133. 春がどこかにやってきた (11)
133話目です。
外街乗合馬車の馬が警戒態勢を解かない状態で、イザーク達3人を見ていた事を不思議に思いながらも何事もなく王都中央の門を通過していく様子をクラウスは見ていた。
「何をしに来たのかなぁ?」
これといった用事があるわけでもなく、騎士団関係の仕事で王都中央に来ているか休暇で来ているのかも判断出来ない。
3人のうち顔を見知っているのは、イザークのみだったためとクラウス自身がイザークと顔見知り程度の関係なために、わざわざ追いかけて声をかけるのが憚られた。
声をかけたとして、例えば何を話せばいいのだろうかと自問自答する。
良く知りもしない相手の時間を割いてもらうに値する話題など、クラウスは何も思いつかなかった。
「無理に話すこともないよなぁ?」
3人が王都中央の門の向こうに姿を消すと、馬車も漸く動き出した。
外街乗合の馬も警戒態勢を一応解いたらしい。
「・・・・・・・取り敢えず、学院寮に帰って風呂入って・・・昼飯かな?」
クラウスにしても、もやもや感は否めない。
さりとてどうする事も出来ないので、一旦意識の隅にそれを追いやることにしたようだ。
外乗合馬車の御者と馬に挨拶すると、気持ちを切り替えたのかスタスタと王都中央の街をロガリア学院の方角へ歩いて行った。
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さてイザーク達は、早速宿を見つけて風呂に入り北区騎士団―ウィステリア家―王都中央という強行軍の道程での汗と汚れと疲れを癒し、宿の部屋でこれからの相談をしていた。
「サイ殿はこれから息子さんをこの王都中央の街で捜すのですか?」
「そうしたいのは山々なのだが・・・・」
「?どうかしたのか?」
魔狼の姿から人型になって息子の匂いのする方角の街に行くというサイは、同じ街に用があるというイザーク達に同行してきた。
自国のラヴィンター皇国で国の仕事を担っているとはいえ、魔狼は一応魔獣に分類されている。
その身で他国の王の住まう城がのある街に、小細工の必要がなく正面から穏便に入れるでならば願ったり叶ったりだった。条件としてはイザークたちから離れぬことだったが、大したことではない。
それは良かったのだが、何やら不都合が生じたらしい。
「・・・・この街に入ってから様々な匂いがして、どうにも息子の匂いを捉えづらいのだ。」
「・・・・?」
「家畜の匂い、血の匂い、香辛料の匂い、薬品の匂い、様々な人間の匂い、香水の匂い・・・・今一番強い匂いは、肉を焼く匂い、何かを煮る匂い・・・・かな?」
「・・・・・・そうか、もうすぐ昼時だものな。料理している匂いが街に充満しているのが俺たちでも分かるものな。サイ殿には・・・・きついか?」
「いや?きつい訳ではないが、だが多種多様な匂いのせいか正確な息子の位置がわからないのだ。」
王都中央の街中でも、息子のイズモの匂いを辿れば居場所などすぐにわかると思っていたサイは困った。
捉えられなくないが、捉えづらい。
この街の雑多な匂いに多少なりとも慣れなければ、嗅ぎ分けが難しいらしい。
それを聞いたイザークとガクは、ならばと提案した。
「では・・・サイ殿がどの位で息子さんの匂いをはっきり追えるようになるかは分からないが、食事を済ませた後、俺たちの用事の1つを先に済ませても良いだろうか?」
「それは構わないのだが・・・・・くっ!」
眉間に皺を寄せて酷く悔しそうなサイの様子に、そんなに息子の匂いが嗅ぎ分けられなかったことが無念なのかと、ちょっと人間の自分たちには理解出来ないなぁと微妙な気持ちになるイザークとガク。
「そんなに悔しいものなのか?身内の匂いが分からないのは・・・・だが、全然分からない訳ではないし、慣れれば大丈夫?なのだろう?焦らなくてもいいのではないか?」
焦らなくていいという言葉に反応したのか、クワッ!と目を見開き叫んだ。
「あまりのんびりしていては!いつまでいるつもりか分からない息子が、私がこの街の匂いに慣れる前にこの街を離れてしまうかもしれない。そんなことになったら、息子の友達とやらが朝などにイチャコラしている所に不意をついて突撃出来ない!!」
ブルブルと握り拳を掲げて苦悩するサイ。
何をするつもりなのだ、この親父は。
ってかいうか何だ?朝などにイチャコラしているって。
友達なのか?それは?友達じゃないだろう?
それとも大人な関係なガールな友達なのか?
しかも、不意をついて突撃?!
やめてあげてくれ!息子さんと相手が可哀想だろう?!
