119. もうすぐ春です (7)
119話目です。
「ふはははははははははは―――――――――――っっ!!」
筋骨隆々な男たちが大きな水流に巻き込まれ、為す術もなく翻弄されている。
しかも、あちこちから清涼感満載の泡も飛び散っている。
「「「ごぼぼぼぼぼぼぼ―――――――――――っっ!!」
「口なんか開けてると溺れちゃうぞ―――――――――――っっ!ははははは!」
ぼとぼとぼとっっと泡まみれの濡れねずみ状態の男たちが、息も絶え絶えに膝をつき、突っ伏し、仰向けに倒れたりした。
「がはっ・・・!」
「ごほごほごほっっ・・・!」
「はあはあ・・はあはあ・・・・!」
それを黒い笑みを浮かべながら、見つめつつ再び魔術を放つために、バッと大判の魔布を取り出して魔力を流し、発動キーワードを叫ぶ。
「お次は身も心もすっきり泡切れ!ついでに柔軟仕上げに薔薇の香り付加の”ダブルすすぎ”!!」
再び水流に飲み込まれ、ぐるぐるぐると右へ左へ上へ下へと激しく体をいいようにされる。
「「「がぼぼぼぼぼ・・・・!」」」」
”ダブルすすぎ”とやらの魔術が終了するタイミングを見計らい、次の魔術のための大判の魔布を取り出し、魔力を流し発動待機。
「きっちり水切れ”脱水”!最後に”乾燥”だ!!は―――――――ははははっっ!」
先に持っていた魔布を放り投げ、発動待機させていた魔布を広げて、高笑いとともに叫んだ。
「高笑いなんかしてる・・・・どうしよう、僕にはヴィーがどこかの悪の親玉に見える。」
「心配するな、俺にもそう見える。」
「いつものあいつからは想像できないくらいの・・・・悪人面してるな。」
「あれって、もしかして・・・・今まで見た中で一番強力な容赦ない”洗濯”魔術じゃないか?」
怒りを顕わにして強力な”洗濯”魔術のフルコースを繰り出すヴィーを、若干引きつつも止めたりせずに見て感想を言い合うのは、スイゲツ・ロベルト・クラウス・ルーフェスの4人。
「「「かもな。」」」
ロガリア学院の春期休暇を利用して、5人はウィステリア家へ来ている。
事の起こりは、マイカがこのウィステリア家で一方的な見合いにて、強面髭面筋肉集団に非常に不愉快且つ不快な思いをさせられたのが発端で、謝罪もしてないことにひどく憤慨したからだ。
それなのにマイカが謝罪を要求しなかったのは、自分のためだったと聞けば、尚更ヴィーの憤りは増す。
激しい水流と泡に翻弄される、強面髭面筋肉集団。
あの人たちは、曲がり形にウィステリア家の人間で、鍛えてるんだから死なないよ。
やっちゃえやっちゃえと煽ったのはスイゲツ。
面白そうだから、見れるものなら見てみたい。
そう思ったのは、ロベルト。
そしてそれは、安全且つ確実な方が良い。
それには遭遇を偶然に頼っていてはダメだ。
春期休暇を利用してウィステリア家に赴き、見合いに参加していたおっさん達を集めて一気に初期段階の”洗濯”魔術を咬ませる。更にロベルトとスイゲツは再び教育的指導を行なってやる。
ルーフェスにはその旨を父に連絡し許可をもらい、おっさん達には詳細は伏せておく・・・という流れの計画もたてた。
ルーフェスは、心置きなくやってくれと反対する気は微塵もなかった。
クラウスが一緒にここウィステリア家にいるのは・・・・・・好奇心という名のヤジウマだ。
ヴィーに至っては、通常使用している魔布では20人近くの武芸者に対して一度に”洗濯”魔術をかけるのは自分の魔力量では不安があると”洗濯””ダブルすすぎ””脱水””乾燥”の各工程の大判の魔布を作製し、事に当たっている用意周到さだ。
やる気にMAX!!実際やっているし。
そのヴィーによる初期段階?のものであろう”洗濯”魔術が、終了した後には、濃厚な薔薇の香りが漂うどころかムア~ンと充満していてる。
「・・・・・強面髭面筋肉のおっさん達が水流に翻弄されても、面白くないことがわかった、うっ!」
