111. イズモの里帰り (1)
111話目です。
ラフューリング王国北区の極寒の風を通り過ぎ、冬の季節にしては凪いだ海上を白い大きな狼が疾走している。
別段海上すれすれを走る必要はないのだが、飛沫を受ける感触が楽しいのか右へ左へと時折蛇行しながらの疾走だ。
目指すは海を隔てたエルフの国、ラヴェンター皇国。
昼夜を問わず走り続けること4日間、目の前には冬の訪れ始めた景色が広がり始める。
木々は青さを失い葉は粗方落ち、所々にまだ葉が落ちない常緑樹が垣間見える程度。
やがて、森の中に枯れ始めた蔦が幾重にも絡んだ大きな屋敷が現れた。
周りに溶け込む色合いの屋敷は、一見恐ろしげだが庭は整地され、手入れが常に施されているのが判る。
屋敷の玄関前に降り立つと、深呼吸を2,3度した後に遠吠えをした。
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カッカッカッと靴音を鳴らし廊下を颯爽と歩く青年は、ある部屋の前まで来ると足を止めノックをしたあとに声を張り上げた。
「父上!イズモです!ただいま帰りました!」
しかし、応答がない。
聞こえなかったのかな?ともう一度強くノックし、更に大きな声で、
「ちちうえ―――っ!!イズモです―――っ!!ただ・・」
バンッ!!
いきなり扉が開き、物凄く眠そうで物凄く不機嫌そうな、切れ長の鋭い目つきの筋骨隆々の銀髪の大男が扉を開け放った。
「あれ?」
自分の父親ではないと判り、間抜けな声を上げた。
「寝ぼけてんのか?!ここは客間だ!!お前の父の部屋は、3つ先だろうが!!しかも、日も登ってねぇうちからデカイ声で騒ぎ立てるな!!イズモ!!」
「何でうちの家で寝てるんですか?クオさん?クオさんちは隣でしょう?」
遠方の知己ではなく、お隣さんが何故自分の家の客間で寝ているのか訳がわからない。
イズモ自身もうっかり父の部屋ではなく、客間に来てしまっている時点で多分眠いのだろう。
何せ、実家に帰れることに浮かれて、昼夜を問わず4日間走り続けてきたのだから。
「仲良しのお隣さんの家に、お泊まりに来て何が悪いんだよ?」
ジロリと睨むデカイ美丈夫は、寝起きのせいで髪がボサボサだが十分怖い。
その上に、物すっごく似合わないセリフを吐く。
しかも酒臭い。
「さては、父上と酒飲んでフラフラの前後不覚に陥って、隣の自分の家まで帰れなくなって、ここに泊まったんですね?」
「・・・・・・・・」
図星を刺されたのか、ツィーっと視線を逸らす。
そんな状態でも記憶は飛んでないらしい。
でも、言い当てられたのに動揺したのか、耳と尻尾が出ている。
尻尾がわさわさわさわさ・・・・している。
「「・・・・」」
扉の向こう側の蠢いている尻尾を暫く見つめる。
「尻尾・・・・煩いくらい、わさわさってますよ?」
何だ、わさわさってるって。
わさわさ揺れている尻尾は、1本2本3本4本・・・9本ある。
「朝っぱらから廊下で何を騒いでいる?クオ・・・・あれ?」
横から声をかけてきたのは、イズモより背の高いスラリとした体躯の白い髪の褐色の肌色をした人物だった。
クオと同じく物凄く眠そうで物凄く不機嫌そうな顔をして、じっと、イズモを見ている。
ゆっくりとクオを見てから、再び視線をイズモに戻した。
「クオ、私はまだ酔いが抜けていないようだ・・・・成人の儀のために旅立った・・・息子と同じ匂いの全然別の生き物が見える。これはやばい、幻視かな?幻視だな。そんなに直ぐに帰って来れるはずがないな。では幻視を見るほど、私はそんなに息子に会いたかったのか?すまん、気付いてやれずにいた、許せ私。」
「いやいやいや!幻視じゃないですって!イズモです!成人の儀を終えて帰って来た、あなたの息子のイズモです!何ですか?俺の匂いのする全然別の生き物って?!」
「「「・・・・・・」」」」
3人は、ぼーっとしている。
「とりあえず、一旦睡眠を取りましょう。」
「「うむっ」」
イズモが提案すると、2人は素直に頷いた。
三者三様に、微妙におかしい言動をしている事に気づいてはいるが、今ひとつ頭が働かないらしい。
実は3人とも起きている振りをして、寝ているのかもしれない。
ここはしっかりと睡眠を取って、仕切り直しをした方が良いようだ。
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暫くぶりの自分のベッドでぐっすり寝ているイズモは、いつの間にか魔狼の姿に戻っている。
幼生の時のままの大きさのベッドは、成獣となった体でも小さくて窮屈ということがなかった。
時刻は既に日が高くなり、家の中の者が忙しく働いている気配がする中を、未だに夢現。
そこへ、ドドドドドドド・・・・と段々と地響きがどこからか、こちらへやってくる。
バンッッ!バンッ!
