69. ロガリア学院祭 (10)
69話目投稿です。
木の翳から、先ほどの様子をこっそり見ていたクラウスとヴィーだが、マイクたちの姿が完全に見えなくなったところで、クラウスが突然ガクッと地面に膝をついた。
「えっ?どうしたの?!クラウス?!」
尋常でない様子のクラウスに、慌てて自分も膝をついて顔を覗く。
胸を手で抑えて、顔も赤いし、呼吸もハーハーと苦しそうだ。
「・・・・く・・なんて・・・」
「クラウス?!大丈夫?!」
「なんて・・素敵なんだ・・!マイクさんっっ」
「・・・・・」
ヴィーは徐に無言で立ち上がる。
そうだった。
クラウスは、マイクの熱狂的なファンだった。
マイクの話しをするだけで、どれだけ取り乱していたかを思い出した。
それなのに、さっきは本人を目の当たりにしたのだ。
興奮しないはずがないではないか。
実際しているし。
「ああ!本物のマイクさんをあんな、あんな間近で見られるなんて!声だって・・!どうしようどうしようどうしようどうしたらいいんだ――――――――――――――――――っ!!!」
何だか今日のクラウスは、男気溢れてて、頼りがいがあるなぁっと感心していたのに、差し引きゼロな感じだ。というかマイナスかもしれない。
さて、これをどうしようかと少し考えた。
先ほど持ち歩いていた屋台で購入した食べ物を、ちょっと離れたところからモグモグしながらクラウスを眺める。
クネクネ悶えて騒いでいる魔道具科組での相方を放置することに決めたらしい。
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立ち話も何なのでと言うことで、移動はしたものの、未だ学院祭の最中でお客もたくさんいる。
なので、学院祭実行委員会事務局にて応接室を借りることとなった。
そうしたら目ざとく、東西南北の副騎士団長たちに見つけられてしまった。
現在、応接室には東西南北、そして王都中央の副騎士団長5人とマイク、ロイナスたち3人に主役のロベルトたち3人の合計12人がいる。
はっきり言って、むさい。
例えいい男が揃っていようと図体のでかい男のみ12人が、あまり広くない1室にいるのはむさいのだ。
一部はそんなにデカくはないが、何の足しにもならない。
多分、この部屋にいる誰もが思っていることなので、あえて口にしない。
でも潤いがなさ過ぎて、うんざりする。
マイクは内心少しだけ後悔した。
ヴィーも連れてくれば良かったと・・・・・潤うかどうかはわからないが。
これはもう、早く話しをして、早くここから脱出したい。
そうだ、そうしよう。
「では、セルゲイ様、どうぞお話しを。」
「おう。まずは、皆を代表して、ロガリア学院祭武闘大会、優勝おめでとう、1年7班の諸君。私は、王都中央副騎士団長セルゲイ・ハイ・ル・ランドールだ。隣にいるのは同じく王都中央騎士団所属で私の部下のマイク・バンブーだ。」
「ありがとうございます。ロガリア学院騎士科1年ロベルト・タイ・ル・フィルドです。」
「同じく魔術科科1年スイゲツ・ナイ・ル・ホルドです。」
「同じく戦士科1年ルーフェス・ウィスタリアです。」
「・・・うむ。君たちも名乗っておくか?」
そう言って、セルゲイはロイナスたちを見た。
「はい、ご配慮ありがとうございます。私はロベルトの兄、ロイナス・タイ・ル・フィルド、東騎士団に所属しております。」
「私はスイゲツの兄、イザヨイ・ナイ・ル・ホルド、西騎士団に所属しております。」
「私はルーフェスの兄、イザーク・ウィステリア、北騎士団に所属しております。」
ロイナスたちが名乗り終わると、東、西、南、北の順に各副騎士団長も名乗っていった。
各地区の副騎士団長のそろい踏みとあって、さすがに緊張で顔色が悪くなる、ロベルトたち。
威嚇とか威圧するつもりなど全く意図していなかったが、結果的には似たようなものに成りかねないと懸念した東西南北の副騎士団長たち。
緊張で萎縮してしまっている3人に、自分たちはロベルトたちの顔を見に来ただけだと、挨拶出来て良かったと伝えるに留め、セルゲイに後の説明を任せて、応接室から出て行った。
「まあ、何だ・・・早い話がな、1年生で武闘大会に優勝するくらいな実力を持った君たちに、将来は騎士職とか騎士団付きの魔術師とかを選んで欲しいとお願いにしに来ただけなんだ。」
「「「えっ?」」」
