122. もうすぐ春です (10)
122話目です。
ラフューリング王国では、街中を走り街の外へ出ることのない乗合馬車のことを”内街乗合馬車”、街の外へも出る乗合馬車のことを”外街乗合馬車”と呼んでいる。
この外街乗合馬車は、荷物の運搬も兼ねているため割と大きめだ。
引いている馬も内街とは大きくことなり、かなりの巨体で弱い魔獣などはよってこない。
そこそこ魔力もあり、草原狼程度なら蹴られて吹っ飛ばされる。
御者との信頼関係がなければこのように人を乗せたり、荷物を運んだりしない。
馬のようでも分類すれば魔獣、なのである。
やることもヤっちゃったしということで、早々にウィステリア家から王都中央に帰ることにしたクラウスとヴィーは、王都中央とウィステリア家のある街を定期的に往復している外街乗合馬車の車中にいた。
「おお~・・・外街の乗合馬車って、何か不思議な感じがするね。」
普段馬車に乗る機会がないヴィーは、馬車の内装から窓から見える景色などを興味津々な様子で見ている。
そこにツッコミを入れるのは、同乗しているクラウス。
「どこがだよ?普通じゃないのか?」
「え~?そう?じゃあ、これが2回目だからかな?」
「・・・・内街のには?」
「乗ったことないな。」
「お前・・・・もしかして、今まで移動はずっと徒歩か?」
「うん、ギルドの仕事の時も徒歩だよ?走ったりもするけど。」
そう言えば、王都中央から外街乗合馬車に乗っていく事を知ったヴィーが、ひどく驚いていたのをクラウスは思い出した。
馬車で街の外へ行ったりして魔獣に襲われたりしないのか?とか馬が怯えて動かないのでは?とスイゲツたちに色々質問していた。
馬に関して言えば、外街乗合馬車の魔力を持った巨体な馬を見てこれなら大丈夫そうと納得したらしい。
そして”外街の馬・・・大きくて筋肉質で、超格好良い!!”と目をキラキラさせて賞賛していた。ヴィーのその感情が伝わったのか、その時の外街乗合馬車の馬がふふんとドヤ顔している気がした。
いや、絶対してた。
馬のドヤ顔・・・・なぜか腹立たしく感じるのは何故だろう?
「お前はルーフェスん家に行く時も、走っていくつもりだったのか?」
「うん。」
「さすがにルーフェスたちだって、無理だろうが?」
「そんな事は、ないと思うけど?1泊くらいは野営になったかもしれないけど。」
「どんだけ、体力があるんだよ・・・」
「え?普通でしょ?」
「普通じゃねえよ!お前の普通基準ってどんだけ高いの?!」
「いや、だから・・・え~と、冒険者基準?」
「冒険者だって、遠く行く時は体力温存のために外街使うぞ?!」
「・・・・・・じゃあ、北区出身冒険者基準?」
「・・・・・北区とそれ以外だとそんなにレベルが違うのか?」
「レベルの問題じゃないよ。だって、北区には外街乗合馬車なんてないから。内街乗合馬車なら見た事はあるけど。」
「・・・・・外街乗合馬車自体がないのか・・・どんだけ田舎なの北区~」
「失礼だな。確かに田舎だけれども!こういう街の外に行く乗合馬車なんて積雪で通れないし、雪がなくても馬車が通れるほど整備されてないよ。悪かったね?ど田舎で。」
「そんなに整備が進んでないのか・・・・」
「というか、整備するつもりもないんじゃない?人手とか環境と費用と天秤にかけて利益が見込めないとか、色々ありそうだよ?本当の所はわからないけどね。」
「・・・う~む・・・」
「・・・・そんなに真剣に思い悩まくてもいいよ、クラウス。それはそれでやれてるんだからさ。」
などとたわいも無い話などを話していると、急にガタガタガタッと馬車が大きく揺れ、一際大きく再度揺れた後に止まった。
「「?!」」
街道付近に出没する魔獣など恐れてよってこない外街乗合の馬が引くこの馬車に、何があったのかと顔を見合わせたあと、窓を覗いて見るが様子が判らない。
仕方なく馬車の扉を開けて、御者に聞いてみる。
「御者さん!何があったんですか?魔獣ですか?」
「悪いねお客さん、馬が全然動かなくなっちまったんだよ!周りに魔獣は見当たらないんだが・・・こんなことは初めてだ。」
「・・・何かに怯えてるんですか?」
「怯えてるっていうか・・・ピリピリしてるというか・・・どうしたんだか・・」
御者にも止まった理由がわからないらしい。
馬を見てみると一方向を見たまま動かず、怯えてはいないが全身で警戒しているように見える。
ヴィーも馬が凝視している方向を注視ししていると、遠く方に土煙が見える。
何が来るのかと肉体強化と身体能力向上の魔布を使って魔術をかけ、警戒態勢をとって身構えた。
