121. もうすぐ春です (9)
121話目です。
イズモは精霊の街を出た後、気ままにあちこちフラフラしていた。
前回は、精霊の街探しと精霊の加護の気配ある食べ物を持っていたヴィー捜し等々をしていたために、このラフューリング王国を観光気分で見て回る時間も、気分にもなれなかったからだ。
でも、今回は多少フラフラ見て回っても全然問題ない!とばかりにヴィーのいるであろう王都中央に向かいつつもあっちの森を探索してみたり、偶然目の合った魔獣と戯れて?みたりしていた。
たまたま目のあってしまった魔獣にとっては、戯れどころの騒ぎではなかったが。
北区を抜けた途端に一面だった雪景色は段々とまばらになっていき、少し春の気配がするのにも心が浮き立っているようだ。
イズモは、北区から西区を通り、現在はこの国で一番温暖な地域である南区にいる。
「ふんふんふーん。桜とかないのかな~?似た花を咲かせる木でもいいぞ~」
鼻歌らしきものまで出ていた。
花が綻びるには、まだ早いのか見当たらなかったが、時折吹く風は極寒区と呼ばれる北区に遠く及ばない柔らかなものに感じる。
ニヨニヨと目を細めてそれらを感じ、う~んと伸びをした時に遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
「お~い・・・・イズモ~・・」
やはり周りの陽気に影響を受けているのか、のんびり空を翔んでくるクオの姿が見えた。
ポンポンポンと足取りも軽く空を左右に体を移動させつつ、イズモの方に近づいてくる。
「あれ?クオさん・・・俺のいる場所が良く分かりましたね?」
「判らいでか~、お前の魔力と匂いを辿ってきたんだぞ~?」
「・・・・・匂い・・・・・」
(魔力はまだいいとして、匂いを辿られて捜し当てられるのって、微妙にやだな・・・)
イズモは、自分がされて初めて匂いを辿られる気恥ずかしさを感じ、以前覚えた匂いでヴィーを捜し当てることを宣言したことをちょっと後悔した。
後悔はしたが、それしか捜し当てられる自信がない。
王都中央で手当たり次第に”ヴィーという黒髪の子を知りませんか?”と他人に聞いて回るのもどうかと思うので、多分やっぱり自分はヴィーの匂いを辿るんだろうなぁ・・・・仕方ないもんなと開き直っていた。
そんな事をつらつら考えているうちに、ふとある事に気がついた。
「クオさん、父上はどうしたんですか?一緒じゃないみたいなんですけど?」
「ああ、精霊の街の長が今使い物になんないから、チャチャとやらが代理をすることになってな、その補佐役をサイがやることになったんだ。で、俺は暇になったからお前を追っかけてきたってわけ。」
「へ~・・・で、キミドリ様が元に戻る方法は、俺には教えて・・・くれないんですよね?」
「え?教えてやってもいいけど、ちょっぴりホラーな感じがするだけで、面白くなかったしエロくもなかったぞ?それでも聞きたいのか?」
面白くないとかエロくないとかの基準でしか話しをしないのか?
知識欲とか好奇心的なヤジウマ目線ではいけないのだろうか?
前者と後者では激しくレベルが違うが。
その後に2人で日向ぼっこがてらその内容を聞き、前世の世界でそんな混じり合いを至高とするハイソな人間達が出てくるB級ホラー映画があったっけ・・・主人公もハイソな家庭の一員だったが、ドロドロな液状に自分の体を変化させられないので、家族と他のハイソな人たちから疎外されるという、なんだそりゃな話しだったなと・・・・・ぼんやり思った。
しかし、かなり大きい魔獣に分類される自分たちが、人通りがないとはいえその体を晒したままでは要らぬ面倒が起こるかもしれないと、人型をとりこれからどうするかのんびり歩きつつ相談をしていた。
暫くすると、遠くの方に土煙が見えてきている。
2人してそれを何気に眺めていると、どうやらこちらに向かっているようだ。
「あれ?もしかして・・・」
こちらに突っ走ってくるこの匂いの持ち主は、先だって自分たちの間でも話題に登っていた人物だった。
「知り合いなのか?・・・・人間にしては、随分と足が早いな?いや?あれが普通の早さなのか?こっちで人間を見るのは初めてだからなぁ~・・・・」
隣から話しかけられたが、最後の方がよく聞こえなかったイズモは、聞こえた部分にだけ返事を返した。
「あ、はい。知り合いです。というか、名前だけならクオさんも知ってますよ?あれが”マイカさん”です。お~い!マ・イ・カ・さ~ん!!そんなに急いでどこいくの~?!」
「は?え?マイカって、キミドリ殿の?!サクッと振られちゃった相手?!」
「わあ、身も蓋もない言い方ですね。」
どんどん近づいてくる。
どんどん近づいてくる。
なんかすっごい怖い顔して猛スピードで走ってくる!
