129. 春がどこかにやってきた (7)
129話目です。
御館さまがヴィーを少年だと思っていても無理はない。
会って話して抱き上げて走った経験がある俺でさえ、あの子が少年だと疑いもしなかった。
もろに中性的な容姿なのだ。
いや、実際中性だったらしいので、本来は何ら問題はないのだが・・・・。
この場合も問題があるのかないのか・・・・・俺としてはないんじゃね?と思うのだが。
というか中性ってなんだ?
14歳ならまだあんな感じの男女の境界が曖昧な者がいても、不思議ではないような気がするのだが・・・?
例えば、この場にもいるがルーフェスさまのご学友のスイゲツ殿だってかなり中性的ではないか。
もちろんルーフェス様やロベルト殿のように、すっかり性別の特徴が出ている者も多いが。
どうも事情が飲み込めていないため傍観しているしかない。
・・・・微妙に疎外感を感じている俺はガク・クロウ・ウィステリア、絶賛嫁募集中。
困惑している御館さまに、小声で事情を説明をしているのは若様ことイザーク・ウィステリア様。
現在若様は、このラフューリング王国の北騎士団にて一騎士として国に仕えていらっしゃるが、貴族ではないが国に重要視されている、このウィステリア家の当主となる次代さまなのだ。
若様の嫁問題は、ウィステリア家の存亡に関わってくる。
ここに薔薇の匂いを漂わせている輩とは、問題の質と重さが違う。
ご本人の取り組み方も違うのだが・・・・・若様が狙っているのは、あれか・・・やっぱりあの子なのか。
いや、まだ若様はあの子とは本当の意味では、ちゃんと会っていないのだから、話はそれからであろう。
ところで、若様はあの子に会って、本気で抱っこするつもりなのだろうか?
前に俺があの子を片腕に子供抱っこで抱えたと話した時のことを妙に気にしていたが・・・・。
違った・・・・腰回りの肉の付き方を知っていたのを、だったか?
何の心配をしていたのかは、未だに疑問だが。
それにしても、何かを意図して成人男性が、未成年を抱き上げようと目論むのは何やら変質者か犯罪者くさ・・・げふ、げふん。
多分、気のせいだ。気のせいなんだ。
俺の若様は変質者でも犯罪者でもな―――――いっっ!!
とか、俺が脳内でわたわたしているうちに、御館さまへの説明が終わってしまったようだ。
「何てことだ、そうだったのか・・・・で?何だ、お前は諦めてないのか?」
「はい。結論は一度正面からあの子に会ってからと、思っています。ここの者がこのように薔薇の匂いをさせているということは、今回の報復処置にリヴィオラが”洗濯”魔術を用いたと思いますがいかがですか?」
「洗濯?この者たちは”洗濯”されたのか?・・・・・・そうなのか?ルーフェス?」
「あ、はい。そうです。」
「洗濯・・・・そうか、洗濯されたのか・・・・・くくくくくく・・・・」
御館さまが珍しく笑っておられるが、洗濯?人間を洗濯したのか?
人間とは、洗濯できるものだっただろうか?
・・・・・20人を一度に?それとも個別に?何人かに分けてか?
薔薇臭い奴らが悔しそうな顔をしている所をみると20人を一度に、だろう。
仲間が魔術をしかけられて、近くにいた者がそれを何もせずただ見ているとは考えづらい。
相手が子供だろうとも・・・・ルーフェス様たちが手を貸したか?
どちらにしてもかなりの魔力が必要だと思うが、どういう魔術だったのだろう・・・・?
