120. もうすぐ春です (8)
120話目です。
そこには先ほど自分たちを屈辱的な目に合わせた黒髪の子供がおり、申し訳なそうでもなく、怯えるでもなく、こちらを目を細めて微笑んでいた。
対するは総勢20人の体の大きな、ウィステリア家の筋骨隆々な猛者たち。
その自分たちの怒りと殺気を感じていないはずはないのに、怯えもしない。
それどころか、あちらも静かだが凪いでいるわけではないのが感じられる。
その様子に訝しみ、改めて相手を品定める。
ルーフェス達と同年代の少年にしては、背丈は低すぎず、高すぎず。
かなりの細身だが、背筋はピンと伸び立ち姿からはブレが見えない。
それなりに鍛えているようだ。
クセがない真っ直ぐな黒髪、同色の瞳、細面ながら軟弱さは感じられない、凛々しい容姿。
あの場では、黒髪の子供としか認識していなかったために、改めて正面から見た。
彼らは思った”ご婦人達に、モテそうではないか?!ムカつく!!自分たちに対しているのに余裕に見えるのもムカつく!!”と。
何とも斜め上な所で憤りを上乗せしていく。
それは強面髭面筋肉なおっさんよりは親しみやすいし、ヴィーもそれなりに外面はいいはずだ、そういう意味ではモテるだろう。
というか、14歳の子供と自分たちを比べるとはどういう了見だ。
しかし、ヴィーとて余裕があるわけではない。
自分よりも戦闘と人生に関して場数を踏んでいるウィステリア家の猛者たち相手に、そんなものあるわけがない。かなり無謀な事だと理解している、頭では。
だがこの日のために準備してきた自負と・・・・慕っているマイカに無礼を働いた彼らに対して、このままなし崩しに終わらせるなど到底できない、そう、物凄く怒っているのだ。
来るなら来てみろやってやんぜ状態を維持している。
片や殺気ダダ漏れな強面髭面筋肉集団、片や静かにこちら微笑みながら見据えている黒髪の子供のぴんと張り詰めた空気が漂う中、ウィステリア家当主の声が響いた。
「お前たち、揃って何の用だ?」
「「お館様!そこの黒髪の子供に、我らは襲撃を受けました!」」
冷静に考えれば、14歳の子供1人にウィステリア家の猛者20人が、してやられたと憤慨して当主に訴えるなど恥ずかしくて出来ないだろうに、やられた直後で頭に血が上って抑えが効かないようだ。
「そうか、私が許可した。」
憤る自家の者たちを不愉快そうに眺め、当主は言った。
「「?!」」
「な、何故でございますか?」
「何の咎でそのような許可をこやつにお与えになったのですか?!」
「我らとこやつとは初見のはず!」
「そうです!このような仕打ちをされる覚えがありません!!」
何を言われたのか分からず一瞬止まってしまったが、言葉の意味を解して当主に訴えだした。
「お前たちに覚えがなくともそちらにはあるのだ。・・・今までこのような報復がなかった方が不思議なくらいな理由がな。なので、私が許可した。存分にやってくれとな。」
「「「お、御館さま?!」」」
自分たちに覚えがなくとも、報復がされても仕方がないと理由があるとの、当主の言葉に耳を疑う一同。
そこへ、横から声がした。
「突然、襲撃されて、私のような子供にいいようにされて・・・・いかがでしたか?」
「如何でしたかもないわ!!」
「無礼にもほどがあるだろう!!」
「報復の目的を言え!」
「報復される理由が一つも思いつかないとは・・・・益々腹立たしいなぁ・・・」
と言った後に、嘆息しながら”強面髭面筋肉集団は、脳みそまで筋肉なの?脳筋なの?”と呟いていた。
「違うわ!」
「そうだ!逆恨みされる理由など、あり過ぎていちいち覚えてないだけだ!」
「先にその理由を述べて、ああ、あの時のあれかと思い出させてから、事を仕掛けるのが常道だろう!」
この言葉には、当主始め、ヴィーもスイゲツらも呆気に取られてしまった。
何故、話の流れをお前が言うその常道とやらに沿わねばならないのか?
