123. 春がどこかにやってきた (1)
123話目です。
捕縛の網にかかり、感電して思うように動けないでいるイズモは、それでも網から抜け出そうとモゴモゴとしている。
「”感電”解術。」と呟きながら網に向かって大股で歩き、傍まで来るとイズモの前に片膝をついてしゃがんだ。
捕縛の魔術を解術すると、ぎこちなくジタバタしているイズモを覗き込んだ。
「ハーハハハハ、ドコニイコウトイウノカネ?」
「どこ、かの、大佐、かよ?」
痺れているのにツッコンできた。
「大佐?」
ヴィーはイズモの言葉を受けてニヤリと笑い指をパチンと鳴らして、手元に火を灯した。
「それは、雨天、無能な大佐じゃん。大佐違いだ。」
「・・・・・そろそろ痺れは取れてきたんじゃない?」
「・・・・・」
ム~と顔を顰めたあとに深呼吸を数回繰り返し、首をこきこきさせながら、あちこち自分の体の状態の確認をした。
ひと通り済ますと、拗ねたようにヴィーを見た。
「ひどいじゃんか!捕縛で感電なんて、質悪いぞ!」
「何言うの?この国の魔獣なら死んでるか気絶してるよ。イズモだったから足止め程度ですんでるんだよ?さすがに魔狼なだけあるよね?」
褒めてるようで、実は褒めてない。
しれっと、大したダメージはないのはわかってると言わんばかりだ。
確かに回復の早さを考えれば、その通り。
「だからって!そ、そんな危ない物、友達に使うなよ!」
「・・・・」
片眉をくいっと上げて半目で見てくる様に、ああん?何言ってんの?あんたは?という言わずにいるセリフが聞こえてくるようだ。
今のヴィーは、機嫌が悪いように見える。いや、すこぶる悪い。
イズモは真っ当な抗議をしたまずなのに、なぜか耳が後ろに寝てしまった。
そのヴィーの機嫌が悪い原因に心当たりがあり過ぎて、強気に出れない。
ちゃんと考えてみれば、イズモに非は全くないのだが・・・・何となく後ろめたい気分になっているらしい。
「ところで、さっきのは何?事情を知ってるよね?教えてくれるよね?イズモ?」
さっきのとは、マイカをクオが追いかけている事情のことだろう。
説明しようにもイズモにも突然の事で、詳しく把握出来ている訳ではない。
状況的には、未だに混乱している。
先ほどだって、取り敢えず後を追わなければと思って追っていただけだった。
ヴィーがすぐさまマイカ達の後を追わずに、状況把握を先にしようとしてるということは、差し当たってマイカに命の危険があるようには見えなかったからだろう。
だが、いつまでもここでぐずぐずしているつもりも無いだろうことも、分かっている。
だから、自分の分かっている事実だけを話した。
「・・・・・番い?種族が違ってもそれって有効なの?」
「さあ?でも、あの時のクオさんは、尋常じゃあなかったよ?あんなクオさん見たことなかった。」
「”クオ”さんって・・・・・種族は何?何の魔獣?狐っぽかったけど。そう言えば尻尾がたくさんあったみたいに見えたなぁ・・・ワサワサしてた。」
「狐だよ?九尾の狐なんだ。」
「えっ?!妖怪系の魔獣なの?じゃあ何?もしかして、他にもいる?ぬりかべとか小豆洗いとか目目連とか鎌イタチとか!!一反木綿とか?!麒麟とか白澤様とか?!いたりしちゃうの?!」
魔獣と括るにはどうかと思うものが混じっている。
しかも後ろの2つは神獣じゃん。
何故、白澤だけ様づけなんだ・・・・
何やら急にワクワクしながら聞いてくるヴィーに、ちょっと引き気味になった。
「そんなの知らないよぉ・・・少なくとも俺は会ったこともないし、いるって話も聞いたことないけど?クオさん以外に九尾の狐がいるって話も聞かないよ?」
「そっかぁ・・・・残念、見たかったな。」
「お前・・・・さては妖怪好きだな?」
「・・・・・・その出会ったその日から強制的に恋の花咲く”番いシステム”が適応されてるってことは、九尾の狐って、この世界の魔獣なんだね?」
「スルーかよ?!・・・・番いシステム・・・・って。」
言われてみて、イズモは思った。
正にその通りじゃないかと。
一目惚れとかとも違うのだ、相手の性格・嗜好に思考に関係なく、会った途端に相手の事しか見えなくなるなんて、組まれたシステムもしくは呪いみたいだ。
ロマンティックに言えば、運命の赤い糸の相手か?
