124. 春がどこかにやってきた (2)
124話目です。
イズモが匂いで跡を追えると言ったので、追ってきました。
先頭がイズモで、その後を私が付いていく形で。
前に匂いを覚えたから、今度会いにいく時はそれで捜せるよ!って言われた時には引いたけど、これが自分の事でないなら無問題。
しかも、マイカ姉の緊急事態。
命の危険はないかもしれないが、緊急事態には変わりはない。
だって私には、匂いでなんか跡をたどれないしね。
ええ、頑張って走って付いて行きましたとも。
私の肉体強化と身体能力向上の魔術は、解いてなかったしね。
後を追うまでに少々時間は食ったと思いますが、でもそれほど長時間ではなかったはず。
見つけたよ?
見つけましたとも。
1刻足らずで。
マイカ姉は、クオという名の九尾の狐から必死に逃げていたはずだ。
はずだったのに。
どうしてこうなった?
現在の1人と1体は何をしているかっていうと。
何もしてません。
ただ、地面に座って見つめ合っております。
お互いがお互いの顔を取りつかれたようにじ~っと凝視・・・・いや、うっとり?と見てます。
周囲を見てみれば、抉られた地面が数箇所、何かの攻撃で空いたらしい穴だらけの木々とか数本。
そこかしこに焼け焦げた箇所があって煙が上がってる。
マイカ姉はいくら逃げても執拗に追ってくる九尾に、業を煮やして攻撃に打って出たのだと推測できます。
1人と・・・もういいや2人で、は砂なのか土なのかで多少薄汚れている程度で、怪我を負っているようには見えない。
なのでマイカ姉の攻撃に、九尾が応戦したかどうかは、判りません。
そしてその後何があって、今この状態になったのかも分かりません。
ただ一つわかるのは。
「これって・・・・マイカ姉が”番い”として、あの九尾を認めたっていうか、受け入れたって事?」
「そうみたいだな・・・」
私の問いにイズモが答えた。
マイカ姉は九尾の嫁、決定?決定なのか?
嫁入りの時は、天気雨とかになっちゃうのか?
え?その時の花嫁衣裳はどうなんの?
ウェディングドレス?白無垢?・・・・ああ、白無垢はこの世界になかったっけ?
うおう、なんてこったい。
いやいやいや!違うだろ!ヴィー!今そこは問題じゃあない!
今問題なのは。
「マイカ姉・・・・人間なのに?種族が違っても発動しちゃうのか?”番いシステム”!あの人たちが特殊なのか、それとも種族なんて関係なくランダムに”番い”が存在するのか?」
人間同士でこんな現象が起きるなんて、聞いたことはない。
高位とはいえ魔獣の番いに、人間がなるなんて話も聞いたことがないけど。
まだ私が子供だから、知らないだけなのかな?
まあ・・・・この世の中の事を全部知ってるわけじゃないしね。
「・・・・・」
「イズモは他の例とか知ってる?そもそも、番いってどうやって決まるんだ?」
訊ねても答えが返ってくるとは思わないけど、聞かずにはいられなかった。
心情的にも、好奇心的にも。
イズモはマイカ姉と九尾に、困ったような視線を向けながら説明してくれた。
「俺たち高位の魔獣にとって”番い”ってのは、互いに好意を寄せ合った結果の末に恋人になったり婚姻した者じゃない。会った瞬間に足の先から頭の天辺にまでビビビッと何かが体中を駆け巡り、互いしか見えなくなる唯一の相手。」
なにそれ、ちょっと怖い。
受け取りようによっては、運命的なのだろうけど。
「出会ってしまったら、既に婚姻していようが子供がいようが関係なくなる。そんな風に相手を求めるようになるんだ。」
「それは・・・・トラブル要素満載だよね?婚姻相手はともかく、子供がいようが関係なくなるなんて・・・・何か・・・すごく、嫌だな。」
「・・・・・それだけ強烈なんだってことなんだろうと思うよ。だけど多くの者は、”番い”に出会えないまま生涯を終えるって聞いてる。互いに好意を寄せ合った結果の末に婚姻した者と、幸せの暮らして行く方が圧倒的に多いって。」
イズモの声が若干低くなった。
何か思うところがあるのだろうか?
この2人以外に”番い”になった誰かを知っていて、影響を受けた?
「それでも”番い”に強い執着やら憧憬やらがあるのか、それとも自分にもいつ何時同じ事が起きるか分からないからなのか”番い”に出会ってしまった者たちを、仕方がないとその時の相手も周囲も受け入れる・・・・・どうやって決まるかなんてのは、知らない。番いに出会えた者なんて、ほんの僅かなんだってさ。」
もしかして前世の記憶があるために、他の人みたいに盲目的に”番い”を受け入れきれない?
それとも子供すら顧みなくなる状態に陥らせてしまう、”番い”自体が嫌いなだけ?
「・・・・どうも釈然としないけど、とにかく本当にごく稀なことなんだ?”番い”に出会うって。」
「らしい、よ?」」
(俺の母上の話なんて、しなくてもいいよな?今言った番いの傾向そのままなんだし。)
「・・・・ところでさ、私たちはいつまでここでこうやって、あの2人を傍観していればいいの?」
そうなのだ、見つめ合ったまま動かない2人の様子を見るために、彼らから50mほど離れた草むらに匍匐状態なのだ。
まるでデバガメしているみたいだ・・・・いや、してる状態ともいえるのか?これ?
それにバカでっかい九尾は、顔をちょっと下向きにしてるだけだけど、マイカ姉は真上をずっと見てる態勢でいる。
あの場面だけを見るだけならば、絵にならなくもないし、物語がであるならば感動的なシーンかもしれないくらい決まってはいるんだけど。
如何せんあの状態でいる時間が長い長い、長過ぎる気がするんだよね。
あれってば、首が痛くならないかな?
マイカ姉のムチウチとかを心配するのは、心配過ぎだろうか?
「そうだなぁ・・・そろそろ声をかけてみるかぁ・・・」
「そうだね。」
そうと決まったら、さっさと立ち上がって、服の埃をぱんぱんぱんと手で叩いて払う。
サクサクしないともし万が一、あの2人に漂い始めた桃色空気そのままに盛り上がってしまったら、声をかけるタイミングを逃して本当のデバガメになりかねない。
そんなのは御免だ。
すうっと息を吸い込んだ。
「マイカ姉――――――――っ!」
「クオさ――――――――んっ!」
両者、反応なし。
「マ・イ・カ・姉――――――――っ!!」
「ク・オ・さ――――――――んっ!!」
両者、反応なし。
魔術範囲設定よーし、発動待機よーし。
隣でイズモがぎょっとしてるが、スルーでよーし。
もう一度思いっきり、息を吸って~・・・
「マ・イ・カ・姉――――――――っ!!」
「ク・オ・さ――――――――んっ!!」
両者、全く反応なし。
「”洗濯”発動――――――――っ!!」
「やっぱりそれか――――――――っ?!」
イズモは横できゃ~!とか魔狼の雄らしからぬ声を上げて、慌てている。
でもいくら不意打ちとはいえ、あの2人無防備過ぎないかな?
こんな、いつどこから他の魔獣に襲われてもおかしくない場所と状況で。
確かに私は殺気なんか、放ってなかったけれど。
冒険者Aランクのマイカ姉と結構強いであろうと推測される九尾の狐のクオさんとやらが、抗うことなく泡まみれの水流に飲み込まれていった。




