131. 春がどこかにやってきた (9)
131話目です。
ウィステリア家の屋敷がある街から外街乗合馬車で約半日強かかる王都中央の街まで、約60kmほどの距離がある。
ヴィーの後を追いかけるべくウィステリア家を出たのが昼を大分過ぎた頃、今現在は日がそろそろ傾きかけている。
それでも王都中央を目指して、魔術も使わずに今も突っ走って行くイザーク。
それを事も無げに追うガク。
強面筋肉(髭はなし)のデカい体躯の男2人が、ひたすら突っ走っていく姿はめっさ怖い。
さながら猛スピードで走るダンプカーか重機のようだ。
重機が猛スピードで走るって超危険な響き。
オラオラオラオラ~!という副音声が聞こえてきそうだ。
だけど大丈夫、ここにはビビって泣いちゃうお子様もいなければ、気を失ってしまうご令嬢もいないし、イザークもガクしかいないから。
森中に道が通っているのならば、例え魔獣に出現しようともそこを通る者もいるかもしれない。
しかし、魔獣を狩る目的でもなければ、道がない森などは迂回するのが普通だ。
イザークは一直線に王都中央を目指し、獣道しかないその森中をバキバキと無意識に色んな物を薙ぎ倒しながら突き進む。
なんて自然に優しくないんだ!森林破壊反対!
森を抜けても、その勢いは衰えない。
途中で魔獣に遭遇しようとも、走る速度を緩めない。
目の前でホーンラビットが10匹の群れで現れた!の状態になっても、真っ直ぐ突っ走る。
ホーンラビットがまるでボウリングのピンのように、あちこちに吹き飛ばされた。
立ち止まって闘ってもあげないのか?イザーク。
吹き飛ばされたホーンラビットたちは、幸いにも命を落とすことはなく目を回しているだけ。
気絶で済んだようだ。
次に透明なスライムが30匹の群れで現れた。
透明なスライムは無属性のスライム、物理的攻撃に弱い。
迫り来る的に対し既に5匹ずつ合体しているが、更に10匹ずつ合体しようとした所へイザークが走り込んでくる。
お互いに合体しようとしていてたために密集していたのが裏目に出て、イザークの体に勢いよくぶつかって吹き飛ばされたり、踏み潰されたり、叩き落されたりした。
今回は運悪くスライムは強烈な物理攻撃を受けて全滅、魔石を残して溶けてしまった。
だが先程のホーンラビットもそうだが、スライムたちもイザークに認識されていたかどうかは定かではない。
不憫。
しかし魔石がもったいないので、後ろに着いて走っていたガクが魔石を回収していった。
イザークは王都中央を目指して走っている。
それは間違いない。
清々しいほど、脇目も振らず。
***************
時折鼻をくんくんさせて何かを確認しながら己の気配を消しつつ、王都中央に向かっている巨躯な魔狼がいる。
その様子はさして急いでいる訳でもなく、日は傾いてきてはいるがのんびりと春の気配が薫る空気を楽しんでいるようだ。
それは精霊の街の長で緑の液状と化したキミドリが元の形に戻るまで、次代の長のチャチャの補佐をしていた魔狼のサイだった。
(精霊の街近辺と違って、ぬくぬくと暖かい。花の良い香りまで香ってくるようだ。息子のイズモと旅の友たる九尾のクオの行方は気にはなるが・・・)
「ゆるりと捜しても良いよな?」
ふんわり心地よい風が、サイの周りを緩やかに通り抜けて行く。
周りに殺気漂わせる他の魔獣も人の気配もないので、少々気が抜けるのも致し方ないと自分に言い訳をしてみる。
あんまり心地良いいので、どこかで日向ぼっこでもしながら昼寝でもしようかなどと考えている。
とか、のほほんとしていたらいきなり、
ドガアアアアッッッ!!!
