64. ロガリア学院祭 (5)
64話目投稿です。
第32回ロガリア学院祭武闘大会本選。
実はすでに、準決勝まで試合は進んでいる。
残っているのは、2つの班と単独参加が1人。
うち1班が1年生、単独参加も1年生という異例の状態となっていた。
他の1組は3年生だ。
1年生の1組は、ロベルト、スイゲツ、ルーフェスの1年生7班。
そして1年生単独1のヴィーだった。
2,3年生を抑えての1年生が2組も準決勝へ進んだことで、試合の舞台である武闘大会会場は超満員である。
その中には、昨日の王都中央騎士副団長セルゲイと部下のマイク、東西南北の各副騎士団長達と休暇で学院祭に来ていたロイナスたちもいた。
表面上、何も気にしてませんという顔を装いながら、ロベルトたち3人は横に待機しているヴィーをチラチラ横目で伺いながら、心配していた。
それはヴィーが微笑んだまま固まっていたからだ。
近くで見ないとわからないが、ヴィーの笑みを浮かべている口の横がピクピク痙攣している。
ロベルト達は視線を合わせず小声で話し合う。
「おい、ヴィーの奴大丈夫なのか?」
「僕には大丈夫には見えないな。」
「・・驚いて現実逃避しているのではないか?」
「何に?」
「先輩たちと自分の力量の差に?」
「ああ。俺もここまでとは思わなかった・・・」
「1人だから逆に相手が翻弄されたんだろうな。今まで単独参加でここまで来た奴いないだろう?」
「それだけかな~?」
「・・・・だが、次はどうだろうな?俺たちとなんだろう?」
「そう・・だね。」
一方ヴィーは、ロベルト達に心配されてると気づく余裕がないくらいに、固まった微笑みの下でテンパっていた。
指なしのグローブに仕込んである魔法陣を対人戦で使ったことがなかった、なので武闘大会の本選に出てくる先輩たち相手なら試してもいいかな~?多分本選1回戦負けなんだろうからと結構気楽に思っていた。
なのに。
仕込んだ魔法陣、試せてません。
両手合わせて12個も仕込んできたのに。
仕込んだ魔法陣どころかいつもの布札も、使ってません。
格闘術というか体術だけで、ヴィーはここまで試合に勝ってきていた。
(戦い慣れしてない1年生ならまだしも、2年生まで回し蹴りだけで場外行っちゃうの?掌底だけで気絶って何?!)
内心、うんうん考えていくうちに、はたっと気がついた。
次の対戦相手は、1年生の7班。
スイゲツたちだ。
7班には冒険者ギルドDランクのルーフェスがいる。
次で自分が勝つ可能性はまずない。
なら、手加減なんていらないし、魔法陣も試せるのではないか?
そう思いついた途端、ヴィーはキラキラと瞳を輝かせて、ロベルトたちを見た。
その視線に気がついた3人は、一瞬ビクッと肩をはねさせた。
「どうしたんだ?あいつは?なんで急にあんな目でこっちを見る?!」
「うわ!なに?!あの、やっちゃっても良いよね?みたいな期待に満ちた顔!」
「・・・何か悪寒がするんだが・・」
今日の試合はこれで最後になる。
明日の最終日は、決勝戦のみ。
決勝戦で当たる予定の3年生の方が下級生より試合数が1つ少ないが、それは試合内容と試合時間の長さが関係しているらしい。
それだけ3年生は、接戦で激闘なんですよと言いたいようだ。
武闘大会会場舞台に審判が登場し、次の試合を始める旨を観客と出場者に告げる。
「準決勝戦を始める!1年7班!1年単独1!舞台へ!」
どうでも良い話だが、なぜ審判が出場者の名前を呼ばないのかは、理由があった。
出場者が貴族であることが多いロガリア学院では、生徒といえど観衆の前で呼び捨てにするのはいかがなものかということらしい。
本人たちよりも観ている側への配慮のようだ。
親とか兄弟とか親戚とかに。
面倒くさいことである。
が、もしかしたら審判への配慮も多分に入っているかもしれない。
名前と顔を全部覚えなくてはならないし、万が一にも間違ったり出来ないから。
なので、班呼びに単独1呼びなのだ。
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審判が手を振り上げ、試合開始の言葉と同時に振り下げる。
「1年7班 対 1年単独1、試合開始!!」
予想だにしていなかった準決勝進出に笑顔で固まっていたあいつは、試合開始少し前からいやに良い笑顔で俺たち3人を見ていた。
スイゲツが言っていたが、何をやるつもりなんだ?
