシープなどにも目もくれない。
あ、ヴィーはちょっとシープを見た。
このもこもこ好きめ!
僕は見ない。
前を向いていないと見失ってしまうから。
マイカさん始め僕たち5人は、東区を北区に向かって走っている。
王都中央を出立してから現在まで走りっぱなしだ。
時間にして約2刻ほど。
前回4人でギルドの仕事で岩塩を取りに来た岩窟は、既に遥か後方で見えはしない。
僕とロベルトは、ヴィーに貸して貰った魔道具で、身体向上の魔術を発動させている。
だけど、ルーフェスとヴィーはそれを使っていない。
マイカさんに至っては、その魔道具も持ってない。
身体向上の魔術をかけないと付いていけない凹む現実と3人に遅れを取ることを天秤にかけると、前者は些細な事だ。
自分のこれからの課題も見えてくるから。
それは、ロベルトも同じなようだ。
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周囲の景色はもう見覚えがない。
東区のどの当たりなんだろう?
前方には、岩の壁のような山が見える。
右を見ても、左を見ても傾らかな場所は見えない。
もしかして、これを登っていくのかなと前方の壁をもう一度見る・・・・・無理!
いくら身体向上の魔術を使っていたとはいえ、全力疾走に近い速さで昼近くまで走ったのではさすがに辛い。
でも、もう火を起こしたのか、こちらはまだ呼吸を整えているというのに、ヴィーがお茶を持ってこちらに来た。
「汗をちゃんと拭き取ってね、魔道具で補助していても体温が取られちゃうから。」
「う、うん。」
「これから昼食を取るから休憩だよ?結界張るから、そこから出ないでね?」
「うん・・・・」
物理・魔術結界を張るつもりなんだろうけど、ヴィーは全然疲労してない・・・訳ないよね。
せめて愚痴は言わないようにしよう。
これって、言葉通り”猛者的休暇”だ。
昼食を取りつつ、体を出来るだけ休ませる。
体力回復の薬を飲むのも考えたが、やめておく。
情けないけど、ちょっと寝かせてもらおうかな。
「ヴィー、悪いけど少し寝かせてもらっても良いかな?」
「うん、構わないよ?出発の四半刻前ぐらいに声をかけるから。ロベルト様も少し寝た方が良いよ?2人とも魔力を回復させておかないと。」
「ああ、すまん。そうさせて貰う。」
ロベルトと2人で火の近くに移動し、荷物を枕に体力と魔力回復のために仮眠を取る。
火の側に座っていくらも経たないうちに、意識が落ちた。
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スイゲツとロベルト様は、まるで落ちるように眠ってしまった。
今は、2人で寄り添って寝ている。
「大分疲れたようだね、スイゲツ君とロベルト君は。」
「そりゃそうだよ、魔術発動しっぱなしな上に、ほぼ全力で2刻近く走りっぱなしだよ?・・・多分、無意識に索敵もしていたんじゃないかな?」
「でも、お貴族さまにしてはかなり鍛えてある方だよ?この年齢でさ。魔術補助があったとはいえ、ちゃんと私たちに遅れず付いてきたし。愚痴も弱音も吐かない。根性もあるし。ふふふ」
やっぱり。
スイゲツたちの実力を見定めるために、ここまでノンストップで来たらしい。
「ルーフェス君は・・・さすがはウィステリア家って感じだ。」
ルーフェスは褒められたが苦笑しただけだ。
「イザークの弟なのに、全然雰囲気が違うね~・・・奴と違ってモテそうだ。」
「何言うの?イザーク兄様は格好良いよ!」
「?!」
「はいはい。ヴィーは昔からあーいうタイプに弱いよね。」
うっ!つい・・・・確かに弱いけど。
最近もロガリア学院祭で見たけど、イザーク兄様は私のことなんて覚えてないだろうなぁ・・・。
例え、覚えててもわからないだろうし、だって数年前に数日遊んで貰っただけだしな。
私だってその時一緒にいたらしいロイナス様の事は、全然覚えてないもん。
イザヨイ様だって、家に訪ねてきた後にお手紙を何回かくれたから覚えていたのだと思うし、スイゲツを文通相手に紹介してもらったもの。
「ヴィー・・・は、イザーク兄上の事を”イザーク兄様”と呼んでいるのか?・・・・というか知り合いか?!」
(そうだよな、知り合いでもない女の子を嫁候補に上げたりしないよな・・・・今更だが、イザーク兄上が嫁候補としていて、更に未交渉の2人と俺は今一緒にいるんだ・・・ここは話しておくべきか?イザーク兄上に任せておくべきだろうか?)