それは人間的にはスピード違反じゃね?って速度で走ってくる・・・・・
って、来た―――――っっ!!!
「久しぶり!イズモ!だが、今君にかまってる暇はない!ヴィーを急いで迎えに行かないといけないんだ!またな――――――――――――っっ!!!」
すれ違いざまに、物凄い早口で叫んでそのままスピードを緩めず走り去って行った。
ちゃんと聞こえたのがこれまた凄い!
ほえぇ~と感心していて、はたと気がついた。
「えっ?!ちょ!待って!ヴィーに何かあったのか?!」
と慌てて叫んでみても、既にマイカの姿は豆粒のように小さくなっていた。
あんなに急いでいったいヴィーの身に何があったのか?
自分も追っかけた方がよかったのかなと心配し、どうしたもんかなと意見を聞こうと横にいるクオを見た。
そしてクオの様子がおかしい事にようやく気がついた。
目をカッと見開いたままで、まるで石像になったかのように固まっているのだ。
「・・・・クオさん?クオさーん?!どうしたんですかー?」
返事がない。
顔は、もう影も形も見えないマイカが走り去って行った方向に向いたまま。
「え?何?マイカさんがどうかしたんですか?クオさん?」
イズモがマイカの名前を出した途端に、ビクっとクオの体が反応した。
一瞬、クオの顔が恍惚といった表情が垣間見えた気がしたが、そのすぐ後に、足の先から頭の天辺までビビビビっと電気が走り抜けていくかのように、ビクビクと痙攣しているのが目で確認できた。
傍目にはちょっと怖い。
「え?!」
訳が分からず、見守っていると今度はバチッ・・・バチッと火花が散りだした。
「ええっ?!」
たちまち火花が散る頻度が上がって行き、その様は放電しているようにも見える。
「ク、クオさん?!」
「ミツケタ・・・・」
「は?」
火花が散ってる狭間に見えるクオの瞳が、人型を取っているにも関わらず獣性が色濃く出ている。
「クククク・・・・ミツケタァ・・・!ヨウヤク!ミツケタァ・・!!」
言葉も明らかにおかしい。
ブアアアっと白い霧が吹き出すと同時に、クオは人化を解き巨大な九尾の狐に戻っていた。
ブルンと大きく身震いをした後に、空を仰ぎ見て何度か深呼吸をしているようだ。
見たこともないクオの様子に、イズモはどうしていいか分からず困惑している。
「?!!」
「ククククク・・・・!アハハハハハ!待った!待った!待ったぞ!待ち焦がれた!何百年待たすのだ!だが・・・・・見つけた!!あれは俺のだ!!あれは俺のだ!」
「はあっ?!」
「俺の番いだ―――――――――――――――――――――っっ!!!」
クオは、空に向かって咆哮し、狂気にも似た喜びを叫んだ。
巨体から発せられた咆哮に、空気がビリビリと震える。
イズモはクオから出た言葉に驚愕し、何拍かおいたその後にやっと意味を理解し、
「ええっっ―――――――――――――――――――――?!!」
と、驚きの声をあげたが、その時にはマイカが走り去った方向に向けて、クオは猛然と走り出していた。
「待ってろ~!マイハニー―――――――――――――――っっ!!」
さっきまでの鬼気迫る雰囲気とか、咆哮とか、表情とか、体から発せられる火花とかをザザザーっと時の彼方へ駆逐されたイズモの心中はこれ如何に。
「・・・・・・・何、まいはにー・・・・・って。」
体からへなへなと力が抜けてしまい、地面に両手両膝をついてしまった。




