52. ロガリア学院 第6回実地訓練 (3)
52話目投稿です。
図らずも魔狼におにぎりをカツアゲされた後、ヴィーは帰る道すがらに遭遇したワイルドボア1頭と珊瑚色の毛を持つコーラルシープ3頭を仕留めて王都中央東門にやって来た。
王都中央東門に設置されているロガリア学院のテントには、見るからに疲れた様子の実地訓練監督担当教師たちが椅子に座っていた。
ヴィーは何かあったのかと訝りつつも声をかけた。
「すみません。お疲れ様です、単独参加のリヴィオラ・ショーノです。確認をお願いします。」
ヴィーの声にのろのろと反応を示したのは、魔道具科主任教師のパスカルだけだった。
億劫そうに長机に近寄ってきて、こちらを見ずに聞いてきた。
「・・・・・実地訓練棄権か?」
「はぁ?!何で棄権なんですか?しませんよ棄権なんて。素材確認お願いしたいのですが?」
「素材確認?・・・・・・おお!ヴィーじゃないか!査定担当官!査定担当官!お願いします!」
(え?ちゃんと名乗ったのにパスカル先生ってば認識してなかったの?何で、そんなに疲れちゃってんの?)
途端に様子が変わり、振り返って後ろの座っている方へと興奮気味に声をかけた。
その声に座っている実地訓練監督担当教師たちの中から、慌てた声とガタガタッと椅子を動かす音が聞こえた。
「え?あ!はい!分かりました!」
教師たちの態度を疑問に思いながらも、査定してもらう素材を長机に自分の魔道具のバッグから出して並べていく。
レッドアイハニービーの蜜入りの瓶、1本。
ワイルドボアの牙、1対。
ワイルドボアの毛皮 1頭分。
「では、素材確認と査定お願いします。」
ワイルドボアの肉とコーラルシープ3頭は、後で冒険者ギルドで換金、もう一つのレッドアイハニービーの蜜入りの瓶は自分で使うつもりでいるため、素材として提示しなかった。
それはここで出しても、成績にそれほど影響もない上、提示すれば学院の物になってしまうからだ。
査定をしてもらっている間にヴィーは小声でパスカルに話しかけた。
「パスカル先生、何かあったんですか?皆さんすごく疲れているみたいですが?」
「あー・・・・実地訓練6回目が専門科1年生にとって洗礼的な回なのは、毎年のことなんだが今年はちょっと数が多くてなぁ・・・先生たちちょっと疲れちゃってんだ・・・」
「?洗礼的?数が多い?どういう事ですか?」
「棄権者が多いんだ。棄権していないのは、お前を含めて30人。あとの131人は既に棄権して、学院寮なり自宅なりに帰っている。」
「ええ~?」
「で、実地訓練を終えて帰ってきたのは、今のところ7班のロベルト、スイゲツ、ルーフェスの3人、それとヴィーお前だ。後の26人はまだ帰ってきていない。」
「どうしてそんな事になってるんですか?」
「お前みたいに素材の”剥ぎ取り”に慣れている者が少ないって事だよ。」
「・・・・・そうなんですか・・・・・じゃあ、今東区にいる生徒は26人ですか・・・・でも先生たちが疲れている理由が分からないですけど・・?」
実地訓練監督担当教師たちの疲弊の原因は、緊急信号魔弾を打ち上げて密かに護衛をしていた王都中央の騎士に連れて来られた生徒たちである。
素材の剥ぎ取りに着手したものの上手く出来ずに時間を取られ、その間に他の魔獣に襲われた者。
怖くなって素材の剥ぎ取りそのものに着手出来なかった者。
誰が素材の剥ぎ取りをするかで班内で揉めた者。
などなどの様々な理由で、泣いてしまっている女子だとか、気持ち悪くなってしまった者だとか、喧嘩している者だとかの状態の生徒を宥め、慰め、仲裁し、叱咤したりとパスカル始め実地訓練監督担当教師たちが対応してたが、如何せん人数が多く疲弊してしまったようだ。
