117. もうすぐ春です (5)
117話目です。
「あらあらあらあらあらあら?」
「あらあらあらあらあらあらまあまあ?」
「あらあらあらあらあらあら~・・・」
「あらあらあら、おほほほほほほ・・・・!」
体を浮かせつつ微妙に体を蛇行させながら、4人の妙齢な女性の精霊がスイースイースイーと、イズモに近づいて来る。
チョー笑顔で。
「「「「うふふふふふ・・・・・」」」」
イズモは自分が失敗をやらかした事には、気がついた。
しかし、何をやらかしたのかが解らない。
見つめてくる彼女たちの顔が笑顔なのに、途轍もなく怖い。
だらだらと、背中に嫌な汗が流れていくのを感じていた。
(助けて―――――!!怖い!超怖い!ヴィーに殺されそうになった時くらい怖い!)
体がピキリと固まって動かないので、目線だけをサイ達に向け助けを請うた。
しかし、サイもチャチャもそしてクオまでも、青褪めて小刻みに首を左右に振っている。
大人3人の助けは望めない、花瓶入りキミドリは言わずもがな。
いや、物理的には一応動けるようだが、今は動く気配が全くない。
(何?何がいけなかったんだ?掃除する姿に感心して褒めただけじゃん!父上も、クオさんもチャチャさんだって、褒めてたよな?どうして?何で俺だけ?!)
硬直しているイズモを4人の女性の精霊が、笑顔で黙ったまま見ている。
近くで見てみると、目が笑っていない。
イズモは自分が魔狼なのに捕食対象になった気分を味わっていた。
「う・・・!」
「ねえ?魔狼の坊や?どこにおばさんが、いるのかしら?」
「ええ、そうね。この部屋のどこにいるのか、言ってみてくれる?」
「私には、この部屋をお掃除する私たち4人と、あなた方4人しか見えないわ。」
「本当に・・・・どこにおばさんがいるのか、教えて?」
(そ、そこか―――――――っっ!!!)
そう言えばと、妙齢な女性の精霊で呼び名を知らない場合、ヴィーが一様に相手を”お姉さま”呼びしていた事が急に脳裏を掠めた。
女性には絶対”おばさま”とか”おばさん”という言葉を使わなかった。
男には”おじさん”とか平気で呼んでいたのに。
(どうする?!どうしたらこの窮地を脱せられる?!選択肢のライフカードの提示はどうした?!全然浮かんで来ないぞ?!っていうか、なんで誰も一言忠告してくれなかったんだ!妙齢な女性を”おばさん”と思ったら”お姉さま”に強制変換して口にしろって――――っ!!)
「ご、ごめんなさいぃ!!言い間違えました!!いません!ここには”おばさん”なんて一人もいません!!”お姉さま方!!”」
考えてもいい案が思いつかなかったイズモは、素直に謝ることを選択した。
それも、涙目で必死に、プルプル震えながら。
「「「「・・・・・・」」」」
笑顔のまま4人の女性の精霊は、ジーっとイズモを見据える。
部屋の隅に固まっている、サイとクオとチャチャも固唾を飲んでいる。
冷え冷えとした室内にキーンと緊張感が漂っていた。
クスッ
「そうよねぇ?いないわよね?」
「言い間違っちゃったのは、本当よね?」
「ついうっかり、だったのよね?」
「ここには、私たちしか、女性はいないものね?」
ふわわわ~・・・っと、張り詰めていた物が、氷解し室内の温度が徐々に戻ってくる感じがする。
「は、はひ~・・・!」
ガクガクと首肯するイズモは、失神寸前だ。
クスクスクスと、楽しそうに彼女たちは何事もなかったように、お喋りとともに掃除を始める。
憔悴しきって、サイたちのもとへフラフラと移動してきたイズモに、3人は大丈夫か?と問う。
「・・・・・・」
怖かったと言いたいが、彼女たちがいては言えるはずもなく、頭を力なく左右に振る。
サイたちも失言を恐れて何も言わずに、個々にイズモの頭を撫でたり、背中をポンポンしたりして無言で労った。
暫くすると全ての部屋の掃除が終わったらしく「長であるキミドリ様に報告と挨拶をしたい」と言われたが、今更隠しても仕方がないのでキミドリの現状を話し、キミドリ入りの花瓶を見せた。
先ほどの4人の女性の精霊は、差し出された花瓶の中を確認すると、混乱するでもなく動揺もしなかった。
そんな彼女たちから放たれた言葉は。
「あらあらあら~キミドリ様ったら。」
「まあまあまあ~またですか?」
「クスクスクス・・・しょうがないですわね~」
「おほほほほほ~今回の原因は何ですか~?」
暢気なものだった。
これに慌てたのは、チャチャ達の方だった。
「「「またっ?!」」」
「またってどういうことですか?お姉さま方?」
クスクス笑いながら、彼女たちが答える。
「どうって、言葉通りよ?前はいつだったかしら?」
