46. マイカ
46話目投稿です。
「まあ、あんた、また来たのかい?」
「ああ、女将さんとこの料理が食べたくなって、舞い戻って来ちゃったよ。」
「あら、嬉しいこと言ってくれるねぇ!男前さん!」
「やだな女将さん、そんな事言ってくれちゃって。世辞じゃないよ?今日のおすすめは何かな?」
「今日は、ムクムク赤鳥のシチューがおすすめだよ。パンは幾つ要るんだい?」
「じゃあ、それで。パンは一つで。」
「はいよ。席は好きな所に座ってちょうだい。」
「ああ。」
ここは、西区ダンダルト子爵領のとある宿屋兼酒屋食堂。
たわいない話を挨拶がわりに酒屋食堂へ入ってきた人物は、薄茶の髪に琥珀色の瞳を持つ冒険者風の成りをしてはいるが所作は荒々しくはない。むしろ、紳士然としている。
宿屋兼酒屋食堂の女将に”男前さん”などと呼ばれていたが、男性ではない。
本人は男に見られようが全く意に介さないどころか、それを利用しているようにも見える。
彼女の名前は、マイカ・バンブー、Aランクの冒険者だ。
王都中央騎士団のマイク・バンブーの双子の姉であり、ヴィーの姉弟子。
容姿は弟のマイクとそっくりではあるが、若干マイカの顔つきの方が精悍である。
旋風の如く敵を薙いでいく闘い方と琥珀色の瞳のせいで、”旋風の琥珀”などという二つ名で呼ばれている事は、本人は知らない。
それは、本人の具体的容姿があまり世間に知られていないため、辛うじて知ることを避けられているにすぎないが。
知ってしまったら、例えマイカでも憤死してしまうかもしれない。羞恥で。
もしくは暴れるかもしれない。
だが王都中央騎士団にいるマイクは知っている。
知っていて黙っている。
それは、双子であるマイカと自分の容姿がそっくりである為、間違えられるを避けるためと、万が一にも自分が”旋風の琥珀”の弟などと称されたら笑い死にしそうだからである。
食事を終えると、宿の一室に入ってドアを後ろ手に閉めると一気に疲れた様子に変わった。
フラフラと歩き、上着代わりのマントを椅子に掛けと荷物を力無く置くと、ヨロヨロしながら寝台に横たわった。
「なんじゃありゃ・・・・・・」
一言呟いて、ふて寝してしまった。
マイカは弟のマイクから、先の仕事の関係でイザヨイ達にヴィーの映像と音声を取込む魔道具の魔石を貸したことを話し、西区でのイザヨイ達の動向を監視してくれるよう頼まれていた。
マイクがイザヨイ達に提案した行動を本当にとるのか、取るとしても何時行動に移すかは、状況を聞いただけではマイクには判断がつかなかったのと、例えいつ行動に出るのか分かっていても絶対ではない。
それに、それとヴィーの魔道具の魔石が実際どのように使われ扱われるかは別問題。
マイクとマイカは、ヴィーに関してのスイゲツはある程度信用している。
が、イザヨイ達はその限りではない。
マイクたちにはイザヨイたちを全面的的に信用信頼するには下地もかなり希薄だ。
この件に関しては、イザークも同様らしい。
一応、ヴィーには何の被害も被らないようにとイザヨイ達に伝えてはいたものの、離れていてはこちらではどうにも出来ない。
動けたのに動かなかった事を後悔はしたくない。
だから、マイカが動いた。
なのだが・・・・・・。
こんな風に考えに考え、用意周到に行動をとってきたのに。
西区のダンダルト領に着いたイザヨイ、ロイナス、ルーフェスたちは旅装も解かず、ダンダルト子爵の屋敷に行き、一刻も経たない内に事が収まった。
事件にも発展しなかった。
3人がそのままダンダルト子爵の屋敷に向かった時マイカは彼らを尾行し、屋敷内が伺える場所で様子を監視していた。
陣取ったのは、室内まで視認できる格好の場所。
室内に居るのは、ダンダルト子爵夫妻、子爵家長男セッチン、イザヨイ、ロイナス、ルーファス、メイドの7人。
イザヨイがヴィーの魔道具の魔石を出して何やら話しているが、後ろ向きなので言葉までは分からない。多分、どういう使い方をする物なのかを簡単に説明でもしたのだろう。
近くに合ったテーブルに魔石を置くと発動させた。
位置的に室内の全部が見渡せる場所だ。
再びイザヨイが話しながら子爵家長男にゆっくりと近づいていく。
部屋のすぐ近くにいるとはいえ、外にまでビリッくる威圧感とほんの少しの殺気が含まれたものがイザヨイから発せられたその後、長男の座っていた椅子目掛け、大振りの回し蹴りを繰り出したところで、びっくりする事態となった。
長男は短い悲鳴を上げて、あろうことか母親を盾にして隠れたのだ。
イザヨイは回し蹴りしようとした足を中途半端に止めて、威圧感はそのままにそれを見ていた。
長男は子爵夫妻、イザヨイ、傍観していたロイナスとイザークに喚き散らし、しばらくして泣き喚きながら部屋から走り去って行った。
病弱で散歩も録に出来ないという自分設定まで忘れたようだ。
イザヨイが足を戻したすぐ後、子爵夫妻が膝を付き頭を下げて、感謝やら謝罪やらをイザヨイに必死に言い募っていた。
ダンダルト子爵の屋敷を出た3人は、西区騎士団宿舎へ向かって行った。
その際イザークが何時から気づいていたのか、イザヨイとロイナスに気づかれないようマイカに向かって石を紙でくるんだ物を投げてきた。
(なんだ?隠密か?!今の立場的にはこちらの方が隠密っぽいのに!嫌味か?!)
