116. もうすぐ春です (4)
116話目です。
チャチャの説得も届かず、キミドリの体は元の姿が人型であった面影すらない粘着質な濃い緑色の液体と化していた。
「「「・・・・・・」」」
「キ、キミドリ様・・・・」
これはどうしたものだろうか?
いきなり精霊の街の長が、緑色の液体に変わりはじめ、今ではうんともすんとも言葉を発しない。
これでは、次期の長が成長するのを200年など待つとかいう悠長なことを言っていられない。
ピーピーピー!非常事態発生!非常事態発生!
イズモの脳内を、どこかの凶悪な宇宙生物が侵入してきた宇宙船内の様な警戒音が鳴り響く。
宇宙生物の口が幾重にも開きシャーっとか言って涎を垂らしている。
何で口の中から口が伸びてくるんだ?
唾液が周りを溶かすって超あぶねーっ!
って、違う!違うから!!とやっと正気づいた。
「これって、すっごい、やばいじゃん!!」
ワタワタと上下に両手をを振り振り、右往左往する。
パニック状態には違いなかった。
「餅付け。いや、落ち着け!イズモ。」
とサイを未だに押さえ込んでいる尾とは別のクオの尾が、イズモを諌めるために振るわれる。
ビョオッッと風の音がしたと思ったら、
バシュッ!・・・ドォンッッ!
イズモの体が、壁まで吹っ飛んだ。
しかし、壁には破れたり壊れたりした様子は見えない。
少し荒っぽい諌め方だが、加減はしたらしい。
そのおかげか、イズモは一時的なパニック状態からは抜け出たようだ。
「・・・痛っ・・・痛いよ、クオさん~」
「キミドリ様・・・・」
「そこの茶色の・・・・筋肉。」
「え?筋肉?儂のことですか?」
「そうだ、嘆いてないで、とりあえずキミドリ殿を瓶か何かに回収しろ。動いたら踏んでしまいそうだからな。」
「あ、はい!ただいま・・・!ぐうっっ・・・・・!」
クオに言われ、チャチャが急いで立ち上がろうと正座を解くが、呻き声を上げて、そのまま蹲ってしまう。
クオの尾に正座を強要されているサイは、驚いて「何だ?呪いか?!」と騒いでいる。
足が痺れただけなので、呪いではない、はずだ。
「どうした?」
「足が、思うように動けません・・・!」
「ふむ・・・・さもありなん。では、イズモ、水瓶でも何でも良い。探してこい。」
「あ、はい。判りました。」
正座のせいで足が痺れて動けないチャチャに変わり、別の部屋から花瓶を持ってきた。
イズモとチャチャは、キミドリをその中に回収する。
「ああ・・・お労しい・・キミドリ様・・・!花瓶・・・・!」
「しょうがないじゃないですか!これしか見当たらなかったんですよ!チャチャさん!」
「・・・花瓶・・・」
「父上もうるさいですよ!」
(でも、このキミドリ様の状態の物ってどこかで・・・・あ!スライムだ!そんなおもちゃが有ったはずだ!小さいバケツに入ってて!色はちょっと濃いけど!質感とか形状とかってこんな感じだった!!懐かしい!ちょっと触ってグニグニ~とか、壁に投げつけたり~・・・しちゃダメだろ、俺!)
「さてと・・・・これからどうするんだ?」
クオが問う。
そう、液体化してしまったキミドリを水瓶に一旦回収してみたものの、全然全く事態は進展していないのだった。
「どうと言われましても・・・キミドリ様がこの状態では・・・!」
為す術が思いつきませんと項垂れるチャチャ。
「ふむ・・・では、確か次期の長も既に決まっていると言っていたな?その次期にも話に加わって貰った方が良いだろう・・・ここに呼んでくれ。」
水瓶を抱え、項垂れたままピクッっと小さく反応するチャチャを見て、もしやと再び声を掛ける。
「・・・チャチャとやら、もしや、次期とはお前のことか?」
「・・・・はい・・・・」
「そうか、なら話は早いではないか。お前がキミドリ殿の代理に立てば良い。」
「じゃ、若輩の儂では、到底キミドリ様の代理など・・・・!」
「では、他に代理になれる者がいるのか?それならそれで良いが?」
「・・・・・・いえ、今は・・・この街には・・・おりません。」
「今は?・・・・どこかに行っているのか?」
「はい・・・・街の外へフラフラ~と何時帰ってくるのか・・・帰って来ないかもしれませぬ。」
フラフラ~っと街の外へ、見物に行っている者もいれば、外で伴侶を見つけてそこでの生活をエンジョイしている者と理由は様々だが、かれこれ100年近く音信不通の者ばかりだとチャチャが申し訳なさそうにイズモ達に説明した。
自由だな、この精霊の街の精霊は。
と3人は思ったが、口にしなかった。
「「「・・・・」」」
「じゃあ、決定。お前がやれ、チャチャ。」
「・・・・・おおう・・・」
クオがビシッとチャチャを指差すが、この世の終りのような情けない顔で呻く。
「何だ?何故それほど嫌がるのだ?次期なのだろう?誰か反対でもする者がいるのか?」
「いえ、皆、快く認めてくれております・・・」
「では、何が問題なのだ?」
「・・・・・・自信が・・・・ないのです。」
「「「はっ?」」」
「わ、儂はまだ!300歳のほんの若輩者です!1万歳のキミドリ様の代理など烏滸がましくて!とてもできませぬ・・・!」
300歳で若輩。
1万歳のキミドリと比べるなら確かに若輩も若輩だが、比べる意味がここであるのだろうか?
