108. ガクとイザーク (1)
108話目です。
冬の北区はこのラフューリング王国では、人間が住むにはもっとも過酷な場所。
他の区よりもかなり標高が高いため、春も秋もかなり寒い。
夏の盛りの一時期のみ、過ごしやすい穏やかな気候を味わうことが出来る程度。
クロウ・ガク・ウィステリアは、ウィステリア家の次期当主のイザークに、現当主からの手紙を渡すために北騎士団宿舎前にいる。
本人に連絡を取ってもらっている間、この場所に着くまでの道中のことに思いを巡らせていた。
南区でヴィーと別れたその足で、南区にあるトーク港から巡回船に乗り北区入りした。
船旅までは、何ら普段と変わらなかったのだ。
だが北区には何度か来てはいるはずなのだが、仕事で来ていたせいもあったなからなのか、北区玄関口のターク港に降り立った辺りから、違和感を感じていた。
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気候が他区よりもかなり厳しいもので、今の時期は更に寒さが厳しいのも判っていた。
だから、この違和感は気候のせいなどではない。
何なんだ?危機感ではない、違和感。
「お客人、騎士団の応接室にご案内致します。こちらへどうぞ。」
「ああ、頼む。」
まずは、若さまに御館さまからの手紙をお渡ししなくては。
内容は容易に察せられるため、少々気が重い。
外の寒さもさる事ながら、ほとんどが石造りのこの騎士団宿舎もかなり寒い。
若さまもこのような年中過酷な環境で、お体は大丈夫なのだろうか?
いや、決して若さまが惰弱だということではないのだが。
こんこん
「イザーク、客人を案内して来た。入るぞ。」
「ああ、ありがとう。入ってくれ。」
「では、お客人、どうぞ。」
案内してくれた若い騎士に礼を言い、室内へと入る。
「久しぶりだな、ガク。元気そうで何よりだ。」
「はい、ありがとうございます。若さまもご健勝そうで安心しました。」
前回お会いした時と寸分違わずな御元気そうな姿に、顔が緩む。
将来はこの方が、我がウィステリア家を束ねて行くのだ。
そのお側で、自分が若さまの足となり手となり剣となり盾となり・・・・支えていく。
それこそ、公私共にだ。
ゆくゆくは、若さまのお子のお相手もさせて頂いたり!
お互いの子供同士が結婚させちゃったりして縁戚関係に!
いや、既に親戚ではあるのだが!もっと近しい親戚に!
「・・・・ガク、相変わらずで安心するが、そろそろ現世に戻って来い。」
「はっ!・・・し、失礼致しました!」
しまった!若さまに呆れられてしまった!
感慨にふけるのは、後にしなければ!
「この度は御館さまから、お手紙を預かって来ております。」
両手で捧げ持つように、手紙を差し出すと「わざわざお前に持たせたのか?」と仰りながら、訝しまれた。
若さまの尽力した事が無下にされる結果を知らされ、落胆されるお姿を見たくはない。
いっそ不甲斐ないあやつらの代表として、俺を殴ってはくれないだろうか!
ああ!読まれてる!読んでしまっている!
若さま!若さま!眉間の皺が通常の5倍に!(当社比)
若さまの気配に怒りが混じって来だした―――――っ!!
「ガク・・・・」
「はいっ!」
「お前はマイカに会ったのか?」
「俺は、残念ながら、お会い出来ませんでした。」
「・・・・・くっ、何てことだ。余計な者に会わせて・・・・お前は会わずじまいか!もっと早く手を打つべきでだったな。」
「若さま?」
「マイカは多分、お前の好みのど真ん中なはずだ。」
「・・・・俺の?ですか?」
「彼女は強いぞ。Aランクは伊達じゃない、俺と対等かそれ以上だ。容姿だって凛々しい美人と言っても良いぐらいなのだが・・・・他の奴らの目は節穴なのか?」
すぐさまお叱りを受けるかと思ったが・・・先の彼女は俺に会わせるお心算だったのか!
若さまが俺の女性の好みをご存知だったとは・・・・。
「そうなのですか?!誠に残念です!・・・・・あやつらの基準はメリハリの効いた体つきの妖艶な美女か、可憐な美少女の二択なので・・・」
「・・・・・・・・・・・・・何だと?」
「聞き取りづらかったでしょうか?あやつらの自分の嫁にしたい女性の基準がメリハリの効いた体つきの妖艶な美女か、可憐な美少女の二択なのです。」
「・・・・・・・・ふふふふふ・・・次に家に帰った時には、久しぶりに俺が訓練の相手をしてやるとするか。徹底的にな・・・・ふふふふふふ・・・」
あああああ!俺はまた、地雷を踏んでしまったのか!
つい、うっかり正直に!
あれほど、よく考えてから話すようにと、ロベルト殿に指導していただいたのに!
ああ!そうだ!
「若さま!こ、女性の好みは簡単には変えられませんが、そうでない女性にも失礼な態度を取らないようにとルーフェス様のご学友のスイゲツ殿とロベルト殿から厳しい指導を我らは全員受けました!ですので、今後は、前回までのようなことにはならないと・・・・・!」
「・・・・スイゲツとロベルト・・・そう言えば、手紙にもあったな・・・ふむ。」
良かった!スッキリではないがご納得いただけたか?
あやつらの訓練の相手はされるだろうが、潰されることは回避出来たか?
