83. 王都中央騎士団 (4)
83話目です。
おお、何か久しぶりな城だー。
実に10日ぶり。
騎士としては、これが最後だと思うと感慨深いものがあるな。
団長に挨拶くらいはしたいなとは思っていたから、登城禁止令が解けて良かった。
宿舎の片付けも頼めば帰り際にでも、自分にやらせて貰えるかもしれないな。
うんうん。やっぱり、立つ鳥跡を濁さずだよなぁ。
城に着きベルナードの執務室前へと一緒にきた面々は、まだ自主鍛錬とか自主訓練とかが途中なんだと言ってそそくさと行ってしまった。
「・・・・・」
(そういえば、いくら団長の伝言だからって鍛錬とかすごく好きな奴らなのに、それを途中で止めてまで何故皆で来たんだろう?もしかして最後だからって、皆で俺を迎えに来てくれたのか?)
「・・・・・・・・・・・・・ないな。」
**********************
(ベルナード様の執務室に入ってきてから、マイクがずっとにこにこしている。何だ?お前はベルナード様そんなに好きか?だが、10日前のような何かは滲み出ていない・・・・)
「お帰りなさいませベルナード様、北区出張お疲れ様でした。」
「ああ、今日帰った。」
(俺を見て一礼はする・・・・何だよ、俺には礼だけか。)
「マイク、辞表は受け取った。一身上の都合とあるが、理由を聞いても良いか?」
「・・・・・理由ですか?このまま騎士を私が続けていても先がなさそうに思えましたので、転職しようと思ったのが理由です。ベルナード様。」
「先がないとは・・・何故だ?まだ配属されて2年目だろう?」
「自分に騎士の素質がないと気づくのに遅れてしまったが為に、城の皆様には受け入れ難い事を強いてしまったようです。色々ご指導頂きましたが、至らず恥ずかしい限りでございます。今回セルゲイ様が示して下さり、やっと気づいた次第です。申し訳ありませんでした。気づいたからには、これ以上皆様にご迷惑をかける気は毛頭ありません。騎士団を辞し、心機一転してやり直して行こうと思います。」
丁寧な言葉の中に、平民を受け入れる基盤もその気もないなら、王都中央に配属させるなよ。
仕事で無茶ぶりしてもヘマをしないからって地味に左遷するなら、飼い殺されるのを待つほど執着してないんで、サッサと辞めてやるぜ。
という意味が込められているのは、ベルナードもセルゲイにも分かったようで顔を顰めている。
だが、言葉では下手に出ているので、無礼だと言う事は出来ないだろうとマイクは踏んでいた。
セルゲイは、顔を顰めたままマイクを見た。
(このまま辞めさせるつもりなどないが、今まで思っていた事を言ってやる!)
「俺は、お前のその丁寧な言葉で、奥歯に物が挟まった物言いが大嫌いなんだ。」
(へぇー、それはどうも失礼しましたねぇ・・・・でも、ベルナード団長がすぐ近くにいるのにそんな事、口に出して言っちゃうんですね?セルゲイ様。勇気あんなー・・・)
表情を崩さないマイクと顔を顰めているセルゲイ。
ベルナードはそんな2人を見て苦笑しながらも、どちらもを諫めなかった。
「まあ、そう言うな。マイクのこの言葉遣いと所作を叩き込んだのは俺なんだよ、セルゲイ。」
「・・・・・はい?!ど、どういうことですか?」
思ってもみなかったベルナードの言葉に、声が裏返ってしまった。
「ここ王都中央は、5騎士団の中でも特殊だ。同じ城の中には、騎士団員、王国魔道士を始め9割以上が貴族だ。その中に騎士として平民が入るのも珍しいことだ。」
「は、はぁ・・・確かにそうですが・・」
「以前のマイクは、言葉遣いはそれほど乱暴ではないにしても、感情をそのまま出して行動する傾向が強かった。それでは、王都中央ではやっていけんと思ったんでな・・・ちと躾けた。」
(躾けた、躾けたって、うわぁ・・・・言葉にされると恥ずかしさ半端ねぇな!これ!)
でも、表情は崩さない。
「セルゲイもその傾向にあるが・・・貴族としての振る舞いは基本的に出来ているだろう?しかも後ろ盾もある・・・・マイクにはそのどちらもなかった。だが、俺はマイクが有能なのはわかっていたから是非、王都中央に欲しかったのだ。それは補佐として側に置いていたお前にも、充分分かっているんじゃないのか?セルゲイ?」
「それでも、前にキレて素で怒鳴っていた方が、よっぽど好感が持てますし信用できます。」
(え?元から俺の事は嫌いだったんじゃないのか?ネチネチネチネチ嫌味言ってたじゃんセルゲイ様。)
地を出したほうが好感がもてるというセルゲイに、驚くと同時に訝るマイク。
もちろん、表情は崩さない。
ベルナードは、セルゲイの言葉を肯定しつつ諭すように話す。
「うむ、セルゲイはそうであろう。だが、そんな事をしていては、お前と俺以外の貴族からは相手にもされない、それでは困るのだ。後ろ盾のないマイクには言葉遣いと所作もそうだが、多少の狡猾さが無ければ、どんなに有能でも潰されることになる。今はそうでもないが、配属されたばかりの頃は潰して追い出そうとする輩も多かっただろう?」
今はそんな輩は少数だと言わんばかりのベルナードの言葉に、異論を唱えるマイク。
「最初ほど露骨じゃないだけです。今でも隙あらばって方はまだ大勢いますよ?毎日こちらの動向を監視したり、嫌味言いに来たり、用もないのにわざわざ騎士団宿舎に来てみたり・・・・慣れましたけど。」
(ウザイことには変わりはないもんな!それを思えばこの10日間は平和だったなぁ・・・)
「「はぁっ?!」」
ベルナードとセルゲイが目を剥いて、驚いた。
「はぁ?ってなんですか?ご存知だったんじゃないんですか?お二人共、それに私がどう対処するか見てたんですよね?」
「・・・どうも、認識の違いがあるようだ・・・・いいか?マイク、良く聞け。」
ベルナードが説明を始めた。
確かに最初は、平民のマイクを排除する動きが顕著だった。
だが今は、いつも薄く微笑み、紳士然とした態度と敵意を見せずに丁寧に接するその姿、また騎士としても、副騎士団長セルゲイの補佐としても認められている。しかも、他の部署からも有能さを買われていて事あるごとにマイクをくれないかとベルナードに打診してくる者までいるという。
セルゲイが続ける。
「・・・・まあ、そんな説明を受けてもすぐには信じられないだろうがな。俺も全部を把握している訳ではないが、少なくとも魔導士長のカルタス様はお前が騎士団所属なのを悔しがってはいたな。あの人はロガリア学院祭の後に、お前の事を調べたらしいぞ?騎士としての腕も確かなのに、魔術にも長けていると・・・騎士を辞めたら勧誘されるかもな。」
(騎士団を辞めるのに、団長に挨拶させてくれるつもりで俺を城へ呼んだんじゃないのか?何でこんな話になってんのかな?)