そちらに都合良くしなければならない理由など一つもないのに、何を言っているのだ?と。
「何だそれは?・・・・・でも、自分が受けた傷に対してでもない、傷を受けた本人に頼まれたわけでもない報復は、逆恨みと取られても仕方がないのかな?・・・・・ああ、そうですね、自分が受けていたかもしれない傷みを未然に防いでくれた人への感謝と、そんな人を傷つけたあなたたちが許せない私の逆恨み・・・・・・?ええ、理由など、それで構いません。構いませんとも・・・・くくくくく・・・」
挑発的な物言いと子供から発せられてるとは思えぬ気配に、一層気色ばみ、今度は無様にヤラレはしないとばかりに身構える20人のおっさんたち。
「ヴィー、悪役じみたセリフとかが殊の他楽しいのはわかるけど~、一回問答無用にお仕置きしたんだから、もう何のために来たのか教えてあげないと。」
再び不穏な雰囲気を醸し出し、凶悪な顔になっていくヴィーに、スイゲツが暢気な声で待ったをかけた。
「このまま延々とこの状態が続くのも収集がつかなくなりそうだからさ、そろそろ、もう潮時かなと思うんだ。」
その言葉に、強面髭面筋肉集団な面々の目がスイゲツに向かった。
「え~?もう?もうちょっと・・・・やりたかったな、”凶悪な復讐者”ごっこ面白かったのに。」
「うん、それはヒシヒシと伝わってきてたよ~すっごくノリノリのセリフに、いやに似合う凶悪な悪人面してたから。」
「ちゃんと凶悪な顔できてた?!本当?えへへへへ・・・!」
先程まで本気で身構えるほどの不穏な気配を漂わせていた者と同一人物とは思えないほどのヘラっとした笑顔と、スイゲツとの会話の内容に複雑な心境に陥りながらも口をはさめず、困惑しながらウィステリア家当主を見る。
その視線を受け、はぁ~と嘆息しながらも当主が言葉を発した。
「その方は、先日お前たちが無礼を働いた”マイカ・バンブー”嬢の身内だ。お前たちが彼女にした所業に怒り、報復をしたいと申し出られたので私が許可した。その上で何か、反論・申し立てがあるなら言ってみろ?聞いてやるぞ?」
「「「!!!」」」
途端に殺気立っていた面々が明らかに挙動不審になり、視線が右往左往している。
20人の強面髭面筋肉のおっさんが、一斉にだ。
その彼らに向き直り、ヴィーは微笑んだ。
「改めまして、自己紹介いたします。姉弟子であるマイカ・バンブーの報復に来ました。ヴィー・ショーノです。誤解の無いように言っておきますが、この報復は姉弟子に頼まれたものではありません。ですがおじさんたちが姉弟子に対してした事があまりに腹立たしかったので、私の独断です。」
そうヴィーは、ウィステリア家に行くと決めてから、嬉々として準備をしてきたのだ。
大判の魔布の作製、その魔布への魔法陣を織り込む作業、自分の魔力量では足りないと魔力を込めた魔石の採取。そしていくつかの魔術魔法陣をグローブ・服・イヤリングなどに仕込み、更にはまだまだ使っていない未使用の魔石と魔法陣折込済の魔布を過剰とも言える量を所持しており、すぐ取り出せるようにしてある。
20人ものウィステリア家の猛者相手には、それぐらいは必要だろうと思って。
「「「~~~~~」」」
「私はこの事に関して、あなた方に謝罪するつもりはありませんし、言い訳もしません。視覚と言葉の暴力に対して、騙し討ちと魔術の暴力で報復させて頂きました。それだけです。片やウィステリア家の猛者20人対するは、14歳の学生一人の魔術。どうしますか?まだ、やり合いますか?それとも・・・・この場はとりあえず収めて、後日こちらに襲撃してきますか?」
強面髭面筋肉のおっさんの一人が、訝しみながら聞いてきた。
