125. 春がどこかにやってきた (3)
125話目です。
周囲にミントの香りが拡散した頃には、先ほどまで少し薄汚れた状態で見つめ合っていたマイカとクオがスッキリピカピカになっていた。
ちなみにクオの毛並みはふわっふわである。
外見上はスッキリしても機嫌はどん底らしいクオは、魔術を放ったヴィーを殺気を込めて睨んでいた。
マイカはびっくりしていただけだったが。
「お2人共、少しは正気に戻りましたか?」
魔術を放ったヴィーは、クオの威圧感にも屈せず仁王立ちして2人の方を見ていた、いや正確にはクオを。
隣にいるイズモは、ちょっとクオの威圧にやられて萎縮気味だ。
「・・・・ヴィー?何でここに?」
「マイカ姉を追ってきた。」
「え~?・・・・何?どうして?え?」
まだ少し頭が働かないのかマイカは、困惑顔だ。
マイカにはいつの間にやらヴィーがいて、洗濯されるという急展開になっているとしか今は思えていない。
「私がウィステリア家から帰るために乗っていた外街乗合馬車の真ん前を、必死に逃げてるマイカ姉をそこのでっかい九尾が追っかけてた。そんな光景を見たら、追いかけてきて当然でしょう?」
「え?乗合馬車?・・・・・いたっけかな?」
「やっぱり気づいてなかったか・・・・・で、マイカ姉たちのあとをイズモも追ってたから、一緒に来たんだ。」
大分詳細を端折っているが、嘘ではない。
それでもマイカには苦笑しながらも、表情を和らげて話している。
ヴィーの話は嘘ではないが、イズモはえ~?と納得できない顔をしていた。
そんな様子を気に入らないクオは、射殺さんばかりにヴィーを睨むのをやめない。
「グルルルル・・・・・」
「威嚇されてるのはわかるけど、何ですか?」
「お前は・・・誰だ?何者だ?俺の番いに馴れ馴れしくするんじゃない!」
”洗濯”されたことには、一言もないのか?
気になるのはマイカに話しかける、自分の知らない人物が誰かということらしい。
心が狭いのか広いのか判断に困るところだ。
「というか・・・そちらはお互いの名前さえ知らないんじゃないですか?」
「・・・・・」
「俺は、知っているぞ!ハニー!」
「ハニー?私はそんな名ではない。金髪でもないし、ハニー〇ラッシュとか言って衣裳と容姿と個人能力を変えたり出来ないが?」
ドヤ顔をして答えたクオに対して、更に困惑するマイカ。
知らなくて当然。
クオは名乗ってもいないし、会話もしていないのだから。
「なんでこの状況でマイカ姉は、”ハニー”を空中元素固定装置を体に秘めた胸がおっきくてお尻の小さなお姉さんと断定してるの?」
「はい!マイカさん!そこは”ダーリン♡・ハニー♡”のハニーとか”はちみつちゃん”とかの意味で言ってると解釈してあげてください!」
ヴィーは空かさずマイカにツッコミを入れ、挙手するかのように前足をあげてイズモはクオのフォローに入った。
「は、はちみつちゃん?!」
マイカは驚いて素っ頓狂な声をあげる。
あまりにも自分のもつ自分のイメージにそぐわない呼び方に引いている。
クオは、前足で顔を隠して照れている。
その仕草は体が小さかったら可愛かったかもしれないが、巨体でやられるとちょっと気持ち悪い。
そんな様子のマイカを見てイズモが話していた番いの状態とは、違う感じがするとヴィーは考えていた。
”番い”同士になった者は、お互いしか見えなくなる。
だとしたら、番いであるクオの呼び方を恥ずかしがっても、受け入れてしまってもおかしくないのではないか?
クオの方が甘甘な感じだが、威嚇はされるもののこちらとの会話は成立するし、マイカに至っては先程は確かにうっとりと長い時間見つめ合っていたが今は・・・・普通に見える。
何かが、どこかが、違うのかもしれない。
「では我が番い、改めて名を交換しよう。俺は、銀の九本の尾を持つ天狐、真名を・・」
「「「?!」」」
ヴィーは素早くそこら辺に落ちていた手のひら大の石を、身体能力向上の魔術がかかったままで力一杯思いっっっきりクオに向かって投げつけ、イズモは倒れていた木を風の魔術でクオに放った。
ガギッッ!!
ドガッッ!!
ドゴォッッ!!!
2人の放ったものはクオを直撃したが、少しよろめく程度にしかダメージを与えられなかった。
しかし、追い打ちをかけたのはアッパーカットを繰り出したマイカだった。
クオは思わぬ方向からの攻撃に、完全に不意をつかれ後ろにドザぁぁ――っと倒れた。
またもや邪魔をされたクオは怒り心頭。
「貴様らァっっ!!さっきから邪魔ばかりしおって――――――っっ!!!」
威圧を通り越して、攻撃態勢に入り、口から火炎でも吐こうというのか、火がチロチロと見えている。
怒ってはいても、マイカにはそれを向けようともしない。
これはもしかして番い補正?