ビタ―――ンっっ!!
「ぐっ!?」
突然、濃い緑の液体が、悲愴な顔で訴えていたチャチャを殴打した。
それは、花瓶に収納・・・いや入っていたキミドリだった液体だった。
花瓶からびょーんと伸びて、ビッタンビッタン床を叩いている。
「何か、キミドリ様怒ってるみたいなんですが・・・?」
叩かれた顔を抑えつつ、慌ててチャチャが液体のキミドリに謝った。
「も、申し訳ございませね!キミドリ様!キミドリ様の非常事態にこのような気弱な事を申しあげる儂をお許しくだされ!ですが!儂一人では、どうにも心もとないのでございます!!」
キミドリは、再びビッタンビッタンとチャチャを叩く。
だが、好きな相手に求婚を躱され、今後会えないと思っただけでドロドロ液状化したキミドリには、未だに誰も突っ込まない。
「一人きりというのが不安なだけのだな?補佐役がいれば代理くらいは出来るな?キミドリ殿は、動くことは出来ても言葉を発することが出来ないようだしな。」
クオの言葉に、一旦皆の動きが止まる。
「どうなんだ?チャチャ?」
「補佐?儂一人でやるのではなく?は・・・はい、それならば、何とか代理を務めることぐらいなら、出来そうな気がしてきました。」
どうやら代理が務まるかどうか、自分一人では自信がないだけだったようだ。
寂しんぼか!!
1人じゃ嫌だから一緒にやりましょうよ~という、子供の学校の役員をやるママ友か!
「ふ~ん・・・・・もしや、お前・・・自信がないだけで、本当はこの精霊の街の長になるのに200年も要しないのではないのか?というか・・・200年、何の成長を待つのだ?」
「そ、それは・・その・・・」
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン・・・・・
そこへの扉を叩く音が響く。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン・・・・・
「「「・・・・・」」」
「ノックが長すぎる!どっかで止めろ!誰だ?」
「「お掃除に来ました―――――――っ!」」
「はっ?」
「あ、そうでした。3日に1度この家の掃除をやって貰っている者たちが来る予定でした・・・よろしいでしょうか?あまり汚れていないので、すぐ済むと思うのですが・・・?」
「・・・・仕方ないな。周りが忙しなくては、纏まる話も纏まらんしな。先に片付けて貰った方が良いだろう。」
「はい、ありがとうございます。すまない、入ってくれ。」
「「は~い、失礼します~」」
4人の妙齢な女性の精霊たちが、掃除道具を手に持ちワイワイガヤガヤと入ってくる。
掃除が終わるまで別の部屋にでも移動すればいいのだが、別の部屋はこれまた違うお掃除組が働いているので、行く場所がないようだ。
なので、サイとクオとイズモとキミドリ入り花瓶を抱えたチャチャは、一番広いこの部屋の隅で固まって掃除が終わるのをおとなしく待っている。
窓を開け、ハタキをかけ、箒で掃き、水ぶき乾拭きをおしゃべりしながらも、手を休める事なく進めていくのを4人?は感心して見ていた。
「すごいな、喋りながらも一切手が止まらずに、どんどん仕事をこなすあの手腕。」
「確かに、他愛もないお喋りをしながらも、掃除の連携に支障が出ていない。」
「はい、いつもながら、素晴らしい流れるような動きでございます。」
「ほんとにー、すごいですね~!おばさんたち!」
ビシィッ!!
空気が固まった。
徐々に冷気が漂ってくる。
「イ、イズモ・・・!」
「「お前!何てことを・・・!」」
サイとチャチャ、そして今まで始終飄々としていたクオまでが、怯えた表情でイズモを見やった。
先ほどまで流れるように作業を楽しげにしていた、4人の妙齢な女性の精霊たちの動きが止まり、スーとした動きで掃除の手を下ろし、イズモを見ていた。
「え?どうしたんですか?俺、なんかいけないこと言いました?」
やっと、体調が戻りつつありますが、復調するまでしばし不定期更新になります。




