106. 新学期
106話目です。
1ヶ月という長い冬季休暇が終わり、春までの短い新学期が始まる。
専門科の1年生2年生は進路をすでに冬季休暇前に決めてあるが、この新学期はロガリア学院の基礎科の生徒と専門家3年生には大事な時期。
基礎科の生徒は、専門科に進むか否か。
進むとすればどの科に入るかを決定する。
平民出身の生徒は、基礎科だけを修めて学院を去っていく者が多い。
貴族出身の生徒は、ほぼ全員が専門科に進んでいく。
そして専門科3年生は、就活組と実家に帰る組の2手に別れる。
就活組のある者は各騎士団の騎士見習いを目指し、ある者は騎士団付きの魔術師に見習いを目指すして活動する。ロガリア学院にきた求人先へと就職したりするのだ。
冒険者、傭兵などになる者もいる。
実家に帰る組は、貴族出身ならば自分の家を背負って社交界へ行くため、平民出身ならば家業の一助となるために帰っていく。
とまあ、諸々の事情であちこちに行っているため、卒業を待たずに学院寮などは引き払い既に学院にはいない者がほとんどだ。
次に専門科3年の生徒が学院に来るのは、ロガリア学院の卒業式当日なのだろう。
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魔道具科1年主任担当教師のパスカルは、生徒の冬期休暇明けの今日、ちょっとドキドキしていた。
自分の生徒の一人に、多大な状況変化が起こったからだ。
今まで女子だと思っていた生徒が女子じゃなかった。
実は精霊の血を受け継ぐ先祖返り、現在は女でも男でもない中性。
前からかなり中性っぽいなぁっと思っていた生徒ではあったが、本当に中性だったとは。
しかし、本人は女子だと思って今まで生きてきたのに、自分が中性なのだとわかった時の衝撃は幾何か!
さぞや、精神的打撃を受けているのではないだろうか・・・!と。
ここは、自分が支えになってやらねばと決意を新たにした。
「パスカル先生~!何時までそこで、拳を振り上げたままでいるんですか~?」
パスカルが現在立っているのは、魔道具科1年のクラスの教壇だった。
ちらりと気にしている生徒を見る。
何ら冬季休暇前と変わらない様子にほっとするが、無理をしているのではと気が気ではない。
「パスカル先生ー、痛ましげに私を見るのはやめてくださーい。」
「ヴィー・・・、お前・・・」
「魔道具科のみんなには先に話しておきましたからー。そうだよねー、みんなー?」
「「「「お―――っ!」」」
「ほ~らこの通り~」
「ヴィー・・お前・・・」
「他所の科の人には別にわざわざ言う必要もないと思いますしー、スイゲツたちなら、もう知ってますからー、先生は心配することないですよー?」
「ヴィー・・・!お前!くっ!」
なんて健気なんだ!
魔道具科1年の我が生徒たちは、なんて良い子たちなんだ!
先生は感激した!
と感動に打ち震え、一向に学事連絡が終わらない。
「パスカル先生、連絡事項がないなら今日は解散しますよ?」
いい加減、事を先に進ませようとクラウスが冷静に言った。
(何て場の空気を読まない子に育ってしまったんだ!クラウス!兄ちゃんは悲しいぞ!)
のほほんとした魔道具科1年の教室の場の空気を読んでいないのはパスカルなのだが、本人は気がついていない。
しかし、やることをやってしまわないと終われないのは判っているのか、新学期の授業の時間割を配って、明日からは通常授業形態に戻る旨を連絡して解散となった。
ヴイーが中性だとして”へ~?そうなんだ?それで今までと何が変わるの?だから何なの?”と、クラスの皆が思っている事を理解するのは何時のことだろう?
「パスカル先生は、必要以上に私の事を気にしてるみたいだけど・・・どうしたもんかな?」
「ああ、後で俺が何とかしとくから、気にすんな。」
帰り支度をしながら、ヴィーとクラウスが喋っていると、帰る生徒たちのざわめきに混じって、廊下の方からバタバタと走ってくる音がする。
ダダダダ――――っ!ガラッ!