それでも、結ばれるまでに色々経過があったりするはずだ。
本人達のそれまで生きてきた経過など丸無視なのに、高位の魔獣はその番いを切望していることに理不尽さを感じている。
それなのに、自分も心のどこかで”いつか”はと、心待ちにしている気持ちがある、この矛盾。
「イズモ?」
「・・・・・」
急に静かになり考え込んでしまったイズモを訝しんだが、ヴィーはそろそろマイカが気になり始めた。
”クオ”という九尾の狐にとって”番い”であっても、マイカにはそうではないのか逃げていた。
あんなに必死なマイカは、何時ぶりだろう?
もしかして逃げるのに必死すぎて、出会ったその日から強制的に恋の花咲くという、恋愛的な感情が塞き止められているのだろうか?
逃げるのをやめたら、”それ”に気がつくのだろうか?
そして九尾の狐の”番い”であることをマイカが受け入れたら、どうなるのか?
・・・・それはこれから分かるから、今思い悩んでも仕方がないなと思い至ってイズモを見ると、未だに思考の渦に囚われて帰ってきていないようだ。
「・・・・・・」
ゴソゴソと自分のバッグの中を探り、何枚かの魔布を取り出して指を差しながら思案し”君に決めた”とか呟いて1枚を抜き出した。
その魔布の魔力を通し、範囲指定をした。
「”髭毛根殲滅”はつど・・」
「何やらかそうとしてんじゃぁあ――――――――――っっ!!!」
ガバァっと、思考の底から突如浮上してきたイズモは、間一髪ヴィーの魔術発動を阻止した。
「もうちょっとだったのに・・・」
「残念そうにするな!髭毛根殲滅ってなんだ?!すっげやな感じなんですけど?!」
「え?読んで字のごとく、髭の毛根を殲滅して髭を生やさないようにする。」
「ギャー!酷い!獣の髭は絶対に必要なの!必要不可欠なの!!髭を生やさないように毛根を殲滅するだなんて!なんて恐ろしいことする子なの!!それはやっちゃダメ!絶対!!」
全身の毛を逆立てて、ムンクの叫び状態のイズモ。
それに対してヴィーは不満そうだ。
「・・・・・え~、私は髭生えてこないし・・・実験出来ないじゃん。」
「他にもっと適任がいるだろが?!」
「誰?」
「マイクさんとか、スイゲツは・・・まだそうだから、ロベルトとかルーフェスとか!!」
「・・・・・・・・そうか、じゃあそっちで試すことにするよ。」
「はぁ~・・・・切にお願いいたします。」
うんと素直に頷くヴィーに漸く一安心して、イズモは溜息を吐き、次の行動を提案した。
「ところで、マイカさん達を追う?今ならまだ、匂いで追跡出来ると思うぞ?」
その提案に乗り、拳を振り上げ宣言する。
「行くよ!そんでもって、万が一マイカ姉に無理強いなんかしてたら、九尾の髭を殲滅してやるよ!!」
「だから!獣の髭をターゲットにするのは、やっちゃダメって言ったばっかりだろ―――がっ!!」
嫌がっているマイカを追いかけていったクオに対して、やはりヴィーは怒っていたらしい。