そしてクオの全ての怒りの矛先は、ヴィーとイズモに向かっていく。
だが、ヴィーとイズモも怯まない。
「「バカじゃないの?!」」
「なにぃ?!」
更に馬鹿にする発言に益々怒る。
「このすっとこどっこいが!!誰が聞いてるか分からないこんな場所で!しかも、身内ではあるけど部外者の私とイズモがここにいるのに!!」
「そうだよ!!何でいきなり真名なんて口にしようとしてんですか?!クオさん!!」
「・・・・・・・・・・・・・・あっ。」
「「あっ、じゃねぇよ!!」」
ぷっしゅ~・・・・と、クオの怒りがしぼんでいく。
余りにも当たり前の事だったからだ。
高位の魔獣にとって、真名を知られるということは魂を握られるのと同じ。
結界すら張らずに、番い以外の第三者がいる、そして誰がどういう形で聞いているかわからない状況・場所で、自分の真名を口にするところだった。
それを言葉では遅いと、乱暴とも言える実力行使で止められたことにやっと気がつく。
”番い”に出会えて、天にも登る心地ではあったがそこまで迂闊な行いをしそうになった自分が信じられず、遅ればせながらも全身の血が下がる思いをし、今は狐の姿なので毛で覆われて外見からは確認出来ないがクオは蒼白になった。
「・・・・・・・すまん。迂闊だった・・・」
「「「・・・・・ふ~・・」」」
クオが自覚してくれたことに、3人は安堵の息を吐く。
「すまなかった、200年近く探してやっと”番い”に出会えた望外の喜びに我を忘れて浮かれすぎていたようだ・・・・・・危なかった。」
「では、真名は2人っきりの時に。マイカ、俺の呼び名は”クオ”という・・・・君の、その、”番い”だ。」
「クオ?」
「・・・・ああ。」
もの凄く嬉しそうに、蕩けるような声音と眼差しをマイカに向け・・・・・9本の尾がワサワサワサワサと動いている。若干鬱陶しい。
マイカはワサワサしている尻尾が気になるようで、チラチラ垣間見ている。
そこへヴィーが声をかけた。
「マイカ姉、そのクオさんとやらはマイカ姉の事を”番い”だって言ってるけど、クオさんと結婚するの?高位とはいえ魔獣の人だよ?」
「・・・・・・・・・」
マイカは暫くヴィーを見て何かを考えていたが、ゆっくりと顔をクオに向け、
「・・・・・・・・・・・・・うん、結婚する。」
とちょっと頬を赤らめ、言い切った。
そんなに直ぐに決めちゃっていいの?性格とかも全然わかってないんだよ?狐だよ?200年間番いを探してたってことは、それ以上の年齢ってことだよ?年齢差半端ないないな!とか色々!色々!!言いたいこと、聞きたいことはあるけれど。
ヴィーは、マイカが決めたことだと飲み込んだ。
ワサワサワサワサワサワサワサ・・・・・
「・・・・・・そっか、マイカ姉が決めたなら、私は反対しないよ。おめでとう。」
「ああ、ありがとう。ヴィー。」
ワサワサワサワサワサワサワサ・・・・・
「マイク兄には、直接報告してあげてね?」
「ああ、わかってるよ。」
ワサワサワサワサワサワサワサ・・・・・
マイカが自分を受け入れてくれた言葉を聞き、益々喜びが溢れて来ているクオ。
嬉しくて仕方ないのを抑えることが出来ないらしいクオの尻尾が、ずっとワサワサワサしているのが、いい加減鬱陶しくなったヴィーは、叫んだ。
「鬱陶しいな!尻尾モフモフすんぞ?!」
「お前になどされたくないわ!黒いの!あ、でもマイカがしたいなら、いつでもどこでもモフモフ?していいぞ?」
「・・・・く、黒いの・・・・」
「後にする。」
自分とマイカに対する態度の差に、この九尾の狐とは仲良く出来そうもないとヴィーは確信する。
いや、マイカに対する態度と一緒にされても困るだろうが。
クオはマイカを連れて、自分の屋敷へ帰って行った。
国を出るために、一旦国境などで手続きはしなくはならないが。
それをしないでは、ラヴィンター皇国にマイカが行っても入国出来ない。
あまり国交がないとはいえ、出入国手続きは必要なのだ。
それはさておき。
2人を見送ってから、ヴィーが不機嫌だ。
というか拗ねていた。
マイカたちが去っていった方向を眉間に皺を寄せて、ずっと見つめている。
イズモはどう声をかければいいのか迷っていたが、取り敢えず名前を呼んでみた。
「ヴィー?」
「・・・・・・・・・何?」
「・・・・クオさんの事、嫌い?」
「嫌い。」
即答した。
「ふ、普段はもっと、こう・・・頼れる兄貴って感じで、あんなに喧嘩っぱやくないんだ。そりゃ、かなり長く生きてるみたいだから、俺たちと考え方とか物事の捉え方が違ってたりするかもしれないし、女性関係とか色々あるだろうけど。番いであるマイカさんに出会えたんだから・・・・・ひかえるだろうし・・・・」
「嫌い!」
「わ、悪い人じゃあ・・・人っていうのも違うんだけどさ、えと、えっと・・・・・」
「どんなに良い人でも、頼れる兄貴でも、長く生きていて神獣の位にいる天狐でも・・・・突然現れて、こっちの心中なんてお構いなしに、大事な大切な人を掻っ攫って行く相手なんか、好きになんてなれるもんか・・・!」
「・・・・・・」
「例え、マイカ姉が自分で選んだとしても、マイク兄が納得しても・・・・・私が反対出来なくても、それでも・・・・・やっぱり、嫌いだ。」
「・・・・・・・・うん、そうだよな。」
(そうだった、俺も母上が”番い”と行っちゃった時も、そう思った。今でも納得なんかしてないもんなぁ・・・。仕方のないことだって分かっていても・・・・・だ。ヴィーにはその下地すらない、番いについての情報だって、今日俺が教えたばっかりだし。)
イズモは、泣き出したヴィーの涙がおさまるまで何も言わずに横にいて、ずっとフサフサな尻尾でヴィーの体をポンポンしていた。




