70. ロガリア学院祭 (11)
70話目投稿です。
ロガリア学院祭は滞りなく、全てが終了した。
明日は、昼まで学院祭の後片付けがあるが、それ以降3日間は休暇となる。
陽は沈みきってはいないが昼間の喧騒が嘘のように静かで、そこかしこから虫の声が響いてくる。
夕食にはまだ間があり、外へと繰り出している者もいるようだった。
学院寮の1室であるロベルトの部屋に、ロベルト、スイゲツ、ルーフェスの3人と彼らの兄3人がいる。
ロベルトたちは、今日受けたショックからか茫然として、3人とも黙ったままだ。
今日受けたショックとは何か?
1年生ながら武闘大会で優勝した事。
その後で、兄達にダメージを与えるつもりで”洗濯”魔術をヴィーに頼んだのに、早速改良してしまっていて、兄達がピカピカになっただけだった事。
王都中央始め、東西南北の副騎士団長に囲まれた事。
騎士になるようにと打診され、それが騎士団の総意だと言われた事。
ルーフェスが家の事情で、騎士にはならないと聞かされた事。
ウィステリア家の”嫁候補”にヴィーが入っていた事。
感じたことのない魔力の威圧にあてられた事。
物腰柔らかったマイクが豹変した事。
一つ一つ上げてみてみれば、どれも其々結構というか、かなりの衝撃だ。
兄達3人も、弟たちの呆け具合にどうしたもんかと思案中だ。
コンコンコンと部屋をノックする音がする。
弟たちをチラッと見ても、反応はない。
やれやれと思いながら、ロイナスが応対に出ることにした。
「こんにちは。俺は魔道具科1年のクラウスといいます。先ほど、ロベルト達とも一緒にいたんですが、あの後、彼らが戻って来なかったので・・・・頼まれ物を届けに来たんですがよろしいでしょうか?」
「頼まれ物?今、こいつらさっきから放心状態で・・・・・どうするかな?」
「すみません、直接渡すように言われているので・・・入っても?」
「・・・ああ、そう?わかった。どうぞ?」
クラウスは、結構大きい包みを三つ抱えて部屋に入ってきた。
メモらしき物を確認しつつ、呆けている3人の前に、1つ1つ包みを置いていく。
暫くロベルトたちの様子を観察していたかと思うと、左側の眉をくいっと上げ、3人の頭をゴン!ゴン!ゴン!と勢い良くグーで殴った。
驚きはしたが、そのまま口を挟まずにロイナスたちは成り行きを見ていた。
「「「!」」」
「痛っ!?」
「いたい!?」
「ぐっ!?」
クラウスは殴った手が痛かったのか、顔を顰めて殴った手をプラプラと振っている。
その後、腕を前で組み睨みつけながら、3人の前で仁王立ちしていた。
取り敢えず、ロベルトたちの意識が少しだけ戻ってきたようだ。
ちょっと涙目だが。
「拳骨程度では、まだダメか?では、このヴィーから借り受けてきた、第1段階の”洗濯”魔術ですっきりしてみるか?」
瞬間、ロベルトたちは覚醒した。
「そ、そ、それは!ジャンピングスパイダーが息が出来なくて窒息死した段階のやつだろう?!」
「そうだったか?じゃあ、第2段階のやつを・・・」
「それだって、草原狼が気絶したやつじゃないか!」
「あーこれだこれだ、お前たちが昨日受けた段階の”洗濯”魔術だったな。」
「そ、それもちょっと、やめてくれ!」
クラウスは、顔を顰めながら言う。
「・・・・・わがままだな。」
「「「違うだろ!!」」」
いったい何をしてくれるんだと非難の目を向けるが、クラウスは意に介さずロベルトたちを見据えて言った。
どうやら、話しくらいなら出来る状態にはなったようだ。
「ヴィーが心配していた。」
「「「!」」」
「学院祭最終日の今日、魔道具科で打ち上げがあった。お前たちも参加すると言っていたのに、来なかった。」
「そ、それは・・・」
それどころでは、なかったのにと3人は思った。
「昼間あんな風に、騎士団の人に連れて行かれたまま帰ってこないわ、予定していた打ち上げにも来ないわ、しかも伝言の一つもないんじゃ、心配の一つもするだろう。それとも何か?心配なんか必要ないとでも言うつもりか?それなら、そう伝えておくし、俺も放っておけとヴィーに言っておこう。頼まれた物も持って帰って、明日返すけど?」
「ま、待ってくれ!」
「そ、そんなつもりはないよ・・・クラウス。」
「何も言わずに、会を欠席してすまん・・・」
クラウスは、まだ目を細めたままだ。
しょぼんと項垂れる3人に、仕方がないとばかりに、はぁ~と息を吐いた。
大変だったろう事は、予想くらいできた。
実際大変だったのだろう、そんな事は彼らの態度と心配そうな彼らの兄達をみれば、一目瞭然だ。
しかし、クラウスたちが心配していたのも事実なのだ。
「お前たちの前に置いたのは、ヴィーに頼まれて俺が運んできた物だ。確かに渡したからな?」
包みを指差しそういうと、ロイナスたちに非礼の侘びと挨拶をして、クラウスは自室へと戻って行った。
(3人の前に置かれた包みの中身はなんだ?ヴィーとは誰のことだ?