大きな物が体当たりで開け放ったような勢いで、イズモの居室の扉が開いた。
「息子――――――っ!!」
「イズモ――――――っ!!」
成獣のイズモよりもふた回りはデカイであろう、白い魔狼と白に近い銀色の九尾の狐が来襲。
そんなデカさの2体の前足が容赦なく、夢現のイズモをデシデシと叩く。
全力ではなくとも、かなり痛そうだ。
イズモの体が、ベッドの上でバウンバウンと弾んでいる。
「起きろ!息子――――――っ!!」
「目を覚ませ!イズモ――――――っ!!」
「い、痛っ!痛いです!やめて下さい!父上!クオさん!!」
痛さに漸く覚醒したイズモは、慌てて飛び起き、ベッドの上で2体のデシデシ攻撃をピョンピョンと避けた。
「起きたか・・・・」
「起きましたよ!もっと普通に起こしてくださいよ!」
「普通?普通にとは?」
「え?例えば・・・・頭をなでなでして”イズモ起きて?”とか?」
起こされた記憶を思い出しつつ、首を傾げながら答える。
「「・・・・」」
魔狼と九尾の狐は、ギンっ!と目を釣り上げると、再び前足でデシデシしだした。
「成人の儀を受けに行ったあろう国で、何を不埒な行いをしている?!」
「そうだ!俺だって、未だに番いに出会えていないというのに!」
「痛っ!痛いっ!誤解!誤解です!してません!不埒なことなんか!しかも、クオさんの番いが見つからないのはそれには関係ないでしょう!!」
「では、誰にそのような羨ましい起こされ方をしたのだ?!」
「と、友達!人間?の友達!」
「人間?・・・・何だ、何故疑問形なのだ?」
「・・・・精霊の血が入ってるって言ってたから?・・・でも、やっぱり人間だろうな、きっと。」
「起こされただけか?」
「?えと、抱っこされたり、ぎゅ~ってされたり、そのまま一緒に寝たり・・・・洗濯されたり・・・」
デシデシデシデシデシデシデシ!
「痛い!しつこいですよ!2人とも!!いい加減に・・・!!ど、どうしたんですか?」
イズモよりも大人なはずの2人は、悔しそうに泣きながらデシデシしている。
大人げない。
「くそう・・・!成人したてのイズモに艶話!俺だって、ここ200年くらいないし、番いも見つからないのに・・・・・!」
「妻に先立たれてから・・・・・浮いた話1つも私にはないのにぃ・・・!」
「・・・・何でもそっち方向に考えるのやめましょうよぉ・・・全然違いますから!」
「「そうなのか?」」
「そうです。」
「「本当か?」」
「本当です。」
「「嘘じゃないな?」」
「しつけぇーよ!!」
「そうかそうか!やはりな!はははは・・・!まだまだ子供だしな!」
「取り越し苦労か!ははははは・・・!そうだな子供だ!」
「大人ですよ?成人の儀は終えたから、帰ってきたんだし。」
先ほどとは打って変わって至極嬉しそうに笑い合う、魔狼と九尾の狐。
イズモよりも大きい魔狼は、イズモの父、呼び名を”サイ”。
そして、お隣に住んでいるらしい銀色の九尾の狐は、呼び名を”クオ”。
「・・・・成人の儀は、無事終えてきたのだな?」
「・・・・はい、父上、無事終えてまいりました。」
「・・・・・・・・・そうか、お帰り、息子。」
「・・・・・・・・ただいま、父上。」