「何処の地区に行くかなんかは、見習い期間が終了するくらいに決まるから、そこは考えなくても良いがな?これは、先ほどここにいた東西南北の騎士団らも承知のこと・・・・全騎士団の総意だ。」
全騎士団の総意。
13歳のロベルトたちには、これは重い言葉だ。
「「・・・・・」」
「あまり、重く考えなくても良いぞ?一応の打診ってやつだ。」
ここで、ルーフェスが緊張しながらも口を開いた。
「申し訳ありません、セルゲイ様。お、いえ、私はご期待に添えないと思います。」
「「ルーフェス!?」」
ロベルトとスイゲツが驚いて声を発した。
「・・・・理由を聞いてもいいか?」
そこへ、イザークが介入した。
「申し訳ありません、セルゲイさま。それには、我がウィステリア家の事情が絡んでおります。」
「家の事情・・・聞いても良いのか?」
「はい、別段隠しているわけではありませんので。」
「・・・・・ふむ、聞こう。」
「今のウィステリア家の当主の世代で騎士には、私がなりました。ですので、ルーフェスには別の役割が課せらるのです。これは、我がウィステリア家の存続にも関わります。」
「存続とはまた・・・他の役割とは?何だ?」
ウィステリア家の事情とは?ロベルトもスイゲツもそんな話は聞いたことがない。
2人はお互い顔を見合わせ後、ルーフェスを伺いつつも息を飲んで、イザークの言葉を待つ。
「嫁探しです。」
どーん。
一言、端的に告げられた言葉。
えっ?”嫁探し?”何それ?
確かに疎かには出来ないだろうが、騎士になれない理由になる?
「・・・・そうか、イザークとルーフェスは”ウィステリア”だったな・・・・その、”嫁”というのは、一族のか?それとも、ルーフェス個人のか?」
「出来れば”一族の”最悪でもルーフェス”個人の”です。」
え?え?事情はわかっているとばかりに話が進んでいる?
困惑して、スイゲツたちはイザヨイたちを見やるが、困った顔をされただけだった。
全くわからない様子のスイゲツたちに、イザークが掻い摘んでウィステリア家の事情を説明してくれた。
ウィステリア家では、切実な問題なのだ。
巫山戯たりしているわけではない。
ウィステリア家の男の容姿を恐れて、嫁が来ないのだという。
嫁が来ないということは、子供が生まれない。
子供が生まれなければ、家が途絶えてしまう。
運良く結婚出来たとしても、自分の夫以上の強面の親類に耐え切れず逃げてしまう嫁も多いのだと。
だが、ウィステリア家の男子も選り好みが激しいことは割愛された。
なにそれズルい。
その後を補足するかのように、セルゲイが説明する。
ウィステリア家は、代々非常に優れた人間を輩出してきている、国としても途絶えさせたくはない。
国への貢献度も高いため叙爵したいが、そこら辺の貴族令嬢ではウィステリア家の嫁にはなれない。
理由はイザークが話したのと一緒だ。
だから、広く平民の中から探すのだと。
どこのお妃探しの王子様だ。
「「・・・・・」」
”嫁探し”が、ウィステリア家に大切なのも切実なのもわかったけれど、何も今からそんな事をルーフェスに背負わせることはないのではないかとスイゲツたちは思った。
ルーフェスの恋愛に関して初心過ぎるところは、確かに問題にはなるだろうが。
だってまだ、13歳なんだよ?と。
何だか納得出来ないでいるスイゲツとロベルト。
「全然、候補とかいないのか?イザーク?」
「いえ?今現在・・・4人ほどおります。」
「なら、そんなに焦らなくても良いのではないか?」
「ですが、4人の内2人は、既に我が一族の男子に会わせておりますが、見込みがないようなので、実質候補は、2人です。」
「ふむ・・・残るその2人はどうなんだ?」
「お互い顔は知ってはいますし、懇意にはしていますが、こちらの事情はまだ話していません。」
「・・・・何故だ?相手はお前らの容姿にひるまない豪胆な女性なんだろう?早いに越したことはないのだろう?それだけ、お前やルーフェスの負担が減る。」
「一人は、常にあちこち移動している冒険者なので、なかなかこのような話をする機会がありません。」
マイクの顔が訝しげになった。
(え~?冒険者って、・・・マイカの事じゃあないよな?いやあ、まさかねぇ?でも、イザークの顔とかを怖がらないって・・・条件だと・・・)
「もう一人は?」
「もう一人は、未成年ですので。北区在住の両親にはそれとなく話はしてありますが、本人にはまだ何も。」
「そうか・・・・」
(北区在住の両親!?おいおいおいおいおい!まさか、まさかとは思うけど!ヴィーの事じゃないよな?!)