但し、査定人が疲れているのは、ほとんどする事がなく無為に時間を過ごしていた為の所謂待ち疲れたようだったが。
「・・・・今それをここで説明するのも疲れるから後日にしてくれ・・・・お?査定終わったみたいだな。」
よく見ればパスカルの目の下に隈があり、相当疲れているようで、苦笑してヴィーからの質問に答えるのを避けた。
その表情には、俺もう帰ってもいいかなぁ帰りたいなぁという心の声が透けて見えたような気がしたが、ヴィーは敢えて見ない振りをした。
査定人が先程よりちょっと元気になったようで、手を振りながら査定が終わった事を告げてきた。
「お待たせしました、査定終了です。
レッドアイハニービーの蜜入りの瓶、 1本 大銀貨1枚
ワイルドボアの牙 1対 半銀貨 1枚
ワイルドボアの毛皮 1頭分 大銀貨 2枚
合計、大銀貨3枚と半銀貨1枚、素材も良い状態の物ばかりですね。」
(大銀貨3枚と半銀貨1枚か。やっぱり蜜だけで良かったみたいだ。ちょっと素材出しすぎたかな・・・・ちぇっ)
などと思っていると殊更小さな声でパスカルが話し出し、ヴィーもそれに倣う。。
「ワイルドボアの肉は諦めたか?・・・いや提示してないだけだな?持ってんだろう?肉はどうするつもりだ?」
「生活の足しにしますが、何か?」
「血抜きはしてあるんだろ?」
「してありますが・・・・」
「冒険者ギルドで換金するなら、俺が買うから他に流さないように口添えしてくれ。」
「・・・・いいですけど、ここで食べるつもりですか?」
「ああ、みんな疲れて果ててるし、肉でも食わないとな!」
「分かりました、ギルドには買い手が付いていることを言っておきます。」
「すまんな、後でギルドに取りに行く。」
「了解しました。」
ここで、ヴィーが直接パスカルに売ってしまうと賄賂などと難癖を付けられかねないので、敢えて二度手間ではあるが、ギルドを通し購入する。
話が済むとパスカルは声の調子を戻し、教師の顔でヴィーに告げる。
「リヴィオラ・ショーノ、実地訓練合格基準値を文句なく超えたな!良し、合格だ。残りの期限は休みになる!良くやった、ご苦労だった。気をつけて帰れ。」
ここに来て、初めてパスカルは笑顔を見せた。
それにヴィーも笑顔で答えた。
「はい、ありがとうございました。」
ヴィーはその足で、冒険者ギルドへ行きコーラルシープの素材を換金し、ワイルドボアの肉を既に売約済であることを告げ、あとで買い取った相手がギルドへと取りに来る旨を伝える。
ギルド側からしてみればあまり利益は見込めないが、肉屋などへ卸す手間も省ける上に既に買取先が決まっていて取りに来るという事は、大量の物でなければ大した手間ではないので、ギルドとの信用関係があれば多少は融通が効くのだ。
明日からまた2日間ギルドの仕事が受けられるので、依頼の貼られている掲示板を眺める。
ヴィーの今のランクはD。
実力的には、遭遇して倒した魔獣のランクからしてみればCランクには達しているはずだが、如何せん受けた依頼数が少なく、学院に通いながらでは冒険者を主にしている者には及ばない。
しかし、ランク上げに関しては、生活できて学院の費用が捻出できれば良いと本人が気にしていないので問題はない。
「う~ん・・・・日数がかかるものばっかりかぁ・・・・2日じゃ無理なものが多いな・・」
(西区で薬草を採取して、薬を調合して売るかな・・・・)
小さい頃から、薬師の母シェリルに薬学を叩き込まれたヴィーは、薬学に関しては相当の知識を持ち、母から免許皆伝のお墨付きを得ている為、薬の調合が出来る。
学院の薬学科に進まなかったのは既に修めていたからだった。
西区で取れる薬草の種類と採取できる場所を頭に思い浮かべながら、冒険者ギルドを出て、家路についた。