「ほだへぇ・・・うづぎじぐないよねぇ・・・」
「どいうが・・・・・・ばらがにおいがぎもじわるい・・・」
「ヴィーば、べいぎなのが・・・?」
ロベルトが後悔の言葉とともに膝をつき、スイゲツ、クラウス、ルーフェスは薔薇の匂いに辟易して鼻をつまんでいるため、何を言っているのか判りづらい。
ヴィーは自身の”洗濯”魔術によって、20人のムカつく強面髭面筋肉集団が、ピカピカのツルツルになりつつも地面に倒れ伏している様を黒い笑みを浮かべて満足そうに見ている。
結構凶悪、悪人面になってしまっている事には多分本人は気がついていないだろう。
しかも、何やらそれが妙に似合っている。
そして薔薇の香りに気分が悪くなっているようには、到底見えない。
「・・・・・・良し!お仕置き終了。じゃあ、やる事やったし、私は王都中央に帰るよ。」
と良いを仕事とばかりに掻いていない汗を拭う仕草をしつつ、いい笑顔でヴィーは薔薇の匂いに顔を顰めているロベルトたちに向かって告げ、その場を離れて行った。
この噎せ返る薔薇の匂いの中では、おっさん達への教育的指導を行うどころか、自分たちも気分が悪くなるのは目に見えていたので今はそれを断念し、ヴィーの後を追ってロベルトたち4人もその場を後にする事にした。
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「・・・ううう・・・薔薇くせぇ・・・」
「・・・くうぅ・・・気持ち悪いィィ・・・」
「・・・何で、こ、ん、な目に・・・?」
問答無用にヴィーの”洗濯”魔術を受けた20人の強面髭面筋肉集団の面々は、頭が朦朧としながらも徐々に意識を取り戻していく者が出て来た。
会ったこともない初対面の少年に、為す術もなく無様にやられて甘受出来るはずがない。
一緒にいたのが、見知ったロベルト、スイゲツ、ルーフェス・・・と他だったためと、ウィステリア家の屋敷の敷地内だということもあって、完全に不意をつかれた形となった。
そのことも悔しさに拍車をかけるとともに、情けなさも倍増する。
それに体だけは妙にスッキリし、長年の垢がなくなったような感じがするのだが、如何せん蔓延している薔薇の匂いが堪らない。
なぜ、自分達たちがいきなり見ず知らず人間に、このような仕打ちを受けなければならないのか?
しかも、相手は明らかに子供だ。
羞恥と憤懣で、頭に血が上っていくのを自覚しながらも制御出来なくなっているようだ。
あの子供に一矢報いねば腹の虫が収まらぬと、体を起こして肩を怒らし殺気を出しながら移動していく。
朦朧とした頭の片隅で聞こえた声は”やる事やったし、私は王都中央に帰るよ”と言っていた。
ならば、暇乞いのために自分たちの総領である御館さまのところに行くであろうと、妙に冷静に判断していた。
20人の体のデカイ強面髭面筋肉集団が殺気を迸ながら、屋敷の廊下をザッザッと移動していく様子に、屋敷の使用人たちは皆何事かと驚き咄嗟に道を譲る。
その使用人に向かって、1人が話しかけた。
「今、御館さまはどちらにおられる?」
質問しているのに、殺気が抑えられずに相手を怯えさせているのにも構いはしない。
「・・・・第1の・・・客間にて、ル、ルーフェスさまたちと・・・おられますが・・・」
何をされるのかとビクビクしながらも答えたが、そのまま通り過ぎられた。
その後にかなりきつい薔薇の匂いに気がつき、顔を顰め首を捻った。
屋敷の主のいるであろう第1の客間の前に整列すると、声を上げた。
「御館さま!御館さま!ご在室ですか?」
「・・・・・入れ。」
入室許可を得ると、総勢20人の強面髭面筋肉集団は、不穏な気配を醸し出しながら室内に入った。
そこには先ほど自分たちを屈辱的な目に合わせた黒髪の子供がおり、申し訳なそうでもなく、怯えるでもなく、こちらを目を細めて微笑んでいた。




