105. 冬季休暇 (20)
105話目です。
新学期が始まる前に変更手続きを済ませようと、ロガリア学院の事務局に母シェリルに書いて貰った手紙を添付して生徒情報の変更書類を提出した。
手続きは事務の人に「おや?そうなんですか?珍しいですね。」とは言われたが、滞りなくすんなりと行われた。
え?そんだけ?
事務の人がすごいのか、それとも珍しいけど過去に何件か同じ事があったのかは判らない。
何か色々身構えて、ドキドキしていた自分が滑稽に思えるほどに何も問題など起きなかった。
「いや、問題が起こって欲しいわけじゃないんだけど。」
北区の実家から帰って来たあとは、王都中央の国立図書館で治癒術の本を借りて勉強したり、魔布を作ったり薬を調合して過ごしてきたが、そろそろ体を思いっきり動かしたくなった。
今日は冒険者ギルドの仕事をしようと思い、ギルドに来ている。
なのに目の前に壁がある。
いや、正確にはえらく背が高くて幅もそれなりにある人の背中・・・・いや、これは腰だな、がある。
見上げてみれば、何だお前はと言わんばかりの視線を寄越す真っ青な瞳とかち合った。
じっとお互いを見つめ合う事しばし。
「俺に何か用か?」
うわっ、声低いっ・・・・これが世に聞く重低音ボイスか!いやあ、いい御声だね!耳福!耳福!
なんてことを考えながらも、された質問に前を指差し答えた。
「用ですか?ありますよ?あなたの前にある掲示板に。」
そう、この壁のようなデカイ人は掲示板の前に立っているのだ。
そのデカさ故に掲示板の3分の2ほどを隠してしまう形になっているので、見終わるのを私はデカイ人の後ろで待っているだけ。
「「・・・・・・」」
再びじっとお互いを見つめ合う事しばし。
何故見る?
見つめ合う必要はないでしょうが・・・って、ああ!威嚇されてる?睨まれてるのか、私。
でも、本当に掲示板を見る順番待ちしてるだけだもん。
他の人は掲示板の周りで遠巻きに見てるけど。
何で見に来ないのかな?
「お前のランクは?」
「Dです。」
「判った、俺の前に出て見ると良い。」
おお、何だ親切な人だ。
相変わらず睨んでるけど、別に怖くないし。
「どうも。」
私はデカイ人の前に行き、自分のランクの掲示板を見る。
場所を譲ってくれた後ろのデカイ人は、Aランクの所を見ていた。
う~ん・・・・採取系は多いけど、今の時期は難しいのが多いなぁ。
やっぱり、寒いと薬系の物は品薄になるのか。
南区ならあるかな?・・・・長く見積もっても2~3日なら往復で何とかなるか?
それとも、依頼の出ている物をチェックしておいて、採取出来たら出す方が良いか?
ドーラ草、ビータ草、マビータ草と・・・・常備薬系ほぼ全部じゃん。
「・・・・」
ところで、後ろのデカイ人、何で私の頭を撫でてるの?
気がついたら、ずっとこっちを見てるし。
見終わったら退いてあげようよ、他の人たちだって掲示板見たいと思ってるよ・・・多分。
グリグリ、なでなで、グリグリ、なでなで、グリグリ、なでなで・・・・
「あの、何故あなたは、私の頭を撫でてるんですか?」
グリグリされながら、聞いてみた。
はっとしたデカイ人は、手を頭に置いたまま止めた。
置いたままじゃなくて、退かしてくんないかな?
「あ、つい・・・すまん。この髪、本物か?」
なんですと?私、成人前の若い身空でヅラ疑惑?
「え・・・・?ああ、黒髪が珍しいんですね?本物です、地毛です。」
「そうか・・・・サラサラして気持ちいいな。」
「!」
あれやだ変態くさい、ぞわって来たよ。
私のヅラ疑惑じゃなくて、この人が髪フェチ?髪フェチなのか?
グリグリ、なでなで、グリグリ、なでなで、グリグリ、なでなで・・・・
「・・・・あの、もう良いですか?そろそろ仕事に行きたいんですが?」
「あ、ああ、すまんな。」
そんな名残り惜しそうにされても。
結構な時間、気に入ったであろう私の頭をなでグリさせてあげたじゃん。
これで掲示板の借りは返したぜ!
一方的に!
さあ、お仕事、お仕事。
***********************
王都中央南門を出て、港方面よりも森を目指して行けば良いかなと進路を考えつつ、南区の遭遇しそうな魔獣も想定する。
南門の内側で一旦脇に座る。
地図を確認しないで南区に行くのは、初めてなので迷子になっちゃうかもしれない可能性がある。
地図を見て、南区で遭遇しそうな魔獣をチェックしていると、急に陰った。
え?と、突然天気が悪くなったのかと顔を上げてみる。
さっきの冒険者ギルドで会ったデカイ人がそこにいた。
「「・・・・・・・・・・・」」
真っ青な瞳としばし見つめ合う。
またか。
今度は何だろう?