「・・・仕切り直させて、もう一度手合わせという形にするということか?」
「そんなわけがなかろう。すまぬな、ヴィー殿・・・申し訳ないがこれで手打ちにしてもらえまいか?襲撃などさせはしないと約束しよう。」
ウィステリア家の当主が申し訳なさそうに言う。
ヴィーもそれなりに気が済んだのか”はい”と答えた。
その答えを聞き、当主は頷くことで感謝の意を表し、今度は自分の不甲斐ない身内に告げる。
「身内が受けた侮辱に対しての報復のためにを、私に許可を取ってわざわざこちらまで出向かれたのだ。お前たちがやってきた事から考えて、今までこういう事がなかった方が不思議だと先程も言っただろう?抗議が来て当たり前なのだ。こちらから招いておいて不愉快な思いを招いたご婦人が被っただけなのだから。・・・・・・恐らくは、ウィステリアの名を恐れて泣き寝入りしたのかもしれんが、それこそこれからお前たちの自分の伴侶探しに支障をきたすだろうな。」
「御館さま・・・・それは、どういう意味ですか?我らは、スイゲツ殿とロベルト殿に師事していただき前のような失態はしないよう努力しております。」
「それ以前の問題だ。」
まだわからないのかと、呆れと疲れが見え始めた当主の言葉を引き継いでスイゲツが説明する。
「それはさ、今まで招いた女の人がどの位いるのか僕たちにはわからないけど、少なくとも招いた女の人にの身内・知人・友人には情報がいってるんじゃないかな?”ウィステリア家”に招かれても行かない方が良い、行ったら・・・・ヴィーの言葉を借りるなら”視覚と言葉の暴力”を受けるって。招かれなくても、ウィステリア家の人間ってだけで、お嫁さん探しに関して、顔が怖いとか雰囲気が怖いとかいう以前に相手にされなくなるってことだよ?」
「「「!!そ、それは・・・・・!」」」
そこは困る。
せっかく厳しい何か?を乗り越えて、さあこれからという時に狭き門が更に狭まった、もしかして閉じる寸前かもしれないという状況を感じて、突然荒波が打ち付ける断崖絶壁に追いやられた気持ちになった。みな顔面蒼白だ。
がたがたっドサドサっと、打ちのめされて膝を次々に落とす強面髭面筋肉集団の面々。
体がでかく体重も重い彼らのせいで、部屋全体がガタガタと揺れた。
それらを片隅で見ていたロベルト・スイゲツ・クラウス・ルーフェスは、ひそひそと話していた。
「詳しい事情は俺には判らないが、大事っぽい感じがするのは気のせいか?」
「いや、ウィステリア家にとっては大事だろうな、血が絶えるかも知れない事態だろう?」
「でも、世間的には些事だよね?」
「「お前、辛辣だな・・・スイゲツ。」」
「・・・・・・イザーク兄上に何て言ったら良いんだ・・・・」
「でも、この試練を乗り越えてお嫁さんをゲットするのは、誰だろうね?」
「・・・・・イザークさまかな?なんだかんだ言って、その内サクッと見つけてきそうだ。」
「ルーフェスも・・・・今現在モテているし、問題ないだろ?」
「じゃあ、ウィステリア本家は全然問題ないよね?」
「「「問題は・・・・」」」
自業自得とはいえ、どんより落ち込んでいる膝をに落としたままの強面髭面筋肉集団の面々に視線を向けるが、自分たちにはもうどうしようもないよなとお互いの顔を見合って、肩をすくめた。
「ご当主さま達にはご挨拶したから、私はこれで帰るけど?スイゲツたちはどうする?」
既に暇乞いの挨拶を済ませたヴィーが、小声で話し合っていたロベルトたちの所へやってきた。
自身のヤジウマ的用事を済ませたクラウスは、ヴィーとともに王都中央に帰ることにし、スイゲツとロベルトはルーフェスを心配してか、もう少しウィステリア家に滞在することになった。




