136. 春が遠い者もいます。
136話目です。これにて、一応「理不尽な?!」第1部 完となります。
マイクに説教されて心身共にヘロヘロになったサイは、ふらふらしながらもヴィーの用意したお茶とお菓子を食べていくらか元気を取り戻した。
「うむ、これは美味しいな。」
「そうですか?お口に合って良かったです。」
「イズモの恋人は、料理上手だな。将来が楽しみだ、この父にもたまには馳走してくれ。」
サイはイズモを横目に、機嫌よくヴィーに向かって言った。
何をいきなり訳のわからない事をというように、訝しげにイズモは返した。
「えぇ?誰の何をどう見て、俺の恋人だなんて言ってるんですか?父上?やめて下さいよ。」
(やめてやめてやめて!そんな事言ったら、マイクさんが恐いから!ほら、マイクさんが睨んで・・・・ないな。)
マイクは出されたお菓子を嬉しそうに、機嫌よく食べているだけだった。
今お茶とともに出されている菓子は、お手軽簡単パンケーキにりんごのジャムを添えている。
夜遅くに食べるには少々カロリーがお高めだが、食している面々の日頃の運動量が半端ないので問題ない。
(・・・・俺は眼中にないってことかな・・・・そりゃあそうだよな。どこにそんな要素があった?・・・・・どこにもないじゃん!)
「誰の何をどう見てとは何だ?以前に話していたのは、ヴィーのことだろう?ぎゅ~っと抱きしめてくれたり、一緒に寝たり、”イズモ、起きて”と優しくなでなでされて起こしてくれるのだろう?恋人でないならなんなのだ?お前を抱っこ出来るとはなかなかの力持ちさんだな?」
(!!父上ってば!要らんことを――――――――――っっ!!)
「ああ、それって精霊の街でみんなで雑魚寝してた時のことだよな?ヴィーは良くイズモに仔狼になってもらって抱っこしてたもんな。というか、マイカにも抱っこされてたよな?」
お茶のカップに口をつけなながら、事も無げに返してくるマイクの言葉に、サイはキョトンとした顔をして、イズモに目で”本当か?”と聞いてきた。
実際そうなので、イズモは頷いて肯定する。
「なんだ、違うのか・・・私とクオの早とちりか?」
確かめもせずに、自分で勝手に勘違いしておいて、息子を揶揄うネタがガセだったかとがっかりしている。
「俺は友達って、言ってあったはずですよ?」
「そこはそれ、気恥ずかしくて照れて、友達と言ってしまったのかと・・・」
息子にいったい何の期待をしているのか、かなり迷惑な父親であることに変わりはないらしい。
「はあ・・・・変な勘ぐりしないで下さいよ。というか、それならクオさんが”番い”を発見して、早々にラヴィンター皇国に連れて帰っちゃいましたよ?」
「・・・・・・・は?」
長年懇意にしているお隣さんのクオが、自分の知らないうちに”番い”を見つけて既に国に還った。
サイの脳裏をある思考が、怒涛の如くかすめて行く。
ずっと探し求めていた”番い”が見つかったのなら、何故自分に一言もなく国に還ったのか?
”番い”を見つけたばかりの雄が、他の雄を自分の”番い”に近づくのを許すはずがない。
分かっている、それは重々分かっている。
もし、万が一にも自分に”番い”が現れたら、自分はここでのほほんと茶など啜って菓子などご相伴にあずかったりしていない。
息子のイズモにも会わせない。
国どころか、屋敷に帰って自室に籠って強制軟禁する自信がある!
だがだがだが!だがしかし!
何故クオだけなんだ―――――――――っ!
私も”番い”を得たい!
”番い”を得たクオは暫くどころか、数ヶ月単位で屋敷に籠ってラブラブするに違いない!
酷いわ!ずるいわ!何か途轍もなく理不尽な気がする―――――――――っ!!
