76. 冬支度 (6)
76話目です。
成獣になったら、やりたい事があるんだ。
希望と熱意を持って、キラキラと輝く瞳でこちらを真っ直ぐ見て、言い切る真っ白い大きい狼。
その視線の先にいるヴィーは。
「で?ブラウンブル4頭はどうするの?食べる?」
「・・・・そこは、やりたい事って何だ?って聞くところじゃないかなと思うんだが、どうだろうか?」
がっかりした様子でそんなことを言ってくる。
何を言っちゃってるんだ。
そんな事を聞く義理はないし、語られても困るじゃないか。
「いや、興味ないし。要らないなら全部私が貰うよ?・・・4頭はギルドで換金して、1頭はお持ち帰りで食べようかな。」
おおう!やったね!これで今冬はお金に余裕が出来そう!
「あ、待って!2頭は俺にくれ!食うから!お腹すいちゃったから!」
ちっ!って食べるつもり?今?2頭一辺に?!
明らかに体積が違うけど・・・・あの体のどこに2頭分のブラウンブルの肉が入るの?
成獣サイズで換算しても多すぎなんじゃないの?
「・・・・そう?じゃあ、後は?」
「お前にやろうか?」
魔狼には食事以外では、ブラウンブルは必要ないか、そりゃそうか。
でも、私には3頭でもかなりの身入りだ。
それにこの後魔狼と別れても、今日はまだ陽も高いしもう少しいけるだろう。
「いただきます。」
「・・・・でも、3頭・・・どうやって持って行くつもりなんだ?」
「証明部位を取って、解体して肉として持って帰るよ?」
「お前どんだけ力持ちなの?って、いやいやいや、持ちきれないだろーよ。」
「大丈夫、気にしないで。」
「俺が運んでやろうか?」
「お構いなく。」
「何でだよ?自分で運べる方法があるのか?」
「そうだよ?だから大丈夫。気にしないで。」
「・・・・・・」
何言ってるんだ、そんな危ない橋は渡らないよ!魔狼の姿を他の人に見られたら大変なことになるじゃないか!自分で持って帰るともさ!
と思っていたら、魔狼は微妙な顔をしてこちらを見てた。
「・・・・お前はさ、気安く話はしているけど・・・・俺のこと信用してないんだな?」
「は?」
耳はタレ、伏し目がちな目は潤み、心なしか尻尾まで寂しげだと?
何でそんな傷ついた風体なんだ?
「そんなの・・・・・・・当たり前じゃん。」
「・・・・なんでだよ・・?」
え~?そんな事を説明しないといけないのか?私が?
うわぁ、面倒くさい。
「・・・・じゃあ、逆に聞くけど。あんたは私を信用してるのか?」
「え?」
「してないでしょ?あんたは私を殺すことなんか、簡単に出来ると思っているから余裕があるだけだよ。」
「そ、そんな・・・」
「では、考えてみてよ。国のことは抜きにして。自分を簡単に殺すことが出来る相手に、実際殺されそうになった翌日に”そんなつもりはなかった、ごめんなさい”と言われて、受けた損害の弁償を受けただけで、相手の事を殆ど何も知らないのに・・・・あんたは相手をすぐに信用出来る?」
何で、そんな裏切られたって態度なんだ。
「・・・何だよ!?信用していないなら、なんでこんな風に気安く相手をする?!殺されかけた相手なんだろう、俺は?!矛盾してないか?お前!」
体毛を逆立てて、威嚇するように吠えてきた。
謝罪を受け入れるって事と信用するって事は別問題だろうに。
うーん、納得できないのか・・・。
なんだ、取っ付きにくくした方が良かったのか?
謝罪を受け入れたと、分かりやすくしたつもりだったけど。
私の態度に矛盾を感じたってことは、逆効果だったのかな?
まあ、当たらずとも遠からずな部分もあるけれど。
昨日、殺されかけた私が地区が違うとはいえ、王都中央から出てきたのは何故か?
