78. 冬支度 (8)
78話目です。
チビマロ改めイズモを見送ったあと、ブラウンブルが5頭まるまる全部自分の取り分になった事に気がついた。
今朝から今まで、かなり張り詰めていた気分も覚悟も緩やかに霧散する。
全てのブラウンブルを拡張魔道具の中に収め、イズモを”洗濯”した場所を周り、布札を回収する。
最後の1枚を回収し終わって、ふと思った。
イズモが本当に成獣になって。
もしも昨日のように狩りで興奮したりしていたら、今のヴィーでは到底太刀打ち出来ない。
もちろん、今までより理性も成長して制御も出来てくるのではあろうが・・・。
「”洗濯””魔術をイズモ用に、改良でもしようかな・・・”捕縛”の方でもいいかな?」
そんな事を言いながら見上げると、周りの木々の色具合がもう既に夏を忘れたかのように赤く、そして黄色くなっていた。もうすぐ冬が来る。
案外、自分も楽しかったんだなぁと今更思ったり、イズモが無事に精霊の街に着けますようにと祈ってみたりもした。
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昨日より、やや早めに王都中央に戻ってきたヴィーは、冒険者ギルドへ真っ直ぐ向かい、換金を終えた。
ドーラ草 (毒消し用) 1束 大銅貨 1枚 X 6束 = 大銅貨 6枚
ビーダ草 (体力回復用) 1束 大銅貨 1枚 X 10束 = 大銅貨10枚
マビーダ草(魔力回復用) 1束 大銅貨 1枚 X 10束 = 大銅貨10枚
ホーンラビット 角 大銅貨 1枚 X 4匹 = 大銅貨 5枚
毛皮 大銅貨 3枚 X 4匹 = 大銅貨12枚
肉 大銅貨 1枚 X 4匹 = 大銅貨 4枚
ブラウンブル 角 大銅貨 1枚 X 4頭 = 大銅貨 4枚
肉 小金貨 1枚 X 4頭 = 小金貨 4枚
換金の結果、小金貨 4枚と大銅貨51枚となり、昨日は大金貨4枚。
そして、治癒費小銀貨3枚を引くと、大金貨4枚、小金貨4枚、大銅貨36枚となった。
ホーンラビット1匹分とブラウンブル4頭分の皮と1頭分の肉と角は、自分用によけておいた。
更に帰り際に、ムクムク鳥も3羽仕留めたので備蓄の肉としては充分だろう。
あとは、購入する物をリストアップして順次買い揃えることにする。
これからまた、ベルナ医師のところへ行かなければ・・・怒られてしまう・・怖い。
診察代も発生するだろうが・・・その分は、また明日仕事をすれば良い。
冬支度に、それほど焦らなくても良いぐらいの稼ぎは手に入った。
学院もあと2ヶ月足らずで、冬季休暇に入るはずだ。
薬草を採取して、自分で薬を調合するもよし。
時間があれば、図書館で治癒術について少し勉強しても良いな。
などと考えつつ、ヴィーは治癒術院へと足を向けるのだった。
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「こんにちは」
昨日フラフラになって開けた治癒術院の扉を開けて、挨拶する。
「お?ヴィー、具合はどうだ?」
受付にいたのは、イル医師だった。
重症な処置が必要な患者がいる雰囲気ではない。
待合室には治療を終えた感じの患者が、数人和やかに会話をしながら帰り支度をしていた。
「良好ですよ?イル医師・・・あれ?薬師の彼女は?受付もやってましたよね?」
昨日の亜麻色の髪の子が、受付にいなかったので聞いてみた。
出来れば”天使?”発言をもう1回謝りたかったんだけど・・・謝られても困るかな?
「ああ、今休憩だよ?受付も兼ねてるが、本来は薬師だからな。休憩の時とかあの子が調合仕事の時は、俺かベルナが受付を今まで通りやるさ。あんまり儲かってる治癒術院じゃないからなぁ・・・受付のみを雇うのは無理なんだ。」
「そうですか・・・ベルナ医師はいますか?」
「ああ、第2診療室にいるぞ?」
「では、経過を診てもらっても良いですか?あと・・昨日の事で報告があるんですけど、ベルナ医師に伝えておけば良いですか?」
「昨日?」
失念している様子のイル医師に私は、自分の顔の傷を指でトントンと叩いた。
それを見て思い出したのか、イル医師は左右に視線を素早く走らせ、笑顔で言った。
「あの子が帰ってきたら、見計らってそちらに俺も顔を出すよ。」
自分も聞くというこか。
「分かりました。」
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傷などの治り具合を診る程度なので、さほど時間はかからなかった。
「うんうん、無茶はしてないようだね?大丈夫そうだ。このままならすぐ完治するよ。」
「そうですか?良かった、ありがとうございます。」
にっこり笑って礼を言ったけど、本当の事を有りのままに言ったら、怒られるんだろうな。
絶対言わないけどね、言えないし。
「でも、ギルドの仕事をしただろ?血の匂いがするよ?」
ギクッ
しまった、体が反応した。
ベルナ医師が、怖い笑顔でこちらを見てる。
「ヴィー・・・?」
「し、しましたけど・・・薬草採取の仕事ですよ?血の匂いがするのは、多分備蓄用に狩りもしたからです。」
「狩り?」
「ええ、こちらにもお裾分けしようと思ってますが・・・ムクムク鳥とホーンラビット、どちらが良いですか?」
「おや?そうだったのかい?悪いねぇ・・・じゃあ、ムクムク鳥貰えるかい?」
「はい。ここで出すのも何なんで・・・診療室出てからで、良いですよね?」
「ああ、久ぶりだねぇ、ムクムク鳥。街じゃ、あまり市場に出ないからね、有難いよっていうか、あばら骨やってるのに弓を使ったのかい!!」
怒った!急に怒った!