「おのれ、一人だけ願いを成就させおって・・・・・・」
サイから漂ってくる何やら不穏な気配に、訝しんで警戒し始めていたヴィー達の耳にボソッっと呟かれた言葉が聞こえた。
「ヴィー、マイク。少しばかり用事を思い出してな、急ぎ国に還らなくてはならない。馳走になった。またの機会にでもゆるりと話そう。では、私はこれで、失礼する。」
「え?父上?!どうしたんですか?」
「イズモは、好きにすると良い。」
そう言ってゆらりと立ち上がると、言葉の通りスタスタと迷いなくヴィーの家を出ていった。
父親の様子が気になったのか、挨拶もそこそこにイズモもサイの後を追って行った。
***************
「「・・・・・」」
引き止める事も頭に浮かばないまま、そのまま2人を見送ってしまったヴィーとマイク。
「怒ってた?サイさん?」
「怒ってたな。」
「何に怒ってたの?」
「クオさんとやらに”番い”が出来たから?」
「何でそれで怒るの?私は、あのクオっていう九尾の狐は気に食わないけど・・・・サイさんたちにとっては、旅を一緒にするくらいに仲の良いお隣さんらしいのに?」
「・・・・・複雑な・・・男心による・・・理不尽な嫉妬・・・かな?」
「・・・・・長い間欲していた”番い”を付き合いの長い友達が得られたんなら、喜んだり祝福するもんじゃないの?」
「ん~・・・・そうしたい気持ちもあるんだろうけどね。今は、自分には何故得られないんだって気持ちもあって、そっちの方の感情が優ってる?って感じかな・・・?」
そのクオの”番い”が正に、自分の大事な姉弟子のマイカだという事を思い出し、はっとする。
「大丈夫かな?!マイカ姉!」
「それは平気じゃない?だって、マイカだよ?」
「でも・・・サイさんはイズモよりも大きくて強い魔狼なんだよ?クオっていう九尾も・・・魔狼姿のイズモより2mは大きい銀毛の狐だったよ?あの様子だと、お話ししに帰ったようには見えなかったし。」
魔狼姿のイズモがお座りして3mくらいの高さだったのを頭に浮かべ、+2m。
多分恐らく、サイも魔狼姿イズモよりはかなり大きいだろうと考えると、クオと同等かそれ以上かもしれないと推測する。
「・・・・・・ちょっとした、怪獣大戦争っぽいな。」
リアル怪獣大戦争。
ちょっとワクワクする響きだ、是非見てみたい。
映画とかテレビとは迫力が、全然違うに違いない。
だけど、ラヴィンター皇国は外国だ。おいそれとは行けない。
ヴィーには学院があるし、マイクには騎士団の仕事がある。
悔しいがこっちにマイカが帰ってきた時に、その様子が聞けるだろうと期待するに止めようとマイクは思った。
「ふふふ・・・」
「何急に笑ってんの?心配じゃないの?」
「全然?マイカは自分の身は自分で守れるって信じてるからな。」
「ふ~ん、絶大な信頼だな・・・・で?何で笑ってたの?」
「う~ん、あのマイカに、続くかどうかはわからないけど恋人なんか出来ちゃったりとか、その相手が人間じゃなくて元の世界じゃ神獣な天狐だったり。精霊の街なんかに行って精霊とバトったり、かと思えば魔狼なんて他所の国の高位の魔獣と意思の疎通どころか友人になる縁が出来ちゃったり・・・・ここ最近
・・・濃い経験してんなぁっと。仕事なんかは理不尽な思いする方が多くて正直上司絞め殺したろか!とか思ったりねぇ・・・・思い返してみると、何かおかしくて笑えた。」
「え?何その人生悟って、達観している風情は?」
「いや、悟ってなんかはいないけど、こう見えて中身が実はおっさんだからな。しみじみしちゃうこともあるわけ。」
「それ言っちゃうと私も似たような者なんだけど・・・・まだまだこれからのお子ちゃまなんで、しみじみな感慨深いものは湧き上がってこないなぁ・・・・え?何?フラグ?何のフラグなの?それ?」
「フラグじゃねえよ!・・・・そう、まだまだこれからの人生長いんだなぁっと、理にかなったことばっかりじゃなく、どっちかというと理不尽な事が多い世の中で・・・・俺の人生続いてくんだろうな、と振り返って思ったんだんだよ。」
「・・・・・・何やら哲学的っぽいことを言ってるけど、何が言いたいかヴィーには分かんないよ?マイク兄。」
「あー・・・うん、とどのつまり、俺の春はいつ来んのかな?ヴィー?」
「知らない。」
「即答?!」
「うん。」
「ちぇっ・・・・・・・・・うん、今日は帰るわ。」
イザークが応急処置的に修繕してくれた扉を見て早めに直さないとなぁと思いつつ、騎士団宿舎に帰るという、心なしかしょぼり気味のマイクを見送るために部屋の扉まで行き、おやすみを言おうとした時にクルッとマイクがヴィーの方に体を返した。
「!!??」
マイクは何かに気づいて驚愕の表情で固まったまま、ヴィーの顔をまっすぐ見ている。
真っ直ぐ。
「~~~~~・・・・ヴィー?何か、微妙に、目線が俺より・・・・高く・・ない・・か?」
「え?ああ、うん。冬からこの春にかけて、また身長が伸びたんだ。こうして見るとマイク兄よりちょっと大きくなったみたいだね!」
ヴィーは、見て見て大きくなったでしょ?と言わんばかりに、嬉しそうに手をかざしてマイクと自分を見比べている。
マイクはぶるぶると涙目でそれを見てとると、おやすみの挨拶もせずにヴィーの部屋を飛び出していった。
「えっ?!マ、マイク兄?!」
予想もしていなかったマイクの突然の行動に驚いて後を追いかけかけたが、聞こえてきた叫び声で思いとどまった。
「うわああああぁぁぁぁ―――――――――――――んんん!!!ヴィーに身長越されるなんて!越されるなんて!!理不尽過ぎるだろぉぉぉ―――――――――――――!!ヴィーのばかあぁぁぁぁぁ!!!」
現在は20歳になっているであろう、中身が微妙におっさんだと自分で言っていた王都中央騎士団の騎士で頼れる兄弟子の叫び声に、ヴィーがぽつりと呟いた。
「泣いて帰るなんて・・・・・騎士としてどうなの?マイク兄・・・・・・」
頑張っても努力が実るかどうかは、分からない身長の伸び。
世の中の半分以上は、理不尽な事柄・・・・・・かもしれない。
「理不尽な?!」第1部 完
ちょこちょこと番外編を書くかもしれません。
読んでいただいた皆様に感謝を捧げます!
ご読了ありがとうございました!!




