130. 春がどこかにやってきた (8)
130話目です。
「イザーク様・・・・行ってしまったが・・・・イザーク様なら王都中央に帰って行ったヴィー達を追い越してしまうのではないか?ヴィーもクラウスが一緒なら魔術で肉体強化して走って帰るなんてしないで、外街乗合馬車を使うだろうから、ここから王都中央まで半日強かかる。」
ウィステリア当主にイザークが暇乞いの挨拶をして客室を出て行った後、誰に向かってでもなくポツリとロベルトが呟いた。
魔術で肉体強化して突っ走って行くヴィーになら、イザークが今から追いかけても王都中央に着く時間にはそう差はない。
外街乗合馬車使用ならそれを追い越して、ヴィーより早く王都中央に着いてしまうのが当然という言い方だ。
なにそれ、どういう走り方をして、どんな体力を持っていると認識されているのだろうかイザークは。
そして、ロベルトの言葉を誰も否定しない所を見ると、可能なことなのだろう。
ヴィーが、元ではあるがウィステリア家の嫁候補だったと知って、今更ながらに動揺してざわざわしている薔薇臭い強面髭面筋肉集団なおっさんたちとウィステリア当主。
それを横目に眺めながら、スイゲツが答える。
「まず、間違いなく追い越すね。そして追い越して王都中央に着いたはいいけど、ヴィーの居場所が分からなくて取り敢えず宿を取って風呂に入ってどうしようかと思案した結果、マイクさんに会いに行ってヴィーの住んでる場所なんかを尋ねたりして、マイクさんの逆鱗に触れるね。」
これから起こるであろうことを、まるで見てきたかのように予想して口にする。
「あ~やっぱり、スイゲツもそう思うか?」
「ええっ?!そんな!!」
スイゲツの予想も当然だなと同意するロベルトと、全く考えつかなかったとばかりに驚き動揺するルーフェス。
「それにヴィーに会いに行くなら、何故俺たちに住んでる場所を聞いていかなかっただろう?」
「本当にうっかりさんだよね?イザークさまも。」
「うっかりさんで済ますな、兄上がヴィーの居場所を知らないって分かっていたなら、こっちから教えてあげれば良かったじゃないか。」
「何言ってるのさルーフェス?請われてもいないのに個人情報をこんな大勢のいる所でなんか教えられるもんか。ましてや、ヴィーに報復をされた人が20人もいる場所で。」
「あ・・・!」
スイゲツたちは敢えて、ヴィーの住んでいる場所をイザークに教えなかった。
ルーフェスにとっては、身内が信用されていないことで複雑な心境になったが、彼らにとって大事なのはウィステリア家であってヴィーではない。
報復の報復をしようと思う奴が、絶対いないとはいえないので、当然の配慮であろう。
「お、御館さま!俺は、先ほどの子供が若様の嫁になどとは、到底認められません!」
「俺もです!あのような男のような乱暴者など!若様には相応しくありません!」
「若様には、楚々とした女性が相応しい!!」
口々にウィステリア家当主に訴え出る、薔薇臭いおっさんたちの言葉がスイゲツ達の耳に入った。
言い募るおっさん達に、妙に静かに視線を向ける。
スイゲツは、氷の礫の魔術を無詠唱で構築・展開・発動待機。
ロベルトは、炎弾の魔術を無詠唱で構築・展開・発動待機。
ルーフェスは、風纏の魔術を無詠唱で構築・展開・発動待機。
「お前たちはまた・・・・」
と、未だ反省も出来ぬのかと、当主は怒りが爆発する寸前だ。
「御館さま!もし、若様とでなくとも、あ、あの子は、俺の・・・・!」
「若様ではなく!俺の・・・・!」
「出来れば俺の・・!」
「「「女王さまに・・・・!」」」
ウィステリア家の客間の時が止まった。
え?何?なにが起こった?幻聴?と思い込みたい言葉が聞こえたのだ。
「「「「女王・・・・さま?」」」」
