82. 王都中央騎士団 (3)
82話目です。
巡回のみの仕事になって、10日経った。
その間も騎士団からの音沙汰はなかった。
巡回の仕事を終えた同僚は、心配そうに俺のことを見つつ帰城して行く。
別に同情なんかいらねーよ。
だから笑って同僚を見送る、手なんかも振っちゃうよ?
訳も分からず地域内左遷状態だって、拗ねても腐ってもいないよ。
そういえば、ケルトとシャーロック様はあれ以来何も言って来ないのは、うまくいってるってことなのかな?
イルベルナ治癒術院で問題があったり、諍いが合ったなんて報告もないしな。
今だに登城禁止は解除されない。
俺、騎士団やめちゃおうかな?とヴィーに言ったら、
「マイク兄の人生だもの、好きにしたらいいよ。でも、じっっくり、考えてからにしてね?」
と言われました。
全くその通り、至極当然でありますリヴィオラ様。
じっくり考えましたとも、この10日間。
騎士を辞めた後の想像が、ものすごく魅力的なんだよな。
なので、辞表を書いてみた。
『 王都中央騎士団長 ベルナード様
私、マイク・バンブーは一身上の都合により、王都中央騎士団を退団いたします。
マイク・バンブー』
おお、たった3行だ。
他に書きようがないもんな。
荷物はほぼ引き取り終えて、ヴィーの家に置かせて貰ってるし。
あとは、向こうで処分してもらえる物ばかりだ。
騎士服は、洗濯して返せばいいだろう。
俺は配属2年目のペーだし。
配属1年目がペーペーだから、一個減らしてペーにしてみた。
辞表だって、出したら即受理されるはず。
ただ、処理する人がいつ見るのか・・・心配だな。
団長なら、北区出張から帰ってきてる頃だし、放置される事はないだろうけど。
セルゲイ様じゃないんだし。
でも、直接は渡せないなぁ、登城禁止だもんな。
詰所に行って、誰かに頼んで団長に直接渡して貰うとして・・・荷物の処分の件も別紙に書いておこう。
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コンコン
短いノックの音。
「セルゲイ、俺だ。入るぞ。」
北区出張から帰って来ていた、王都中央騎士団団長ベルナードだった。
はっ!として、その場で立ち上がる。
(団長に足を運ばせてしまうとは、なんたる失態だ!
仕事が溜まっていて各部署からせっつかれているとはいえ、こちらから伺うべきだったのに!)
「ベルナード様!お呼びくだされば、私から出向きましたのに!」
「この状態でか?」
この状態と言って指し示されたのは、机、テーブルなどに置かれている書類の山々。
セルゲイがサボっていた為に溜まってしまった訳ではないのは、草臥れたセルゲイの様子で分かる。
この内の何割かは、団長が処理すべき物も混じっているために、受け取りきたベルナードだった。
が、どれがベルナードの案件なのか判別は難しい状態だ。
「留守にしてすまなかったな、そちらの仕事が滞ってしまっているようじゃないか?」
「面目ありません、団長。」
「責めている訳ではないぞ?というかこの量はなんだ?それに、いつもお前を補佐していたマイクはどうした?」
机上仕事に追われて、忘れていた。
「あっ!」
「あっ、とは何だ?どうした?」
セルゲイはベルナードに、ここにマイクがいない訳を説明した。
最初は、マイクに仕事を振りすぎたためか、欲求不満が溜まったようで周りに被害を齎す色気?を発生させていたので半日休暇を与えたその後、マイクの欲求不満は解消されはしたが、今度はご機嫌笑顔によって更に甚大な被害を城内に齎すようになってしまったため、現在は王都中央の街巡回のみに従事させ、登城禁止していると。
説明を受けたベルナードは、手で額を覆ってしまった。
(何だ、それは・・・・意味がわからん・・)
しかし、セルゲイを責めはしなかった。
処置的にはそれで正解だったのだろう、暫定処置的には。
「登城禁止してからどのくらい経つのだ?」
「・・・・10日ほどでしょうか?」
「その間、マイクの様子は確認したのか?」
「・・・・・申し訳ありません、失念しておりました。」
しているはずがない、今まで忘れていたのだ。
なので、素直に謝罪するセルゲイ。