「使ってません!今日は弓は使ってません!」
「そうかい?なら良いんだ。すまないね、急に怒鳴ったりして。」
「い・・・いえ・・」
ベルナ医師は、自分の診た箇所を治らない内に使われるのを酷く嫌って怒るのだ。
患者思いなのは、わかるけど・・・・心臓に悪い、ビビってしまった。
「でもヴィーには、何だろうねぇ、こう・・・男の色気というかフェロモンみたいな物が出ている時があるんだよ。」
男の色気?!私から?!いくら何でもそんな事はないと・・・思う。
「私・・・・一応、女ですが・・・?」
「そうだよねぇ?ん~・・・ちょっと言葉が違うかな・・・そうそう、命掛けの仕事とか、辛うじて生命の危機とかを乗り越えたりして、そういう気配を醸し出している冒険者が時々いるんだが・・・そんな感じがするんだ。」
「・・・・・それ、何か、やばいですか?」
「あんた・・・月の物って来てるかい?」
「来てませんっていうか、まだ初潮も来てませんが?」
「ヴィーはいくつだっけ?」
「13・・です・・・もうすぐ14になりますが。」
えっ?それ何か関係ある?
何が言いたいのかな?ベルナ医師・・・・。
ベルナ医師は少し考え込むと、違うかもしれないから話し半分に聞いておけと念を押してから話しだした。
「女に生まれたけど実は男だったとか、逆だったりする者が。もしくは、無性に近い者かな?・・・・つまり男と女、どちらでもないし、どちらでもあるという体質を持つものが稀にいるんだよ。」
「ひょえ~・・・・私がそれだと・・・?」
「もっと成長してみないとなんともね・・・何せ稀少なんで、資料が少ないんだ。でも、一様に第2次性徴が遅いことくらいって事しかわかっていないんだ。ヴィー、あんた男に興味あるかい?まあ、直接的に言えば性的に。」
直接的過ぎでしょ!ベルナ医師・・・・!
でも、第2次性徴か・・・まあ、初潮どころか胸なんか膨らんでくる気配すらないしな~、何時来るのかな?無駄に脂肪が付いて動きが鈍るのも嫌なんだけど。
「い、今のところは・・・これといってないです。」
「じゃあ、女には?」
「い、今のところ・・・・・ないです。」
多分ない、きっとない、昔から綺麗な女の人は好きだけど・・・ない!
「・・・・なんてね。」
「・・・は?」
「隅から隅まであんたの体を調べた訳でもない私が、そんな兆候を見つけられる分けないじゃないか。冗談だよ、全くもう!狩りなんて傷が完治してからおやり!!わかったかい?」
「・・・うぇ・・・・はい・・・」
怒ってたんですね?狩りをした事自体を怒ってたんですね?ベルナ医師。
ビックリしちゃったじゃないか!もう!
嫁には行かないが、嫁を貰う立場になるのかと!・・・・・・それも有りなのか?
そういえばそうか、有り得ないわけではなかった、この国では。
う~む・・・。
「恋でもしちゃったら、いつでも私に話においで?」
「・・・相談にでも乗ってくれるつもりですか?」
「いや?聞くだけ。」
「おおう・・・!」
ニヤニヤしているベルナ医師。
すごい、野次馬的な要望だ!
聞くだけって断言したよ!
「はははははは・・・・その時は、是非。」
絶対、来るもんか!
「楽しみだねぇ!ヴィーのこ・い・ば・な!!」
「こやつの恋ばなだとぉっっっ!!?」
ノックもなしに、診療室の扉が開いたと思ったら、イル医師がそこにいた。
大声出すなよ!外に聞こえちゃうじゃんか!!
もう、タチ悪いな!この夫婦!!