「「ヴィーっ!!」」
スイゲツとロベルトと、
「廊下を走るなと言っているだろうが!」
ルーフェスだった。
「聞いて聞いて聞いてよ―――っ!」
ルーフェスの諫める言葉も耳に入ってないのか、嬉しそうにそのまま喋り続ける。
「あのあと行ったルーフェスの所で、面白い事になってね!」
「愉快な強面髭面筋肉なおっさん達相手に、俺とスイゲツが教鞭を取ったんだ!」
「は?!」
「ああー・・・」
そう言えばそんな事聞いたなと、ヴィーは先日会ったクロウの言っていた事をを思い出した。
「僕が、女性の基本的な接し方とかを教えてね!例えば、瞬発力を活かして突然目の前に現れない!とか、時間があるなら会う前に出来るだけ風呂に入る!とか教えたんだ!」
「俺は、人に会ったらまず挨拶する!とか、初対面で相手を舐めるようにジロジロ見ない!とかを伝授したぞ!ははははっ!」
いつにない楽しそうな変なテンションで報告する2人に、ルーフェスは苦笑するのみ。
そうか、そんなにおじさんたちを指導するのが楽しかったのか。
そんな様子をちょっと見てみたかったなぁ・・・。
「女性に限らないだろそれ。人と接する時の基本中の基本だろ?何教えてんだ?スイゲツ・・・ロベルトも子供の躾か?それは。」
クラウスは呆れた様子で応える。
「でも学び直すことで解決することもあるし、何か掴めたんじゃ・・・・ってルーフェス、大丈夫?」
どうやらクラウスの言葉でルーフェスが落ち込んでしまったようだ。
「い、いや、うん・・・大丈夫。そうだよな?ヴィーの言うことも一理あるよな?」
「だって、今更なことでも自分を省みるきっかけになったんでしょ?ならそれでいいじゃん?見つかるといいね?お嫁さん。」
「そうだよな!うんうん・・・ええっ?!」
「ねえ、ヴィー・・・今の話で、何でお嫁さんって言葉が出てくるの?もしかして、マイカさんから何か聞いちゃった?」
「え?マイカ姉にはまだ会ってないよ?ウィステリア家のお嫁さん話は、他の人から聞いたんだよ?」
「マイクさん?」
「ううん、えーとね・・・橙色の髪で真っ青な瞳で物凄くデカイ人でね?名前は”クロウ”さん。ルーフェスの家の人だと思うんだけど・・・・知ってる?」
「ヴィー・・・ガクに会ったのか?!いつ?どこで?何か言われたりしたか?!」
「やっぱり知り合いなんだ?ちょっと前に冒険者ギルドで会って、仕事手伝ってもらったりしてさ、その時に聞いたんだ。って、何かって何?相談はされたけど・・・」
「「「何の?!何の相談?!」」」
「スイゲツ先生とロベルト先生がー”僕たちが教えられる事は教えた!あとは、君たち次第だ!検討を祈る!”と帰ってしまい、クロウさんもその勢いのまま出てきたのは良いけど、どうしたら良いのか途方に暮れてしまったって。教えを請うた後、具体的にどうすれば良いのか判らないから助言してくれって・・・・」
「で、助言したの?」
「僭越ながら・・・・・させて頂きました。」
「な、何て?」
「”自分の容姿を怖がらないって条件は、心の隅に少し避けて置いて。まずは”クロウさんが、好きな女性”を見つけて下さい”って。」
「・・受け入れてくれる女性ではなく?」
「確かにそれも重要だろうけどさ”まずは誰かをちゃんと好きになる事”じゃないかなと思ったんだよね?条件にこだわり過ぎじゃないかなぁっと。それと・・・」
「それと?」
「ウィステリア家の男の人って、女性の好みが物凄く可愛い!とか物凄く美人!だとか体つきはボンキュッボンに偏ってるって本当?自分たちが容姿で散々苦労してるのに、相手の女性の容姿にうるさいってどうなの?そこで弾いちゃったら、中身を知ることが出来ないと思うけど?そこんとこどうなの?ルーフェス?」
スイゲツがルーフェスを見る。
ロベルト様がルーフェスを見る。
クラウスがルーフェスを見る。
最後に私もルーフェスを見る。
「・・・・・え?えっと・・・」
皆のジト目の視線を受け、たじろいで言葉が出てこない様子のルーフェスを見ながら言う。
ルーフェスのせいじゃないとは判っていても、この場の矛先が向いてしまうのは必然かも。
「なにそれ?初耳だな?・・・確かに好みは大切だよ?でも~・・・」
「一時的ではなく伴侶とするなら、中身はもっと大切だと思うが?。」
「そんな事ばっかり言ってるから、結婚出来ないんじゃないないのか?そいつら。」
おおう・・・スイゲツの笑顔とロベルト様の表情に段々黒さが帯びてきている。
「あれ~?もう一回躾直しが必要かな?」
「あのおっさんたち、自分たちの容姿を棚に上げてそんな事をほざいてんのか?これは徹底的にやらないとダメかもな。」
あれ?ちょっと待てよ?マイカ姉は、ルーフェスに頼まれてウィステリア家にこの間行ったんだよね?
クロウさんは、最近も”嫁候補”が1人来たって言ってた・・・・それって、もしかしてマイカ姉?
「ねえ?冬季休暇の間にマイカ姉をウィステリア家に連れてったよね?”嫁候補”として連れてったの?」
「「「!!」」」
ルーフェスがビクついてるな・・・・図星か。
ってことは。
『どうも今まで見合いの場に参加した者は、自分たちが1人ずつ会っていては、会える人数が限られてしまい時間が足りなくなるのと、1人の女性を集団で突然囲み、挨拶もせず無遠慮にジロジロ検分し容姿に対して自分の好みでない所をと本人の前で口にしていたらしい。』
「頼んで来てもらったマイカ姉を、そんな目に合わせたんだウィステリア家の人たちは?」
ふーん、へー?そう?