薔薇臭い強面髭面筋肉集団の内の7人が、うっすらと頬を染め、モジモジしながらもうっとりと何やら思いに耽っている。
ヴィーがイザークに相応しくないと言い募っていた面々は言葉に詰まり、信じられないとばかりに驚愕の表情で彼らを見ていた。
スイゲツ、ロベルト、ルーフェス、ウィステリア家当主は思った。
((((・・・・・気持ち悪い))))
悪い予感がするものの、このままでは話が進まないと、意を決して当主が彼らに問うた。
「女王・・・とは、いったいどういう事だ?このラフューリング王国の王は、男性だぞ?」
モジモジしていた7人は、慌ててそれは言葉の比喩だと言い換えた。
そして、堰を切ったように口々に訴えてきた。
「御館さま、魔術を問答無用にかけられた時には頭に血が上っており、かの方が少年だと思っておりました。が、若様の”嫁候補”という事は・・・女性でありましょう?」
「俺は、女性にあのように魔術で翻弄されたことはありませんでした・・・」
「それが、かの方は妖しいまでの笑みを浮かべて、俺たちを一方的に蹂躙するがごとく・・・」
「ああ!あの冷たい視線を思い出すと身が、震えてきてしまう・・・・!」
「あの方が女性なんだとわかった瞬間に、何やらゾクゾクとして。何故もっとちゃんとあの方を見ていなかったのかと後悔しております!!」
「艶やかな風に揺れる黒髪の間からこちらを見つめる、あの冷酷そうな黒い瞳で・・・もう一度!見られたいと思ってしまったのです!」
「出来れば!出来れば・・・・!あのような男装ではなく、ドレスで!踵のある女性靴で・・・踏んで欲しい!!」
言い募る彼らの言葉に内心ドン引き。
だが他の強面髭面筋肉集団なおっさんたちは、若様の元とはいえ”嫁候補”ということは男ではないのだと改めて思った。
更に身悶えながらも言い募る自分たちの仲間の言葉を思い返してみると、屈辱としか思えなかった状況が、何やら隠微で甘美なものだったのではないかと脳内が変換されつつあった。
ウィステリア家の男子は元々仲間意識が非常に強い。
今まで女性に魔術とはいえ、戦闘でこうも簡単にねじ伏せられたこと経験ない彼らは、仲間のうっとりと嬉しそうな言葉の数々に感化されていく。
うっとりモジモジしていた7人が、8人になり9人になり10人になり、いつの間にかヴィーを悪し様に言う輩はいなくなった。
そう、20人全員がうっとりもじもじ強面髭面筋肉(薔薇臭い)に変わってしまっていた。
”リヴィオラ”は現在男でも女でもない中性で、16歳ではっきりするとイザークから説明を聞いていた当主と、前からヴィーが中性であると知っているルーフェスたち3人は答えに窮した。
だがその事はロガリア学院にも申請済みで、別段隠している事象ではないことなので、一応恐る恐るではあるがいまだにうっとりもじもじしている強面髭面筋肉集団(薔薇臭い)説明した。
が、盛り上がっている彼らには何ら影響がないどころか何故か更に悶絶狂喜していた。
もう手がつけられない。
しかも、身悶えしている20人もの強面髭面筋肉集団(薔薇臭い)は目にもやさしくないうえに、精神上にも優しくない。
ウィステリア家当主は、情けないやら気持ち悪いやら混乱するやらで涙目になりながら、息子に助けを求めた。
「ルーフェス・・・・・私はどうしたら良いのだろう?」
もちろん、ルーフェスもどうしていいのか分からないので素直に答えた。
「申し訳ありません、父上・・・・俺にもどうしたらいいのか皆目検討もつきません。」
怒りにまかせて発動待機させていた魔術を、脱力した状態で3人は解術した。
ロベルトがぼそっと疑問を呟いた。
「・・・・別の新たな扉を開いてしまったあのおっさん達は・・・果たしてこれからまともな婚活が出来るのだろうか?」
スイゲツがそれに、やはりぼそっと応えた。
「無理じゃね?」