思い返してみれば、マイクを登城禁止にしてから書類が激増したのだ。そして、あちこちの部署の者が入れ替わり立ち代りセルゲイの執務室を訪れては、大した話でもないのにしていく。そして、また仕事が溜まっていくという悪循環が続き、うっかりマイク自身のことを忘れてしまっていた。
「・・・その様子だと、登城禁止の理由もマイク自身は知らないのだな?」
「・・・そうですね、無自覚のようでしたので、おそらく。」
「お前それは命令とはいえ、マイクが納得出来ていなければ・・・・窓際に追いやられたのと同義ではないか?」
「・・・・窓際・・ですか?」
「俗に言う、左遷だ。」
「!・・・いえ、そのようなつもりはありません。症状が落ち着けば・・・」
通常は配属2年目の騎士一人に、わざわざ命令の意図を納得させるために説明などしない。
基本、部下は命令に従うのみである。
部下も上官に説明を求めたりしない。
ただし、それは上官と部下に信頼関係が無ければ、長くは続かない。
納得の出来ない命令を、訳も分からず無期限で続けることはかなりの苦痛であろう。
この先ずっとそのままなのかと悩みながら流されるか。
それとも、その仕打ちを恨んで腐っていくか。
その仕事にサッサと見切りを付けて、転職するか。
コンコンコン
またしても、セルゲイの執務室の扉をノックする者がいる。
「・・・入れ。」
「失礼いたします!こちらにベルナード様がいらしていると伺ったものですから。」
ベルナードの執務室に行ってはみたが、セルゲイの執務室に行ったと聞いてきたらしい部下だった。
「ああ、すまん。俺に用だったか・・・・何だ?」
「はっ!王都中央街巡回終了の帰城の際、マイク・バンブーからベルナード様宛に手紙を預かって参りました。」
「ああ、俺のスケジュールも把握しているのか、あいつは。わかったご苦労だったな、確かに受け取った。」
「はっ!失礼いたします!」
礼を取り、執務室を出て行く部下を見送ると、ベルナードは手紙を開封した。
たった3行の手紙なので、時間はかからない。
「・・・・・・・」
「どうかしましたか?」
遅かったか、とベルナードは呟き手紙をセルゲイに渡した。
「・・・・・・辞表――――――――――!!」
執務室の外に出た部下はセルゲイの叫び声を聞き、驚いて足を止めた。
自分がマイクから預かってきた手紙を渡した直後に、聞こえてきた”辞表”という言葉が聞き捨てならなかった。
盗み聞きするのは礼儀としても騎士としてもどうかと思うが、気のなるものは気になる。
ちょっとこのまま、動かないでおく。
ちょっとこのまま、聞こえてきただけ。
「・・・・まあ、配属2年目の騎士だ、この先が望めないと思えば、見切りをつけて辞める奴がいても不思議ではないか・・・もう1枚は、ふむ、宿舎の残りの荷物はこちらで処分してくれとのことだ。」
「・・・・・・そう、ですか・・・」
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王都中央騎士団所属キースは、廊下を同僚が多数いるであろう訓練場へ向かって足早に進んでいた。
ブツブツ呟きながら。
「大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ・・・・・!」
そして訓練場に着くないなや、同僚たちに向かって叫んだ。
「大変だ大変だ大変だ大変だ――――――!マイクが騎士団やめちゃうぞ――――――!!」
個人鍛錬に勤しんでいた者たちが、一瞬一斉に動きを止めた直後、一斉叫んだ。
「「「「「大変だ――――――――――――!!!」」」」」
現在この訓練場にいるのは、配属1年目と2年目の王都中央騎士団の面々で、王都中央の街の巡回勤務を終えた者と城勤務の者たちだった。
20人ほどが個人鍛錬を止めて、最後にきたキースの元へわらわらわらと集まってきた。
もうすぐ冬も近いというのに、暑苦しさを覚える。
「巡回勤務ばかりで、ちっとも城に戻ってこないと思ったら・・・!」
「やっぱり、左遷されちゃってたのかぁ?もしかして、クビ?」
「違う!辞表だしたらしいんだ!」
「ええ~?!」
「マイクの奴ニコニコ笑ってたのにな。」
