77. 冬支度 (7)
77話目です。
「何で・・・!何でこんな・・真似するんだよぉ・・・」
魔狼は、飛びかかろうとした体勢のまま首を垂れて苦しそうに言い出した。
さっきまでの敵意丸出しの状態からは考えられない・・・・もしかして、泣いちゃってる?
「?」
「魔獣じゃなくて・・・!”俺”を見て欲しいって思うのは、いけないことなのかよぉ・・折角仲良くなれそうな気がしてたのに・・・ちょっと楽しかったのに・・・!俺が、魔獣で、魔狼だから、ダメなのかよォ・・・・!!俺は、俺は、もう・・・独りは嫌だ・・・・・ヤだ・・よぉ!」
えっ!?ええ~?!ちょっとちょっとちょっとちょっと!!そんな話だったか?え?
魔狼の顔下の地面に、大きな雨粒のようにボタボタと落ちていく液体は涙だ。
やっぱり泣いちゃってるのかっ―――――――!?
って泣かしたのは、もしかしなくても私ぃ―――――――!?
魔狼は小さい仔狼に戻って、その場で蹲って小さな体をもっと縮めて泣いていた。
「!!!」
うそっ!だ、だ、だめ!!
ダメダメダメダメダメダメ!!これはダメ!!
これって、これって!すっっっごく卑怯――――――――――――!!!
大きい狼の時に悲鳴を上げられても、仔狼に首を傾げられても無視できるけど、これはダメ。
仔狼が小っさく小っさくなってプルプル震えて、えぐえぐ泣いちゃってるのは、ダメ!
奥底に埋まっているなけ無しの母性本能を、ショベルカーで根こそぎ掘り起こされる感じがして堪えられない!
それでも、頑張って我慢してみる。
「・・・・!・・・・!!・・・・・!!!」
やっぱりダメ――――――――――――――!!!
ふらふらと蹲っている小さな白い毛玉に近づいて、膝をついた。
そして白い毛玉の両脇に両手をガッと突っ込んで、目の前にぶら下げた。
今だに泣き止まず俯いてえぐえぐ言っているし、後ろ足と尻尾はだらんと力が入っていない。
胸が切なくなって、堪らないよ、本当に。
そのまま、ぎゅうっっと抱きしめて、ポンポンポンと小さく背中を叩きながら呟いた。
「・・・ああ、もう・・・!ごめんね・・・・!」
少しビクッとした後に魔狼がしがみついてきた。
爪が食い込んで地味に痛い。
もう、この魔狼を恐ろしいとは思わなかったし、怒りも感じてなかった。
独りが嫌だって泣く、白い小さな毛玉をただただ慰めたかった。
泣く子と地頭には勝てないよ!
恐るべし、母性本能?のなせる技!
ただ、謝罪を受ける事と信用する事は別問題なんだということは、毛玉が泣き止んだ後に説教しておいたけど、それには納得してくれたようだ。
でも、何でこんな展開になったのか・・・・わかんない・・・。
ああ、一時停止しておいた魔術解いておかなきゃなぁ・・・・。
でも、ちょっと前までの私の命懸け的な決意とか、国への牽制とか、家族への配慮とか・・・色々画策したりとか・・・・台無し?全部?丸ごと?!
「・・・・・・・大打撃・・・・・・・・」
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現在は、お預け状態だった食事中だ。
”おにぎり”があると分かったチビマロは、ブラウンブルよりそちらを所望した。
今日のはマイカ姉から貰った味噌を使った”味噌おにぎり”。
魔力不足で小さい魔狼に戻ったために、物を浮遊させる魔術も使えないので、私の手から食べている。
お膝抱っこで。
膝抱っこといっても、胡座をかいた私に背を向けた状態で寄りかかり、後ろからおにぎりを私が持っている格好だ。
ハグハグしながら食べているが、味噌が、米粒が、真っ白いチビマロの口周りを汚していく。
それを布で時々拭ってやっている。
何だ?私は保育士か?それとも、チビマロのお母さんか?
16歳だって言っていたのは嘘なのか?
魔獣の年の数え方が人と違うのか?
小さいから、体が思うように動かせないだけ?
と色々突っ込みたいが、食べ終わるまでやめておく。
口に物が入ったまま喋ると、人間以上に悲惨な結果になるのが目に見えているし、お行儀が悪いからね。
味噌おにぎりを2つ食べ終わったところで、チビマロが呟いた。
「やっぱり、精霊の力を感じる・・・・」
「え?どこから?」
「今食べた”おにぎり”から、感じる。」
「・・・・へぇ?」
「お前に聞きたかったのは、このことなんだが?」
「いや、そう言われてもな・・・・コメはお土産に貰ったものだよ?」
「そっか・・・・」
しょんぼりと項垂れる後ろ頭が絶妙に可愛いので、なでなでしておいた。
そういえば、ぎゅうっっと抱きしめたあたりから、チビマロはいやに大人しいな。
「えっと・・・俺、もうすぐ成人の儀をしなくちゃならないんだけど・・・聞く?」
膝抱っこされながら、モジモジして聞いてくるチビマロ。
そうか、私が詳しい話を聞く気がまるでなかったのを気にしているのか・・・。
「うん、聞かせて?」
安心させるように、頭をポンポンしながら答えた。
ほっとしたように息を小さく吐いたあと話し始めた。
「ふーん、”成人の儀”をこの国の”精霊の街”で受ける為に来て、その街を探してるんだ?で、私からカツアゲしたおにぎりに思いもかけず精霊の力を感じて、私を探していたってわけか・・・」
「か・・カツアゲ・・・?頼んだつもりだったけど・・・そんな風に思ってたのか・・?」
思ってました、とにっこり笑ったら再びしょんぼりしたので、なでなでした。
やばい、これ癖になりそう。
「場所は他の成獣の魔狼から聞いてこなかったの?」
「自分で探し出すのも、成人の儀の試練なんだ。」
「それで、迷子になって今に至ると・・・」
「迷子言うな。」
「ははははは・・」
「笑うなっ!」
あれ?”精霊の街”って、どっかで聞いたような気がするんだけどなぁ・・・どこでだったかな?
