114. もうすぐ春です (2)
114話目です。
王都中央騎士団の応接室から出て行こうとしたマイカを必死で引き止めたマイクは、もう一度ソファに座り直し背筋を正した。
深呼吸を数回繰り返し”落ち着け~落ち着け~”と自分に言い聞かせ、マイクは内心ドキドキしつつ、訊ねた。
「で?」
「キミドリ様の求婚を冗談だと思って、お断りいたしました。」
マイクは目を剥いて口を閉じたまま左右に引き攣らせた、かなり間抜けな顔をした。
他人なら笑えるであろうその顔を見て、すぐさま目を逸らしてマイカは思った。
(私とそっくりなマイクがそんな間抜けで面白い顔をするのは、おかしいの切ないのと居た堪れない気持ちがごちゃ混ぜに強襲してきたぁ・・・・・どうしよう、ぶん殴りたくなる!やめてくんないかな?)
「え?冗談?・・・・断っちゃったんだ?」
「・・・・うん、断っちゃった。」
「「・・・・・・」」
一瞬の沈黙の後に、マイクが頭に両手を乗せて騒いだ。
「何でだよ――――――っ?!あの人がマイカに惚れてんの丸わかりだったじゃんか?!わかってる?わかってんの?!姉貴本人と性格とかを見てベタ惚れ状態になる人なんか、これからはいつ出てくるか判んないんだよ?!稀少だよ?!例えそれが世俗に疎い大らかな精霊さんでも!」
マイクも大概酷い事を言ってる。
本気で心配されているのは解っているので、マイカも殺気を飛ばす程度に止めて手は出さない。
睨みながら、ちょっと小刻みにプルプルしているが。
そして、そのくらいの姉の殺気を受けるのは日常茶飯事なので、マイクも気にしない。
「そうだろうか?ベタ惚れなんて・・・勘違いだよ。」
ぷいっと顔を背けて、そう言うマイカの頬は、薄ら赤みがかっていた。
「勘違いって、そんなはずは・・・マイカってば、キミドリ様みたいな優男・・・いやおっとりとしたほんわか優しげタイプが好みだったよね?!」
「そだね。」
「何で何で何で何で――――――っ?!お断りした理由をきっちり300字以内に述べなさい!」
「300字?面倒くさいな、却下。」
「そうか、なら何字でもいいよ。理由は?」
「冗談だと思ったんだよ。」
「だから何でそう思ったの?・・・・なんて言われたのさ?」
「精霊の街の長は、独身じゃないといけないから、”長”を降りなければ結婚出来ない。でも、降りるにしても次代が育たないとそれも無理。だから、次代が育って”長”を降りられるようになったら、結婚してくれませんか、と。」
不審な所も冗談だと断じれる言葉は、どこにも含まれていない。
「・・・それって俺には、冗談に聞こえないけど?ちゃんとしたプロポーズの言葉に聞こえるぞ?」
「ちなみにそれって期間はどの位ですかって聞いてみた。”ほんの200年くらいですよ”って、ニコニコして言われた。」
「200っっ?!」
「マイクは、どう思う?結婚したいけど200年待ってくださいって言われたら?」
「・・・・状況にもよるけど、言葉だけだと・・・それだけで冗談でも、質の悪いものに変化して聞こえるな。疑うのも無理ないか・・・」
先ほどマイカの頬に赤みが指したのは、嬉しし恥ずかしの照れではない。
あれだけうっとりしたように始終見つめられていたら、好意を持たれてるかもしれないとちょっとでも自惚れてみたりした事を、今は何だか無性に恥ずかしいと思っていたからだった。
「そう、私もそう思ったんだ。それ聞いた時にからかわれたんだーって思った。キミドリ様って以外ときつい冗談言うんだなって。ちょっといいなと思っていた相手からそんな事言われたら、多少なりともムカつくじゃん?」
「・・・そうだな。」
「けど、過剰に反応して文句とか言うのも大人げないかな?と思っちゃったんでせめて対抗しようと、”やだな~!とても待ってられません~お断りします!キラッ☆”とかイタイ感じで応酬して、その後すぐお土産を貰って街を出た。キミドリ様の振るわない冗談にそれ以上、突っ込むのも付き合うのもヤだったから。」
ムカつくと同時に、それなりに好意を持っていた相手からのそのような冗談には、マイカだって少なからず傷ついたはずだ。
だが、それを前面に出すのも癪に触った。
そこはいくら外見中身が男前でも・・・・複雑な乙女心?らしい。
「ムカつくのは判るけど、何故そのセリフを選択するんだよ~?でも、そりゃそうか・・・・あれ?でも待って、じゃあなんでさっき”求婚を冗談だと思ってお断りいたしました”なんて言い方したの?明らかに冗談で、本気じゃなかったんでしょ?」
「実はさ、精霊の街を出て暫くしてから、バカでっかい魔狼が鬼の形相で私を追っかけてきて・・・・・」
狼の顔なのに、鬼の形相とはこれ如何に?