私に用なのかな?
まさか、また頭を撫でるつもり?
「何か、用ですか?」
「・・・・もう、話してもいいのか?」
「は?・・・・どうぞ?」
「少し、相談に乗って欲しいのだが。」
「相談?」
オレンジ色の短い髪に真っ青な瞳のデカイ人の名前は、クロウ・ガク・ウィステリア。
通常は傭兵をしていて、傭兵の仕事がなく時間が空くと冒険者ギルドで依頼を請け負っているそうだ。
家名から察するに、ルーフェスの家の一族の人なんだろう。
私に相談して参考になるかは判らないが、聞くだけ聞くことにした。
しかし、まだ相談内容は聞いていない。
現在、私は南区を移動の真っ最中。
私のギルドの仕事を手伝って、その報酬として相談に乗るという形式にしたいみたい。
律儀な人だ。
でも、子供の私に相談する内容とは何だろう?
移動しながら話すことは、出来ないでいる。
なぜなら、クロウさんの肩に乗っけられて爆走中だから。
私を運んでもかなりの速さで移動しているので、口をきこうものなら舌を噛む事間違いなし。
1時間近く移動しただろうか?
ひと一人を乗っけて1時間も走り続けられるってどんな体力してるんだろう?
魔術を使ったようにも見えなかったのに。
傭兵ってそんなに強くて持久力があるのかな?
少し汗を掻いている程度だなんて。凄すぎる。
私の採取の仕事が早く終わるようにと、南区で薬草が生えている場所をいくつもまわってくれた。
案内までしてくれるなんて、なんて良い人だ。
その都度私を肩に乗せて移動してくれるのが、申し訳なくなり言ってみる。
「クロウさん、私も走りますよ。乗せてもらっての移動は悪いし、第一疲れるでしょう?」
「いや、大丈夫だ。お前を乗せて何刻走ろうとも疲れなどしない、寧ろこの方が魔獣が寄ってこない分、お前の仕事が早く済む。」
「いやいやいや、疲れないはずないでしょう?汗かいてるし!」
「汗?・・・・・こ、これは人を乗せて走った事などないから緊張しただけで、慣れれば大丈夫だ。」
「・・・・・そこまでされる相談内容が怖いです。」
「いや、普通の内容のはずだ。だが、俺には身内以外に相談に乗ってくれる者がいないから。」
「じゃあ、身内に相談してみれば良いじゃないですか?」
「身内も同じ悩みを抱えているため、答えが一向に出ない。つい最近、助言を貰って色々学んだんだが、その後の具体的なことが判らん。」
「・・・・・クロウさん。」
どういう内容かは判らないけど、この人にとっては藁にも縋る心境なのだろう。
でなければ、今日会ったばかりの子供の私にここまでしないだろうし。
薬草も十分に採取出来たし、腰を落ち着けてじっくり聞くことにしよう。
自分たちの周りに結界を張って、火を起こしお茶を入れて、一息ついた所で話を切り出した。
「さあ、来い。相談に乗りましょう!」
「・・・薬草採取は、もう良いのか?」
「大丈夫!十分な量を採取しました。今度はクロウさんの番です!さあ!さあ!さあ!」
「う・・・・うむ・・」
私の勢いにちょっと戸惑いながらも、クロウさんが話し始めた。
「我がウィステリア家は武術を重んじているせいか、総じて体が大きく強面で粗野な男が多い、それ故か他人から怖がられる事が日常だ。ギルドで俺を遠巻きにしていた奴らをお前も見ているだろう?」
「・・・・・はあ」
確かにギルドで遠巻きにしてた人はいたけど、それが理由?そんなに怖いかな?
「特に普通の女性には敬遠されるというか、避けられるというか・・・・会話も成り立たないし、近寄っただけで逃げられる・・・・・・詰まる所、我が一族は深刻な嫁不足なんだ。」
「・・・・・はあ」
「本当にウィスタリア家の男の容姿を恐れて、嫁が来ないのだ。運良く結婚出来たとしても、自分の夫以上の強面の親類に耐え切れず逃げてしまったり。結婚式当日にうちの身内に会って、相手と相手家族で土下座してなかったことにしてくれと謝られた奴がいたらしい。恐怖のあまり、皆青白い顔をして震えて泣きながら、”申し訳ありません、耐えられません”とな。結局白紙に戻したらしいが。」
重っ!重すぎる!
問題が大きすぎる!
私に相談してどうにかなる問題じゃないじゃん!!
相談する相手を間違えてるよ!