「城の奴らの気持ち悪い視線にやっと気づいて、危機感を持ったのか?」
「それは違うと思う、そんなの気に病むタマじゃないぞ?」
「それもそうだ!マイクだもんな!」
「マイクよりマイクの護衛シフトをこなしていた俺たちの方が大変だっただろー?」
「そりゃそうだ!」
「「「「ハハハハハハハハハ・・・」」」
「って、笑ってる場合じゃないんだって!」
同僚であるマイクを心配しての有志による護衛シフトだったが、マイク自身を護衛していた訳ではなかった。どこかのバカにキレて報復するかもしれないマイクの抑え役、つまり周りの人間を護衛していたのだ。
実際に、マイクがキレて騒ぎを起こしたことは城ではなく、ロガリア学院時代を知っている者、見習い騎士時代を知っている者、ロガリア学院の実地訓練時のマイクの手腕を知っている者などが中心で動いていた。
マイクは騎士として配属されてからは猫をかぶり、言葉遣い、所作に至るまで優等生のようだったが、地を知るものからしてみれば時限爆弾に思えたらしい。
以前は、相当な暴れん坊と認識されていた。
実際は、ちょっと中二病が重度だっただけなのだが・・・・これは身内以外は知らない秘密。
今は落ち着いているかどうか・・・・・これは不明。
ただ、中心で動いていたのがそういう連中なだけで、王都中央に配属されてきた時からのマイクしか知らない者も参加していた。
一応、主旨は他の連中から聞いてはいたものの、如何せん目にしたことがないので実感出来ていない。
それがちょっとマイクに萌え気味傾向にある、セルゲイの所に報告に行った者たちだった。
そして突然のマイクの辞表で驚いて慌てていた者たちは、一頻り騒いで、気持ちがクールダウンしてきたのか、冷静になってきた。
マイクが騎士を辞めるのは非常に残念な事だ。
そして自分たちで始めたことではあるが、やはり給料外の仕事をしなくて良いのは嬉しい。
それに、自ら辞めた者を自分達でどうこう出来るわけはない。
っていうか、そんな怖いことしたくない。
これはもう受け入れるしかないだろう、という事でまとまりかけていた。
「諸君、個人鍛錬はどうした?一時休憩か?」
みんなで集まって、マイクの辞職を喜・・・ごほごほ、受け入れようとした時に声をかけてきたのは、王都中央騎士団団長ベルナードだった。その後ろに副団長のセルゲイも立っていた。
この場の様子から、マイクの辞表提出に関しては広まっていると察したベルナードは、簡潔に命令を下す。
こいらの誰かが、盗み聞きしたなとかいうのがバレバレなのだが、取り敢えずこの場は言及しないようだ。
「マイク・バンブーの登城禁止を今をもって解く、マイクを私の執務室まで確実に連れてくるように。ああ、街に行く人選は任せる。分かったな?」
騎士団長の命令は絶対だ。
「「「「はっ!!」」」」
皆、条件反射的に背筋が伸び、騎士礼をもって承諾する。
内心どんなに、
「「「「うそ―――――――!!!俺たちが?!」」」」
と思っていても。
少人数で行くのはとても出来なかった彼らは、そこにいた皆でマイクを連れに行くことにした。
一蓮托生、そんな言葉が皆の頭をよぎる。
そんな同僚の杞憂をよそに登城禁止令は解かれた、団長が呼んでいると伝えるとあっさりとマイクは頷き了承する。
どちらかというと、20人近い人数でそんな事を伝えに来たのかと呆れた顔をしていたが、皆の顔を目を細めつつ見回して微笑んで言った。
「団長から伝言が大切なのはわかりますが、いくらなんでも人員を割き過ぎではないですか?それとも、あなたたちには別の思惑でもあるんですかね?」
皆で来たのはヤブヘビだったかもしれない。
黒かった。
髪は薄茶で、瞳は琥珀色のはずなのに。
マイクが怖くて皆一緒に来ただけのに、在らぬ疑いをかけられ哀れ涙目。
騎士なのに、それってどうなの?と思わなくもない。
「・・・・ま、良いです。伝言、ありがとうございます・・・・では、行きましょうか?」
(来るとしても2,3人で充分であろう仕事に、途轍もなく非合理的なやり方をする連中にムカついたが、最後くらいは怒らないでいてあげよう。)
そのまま静かに歩き出すマイクに、困惑しながらも一緒に城へとゾロゾロ行ったのであった。