さっきの男子は確かに、昼前ロベルトたちと一緒にいた子だった。)
何だか気になることが出てきたが、取り敢えずは包みかなとロイナスは促してみた。
「その包みの中身は何なんだ?何か頼んだのか?」
「いえ・・・・・頼んでは・・・あっ!もしかして!スイゲツ!ルーフェス!開けてみろ!」
「え?あ・・・うん・・」
「・・・わかった・・」
3つの包みから出てきたのは、魔道具科の余興に協力する代わりにと3人とヴィーが約束したものだった。
「これが”ミートパイ”・・・?」
「リンゴの匂いがする!”アップルパイ”だ!」
「甘酸っぱい香りがする”ブルーベリーパイ”か?」
1つ1つがデカイ。
かなり食いでがありそうだ。
それぞれがすごくいい匂いがする。
何だか、お腹も減ってきた。
ルーフェスとイザークが同時に立ち上がる。
「「紅茶を入れよう。」」
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学院祭の魔道具科の打ち上げがお開きになったあと、クラウスにスイゲツ達と約束していたパイの届け役を頼んで自宅に帰って来たヴィーは、部屋の前に不審人物を発見していた。
不審人物は語弊があるかもしれない。
一応は、知り合いだ。
「何してるの?マイク兄?」
それは、部屋の前に体育座りをして顔を埋めていた、マイクだった。
声をかけると、そろそろと顔を上げた。
薄暗い中でも、廊下の窓から差し込む夕陽の光で、琥珀色の目が時折キラキラとゆるりと煌く。
その表情は酷く物憂げだ。
「ヴィー・・・・お願い・・・・俺のこと、慰めて?」
いつになく落ち込んでいるのか、縋るような瞳と声。
そんな顔と声でそんな事を言われてしまっては、さすがのヴィーも切なげだ。
胸がきゅんと締め付けられてしまったらしい。
「マイク兄・・・・私に慰めて欲しいの・・・・・?」
「うん・・・ヴィーがいいんだ。」
「本当に?綺麗なお姉さんの方が・・・いいんじゃないの?」
「俺は!ヴィーが・・・ヴィーがいいんだっ・・・!」
大事なマイク兄の頼み事、無下には出来ない。
ヴィーは、マイクの言葉で覚悟を決めた。
「マイク兄・・・・本当に私でいいんだね?」
「ああ・・・!」
「後悔・・・しない?」
「・・・しない・・・!」
「・・・・・・わかった」
ヴィーは、勢い良くグルグルっと回転したかと思うと足を大きく振り上げて、そのまま体重も乗せてマイクに向かって踏み下ろした。
ダンッッッ!!!
足を下ろした床からシュウゥゥゥッッと摩擦によって上がった白い煙がゆらゆら霧散していく。
「・・・・・・」
マイクに向かって踏み下ろしたはずなのに、そこにマイクがいない。
ヴィーはゆっくりと、直前に躱したマイクの方へと視線だけを送る。
その目はさながら獲物を狙う凶悪な魔獣のようだ。
「何故、逃げる?」
「逃げるわ!!」
「マイク兄が望んだことでしょう?」
「違うよ!俺が言ったのは、頭なでなでとか、おでこにチューとか、抱きしめてぎゅーとか、いつもお仕事お疲れ様ーマッサージとか、たまには添い寝しようかー?とかの労い系の慰めだよ!そんな技受けたら慰めどころか重症だよ!」
それはぎりぎりアウトなんじゃ?という事が入っているのはさておき、ただ、癒されたかっただけらしい。
多分、今まで猫をかぶっていたのが、上司にバレてねちねちいじめられたのだろう。
「女の子が男の子を慰めるのは、こうするんだよって教わったのに?」
「誰だ!?そんな物騒な慰め方教えたのは!!」
「9歳の時に、マイク兄に教わった。」
「何教えてるんだ16歳の俺!!って、また俺か――――――――!!」
読んでいただきありがとうございました。
学院祭終了で一区切りにしようと思いますので、この後少しお休みします。