「クロウさん。大変申し訳ありませんが!それは私に相談される内容としては、余りにも荷が勝ち過ぎです!謹んで相談役を辞退させて頂きたく!!では!」
ざっと立ち上がって、その場を去ろうと動こうとしたら、ガッと襟首を掴まれて逃亡失敗。
「待て!話は最後まで聞け!お前に嫁問題を解決してもらおうなどとは思っていない。」
「・・・・・ホントですね?」
「関係はしているが、本当だ。」
渋々元の場所に座ろうとしたら、近くに座らされた。
おおう・・・・逃走経路を絶たれたっぽい。
「ウィステリア家の当主様が、我らの強面の容姿を恐れない”嫁候補”を探して下さって、一族の独身男と見合いの場を設けてみたりしていたのだが、ダメでな。先日も一人条件を満たした女性に来てもらったが、ダメだったようだ。」
「・・・・・」
「だがな、嫁候補との見合い以前にこちら側の不備というか、意識の違いというか・・・まあ、問題があることが判ったんだ。」
「問題・・・ですか?」
「どうも今まで見合いの場に参加した者は、自分たちが1人ずつ会っていては、会える人数が限られてしまい時間が足りなくなるのと、1人の女性を集団で突然囲み、挨拶もせず無遠慮にジロジロ検分し容姿に対して自分の好みでない所をと本人の前で口にしていたらしい。」
「うわー・・・・最低ー・・・それじゃあ、纏まるものも纏まらないでしょうに・・」
「そうなんだ、自分たちの都合の事しか考えてなかった事に気付きもしなかった・・・それを今回、当主が御知りになり、酷くお怒りになってな・・・・当然と言えば当然なのだが。ウィステリア家で嫁候補を探すことはもうしないから、自分で探して見つけろとお達しが下ったのだが・・・・」
「自分の伴侶は自分で探すのは、極当たり前なことだけど、根本的な解決にはなってないね。」
「そうなんだ。それで、当主の子息のご友人からの助言があったのだ。」
「・・・・どんな?」
「”デリカシーが無さ過ぎ、基本的な女性の扱い方を学んだ方が良い”と、”自分がされて嫌な事、不快になる事は相手にもしない”。」
前者はともかく、後者は子供の躾レベルじゃん。
いや、クロウさんの話しを聞く限り最もな助言だけれどもね。
「そして、我々は、助言をしてくれた方々に教えを請い、基本的な女性の扱い方を学び、自分がされて嫌な事、不快になる事は相手にもしない訓練をした。」
「なんじゃそりゃ。」
拳を握り締め、いかにも苦難の道でした風に力説するクロウさんに、思わず突っ込んでしまった。
「なんじゃそりゃとは何だ。俺たちには苦労の連続だったんだぞ!女性の扱い方の先生のスイゲツ殿は、微笑みながらも出来るまで許してくれないし!ロベルト殿に至っては、1つダメな事を言うと、10心が折れることを突きつけてくる容赦のなさ!戦闘での力は自負していても、心が折れる者続出!・・・・・・・本当に、厳しかった・・・・!」
「あーそー・・・・」
やっぱり、スイゲツとロベルト様だったのか。
何やってんの、あの2人。
・・・・・あれ?ルーフェスは?
「当主の子息は?何を指導したの?」
「当主の子息のルーフェス様も、俺たちと同様にご苦労なさった!だが、習得が1番早かったのはルーフェス様だ!さすがは、当主の子息!!」
何を習得したんだ、ルーフェス。
「へー、ふーん、そお・・・」
感慨にふけるクロウさんはさて置き、休み明けのルーフェスが、チャラ男になってたらどうしよう。 私、引くかも。
「あれ?それじゃあ、私に乗って欲しい相談って、結局何なの?」
「ああ、それは。先生が、”僕たちが教えられる事は教えた!あとは、君たち次第だ!検討を祈る!”と帰ってしまわれたのだ。俺もその勢いのまま出てきたのは良いが・・・・どうしたら良いのか途方に暮れてしまってな・・・・?」
ス~イ~ゲ~ツ~!!
「そこで俺と目が合っても恐れも逃げもしない、頭の形も良くて髪もサラサラで触り心地が良い、女にモテそうなお前にこれからどうしたら良いか相談に乗ってもらおうと思った。」
怖くないのは本当だけど。
私のどこを見て、女にモテそうって思ったんだ?
っていうか、頭の形と髪は関係ないじゃん!
・・・・・まあ、いいや。
とにかく基本的な女性の扱い方を学んで、余計な事を口にしない術も習得したと。
なら、私からの助言は、条件だけに拘らないようにさせようか。
所詮は子供の考えることだけど、だからこそ基本中の基本なんだと思うから。
初恋もまだな私が言うのも何だけどな。
「自分の容姿を怖がらないって条件は、心の済みに少し避けて置いて。まずは”クロウさんが、好きな女性”を見つけてください。」
「・・受け入れてくれる女性ではなく?」
「そう、好きな人の為なら多少の障害は乗り越えたり、苦労したりは出来ますよね?それは相手も一緒です。だから、まずは誰かを好きになること・・・・男同士の友情じゃあないですよ?そこから愛情に発展しても良いと思っているなら、止めはしないけどね?」
「誰かを・・・・好きに?俺が?」
「そうです!そこから始めないと、始まらないですよ?」
「・・・・判った・・・・そうしてみる・・・」
「後は君次第だ、検討を祈る!」
贈る言葉がスイゲツと同じで悪いけど、頑張って下さい!グッドラック!