「どうやら何人かの方に認めて頂いてるのは、お2人のお話しで分かりました、嬉しいです。最後に努力が少しなりとも実っていたことに安堵いたしました。・・・・・・辞表、受理してくださったんですよね?ベルナード様?」
チラリとベルナードを伺い見るが、おや?という顔をされた。
「いや?保留しているぞ?」
「えっ?!何故ですか?私は役職についている訳ではないですし、即受理していただいた物と思っていましたが・・・?」
「理由はな・・・・多分口で説明しても解らないだろうから。辞表は保留にして、城の業務に戻れ。」
「ええ?!既に自分の荷物のほとんどを知り合いのところに預けてあるんですが・・・・」
「いいから、とにかく戻れ!わかったな?これは、団長命令だ。」
気分はすっかり辞職した後に飛んでいたマイクは、がっかりした。
だが、辞表が受理されていない以上は、団長であるベルナードの命令に従わない訳にもいかない。
渋々、了承するマイクだった。
「分かりました。」
*******************************
取り敢えず、業務に復帰したマイクの最初の仕事は、セルゲイの執務室にあった。
未処理か処理済みかも判別出来ない、書類の山、山、山。
流石のマイクも顔が引き攣り、一瞬言葉が出て来なかった。
(な・ん・だ!こ・れ・は?!)
セルゲイを良く見ると先ほどは気がつかなかったが、かなりの草臥れ加減。
別に仕事をサボっていたわけではないようだ。
短く嘆息すると、書類を捌きにかかった。
「何だこれ?!」
書類を見てみると、明らかに騎士団のセルゲイの仕事でない物が多数存在していた。
なぜ処理しているセルゲイが気がつかないのか不明だが、今はそれを省いて関係ない書類を寄越した部署ごとにまとめていく。
そうしたらセルゲイの仕事とベルナードの仕事の書類は、最初あった量の3分の1になった。
つまり、3分の2はセルゲイには、関係ない仕事の書類だったのだ。
(何これ?どういう事なんだ?こんなにミスが多いって有り得なくね?・・・・わざとなら地味でもタチが悪いな。)
考えていても埒が明かないので、セルゲイには自分の仕事をしてもらい、マイクは騎士団関係ではない書類を各部署に返却するためと、苦情を言うためにセルゲイの執務室を出ていった。
マイクは困惑している。
書類の返却と苦情を言いに行った各部署で、なぜか歓待を受けたのだ。
最近姿が見えませんでしたね?とういう軽い挨拶程度のものから、マイクを見た途端に叫び声を上げたり、手を握られたり、何やら熱の篭った目で見られたりした。
しかも、廊下を歩いていれば急に数人に囲まれて、何だ急襲か?!と思ったら、涙目の人々が跪いてこっちを見上げた時は、つい回し蹴りで一掃したくなった!・・・・が、我慢した!
困惑の理由は、それらが自分を嫌っていたりとか排除しようと動いていると認識して、警戒していた者たちだっただから。
そして、一頻りマイクを眺めた後、ぶつぶつと呟きながら去っていく。
「「「この10日間は、地獄だった・・・・・やっと・・・・・うふふふふふ・・・・」」」
「・・・・・・・」
(どうしよう・・・ちょっと・・・・怖い)
内心ビビリながらセルゲイの執務室に戻ってみると、目に力がないセルゲイがマイクを見て言った。
「お前を排除しようとか騎士団を辞めるなんてことになったら・・・・・どういうことなるか、少しは解ったか?俺もなぁ今回でやっと少し解ったような気がする・・・・・・・団長からの伝言だ、辞表、処分しとくってさ。」
(・・・・・怖えぇぇっ!!これは、何の、どんなフラグだよ――――――?!!)
マイクから滲み漏れていたのは、普段感情を押さえ込んいるために起こった弊害で、感情の起伏が限界に達してしまった為に、それに色付けされた魔力が皆に影響を与えた事が判明した。
魔力量が多い人間には、たまにある事のようだ。
喜怒哀楽のうち、喜と哀は押さえ込むのが中々難しいらしい。
コントロールが難解だからといって、城の機能にも影響を与えかねない状況になるかもしれない事柄を放置するわけにもいかない。
マイクには基本的に城では、魔力を吸収する魔道具装着が義務付けられた。




