104. 冬季休暇 (19)
104話目です。
ウィステリア家当主は、マイカに会った者たちを集めて話しを聞いていた。
イザークが候補として上げてきたのは、ウィステリア家の男子の容貌を恐れていないという条件を満たしている女性だ、だからそれが原因で拒絶されたのではない。
しかも会っただけで、会話もしていない。
では、何が原因なのかを把握するためだ。
ちなみにその場所には、夫人はいない。
何か嫌な予感がしたのか話しを聞く場を他の部屋にし、夫人とルーフェスたちは応接室にいる。
数人ごとに機を見計らってマイカに会った。
「・・・・」
自分の好みの容貌かどうかを観察した。
「・・・・・!」
「好みじゃなかった。」
「貧乳だった。」
「色気の欠片も見当たらなかった。」
「女なのに髪が短かかった。」
「男にしか見えんがな。」
「愛想もなかった。」
話しを聞く度に当主の眉間に皺がより、米神の血管がピクっとする。
眇められた目は、徐々に殺気立っていく。
怒りのゲージが上がっていくかのようだ。
強面髭面筋肉のおっさん総勢20人ほどが、当主の機嫌がどんどん悪くなっていくのを感じているのかびくびくしていた。
(お、御館さまの殺気がひしひしと頬を平手打ちしてくる!しかもどんどん痛みが倍増してくる!何故だ!)
(何だ!何が御館さまの逆鱗に触れた?!)
(回避出来ないのか?原因は何だ?!)
(御館さまの顔が!顔が悪人顔に――――っ!!)
「お、お、御館さま、わ、我らが何かしでかしましたか?」
何が原因かではない、何もかもが原因なのだと当主は理解した。
しかも、彼らはまるで判っていない。
(おのれ、こやつらどうしてくれようか・・・・!)
ギン!と当主の目が抑えきれない怒りを湛え、魔力も漏れ出してきた。
彼らは当主が自分たちに怒っているのは判っているが、何が原因なのかが判らないまま、当主の怒りに晒されている。
(ウィステリア家の男子の容姿を恐れない女性を、イザークが探し出し、ルーフェスが屋敷へと誘って来てくれた稀少な存在であったのに。ウィステリア家の男子を個々に見てもらえるように、こちらが受け入れるのが先であろう。そうでなくとも、今の話は客人への接し方ではない・・・!それを自分のことばかり考えおってからに!)
「お前らは、1人の女性を集団で突然囲み、挨拶もせず無遠慮にジロジロ検分し容姿に対して自分の好みでないからと本人に暴言を吐き、謝罪の気持ちすら未だにない。」
「お、御館さま!そのような大げさのことはしておりません!」
「そうです!我らは人数が多いため、1人1人では時間が掛かりすぎるため、5人ずつ会ったのです。」
「あ、挨拶は!その、思いの他上がってしまって忘れてしまったのです!他意はありません!」
「・・・・ここにいる全員がか?」
「・・・・・面目ありません・・」
「その・・・嫁候補を良く見たくて、じっくり見てしまったのは確かです。今思えば確かに・・・無遠慮で、無礼でした。」
「暴言とのことですが・・・あれは、ただの感想で」
こぞって言い訳を並べるが、その度に墓穴を掘っていることに気がつかない。
当主は座った目で、彼らを見据えながら言った。
「顔が怖すぎるからダメ。」
「「「「!!」」」」
ビクッ!と体が硬直する面々。
「怖すぎる、勘弁して。」
「「「「う!」」」」
胸を抑え、涙目になる。
「目つきが凶悪だ、耐えられない。」
ばっと一斉に目を両手で隠した。
「纏う空気が恐ろしい。」
震えながら当主に訴える。
「・・・・御館さま!我らの傷を・・・そのように!」
「お前たちと同じ感想だろうが?”好みじゃなかった、貧乳だった、色気の欠片も見当たらなかった、女なのに髪が短かかった、男にしか見えんがな、愛想もなかった”と似たようなことをマイカ殿は今日、20回近く聞かされたはずだ。」
「「「「!!」」」」
何に対して当主が怒っているのかに、漸く気がつき出し慌て出す。
「しゃ、謝罪をさせて下さい!」
「そうだな!謝罪をしよう!」
怒りのあまり、当主の顔は凶悪な笑顔に変貌した。
「遅すぎるわ――――――――っっ!!このどあほうども――――――――っっ!!」
ばきっ!ザザザ――――――――っっ!!どかっ!どんっ!べきべきっ!!