と物凄い音と共に、サイの体が弧を描いて10mほど吹っ飛んだ。
完全に不意をつかれた形で横っ腹に強い衝撃を受けて、一瞬気が遠のきかけたサイは、それでも何とか態勢を立て直し辛うじて地面に着地した。
何がどうしたのだと弾き飛ばされる前に居た場所を確認すると、人間らしき者が同じように弧を描いてサイの倍近くの距離を吹っ飛んでいる最中だった。
だが、吹っ飛んだのは1人だけだったらしく、もう1人は片方の安否を心配してか叫んでいた。
「若様っっ!!!」
かなりのスピードで走っていたそのままに魔狼と衝突して吹っ飛んだ者は、クルッと体を捻って速度を緩和して多少態勢は崩したものの危なげなく地面に手を付きつつ着地した。
そこで初めて自分がぶつかったものに意識を向け、内心驚愕しながらも迎撃態勢に入った。
「・・・・・何故、ここに魔狼がいる・・・?」
相手が殺気を飛ばしてくるのでサイの方も警戒度を上げ、唸り声をあげた。
「グルルルルルル・・・・」
隙を狙うべく睨み合う魔狼・・・・と人間は、王都中央に向かって走っていたイザークだった。
警戒をしながらも動かずに黙って彼らの様子を伺っているのは、イザークに付いてきたガクだ。
(脇目も振らずに走っていたとはいえ、全く警戒をしていなかった訳ではないのに、何故魔狼のような高位の魔獣の存在を少しも察知出来なかったのか?まして、ぶつかって吹っ飛ばされるまで気がつかないとは・・・・・今感じられる威圧と魔力は、見過ごせるほど微弱ではないではないか。)
「貴様、気配を絶つことが出来るというのか?しかもなぜ、このような所で気配を絶つ必要がある?」
魔狼と睨み合いながらも疑問を口にする。
「この国の魔獣や人間に見つかると、色々面倒そうだったからだ。悪いか?!」
普通に答えが帰ってきた。
「・・・・何?」
警戒態勢は解かないものの、返ってくるとは思わなかった返答が魔狼からあったことに、2人は更に驚いた。
「・・・・・俺たちと話が出来るのか?」
「でなければ、誰と話しているつもりだ?今話しているのは幻影か?というか、俺とぶつかって吹っ飛んどいて無傷とは・・・お前、本当に人間か?」
「俺か?父と母が人間なので多分・・・そうだ。確認したことはないがな。」
微妙な答えが返ってきた。
確認?誰に確認しないと自分が、人間かどうか確信をもって言えない?
もしかして、自分でも人間じゃないかも~と疑う要素があるのか?イザーク。
「・・・・・・ほぉ~・・・」
何やらサイが感心している。
脆弱だと思っていた人間は、わりと丈夫らしい、とサイは認識を改めているのかもしれない。
やめて!人間に対する認識を、イザークを基準に軌道修正しないで!
**************
「いやはや、物事とは聞くと見るとでは大違いなこともあるものなのだな?はははは・・・」
季節が春に移りかけてきたとはいえ、日が落ちれば辺りはかなり暗くなり道中はかなり危険な物となるため、イザークたちは完全に暗くなる前に夕食のための狩りをし、結界を張り、火を起こし野営をすることにした。
そこには何故か魔狼のサイも加わっている。
どうやら、ラヴィンター皇国で聞いていた人間と違うイザークたちに興味を惹かれ、戦闘意欲が削がれたらしい。
イザークたちにしても、様子の分からない他国の高位の魔獣と安易に争うつもりもない。
ましてや、意思の疎通がはかれるどころか会話が出来るとなれば尚更だ。
「・・・・サイ殿は、息子さんの後を追ってこられたのか?」
起こした火で炙った食べ頃の肉をかじりつつ、ガクが聞いた。
「ああ、私の用事が長引きそうだったので、その間に、ついこの間出来た人間の友達に会いに行くと言っていたんだ。で、私の用事が済んだので、合流しようと思ってな。息子の匂いを辿ってきたのだ。」
イザークとガクは思った。
魔狼がこの国を気軽にウロウロしているとは・・・・・そんな情報はどこからも聞いていない。
何か事件を引き起こしている訳ではないが、このまま捨て置いていい事柄ではない気がする。
だが、表立っての報告をするのはまずかろうな、と。
「で、その息子さんはあなたの指し示した方向から察するに・・・・王都中央にいるんですね?その友達の名は聞かれましたか?」
さりげなく情報を聞き出そうとするイザーク。
「ああ~・・・聞いたのだが、何といったか・・・?カー?ゲー?ベー?う~ん・・」
どこぞの秘密警察か!
サイは意識が他に向いいていたために(液状化したキミドリを元に戻す方法)、息子であるイズモとの会話がそぞろとなっていた模様。
つまり、良く覚えていないのだ。
「「・・・・・・・」」
会話は成り立つけど、もしかしたら魔狼って、・・・・頭とか記憶能力は、残念なのかもしれない。
と、サイはイザークとガクにかなり失礼な方向へと認識されつつある事など気がつかぬまま、奇妙な3人?の夜は更けていった。