「ということは、父上。あの子はこの屋敷に滞在中ということですよね?今、リヴィオラはどちらにいるのでしょう?出来れば、会いたいのですが・・・・」
「あ、うむ・・・・」
おや?みな一様に微妙な顔つきをしている。
そこへスイゲツ殿とロベルト殿が、言い淀む御館さまに変わって答えてくれた。
「ヴィーなら、イザーク様たちがこちらへ来る前に王都中央に帰っちゃいましたよ?」
「帰った?」
「そうです、長居はするつもりは最初からなかったのでしょうね。やることやっちゃいましから・・・・まあ、気持ちは分かりますが。」
若様はスイゲツ殿とロベルト殿、2人の言葉に少し思案するように目を瞑られた。
微妙な関係になりつつある相手ではあるが、会えるかと思って少し身構えた次の瞬間にはその相手はいない。
残念なような安心するような複雑な心境なのだろうなぁ・・・・。
俺も”洗濯”魔術とやらを受け損ねて、安堵するやらちょっと残念のような気がする。
いや、受けてみたかったということでは決してない。
こうも薔薇臭くなるのは遠慮したいし・・・・この匂い、風呂に入れば取れるのだろうか?
換気をして大分薄れはしたが、服とか髪とかに匂いが染み付きそうだ。
「王都中央に帰ったか・・・・・そうか、ならばそちらに行こう。この機会を逃しては、仕事の都合がつく学院祭まで待たねばならない。それは避けたい。」
「・・・・まだマイカ嬢の件で怒りが収まってないかもしれん。話を聞いてもらえるか分からんぞ?それでもか?」
「それでもです。」
このまま行って、怒りの上乗せになったりしないだろうか?
俺は少し時間を置いた方が良いと思うのですが・・・・行っちゃうんだろうなぁ、王都中央。
「ヴィーが、イザークさまの話しを聞かないなんて事はないと思いますけど?嫌みは言っちゃうかもしれませんが。」
「そうだな、ヴィーはそんな奴ではないだろう。〝洗濯〝はされるかもしれないが。なぁ?ルーフェス?」
スイゲツ殿もロベルト殿も・・・それは、フォローをしているつもりなのだろうか?
それとも、ヴィーの性格を表現しているのだろうか?
「ヴィーは・・・・イザーク兄上には・・・悪意は持ってないというか、怒ってないというか、ああ〜っとなんて言ったらいいのか‥‥‥」
ルーフェス様・・・・!
「まどろっこしいなぁルーフェス。ヴィーはイザーク様に対しては、憧れみたいなものを持ってるみたいでしたから、多分大丈夫です。」
「「「「何っ?!」」」」
スイゲツ殿の言葉に、思わず俺と何人かが声を上げた。
ちょっと待て、御館さまと若様が驚くのはわかるが、なぜロベルト殿とルーフェス様まで驚く?
スイゲツ殿は笑っているが・・・・・微妙に胡散臭さを感じるのは、思い過ごしか?
「昔貰った手紙にそんなことを書いてあったように記憶しています。でも、今もそうかは・・・・本人に聞いてみないと・・・・・分からないですけどね?」
昔?昔?ってどのくらい・・・?
いきなり微妙だった胡散臭さが倍増した!
若様の眉間の皺が深くなった!
若様が目を細めてスイゲツ殿を見た!
俺の背中に戦慄が走った!
見ただけなのに若様の顔がこえぇぇ!
若様はスイゲツ殿の言葉の真意を見定めようとしているからなのだろうが‥‥‥‥見慣れている俺でも怖い。
スイゲツ殿は笑っている!
何故スイゲツ殿は怖くないのだ?!
「「「「・・・・・・・・」」」」
若様は無言で御館さまに向き直り、告げた。
「父上、こちらに来て早々ではありますが、申し訳ありません、これにて暇をいただきます。では!」
「あい、わかった。」
「わ、若様!」
即断即決即実行ですね!若様!
慌ただしく自分も御館さまに礼をし、そのまま屋敷を出ようとしている若様の後を追った。
そして、叫んだ。
「若様!スイゲツ殿とロベルト殿の教えの一つでありますが、ここを立つ前に、せめて風呂に入って行った方が良いです!!汗臭くて、埃っぽくて更に薔薇臭い男は、当然抱っこなんかさせてもらえません!逃げられますよ!!ドン引きされます!!嫌われてしまいますよ――――――――っ!!!」
「時間が惜しい!向こうで入る!!」
そうか、王都中央に着いてから風呂に入ればいいのか!それは気がつかなかった!
合理的ですね。
さすが、若様!!