御者とクラウスを馬車から出ないように言い含めて、馬車自体に防御結界を巡らした。
よく見えるようにと、ヴィーは馬車の屋根に陣取っている。
土煙は馬車の方に向かってやってくるようだ。
外街の馬も、警戒度が上がっているのか体から魔力が漏れ出してきていた。
ヴィーもいくつかの攻撃魔術用の魔布をすぐ取り出せるように待機し、身につけているグローブの魔法陣を確認して、手には弓を番えていつでも放てるようにしている。
馬車の中では御者とクラウスが外を気にしながらも、恐怖と不安を紛らわすためか、ヒソヒソと小声で話していた。
「お客さん、お連れさんは・・・成人前っぽいけど、強いのか?」
「どの程度かレベルは知らないけど、そこそこ強いんじゃないかな?」
「え~?お友達でしょうが・・・知らないの?」
「学院の武術大会ならみたことあるけど、実戦してるところなんか見たことないよ。」
「武術大会・・・・ああ、ロガリアの生徒さんなのか?で」
「単独参加で、本戦出場できるくらい・・・かな?」
「・・・微妙だな・・・・お客さんは、出て戦わないのか?」
「だって、俺魔道具科だもん。」
「ええ~・・・・」
(ヴィーもだけどね)
「見えた!・・・・・・・あれ?」
物凄い鬼気迫る顔で走ってくる人物に、見覚えがある。
いつもは格好良い、女性なのに男前な敬慕している姉弟子にそっくりだ。
追いかけてくるものから逃げるのに必死すぎて、こちらには気がついていないみたいだ。
「何でこいつは追いかけてくるんだー!来るな来るな来るなこっちくんなぁぁ――――――っっ!!」
「待て待て待て~、ハァニィー~~!こいつぅぅ~~~っっ!」
絶叫しながらヴィーと馬車の目の前を、猛スピードで駆け抜けて行ったと思ったら、そのすぐ後から、馬鹿でかい銀色の狐が前者とは打って変わった変なテンションでこれまた猛スピードで姉弟子を追っかけていった。
そしてちょっぴり残念なお知らせが一つ。
あちらはこちらには全然、全く気づいてなかった。
「・・・・・・マイカ姉と・・・・・・・・狐?」
台風のように過ぎ去っていった1人と1体?に呆然となり、そのまま視線を動かし馬車下の方にいる馬と顔と、というか目を合わせて溜息を吐いた。
その後いくらも経たないうちに、再び土煙がこちらに向かってやってくる。
今度は何だ?と思っていると、再び馬が警戒度をあげた。
ヴィーももう一度気持ちを切り替え、態勢を整えて警戒しようと弓矢を構えた。
すると、またしても見覚えがある・・・・・・白い大きな魔狼、イズモだった。
イズモもまたこちらの馬車は目に入っていないようだ。
スピードはそれなりにあって、脇目もふらずにいるものの微妙に必死さに欠ける印象を受ける。
ヴィーは番えた弓矢に魔布を括り付け、イズモの進行方向へと矢を放ち、矢がイズモを追い越したのを見計らって魔術を発動させた。
「”捕縛・感電”発動!」
一瞬で、イズモを取り囲むのに十分な網が出現し、走る勢いを殺しきれなかった体を包み込むと同時にバチバチバチと火花が飛び散る。
「ギャワワワワワワワワワワッッ!!」
変な悲鳴と共にドサァッっと、捕縛網に捕らえられた大きい体が地面に落下した。
それを確認すると、ヴィーはふわりと馬車の屋根から降り立ち、馬車の防御結界を解術すると扉を開けた。
悲鳴が未だに響いているので、何事かとクラウスと御者は戦々恐々としている。
「ヴィ、ヴィー?何があった?どうなったんだ?」
「お、お客さん!大丈夫なのか?!」
「ああ、大丈夫。問題ないよ?」
ヴィーはにっこり笑顔で答えたが、クラウスには黒い笑顔に見えた。
(ま、またしても何やら黒さが滲んでいる・・・!)
「クラウス、私にはちょっと野暮用が出来てしまったんで一人で帰ってもらって良いかな?御者さん、もう大丈夫なのでこのまま王都中央まで行ってください。」
「「・・・・・」」
逆らってはいけない、そんな気がする!
「・・・・・このまま、後ろは絶対振り向いては、だめですよ?分かりましたね?」
笑っているのに・・・・・黒い、黒さが増していく!
御者とクラウスは、無言でうんうんと首肯した。
「分かっていただけて良かった!では、道中お気をつけて、馬さん、よろしくお願いします。」
外街の馬は任せとけとばかりに嘶いた。
御者は慌てて御者台に上り、見てはいけない方向を必死に見ないようにして、
「ギャワワワワワワワワワッッ!!」
という正体不明の悲鳴を聞かないように努力しながら、王都中央に向けて出発した。
それを暫く見送ると、ヴィーはくるりと踵を返し、捕縛されて感電しているイズモに向かって歩きだした。