黙ったまま、私は魔狼を見つめる。
「・・・な、なんだよ・・・!」
「あんたは、物を食べる、呼吸をする、睡眠をとる・・・・よね?」
「はぁ?!当たり前だろ!いきなりなんだ!!」
「生き物は・・・殺せるよ?力では、そう魔力でもあんたの方が格上だよ?でも、そんな事は関係なしにあんたを殺せるって言ったらどうする・・・?」
「はっ!負け惜しみか?ハッタリかよ?!ざけんな!!」
「・・・・・」
もう一度、静かに魔狼を見つめたまま、
服のポケットから、複数の魔法陣が刻まれている長い布札をしゅるりと引き出し、左腕に緩く纏わりつかせる。
範囲指定をし、酸素遮断の魔術と液体凍結の魔術を構築・展開・発動待機。
範囲指定をし、身体能力向上、肉体強化、そして障壁結界を構築・展開・発動。
そして。
「第1段階”洗濯お急ぎコース”」
「なっ!!」
慌てて、魔狼が攻撃体勢を取ったが、私の魔術の発動の方が一歩早かった。
「きゃいん!きゃいんきゃいんきゃいんごぼぼぼ・・」
昨日はこいつの要望で、今日はこいつにほぼ敵意がない状態で。
今は、不意打ちと速さで。
多分次回はない。
避けられるか、魔術を消されるだろうから。
「がはっ・・・ごほっ・・・」
やっぱり、もう気絶すらしないのか。
素早く動き、魔狼の首を下から掴み上げて、魔狼の鼻と口の周りを範囲指定した酸素遮断と液体凍結の魔術を発動する。
「ぐっ!!」
「生き物って、呼吸できなくなったり、自分の体液とかが凍結したりすると大抵は死ぬよ?」
「!!」
「今あんたは呼吸が出来なくてすごく苦しいはずだ・・・・・」
魔狼の目が大きく見開いて、私を見た。
「そして、どんどん体の中が冷えていってる・・・・」
淡々と告げる私の声に、言ってることが本当だと分かってきたのか、ブルブル震えて出してきた。
「どうなると思う?」
そう小さく問いかけると、魔狼の首からポイっと手を離して、離れて見つめた。
相当苦しいのか、威嚇さえ出来ずにもがいている。
「・・・た・・す・・け・・・く・・れ・・・」
掠れた途切れ途切れの声が聞こえた。
私は目を瞑って。
(一時)
「停止。」
酸素遮断と液体凍結の魔術を止めた。
ドオッと音を立てて、魔狼が地面に倒れ込んだ。
「ヒューヒュー・・・・ゴホッゴホッ・・・がっ・・は・・ヒューヒュー・・」
少し呼吸が整いだした魔狼に声をかけた。
「ごめんなさい。殺すつもりはなかったけど・・・」
「ふざけるな!!絶対に、殺そうとしただろ!!・・今頃謝っても、そんなの信用で・・・・・!」
まだ自由にならない体を何とか起こそうとしながら、魔狼が怒鳴ったが、自分で何を言いかけたのか気づいて、ぐっと言葉を飲み込んだ。
そのまま俯いて一言も発しないまま、自分の回復に努めた。
分かっただろうか?
信用出来ないと言った理由の一端が。
私は、ブラウンブルの解体作業をこなしつつ、魔狼に質問した。
「私に本気で殺されると思ったんだよね?」
「・・・・ああ・・」
「どう感じた?」
「・・・・・怖かった・・ほんとに死んじまうと・・感じた・・」
「格下の私に殺されそうになってムカつく?それとも私が怖い?」
「・・・・・・・・・・・・両方・・・だ!」
ブラウンブルの解体作業を終えて、自分の取り分を拡張魔道具のバッグにしまい、使っていたナイフを洗浄・乾燥させて仕舞った。
憤っている魔狼に顔を向けた。
「もう一度聞くよ?国のことは抜きにして。自分を簡単に殺すことが出来る相手に、実際殺されそうになって”そんなつもりはなかった、ごめんなさい”と言われて、相手の事を殆ど何も知らないのに・・・・あんたは相手を信用出来る?」
魔狼は、ぎっと敵意の篭った目を向けて怒鳴った。
「出来ない!・・・・出来るわけが・・・ないだろ・・!!お前なんか・・・大嫌いだ!!これで満足かよ!!」
「・・・・・・わかって頂けてなにより。」
「!!馬鹿にしてんのか?!いっそ殺してやろうか!?」
「・・・・・・ついさっき殺されかけたのはそっちなのに、それを言うのか?今度は、途中で止めないよ?」
あんたは、どんな気持ちで私がここに来たか知らないだろ?
自分より格上だとわかっているやつを相手にするんだ、相討ち覚悟に決まってる。
魔狼がこの国の平民一人を殺したとしてもそれほど問題視されない、でも逆は違うって教えてあげたのにね。
でも昨日、私は王都中央の治癒術院で、魔狼に襲われた傷を治療した。
その傷を診た医師は2人。証言者としては十分。
”魔狼に目を付けられた”ことも言ってある。
その翌日に、再び襲われても不思議はない。
ただで殺されるなんてつもりは、毛頭なかったけど。
良くて相討ちだと・・・・思っていた。
更に運が良くて欲を言えば、お互い怪我はするけど生き残って、魔狼をこの国から追い出せて2度と来なければ良いのにと思っていた。
ここまでなら、甘受出来る。
本音を言えば死にたくなんかない。
でも魔狼が死んで、私が生き残ることはないと・・・今でも思ってる。
おそらく、魔力がもたないし。
でも、万が一私だけが生き残ると後々面倒なことになる、それは家族にも類が及ぶかもしれない。
それだけは、ダメだ。避けなければならない。
なのに、何でわざわざこんな危ない事やってるんだろう?私は。
何でこんなに、こいつが気にかかる?
明確になってこない理由にモヤモヤする。
魔狼が今にも私を殺したそうに、ギラギラした目で睨みつけている。
私は、タイミングを見計らうように魔狼を見つめている。
ああ、本当に、何で謝ったりしたんだ、魔狼。