「しかし情けない話ですが、俺などはそれでも途方に暮れてしまいまして、王都中央でスイゲツ殿たちと同じ年頃の少年に再び助言をもらいましたが。」
「王都中央でか?」
「はい。それが俺と目が合っても少しも恐れず逃げもしない、肝の座った黒髪黒目の少年で。その子に頼み込みまして、どうしたら良いか相談に乗ってもらったのです。
『自分の容姿を怖がらないって条件は、心の隅に少し避けて置いて。まずは”クロウさんが、好きな女性”を見つけてください。』と。」
まずは自分で好きだと思える女性を見つける事。
焦って条件のみで探すな。
そういうことなのだ。
「ほう・・・?そんな事を言われたのか?うむ、そういう方向から探すのも有りか・・・・待て、王都中央で黒髪の少年?ロガリア学院の生徒ではないのか?確かルーフェスの友人らしき者に黒髪のが1人いたな・・・ロガリアの武術大会でルーフェスとスイゲツとロベルトの3人を1人で相手にして闘って試合に負けはしたが・・・魔術も使い体術も出来る、かなり強いはずだ。」
「何と!俺が会った黒髪の少年も魔術は使えるようでしたが戦闘は・・・・」
いや冒険者ギルドのランクはDだと言っていたな、ならそれなりに出来るのか?
「しかも、予想外に笑わせてもらった。あんなに笑ったのは久しぶりだ。笑い過ぎて、その日はルーフェス達に会うのを断念せざるを得なかったがな。」
「わ、若さまが笑ったと?」
「ああ”洗濯”魔術とやらで、ルーフェスたち3人が水流と泡で翻弄されてな、本当に”洗濯”されたんだ。終わった後は、薔薇の香り付きだったぞ?」
「そ、それは・・・・」
「しかも、翌日には俺とロイナスとイザヨイも”洗濯”されてな?かなり気持ちが良く、俺たちの時の香りはミントだったんだ・・・・くくくくく・・・面白いだろう?」
「若さまはお気に召したんですね?」
「ああ、気に入ったな。それに野外で使う事を考えたら、便利だろう?」
「そうですね、便利ですね。」
「そう言えば、あの黒髪の少年の名はなんだったか・・・聞いた気がするんだが、記憶にないな。ガクは聞いたか?」
「・・・”ヴィー”だったと思います。全部の名前はさすがに教えてはくれませんでした。相手は初対面ですから、無理もないですが。」
「・・・・・・ヴィー?そうか・・・」
そう言えば、感じていた違和感を若さまに訊ねてみても良いだろうか?
正体が判らないのも気持ち悪いしな。
「若さま、少々お訊ねしたいのですが・・・」
「何だ?」
「北区には何度か来てはいるはずなのですが、なぜか今回は北区玄関口のターク港に降り立った辺りから、違和感を感じてまして。何が原因なのか・・・検討がつかず困惑しております。若さまは何かご存知ですか?」
「・・・・・北に傭兵仕事以外で来たのは初めてか?」
「あ、はい、それが何か?」
「ククククク・・・そうか、ククククク。」
「わ、若さま?」
「ガク、ここに来るまで、お前北区の人間に他区のように怖がられたか?」
何を仰っているのか、そのような事は日常茶飯事で気にしていてはいられないのだが。
待てよ・・・・港近辺でも、通ってきた村でも、誰か怖がっていたか?
話かけては来ないものの、怯えている様子もなかった。
大人ばかりか、子供も妙齢な女性も若い女性もだ・・・・。
そのことに思い至った俺は、下を向いていた顔を上げ、若さまを見た。
若さまがニヤリと面白そうにこちらを見ている。
「若さま、誰も怖がってませんでした・・・!」
「そうだろう?俺も普通にしていれば怖がられたりしないのだ、この北区ではな。」
「何故ですか?」
「北区は気候のせいか、人が住むには過酷な土地だ。生息する魔獣の強さも他区と比べるべくなく強い。」
「はい、存じております。」
「そのせいか、住人もさる事ながらウィステリア家の男子の容姿に負けず劣らずな、厳つい冒険者も数多い。慣れているんだ、だから恐れも怯えもしない。会話ぐらいなら普通に出来るのだ。」
「何と!俺の違和感はそれでしたか?しかし、仕事では何回も来ているのですが・・・」
「仕事に集中していて、周囲を気にしていなかったのではないか?」
「・・・・・そうでしたか・・・・それは、迂闊でした。」
「ここで、お前自身の”好きな人”とやらを見つけてみてもいいんじゃないか?」
「そうですね!では、暫く北区に滞在してみようと思います・・・・・!」
「うむ。」
「・・・・・そういえば、若さまが”嫁候補”としてあげられていた”リヴィオラ”も確か北区出身でしたね。今回のことで残念ながら”嫁候補”ではなくなってしまいましたが。」
「ガク」
「はい」
「ウィステリア家の”嫁候補”ではなくなっても、俺自身はあの子を諦めるつもりはない。」
「で、ですが・・!」
「本人が承諾してくれれば、マイカの言う事など関係ない。」
「・・・・今でもお会いしているのですか?」
「いや、残念だが12歳でロガリア学院に行って以来会えていない。2年近く会っていないが、どのように成長したのか・・・14歳になる今年はそろそろ会っておきたい所だ。」
嬉しそうに”リヴィオラ”に思いを馳せらせる若さま。
そうだった、まだ”リヴィオラ”は未成年だった。
では12歳以前に見初めたことになる?
あれ?うちの若さまは・・・・もしや、幼女愛好家?!
いやいやいやいや!今は14歳だ!あと2年で成人だ!だ、大丈夫!大丈夫・・・なはずだ!
2年近く会ってないとは・・・それこそ大丈夫なのか?
相手が覚えていないのでは?!
「若さま、つかぬことをお聞き致しますが・・・・”リヴィオラ”本人には”嫁候補”のお話はなさっていたのですか?」
「本人にはまだ話していない。だが、両親と王都中央の保護者には話してある。」
「・・・・」
若さま!外堀から埋めてく派ですか――――――っ?!