試合開始と共に、牽制の意味も込めてか、スイゲツがホルド家特有の”苦無”という小さめな投擲武器を放つ。
苦無はあいつの足元にカッカッカッと3本短い間隔で突き刺さった。
すぐ後に体勢を低くしてブーツに苦無が当たるように左足を滑らせて払いつつ体を回転した。
そのせいで飛び上がった苦無を掴んだ瞬間、スイゲツ、俺、ルーフェスの足元に1本ずつ放ってきた。
「「「!」」」
何で、ホルド家特有の”苦無”を使える?!
あれは、狙った所に放つのはかなり難しいのに!
スイゲツも驚いていたが、空かさず走りながら自分の苦無を回収した。
その間に、あいつは手の平に魔法陣を出現させていた。
何だ?何の魔術を放つつもりだ?
俺たちは身構える。
「集塵!」
俺たちの周りに砂埃が舞い上がり、あいつの方に向かって吸い寄せられて行く。
吸い寄せられた砂埃は球体状になって、あいつの魔法陣の前に渦を巻きながらどんどん大きくなる。
「放出!」
何も対処できないうちに先ほどの砂埃が、怒涛の如く俺たちに向かってきた。
まるで砂嵐だ!
勢いが凄すぎて防御の魔術を構築さえできない。
そのせいで目が開けられず、腕で顔を覆って防いでいるが周りが何も見えない!
あいつは土属性が得意だったのか?!
「くそっ!」
と呟いた瞬間、砂嵐は突然止んだ。
体中どころか武器まで、砂だらけだ!
などと苛立っていたら、既にあいつは次を放ってきた。
「洗濯!」
「「「えっ!?」」」
センタク?!センタクって?!
襲ってきた水と洗濯石鹸の泡で、体ごと錐揉み状態で、成すすべがない。
ぶくぶくぐるぐるされて、悲鳴すら上げられない!
そしてまた、突然それは終わった。
俺とスイゲツは水浸しの泡だらけで、頭がフラフラしている。
ルーフェスは放心状態だ。
「すすぎ!脱水!柔軟仕上げ!薔薇の香り付き!!」
何だ!それは!
まだやるのか!?
勘弁してくれ!
普通に闘わせてくれよ!
「シワ防止、乾燥!」
あいつの放った魔術が終わった時。
俺たちの体と服、それに武器までピッカピッカになった。
頭はフラフラするし、体中の力が抜けてしまって情けない。
涙が出そうだ・・・・。
何だか、薔薇の良い香りまで自分たちからするんだ。
脱力して放心状態の俺とスイゲツを尻目に、いち早く立ち直ったらしい、ルーフェスが武器を横に携えながらあいつに向かっていった。
スイゲツの”苦無”とは形が違う投擲武器を放ち、素早い動きでルーフェスを躱しながら闘っている。
あいつの体の回転力を加えた蹴りを食らって、よろめいたりするもののルーフェスも大剣で応戦、拳を繰り出したりしている。
頭のフラつきがなくなったのを機に俺とスイゲツも参戦しようとした時、両手で大きく振り抜いたルーフェスの剣の横に当てられ、場外へとすっ飛ばされたあいつが見えた。
「「!!」」
ルーフェスはかなり力を込めたらしく、あいつの体がまるで人形のように飛んでいく。
あのまま地面に落ちたら、大怪我決定だ。
先生や控えていた治癒術師が腰を浮かした。
審判も見ている。
周りのあちこちから悲鳴が上がる。
焦ったようにスイゲツが叫んだ。
「ヴィー!!」
ルーフェスは、剣を振り抜いた状態のまま、あいつを見つめていた。
俺もルーフェスの視線を恐る恐る追ってみた。
あいつは片方の足を伸ばし、しゃがんだ格好で回転しながら着地していた。
観客からほ~っと、安心したような溜息が漏れた。
ヴィーは立ち上がって、笑いながら手を振っていた。
「1年単独1、場外!勝者!1年、7班!!決勝進出!」
審判が勝敗を告げた。
う、生みの苦しみを・・・・・味わいました。ゲフッ!