「イザーク・・・・」
マイクがニコニコして、呼びかけた。
「?どうした?マイク?」
「つかぬことを聞きますが・・・・その2人というのは、私の身内の2人では、ないですよね?」
「その通り、まさにお前の身内の2人だ。」
「マイクの身内?!ほんとか?!」
マイクの様子が一変した。
抑えきれない魔力が体から漏れ出し、彼の薄茶の髪を揺らめかせる。
目は吊り気味になり、怒りと敵意でギラギラし出した。
口元は笑んではいるが、凶悪さが出ている。
「お、おい!マイク!」
「落ち着け!どうしたんだ!」
普段とは違う、低い声でイザークに告げる。
「姉貴の事は良いよ。あの人は、大概のことは自分で何とか出来ちゃうから、好きに交渉なりなんなりすれば良い。」
「「「「「「・・・・・」」」」」」
「でもな、例えあの子の親が何と言おうと、あの子自身が望むんでなきゃ、誰であろうとも手出しはさせねぇし、許さねぇからな?あの子は、俺たちにとってこの世で一番大切な子だ・・・不用意に手を出すなら、傷つけるなら!俺ちが全力で叩き潰してくれるわ!それを覚えておけよ?!」
「本人が望むのなら、いいんだな?」
「それでも、俺たちが認めなきゃ、ダメけどな!」
イザークが静かに、マイクの目を真っ直ぐ見て答えた。
「・・・・・分かった、肝に命じておこう・・・マイク。ところでいいのか?猫が行方不明になっているようだが?」
はっと我に返って、漏れ出していた魔力がしゅっと収束し、周囲をそろそろと見渡す。
ロイナスとイザヨイは、しれっとした顔で、視線を明後日の方へと向けた。
もう既にバレている者たちなので、こちらは呆れてはいても驚いてはいない。
ロベルト、スイゲツ、ルーフェスは3人で隅の方に固まって、ビビっている。
相当、怖かったらしい。
セルゲイは、ニヤニヤしながらマイクを見ていた。
(やべ!つい・・・!)
「猫が行方不明だって?それはそれは一大事だなー?マイク・・・それがお前の素かぁ?」
(何年も隠してきたのに!一番知られちゃダメな人に知られた!気がする!俺としたことが!しくじった感半端ない!)
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一方、こちらでは取り乱して悶えていたクラウスが、会話が成り立つくらい落ち着いてきていた。
そろそろ、学院祭に戻っても平気だろうか?と考えていた。
「くわあああぁぁぁ!俺、興奮して今日眠れないかも・・・!」
「そんなに好きなら、話せば良かったじゃない?」
「バッカ野郎!そんな雰囲気じゃなかっただろうが!」
「まあ、例え話せる雰囲気だろうと、速攻木の翳へと逃げたクラウスには無理か・・・」
「うるさいな!自分だって一緒に隠れてたくせに!」
「だって、マイク兄が早くここから離れろって・・・」
(そんな事を、目で訴えていた。理由はわからないけど、早くどっか行けと。)
「何時?いつそんな事話した?!俺、知らないぞ?!まさか!目と目で通じ合っちゃうとかじゃないだろうな?!う、羨ましい・・・羨ましすぎるぞ!その、その立ち位置を俺と変わってくれ!パスカル兄貴を好きにしていいから!」
「ナニソレイラナイ。」
それに今更、立つ位置を変わったところで、どうにかなる事なのか?それは。
まあ、クラウスの言いたい事とは違うとは思うが。
(クラウスの言ってる意味でも、変わってなんてやる訳がない。だってマイク兄は、私の大事な、大切な人なんだから。)




