118. もうすぐ春です (6)
118話目です。
成人の儀を終えたにも関わらず、自分を子供扱いする父親たちにムカムカしながら、イズモは魔狼の姿に戻り、風の魔術を使って空を翔ぶ。
未だ雪深い北区は、どこもかしこも真っ白だ。
白くない箇所を探すのが大変なほどに。
時折、魔獣同士の捕食合戦が垣間見えたりするが、その魔獣たちも保護色を纏っているため、白い物体が太陽光などに反射してキラキラするだけ。
血などが飛び散ったりしているが、それもそのうち再び降る雪に埋もれて見えなくなってしまうことだろう。
この国の精霊の街に3人で来たのは、イズモの成人の儀を執り行ってくれた街へ感謝を告げるため。
だが実は、本人と親が訪問して礼を述べたりせずとも構わない。
とういか普通はしない。
例えるならば、区なり市なりが主催する成人式後に、改めて成人式を執り行った主催側に親子で礼を述べに行くようなものだ。
別枠から成人の儀を請け負ってくれた精霊の街へと、益をもたらす仕組みが出来上がっていたりするのも理由の一つ。
しかし、その説明は長くなるのでここでは割愛することにする。
サイとクオの主目的はそこにはなく、彼らは”番いを見つけよう!”ツアーを勝手にやっているに過ぎない。そのついでにラフューリング王国の精霊の街に、寄っただけ。
そこでちょっと面白いかもしれないと思ったことに、首を突っ込もうとしてるだけだ。
詰まる所、ほんの気まぐれ、寄り道程度の感覚。
「何が”番いを見つけよう!”だ。全くもう・・・その”番い”に母上を取られちゃったくせにさぁ・・」
12年前にイズモの実母は”番い”と巡り会った。
”番い”に会ってしまった母は、まだ幼いイズモの事は気にしていたようだが、兄と姉、父であるサイには目もくれなかった。
母は”番い”に出会った事を父に告げた後、家族の元から去って行ってしまったのだ。
自分の実母を”今は亡き妻”と呼び、もう母の呼び名すら口にしない父サイにイズモは納得できないでいる。生きているのに・・・と。
母が”番い”に出会ってしまった以上、父と婚姻関係を継続することが出来ないのは、頭では理解している。
でも、心がやっぱり受け入れきれずに色々な事を”どうして?”と考えずにはいられなかった。
魔狼を始め高位の魔獣には、”番い”が存在する。
これは互いに好意を寄せ合った結果の末に婚姻した者ではなく、会った瞬間に足の先から頭の天辺にまでビビビッと何かが体中を駆け巡り、互いしか見えなくなる唯一の相手。
出会ってしまったら、既婚であろうが子供がいようが関係なくなるぐらいに相手を求めるようになる。
だが多くの者は、”番い”に出会えないまま生涯を終える。
互いに好意を寄せ合った結果の末に婚姻した者と、幸せの暮らして行くほうが大多数なのだ。
けれども”番い”に強い執着やら憧憬やらがあるのか、また自分にもいつ何時同じ事が起きるか分からないからなのか”番い”に出会ってしまった者たちを、仕方がないとその時の相手も周囲も受け入れる。
「未だに呼び名を口にも出来ないくらい傷ついているのかな?父上は、母上を忘れられるんだろうか・・・?」
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チャチャから話しを聞き出す気満々のサイとクオは、イズモを体良くキミドリの家より出し、さあ話せ、今話せとばかりに期待に満ちたキラキラした瞳でチャチャを見ている。
何というか・・・・何百歳も年を重ねた魔獣とは思えない大人げない所業。
「・・・・さあ、チャチャ!話せ!」
「キ、キミドリ様の名誉が・・!」
マイカたちに一万歳なのを800歳と偽っていたのが、気になって仕方がないらしい。
サイとクオには、何をそんなに気にかける必要があるのか、どう名誉に関わるのかがわからない。
「歳のことをまだ気にしているのか?逆ならまだしも、若く言っておいたくらいで名誉など傷つかないだろう?」
魔獣・精霊は歳を重ねる毎に力が増して、若く美しく自身を保つ事が出来、他を圧倒する存在となっていく。
なので、若年を装った所で意味がないし、不名誉でもない。
しかし逆は、自分の力をかさ増しして相手を騙すこととなり、こちらの方が余程不名誉に当たるのが彼らの常識である。というか、ハッタリも程々にしておかないと相手に潰されるだけだ。
「人間は、我らと考えが違う傾向にあるようなのですじゃ。外界から帰ってきた者たちから聞いた話なのですが、若く美しい方がより人間には好まれるらしく、歳を正直に申してしまえば”ワー長生きー、生きた化石みたーい”と恋愛対象から即刻外されること必至だと・・・・疎まれたりするわけではありませんが、尊敬・敬愛・憧憬の感情はあれど、恋愛感情を抱くには恐れ多いと思われてしまうと。」
”ワー長生きー、生きた化石みたーい”なセリフに尊敬・敬愛・憧憬の感情は見受けられないが、恋愛対象外になるのは本当らしい。
「ただそれは、最初から本当の年齢を申した場合であって、もし歳を若くサバをよんだりしておいてその後に本当の歳がバレてしまったりすると・・・・・嫌われるという不名誉に・・・」
それはおそらく人間同士の話ではないだろうか?