ほっといてあげろよ!
と、呆気に囚われながらもイザークとガクは強く思った。
恋人との逢瀬の最中に、突然自分の父親が突撃乱入してくる図。
そんなことされたら幾多の困難を乗り越えて(そんな事実はない)、やっと出来た愛する恋人(現在彼らには存在しない)との間に溝が出来る。
それはもう海溝数百mは軽くいく溝が!”あなたのお父様って何考えてるの?!”とか責められて最悪嫌われてしまうかもしれない!!
という想像が2人に駆け巡った。
当たり前だが自分達の身に置き換えて考えてみると、非常にいたたまれない上に受け入れらない。
断固阻止せねばならない!!
っていうか排除する!(決定事項)
無言のうちにアイコンタクトで意思の疎通をはかったらしいイザークとガクは、会ったこともないサイの息子の恋路?を邪魔しようとする非道な父親(笑)を邪魔しようと決めた。
この時サイの息子が何歳なのかは知らないが、リア充爆発しろとか禿げろとかもげろとかいう思いは、湧いてこなかった・・・らしい。
湧いてこなかったって言ったら、湧いてきてなんていない!と言い聞かせていたかどうだかは2人の心の中の秘密。
3人は昼食を取った後、王都中央騎士団詰所に赴きヴィーの住んでいる場所を聞くためにマイクを訪ねて行くことにした。
当初の目的が少しばかりズレて来てしまっているのを、彼らが認識しているかどうかは分からない。
****************
マイカがクオと連れ立って行ってしまって寂しくなって気落ちして不貞寝状態だった翌日の夕方、漸く気分が浮上してきたヴィーとそれに寄り添っていた魔狼のイズモは、ふらっと夕方に訪ねてきたマイクとちょっとドタバタした後、イズモのお腹の音でかなりお腹が減っていた事実に今更ながらに気がつき、共に夕食を食べ、現在はまったりと食後のお茶を飲んでいた。
「あっ!」
そこへ、マイクが突然声を上げた。
今まで、本当にすっかり、きれいさっぱりと忘れていた事を思い出したからだ。
昼間、イザークと他2人が自分を訪ねてきた事を。
「どうしたの?マイク兄?」
どうしよう?時刻は既にお子様は寝ていても不思議はない頃だ。
今から、イザークたちの止まっている宿に行って、ヴィーが在宅していることを告げても今夜中にこの家に彼らを招くのは・・・・・ありなのだろうか?
ヴィーの住まいの場所だけをイザークたちに教えて、自分を抜きにして会わせるのは嫌だった。
だから仕事終わりに様子を見にここへ来たのに、ヴィーの様子に気を取られてイザークたちの事は脳内から駆逐しちゃってました。テヘペロ!・・・・・・じゃあ、済まないよな。
と今更思い出した案件で思考するマイクに、イズモが下から覗き込むように声をかけた。
「どうしたんですか?具合でも悪くなりました?」
そうだった、イズモもいたんだ。
なら、夜遅くても人数が多ければ滅多なことにはならないに違いない。
そう結論を出したマイクは、言ってみることにした。
「具合は悪くないよ。ちょっと忘れてたことを思い出しただけ。なぁ、ヴィー?」
「何?」
「昼間にイザークが俺のところに来て、ヴィーに会いたいからここを教えてくれって頼まれたんだけど・・・どうする?」
「え?イザーク様が?・・・・・それはあれかな?マイカ姉に無礼を働いたウィステリア家の強面髭面筋肉達について、何か私に言いたいことがあるのかな?」
「強面髭面筋肉達?ウィステリア家で、何かやらかして来たのか?ヴィー?」
「・・・・・」
ああ、これはやらかして来たんだなと無言で目を逸したヴィーをみて思った。
遊びに行ったはずなのに。
ウィステリア家の奴らとマイカの事を、誰からか聞いてしまっていたらしい。
ならば益々イザークたちに会うなら自分も同席した方が良いと、改めてマイクは思った。
「今からイザークたちが泊まってる宿に行って、連れてくる。俺も一緒にいることにするから、いいか?」
イザークが王都中央の、それも2年近くも疎遠だった自分にわざわざ会いたいと来ているという状況に 戦々恐々するヴィー。
もしかして説教とかされてしまうのか?
それとも文句を言われるのか?
でも、自分のウィステリア家でやった事は当主も承知の上なはずだ。
文句があるなら聞こうじゃないか!そうだ、聞いてやんぜ!
今ならイズモもいるし、マイク兄だっていてくれるって言っている。
そう思い、マイクの問いに答えた。
「分かった。会うよ。連れてきて。」