「あ・・・他人の私が”兄様”なんて呼んじゃって、気を悪くしちゃったかな?ごめん!二度としないように気をつけるね?知り合いってほどでもないしね。ロガリア学院に入る前に、私の母様をロイナス様とイザヨイ様とイザークに・・・様が訪ねてきた事があって、その時何日間か遊んで貰っただけだし・・・・多分イザーク様は覚えてないと思うよ。」
「あ、いや、その、違う・・・」
そんな盛大に困った顔で言われてもなぁ、別に無理しなくても良いんだよ?
ちゃんと言ってくれた方が判るからね?
いやいや、気づくのが遅い私がうっかりかな?
でもそうだよね~、実弟の前で他人の私が兄呼びはダメだよ。
うんうん、そこは呼んじゃだめだよな~、失敗失敗。
スイゲツならノリで”じゃあ、僕と兄妹だよね~”くらいは言うだろうけど。
ルーフェスは真面目だしね。
ロベルト様だったら・・・どう反応が帰ってくるかな?いや言わないけど。
言う機会すらないと思うし。
「・・・・・」
(し、しまった!考え込んで”兄様”と呼んでいるのを俺が不快に思っていると認識させてしまった。そんな事思ってもいないのだが・・・・どう言えば言いんだ?はっ!これはもしや、イザーク兄上に叱られてしまうか?!)
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仮眠から起きてみると、ルーフェスが落ち込んでいる。
俺たちが寝る前は、あんなに嬉しそうにしていたのに。
何だ?俺とスイゲツが寝ている間に何があった?
マイカさんとヴィーは・・・・変わりはない、普通だ。
スイゲツもルーフェスの様子に気がついたようだ。
俺たちは視線を合わせた後、ルーフェスに近づいて何でもない振りをして小声で話しかけた。
そうしたら、実はルーフェスの兄のイザーク様とヴィーは顔見知りというだけではなく、”イザーク兄様”とヴィーは呼んでいたが、それを自分が不快に思っていると誤解させてしまった。
なんと言って誤解を解けば良いのか判らないと。
何だそれ。
言えばいいだろう、そのまま誤解だと。
どこまで、口下手なんだ、ルーフェス。
と思っていたら、
「ヴィー、ルーフェスは別に”イザーク兄様”って呼んでも気にしないってー。さっきは何だか言うタイミングを逃したんだってさー。」
スイゲツが言っていた、軽いな色々と。
「えっ?本当?ルーフェス?」
「あ、ああ。構わない・・・すまん。」
ほ~ら何でもないじゃないか。
ルーフェスは考えすぎなんだよな。
「・・・・・でも、やっぱりやめとく。いい機会だしね。」
「えっ?!何故だ?」
そうだ!何故だ!うまく纏まりかけただろうに。
「うーん、それってさ、11歳の頃の数日間の話でイザーク様は忘れてると思うし、例え覚えてても私が見た目結構変わっちゃったから・・・そんな風に呼ばれても本人が嫌がると思うからさ。」
「そんな事はないと思うが・・・・2年でそんなに変わったのか?」
「多分・・・スイゲツとかなら知ってると思うけど・・・」
皆でスイゲツを見る。
すると、記憶を手繰るように目線を上に上げつつ話し出す。
「そう言えばそうだね・・・王都中央に来た頃のヴィーは髪も長かったし、背も小さかったし、間違っても男子には見えなかったもんなぁ・・・ちまちま可愛かったのに。去年の夏の始めに髪を短く切っちゃうし、1年で背がにょきにょき伸びて、今ではすっかりこんな男前に・・・・・!性格は変わってないけどね!」
手を目頭に当て涙を拭う真似をする。
そんなに、変わったのか?いまひとつピンとこないのだが・・・。
「ほっといてよ。しょうがないじゃない、伸びちゃったもんは伸びちゃったんだよ。」
「髪は?!」
「・・・・北区に比べると王都中央って暑いんだよ、1年中。夏の始めには我慢が出来なくなっちゃったんだもん。」
だから、色々総合的に考えたら、呼ばない方がいいんだーと言う。
それでいいのか、ヴィー?
イザーク様の嫁候補になってんぞお前。
何も知らないからなんだだろうが、イザーク様たちとの温度差が半端ないなぁ。
これは放っておいて良いのだろうか?
「お~い、そろそろ休憩終わりにするよー!行く準備してー!」
マイカさんの声が俺の思考を中断させた。
さて、挑むは前方の壁だろうか?
地面に対してほぼ直角に伸びている岩肌、見上げてみても上は遥かに遠くうっすらと見えるだけ。
・・・・・・・・・無理だろ?、これは。