40歳の人間の男がが20歳だなんてとサバよんだりすれば、”えー何こいつー?”的に胡乱な目を向けられるのはわかるし、下手すれば嫌われたり相手にしてもらえない可能性もなくはないが。
相手が精霊なのにそんな対応を人間側が取るとは考えづらい。
これはラフューリング王国の精霊の街と人間との交流のなさが、このような誤解というか、認識の反故を生んでるのではないかと思われるが、実際の所は判らない。
なので、サイとクオにはやはり理解できない。
チャチャが気に病む必要はないとも考える。
「そんなに深刻に考えることはないと思うぞ?」
「例えそんな輩がいたとしてもこちらが気に病む必要など、どこにもない。」
「・・・・そうでありましょうか?」
心配気に確認をとるチャチャに、うんうんと応じるサイとクオの様子に一先ずは安心したようだ。
「で?液状化までになってしまったキミドリ殿を彼女たちは、どのような方法で元の状態に戻すのだ?」
「・・・・・・・そうですな、ちと刺激が強い話になりますが・・・」
「「どんと来い!」」
ワクワクした様子を前面に押し出して、隠そうともしない2人を見て苦笑して、チャチャはモジモジと恥ずかしそうに話し始めた。
サイとクオは、自分達より年下ではあるが見た目がおっさんなチャチャのモジモジする姿に、高揚した気分が若干削がれた。
だが話は聞きたいので突っ込まなかった。
「実はキミドリ様が液状化にまでなってしまっては、彼女たちも同様に液状化しないといけないのですじゃ。」
「彼女たちも?・・・では、彼女たちも元は”石”なのか?」
「はい、キミドリ様も、彼女たちも元は”ペリドット”という名の種類の石。そこから生まれた精霊なのだと伺っております。」
「で?液状化して・・・・どうするのだ?」
「互いがトロトロと融合し合って、幾日も幾日も感覚を共有し、最終的には一塊りとなって心をお慰めし、落ち着いたら元の個々の状態に戻るのだそうです。」
「「・・・・・・・・・・それで?」」
「上手くいけば、10日ほどでお戻りになられると・・・・聞き及んでおりますが。」
「「・・・・・」」
サイとクオは互いの顔を暫し見合ったあと、もう一度チャチャに質問した。
「それで、終わりか?」
「それのどこら辺が、刺激が強い話しなんだ?」
「ええっ?!か、体も、感覚も、精神も全てを共有するのですぞ?自分の考えていることなども融合した者同士、互いにつるっとまるっと全部共有・・・するのですぞ?幾日も幾日も・・!」
真っ赤な顔をして、オロオロモジモジと忙しく体を動かしつつチャチャは、言い募る。
「・・・・・・まあ、ある意味刺激的って言えば、刺激的なのかな?」
「・・・・・・・そうか?・・・・・そうだな。」
しかし2人には、ウゴウゴドロドロと蠢く大量の緑色の液状化した物体しか、脳裏に浮かんでこなかった。
確かに、色々共有してしまうことは、羞恥を覚えるし、自分の思考が他人にダダ漏れなのも、相手の思考がダダ漏れてくるのも・・・・・はっきり言って恥ずかしいことこの上ないだろう。
判る。判るのだが、期待した内容の話ではなかった。
はっきり言って、もっとこうエロエロしい感じを期待していたのだ。
なのに、全然艶っぽくない。
寧ろ、ホラーっぽい。
サイとクオは、とてもがっかりした。