「ついこの間よ~・・・・300年くらい前。」
「そうそう、チャチャが生まれた頃だったわよね~?」
「この精霊の街を訪れた、人間の女性に振られておしまいになったのだったかしら?」
「「「「?!!」」」」
「あらあらあら~違うわよ~」
「まあまあまあ~振られる以前の問題よ~」
「だって、既婚者だったんだもの~」
「おほほほほほ~そうだったかしらね~」
サイとクオとイズモとチャチャの4人は、花瓶の中のキミドリをじっと見る。
濃い緑色したキミドリが、プルンと震えた。
本当らしい。
「「「「・・・・・」」」」
「「「「で?今回の原因は何かしら?」」」」
先ほどの恐怖が抜けきらないイズモは、素直に洗いざらい喋った。
それはもう包み隠さず、つるっとするっとまるまる全部。
「あらあらあら~キミドリ様ったら不甲斐ない。」
ドシュっと何かがキミドリの心を抉った。
「まあまあまあ~即断即決即実行なされば、今回は実ったかもしれないのに~ヘタレね。」
バシュっと再び、何かがキミドリの心を抉った。
「それでなくても、人間は”恋する期間”が私たちよりずうっと、短いのに。」
ザシュっと以下略。
「更にサイ様まで追い打ちをかけてきたなんて、キミドリ様にあったかもしれないあの方の好意なんて、欠片も残ってませんわね~きっと。」
グサグサっと以下略。
キミドリ、満身創痍・・・・液状だが。
「あらあらあら~仕方ありませんわね~」
「まあまあまあ~仕方ありませんわ~」
「また、私たちがお慰めいたしますわ~」
「おほほほほほ~ええ、そりゃもうしっかりと~元通りになるまで~」
うふふふふふふ・・・・・と、チャチャからキミドリ入りの花瓶を奪って、彼女たちは去っていった。
とりあえず彼女たちに任せておけば、キミドリが最終的には元に戻るらしいので安心したイズモは、ふと気になったことを質問した。
「あの、おば・・ごほんごほん!お姉さま方は、どういう方法でキミドリ様を慰めて、元に戻すのか・・・知ってますか?」
「「・・・・・さあ?」」
とサイとクオが答えた。
「・・・・・・」
真っ赤な顔をして、俯くチャチャ。
あ、こいつ方法を知ってるなと3人は察した。
だが、なぜ赤くなる?
そんな恥ずかしい慰め方なのか?
これは、是非知りたい。知っておきたい。
「チャチャさん?」
「儂は!儂も知りません!知りませんのじゃ!はははは・・」
「「いや、その態度は知ってるって言ってるのと同じだ。」」
「~~~~~」
渋い顔をしながらもチャチャは、イズモの方をチラチラ見ている。
彼女たちがどうやってキミドリを元に戻すのか方法を知ってはいるが、イズモには知られたくないようだ。
「イズモ、ちょっとお外を散歩してきなさい。」
「そうだな、1刻ほど散歩してくるといいぞ?」
サイとクオは、チャチャから話しを聞くべく体良くイズモに席を外させようと、そんな事を勧めてきた。
そんな明白な大人3人に、イズモは胡乱な視線を送る。
(大人って・・・・ずるいよなぁ・・・)
自分も成人はしているはずなのに、未だに子供扱いされることにムカついていた。
「ほらほら、イズモ行ってきなさい。」
「早く行ってこい。」
「イズモ・・・・」
どうしても、チャチャから話しを聞きたい2人も引くつもりはないようだ。
イズモもこのまま、ただ仲間はずれに甘んじるのは面白くない。
「・・・・なら、ちょっと遠出をしてきても良いですか?」
「遠出?ああ、いいぞ!行ってこい。」
「ははは・・・遠出、大いに結構!行ってこい。」
「では、この国で出来た友達に会ってきます。」
「おお、この国で出来た友達か!会ってこい会ってこい!」
許可を取ったイズモは、スタスタと扉の方に歩いて行き部屋を出て、扉を閉める時にポソっと言って行く。
「では、父上、クオさん、チャチャさん、俺、友達のヴィーに会いに行ってきます。でも、こんなふうに仲間はずれ紛いのことをされてとても悲しいので、キミドリ様が1万歳なのに、800歳だってサバよんだのをうっかりヴィーに教えちゃうかもしれませんが・・・・そんな些細なこと、許してくれますよね~?じゃあ!行ってきます!!」
バタンっ
「「「・・・・・・・」」」
「なんだ、キミドリ殿は1万歳なのに、800歳だとサバよんでのか?」
「何で、そんな変な嘘つくんだ?意味があるのか?」
チャチャは、真っ青になって慌てて出て行ったイズモを追おうとしたが、サイとクオに阻まれた。
「待って!待ってくれー!イズモ!キミドリ様の名誉のために、それは!それだけは・・・言わないでやってくだされ――――――――――っっっ!!!」