「・・・・そうだよな、普通の人間が”精霊の街”を知ってるわけないよな・・・簡単には行き着けないし、行けたとしても物騒な掟もあるしな・・ふう・・」
「・・・・物騒な掟・・?あ!コメだ!」
「えっ?コメ?」
思い出した!あのコメって確か、マイカ姉が妙にアグレッシブな掟のある”精霊の街”から貰ってきたお土産だったはずだ!
「うん、今思い出した。さっきのおにぎりのコメはチビマロが言っているのと同じかどうかはわからないけど、アグレッシブな掟のある”精霊の街”からのお土産だった。」
チビマロの瞳がキラキラ輝きだした。
「どこ?どこにあるんだそれ?なあ、何処?」
「え・・・えっと、ちょっと待って・・・・・」
「なあなあ、なあなあ!どこどこどこ?!」
くるりと私の方を向いて、顔を前足でぺちぺちしてくるので、そっちが気になって仕方がない。
「ちょっと待って、今思い出すから・・・もう!お座り!待て!」
えーと、確か2ヶ月前くらいだから・・・実地訓練前だったはず・・・マイカ姉が旅に・・・
そうだ、そうだったと思い出したとチビマロを見ると、膝から降りてピシッと姿勢を正してお座りをしていた。
「何やってるの?」
「お、お前が”お座り!待て!”って言ったから・・・」
「・・・・そんな事言った?・・まあ、いいや。あのね・・・・」
チビマロがこの国の地図が分かるかどうか不明だけど、地面に大雑把に位置を描いて北区と東区の堺目辺りと説明した。詳細な場所は、私にもわからないけど。
「おおう!それだけ分かれば大丈夫!すまん、感謝する!」
地図も分かるのか・・・ラヴィンター皇国では魔狼も学校に行くのかな?
他所の国のことはわからないな。
チビマロはいてもたってもいられない様子で、ぴょんぴょんしていた。
「・・・・・ありがとな・・・・・あ、あ!俺、お前の名前知らない!」
「偶然だね、私もチビマロの名前知らないよ?」
「偶然ってなんだ?!名前知らないで良く今まで話してたよな!あのな、俺の名前は・・」
「ちょおっと待ったあ!!!」
「ぐっ!!」
勢いのまま自分の名前を口にしようとするチビマロに、焦って思わず口を上下から手で抑えてしまった。
待て待て待て!!高位の魔獣には、名前の縛りが何かあったはずだ!
「待てチビマロ!あんたたち高位の魔獣は、名前は簡単に教えちゃダメなんじゃないの?!」
「んぐ・・・」
今気がついたみたいな目をすんな!
気をつけろと諭してから、ゆっくりと手を離した。
あーぶーなーいーなー!もう!!
「俺のことは、出雲って呼んでくれ。大丈夫、真名じゃないから。」
「イズモ?分かったよ、チビマロ。」
「わかってねぇーよ!言ったそばからチビマロ言うな!次会った時はチビじゃないぞ!」
「あ~・・・そうか、折角馴染んだのに・・・残念。」
「・・・・おい!お前の名前は?」
「・・・・こっちの名前を知られると何か縛りとかある?」
「・・・・なかったと思うが・・・?」
「そっか。私は、ヴィー。ヴィーだよ、イズモ。」
本当の名前ではないけれど、呼んで欲しい名前を交換して、にへらと笑い合う。
「成人の儀が済んだら、一度会いに行ってもいいか?」
「うん、いいよ。成人の儀、頑張って。あ、でも魔狼の姿じゃ王都中央の街に入れないよ?」
イズモは魔力が回復したのか、魔術で成獣の姿に変わる。
「大丈夫、本当に成獣になれば、魔術で姿を人間にも変えられるから!」
「・・・・たくさん人間がいるよ?」
魔狼の魔力が溢れてくる。
飛ぶつもりなのか、走って行くつもりなのか?
「それも大丈夫!ヴィーの匂いは覚えたから、捜せる!世話になった!じゃっまたな!!」
そう言った途端にイズモは”精霊の街”の方向に土煙を立てながら突っ走っていった。
「え~・・・”匂い”で捜されるのは、一応だけど乙女としては・・・・どうなんだろう・・・?」