と、チラッと疑問が脳裏を過ぎったが、敢えて口に出さない2人。
『たかが矮小な人間の小娘の分際で身も程を弁えず!この国の精霊の街の長たるあの方の、次代が育つ200年後に結婚しようという真摯な求婚を、”やだな~!とても待ってられません~お断りします!”などという軽い言葉で蹴りおって!お前のような輩に精霊の街の客人たる資格はない!二度とあの街に近づくことはこの私が許さん!次に訪れようものなら私が八つ裂きにしてくれる!しかと覚えておくがいい!!判ったか?!努努忘れるでないぞォォォォォォ――――――――・・・・・』
イズモよりもかなり大きい巨躯の魔狼の突然の出現に驚いた。
あの狼の口で舌も噛まずに怒りも顕に捲し立てる様子にも驚いた。
そしてドップラー効果を伴った捨て台詞的なものを吐きながら去っていく姿が、ちょっと面白くて可愛い♡全身モフモフしたい!などと思ったりしていたため、その場の状況と言われた内容を暫く正確に把握出来なかったマイカだった。
あったかどうかも判明しにくい傷心した複雑な乙女心は、モフモフ萌えに負けてしまった。
長続きしなかったらしい。
「って叫んでったから、キミドリ様からの求婚は冗談ではなく、本気だったらしい事が判ったわけ。」
「ええ~?何?それってつまりは・・・・どういうことになるの?」
「判らない。あの精霊の街には、人間と結婚して生まれた2世とか3世とか居るわけじゃない?だから、人間の平均的寿命も判ってると思うんだ。キミドリ様が本気で求婚してきたのだとしたら、一体どういうつもりだったのかな?・・・・まあ、どっちにしても200年なんて、さすがに生きてないと思うんだよね?・・・・どうよ?弟よ。」
「そりゃ・・・・・・断るしかないな~・・」
「だよね~?」
「例え本気だったとしても、断る理由を説明してわざわざもう一回断るのも何だし。もう訳わかんないし。精霊の街には・・・もう行っちゃダメだってあのバカでっかい魔狼にも言われたのもあるけど、私は行かない事にする。」
「「・・・・」」
「人生って、ままならないもんだな・・・」
「うん・・・人生なんて、理不尽な事の方が多いの判ってるつもりだけどね~。」
ボソボソと力なく呟き、自分たちには理解出来ないことの何と多いことかと、深く溜息をつく。
「でも、そうすると、米はもう食べられないのかぁ・・・残念。」
しょんぼりと漏らす。
「米?街出てくるときに土産に貰ってきたよ?今回は、ヴィーの魔道具持って行ってたから。」
「え?米を?貰ってきたの?その状況で?」
「うん、4俵ほど。」
「4・・・・・」
転んでもタダでは起きない切り替えの早い女、マイカ・バンブー。
何て逞しいんだ姉貴!
流石だ姉貴!
姉御を通り越して兄貴!と野太い声で賞賛したい衝動に駆られる実弟のマイクだった。
「あ、そういえば・・・俺にも報告事項が、あったんだ―・・・」
「何?」
「ロガリア学院の春期休暇を利用して、ヴィーがウィステリア家に遊びに行くって言ってたんだ・・・」
「?!」
マイカの顔色が変わる。
自分の努力を無駄にする事になり兼ねないのに!なぜ止めない?!と問い詰めた。
「マイカからの情報とか知らなくて、ウィステリア家の嫁候補から外れたとしか聞いてなかったから・・・遊びに行くくらいなら、まあいいかと。送り出しちゃいました。ごめんなさい。」
と頭を下げて謝罪した。
「なんですと――――――っ?!」