内容は西副騎士団長へ、結果を報告した後、マイカに会いに行くのでこの宿で待っていてくれという内容だった。
思い返してみても、何だか暴れ出したいような、何もしたくないような言いようのない理不尽な感情に苛まれるマイカだった。
コンコンコン
「・・・・・・・はい」
「あの?お客さんを訪ねてきた方がいるんですが・・・・どうしますか?」
「客?・・・ああ、一人かな?」
先ほどのイザークの投げ文を思い出した。
寝台から起き出し部屋のドアを開けて、宿屋の子に応対した。
「あ、あの3人いらっしゃいます。」
「3人?・・・・・・わかった、食堂の方かな?」
「あ、はい!そうです。」
「うん、分かった。」
「は・・・はい・・・」
マイカは一旦部屋に戻り、貴重品が入っているウェストバッグを身に付け、部屋に侵入防止の結界を構築展開、発動し、まだ部屋の前にいた宿屋の子に笑顔で礼を言って食堂へ向かった。
食堂に着くと客が結構いる喧騒の中、イザークとイザヨイとロイナスは既に食堂の隅に陣取り酒を飲んでいた。
「皆さん、お疲れ様でした。」
3人に声を掛け近寄りながら、自分も麦酒を注文する。
イザークと拳を軽くぶつける挨拶を済ませて、同じテーブルにつくと麦酒が運ばれてきた。
マイカは自分を含めた4人の周りに遮音結界を構築展開、発動させた。
「初めまして、マイカ・バンブーさん?ですよね?私はイザヨイ・ナイ・ル・ホルド、西騎士団に所属しています。本当にマイクにそっくりだね・・・一瞬マイクかと思いました。」
「初めまして、俺はロイナス・タイ・ル・フィルド、東騎士団所属だ・・・」
「ご丁寧にどうも。マイク・バンブーの姉のマイカ・バンブーです。」
イザヨイは居住まいを但し、謝罪と感謝の言葉を述べたがマイカは一蹴した。
自分で受けた仕事だから、と。
「既に、西の騎士団長と副騎士団長には報告を済ませました。事も大きくならずに済みました。」
「知ってる。見てたから。」
「え?見てたのか?どこから!?」
ロイナスが驚いて聞いてきた。
「え?・・・・あなた達のいた部屋の近くの窓から。」
「あ~、あれは君か・・・誰かいるなとは思ったけど。」
「そう、それは私です。他に侵入者はいなかったから。」
「へ~・・・」
「で、お借りした魔石はあなたに渡せばいいのだろうか?マイクは自分宛てに返してくれと言っていたんだが?」
「ああ、私が受け取っておくよ。」
「中身は消していないから。」
「・・・・なぜ?必要なかったんですよね?」
「事の顛末を、王都中央のセルゲイ副騎士団長にはこちらの副騎士団長から、私信ではあるが報告することになっている。中途半端な形で収束してしまったが・・・マイクも知りたいかなと思って・・・・見終わったらそちらで消してくれ。」
「・・・・・・・了解。」
魔石の映像を見て、マイクは呆れるだろうか?笑うだろうか?それとも、もうちょっと根性みせろやと憤って怒るだろうか?
どれも違うだろうなとマイカは思う。
多分自分と同じような気持ちになるのではないだろうか。
もちろん大事ごとにならず、ヴィーにも迷惑は一切かからないで終われるのは喜ばしいことだ。
例えこの件で自分とマイクがどんなに忙殺されたとしても。
でも、先々を考えて色々画策したのに、結局はそれも空回りし、振り回されてしまっただけの結果の理不尽さに脱力的な気分になってしまうのはどうしょうもない。
ヴィーの魔道具の魔石は、使われはしたがイザヨイの行動を誰にも証明する必要がなくなり、ただイザヨイの多大な威圧感とちょっぴり殺気だった回し蹴りが炸裂する事なく中途半端に止まり、ダンダルト子爵子息が泣き喚きながら逃げ出した様が映っているマヌケな物になっていた。
あれ?子爵家長男が母親を盾にしたシーンは何処いったんだ。
隠れ副題 「お兄ちゃんお姉ちゃん、不憫」
何か色々空回ってうまく行かない時って、ありますよね・・・。