当主の振りかぶった拳にぶっ飛ばされた1人を皮切りに、次々に宙を舞う強面髭面筋肉なおっさん達。
ある者は窓を突き破って外へ投げ出され、ある者は壁に激突して大穴を開け、ある者は重い蹴りをくらって飛んだ挙句に気絶した。
「お、御館さ、ま!!」
「問答無用だ――――――――っっ!!愚か者めら――――――――っっ!!」
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屋敷中に轟音が響き渡り、それは地響きと共に応接室まで届いた。
ウィステリア夫人とお茶をしていたルーフェスたちは何事かと部屋を飛び出し、轟音のした部屋へと急いで唖然とする。
部屋の扉が破壊され、壁にも大穴が空いている。
しかもその側には当主と話しをしていたであろう一族の男たちが伸びていた。
夫人の側にロベルトとスイゲツを置き、ルーフェスは警戒しながら部屋の中を伺う。
半壊した部屋の中に立っていたのは、当主のみで後のものは全員倒れていた。
「・・・・父上?何が合ったのですか?」
窓枠だけとなった窓、何箇所も外側に向けて空いている大穴を見つつ、瓦礫と化した部屋の壁などを避け、当主に近づく。
「・・・・ルーフェス・・!」
「!はい・・!」
「もう一族の者のために”嫁候補”は探す必要はない。探すのは己の嫁だけで良いぞ。」
「・・・・?どうしてまた・・・?」
「こやつらにも、自分の嫁は自分で見つけてもらう事にした。前々から考えてはいた事だが・・・・金輪際、見合いの斡旋などはせんと決めた。ジョルジオ!この旨を一族に通達しろ!」
「畏まりました、旦那様。」
いつの間に来ていたのか、ジョルジオと呼ばれる執事が控えており、主である当主に腰を折って応えた。
「こちらの方々は如何いたしましょう?」
伸びた面々の方を指し示し、訊ねた。
「・・・・・・・手当をし、各家に迎えを寄越すように伝えろ。」
当主は憤怒冷めやらぬ様子だが、2,3度深呼吸を繰り返した後、そう指示を出した。
「畏まりました、旦那様。」
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「折角来て頂いたのに、そんな失礼をマイカ様にしていたのね?」
手当を終え、各家の迎えを待つ間にと当主夫妻に侘びを入れに来た先程の面々は、当主夫人にも説教をされていた。
「なんとお詫びをしたら良いのでしょう・・・・あなた。」
「うむ・・・・」
状況を把握したのが遅ずぎて、謝罪もフォローも出来ずにマイカは既に、ウィステリア家の屋敷を後にしてしまっている。
どうしたものかと思い悩む当主夫妻に、説教されている間ずっと正座を強いられている者たちをみてルーフェスが訊ねた。
「・・・・マイカさんに会ったのは、ここにいる人達で全部ですか?」
「そうだが?どうした?ルーフェス?」
「・・・・1人足りないような・・・・あ、ガクがいませんね。」
「ああ、あいつは仕事でな。今回は間に合わなかった・・・・・・・・ああ、そうか。」
当主は正座している面々に向き直り、
「お前たち、ガクからの仕置も覚悟しておけよ。」
と言った途端に、顔面蒼白になり脂汗をだらだら流し、恐怖で声が出ないようだった。
そんな様子を見て、小声でスイゲツがルーフェスに聞いてきた。
「ルーフェス、この人達みんな怯えちゃってるけど・・・ガクさんって強いの?」
「ああ、今傭兵の仕事をしているが、イザーク兄上と同じくらい強い。今のウィステリア家の最強の1人だ。何であの人たちが怯えているのかは・・・・怖いんだろうな。何が怖いって、全部怖い。イザーク兄上より怖い。多分1番怖い。」
「・・・・・」
はっきり言って、ルーフェスの説明では何が怖いのかさっぱりわからない。
だが自分が関わることはまずないだろうなと、スイゲツは流すことにした。
ロベルトは、マイカが彼らを拒絶したのは判ったが、何がどうなっているのか、口を挟んで良いものか考える。
ウィステリア家に来たのは、この見合い擬きがどんな風に事が運ぶのか興味があったからなのに、全然判らないまま帰るのは不満だった。
「この人たちがマイカさんに失礼だったのは判ったが、あまり怒っているようには見えなかったけどな。」
顔面蒼白になり脂汗をだらだら流した、強面髭面筋肉なおっさんが一斉にクワッ!とロベルトを見た。
「「「「本当か?!」」」」
「「「「謝れば許してもらえそうか?!」」」」」
「「「「ガクに怒られたくない!!」」」」
「・・・・あまりこっちを見ないでくれ。」
(何か怖い、しかも、気持ち悪い)
ロベルトの言葉がおっさん達の心を抉る。
「「「「ぐっ!!」」」」
精神的打撃を受け、正座したままバタバタと床に突っ伏す面々。
「えー?ある意味すごく怒ってたよ?」
スイゲツがロベルトに反論する。
「だって”気にしないで”と言っていただろう?」
「それは”嫁候補”として来て欲しいって言い忘れたのを”気にしないで”って言ったのであって、この人たちの事は ”私はどなたの眼鏡にもかなわなかったようですし、こちらの方としても会話すら出来ない方たちのことを眼鏡にかなったかどうかと聞かれても困ります”ってしか言ってないよ?」
「ああ、そう言えば・・」
「その後、ヴィーを”嫁候補とやらからは外しておいて下さい”って言ってた。」
「うん」
「あれって、失礼なことをされたって訴えて謝罪されることよりも、万が一にもヴィーを同じ目に合わせたくない気持ちの方が上だったからじゃないかな?」
「状況は後からわかるだろうから、敢えて自分は謝罪を受けずに、自分の要求を飲ませるように動いたってことか?」
「多分ね~、マイカさんって策士だね~」
「俺、マイカさんとマイクさんを敵にまわしたってことか・・・?」
スイゲツとロベルトの話しを聞き、がっくりと落ち込むルーフェス。
しかし、スイゲツとロベルトは違うと言う。
「王都中央騎士団のマイクさんとAランク冒険者マイカさんを敵にまわしたのは、」
「「ウィステリア家だ(よ)。」」
「「「「!!!」」」」
「あと、話が行けば、ヴィーの両親とおじいちゃん・・・・ともしかしたら諸々派生するかもね。勿論、この件に関してだけだったら・・・・僕も敵に回るよ。」
軽い口調で話していたスイゲツが、急に声を低くして言った。
それに追従するロベルト。
「俺もだ。」
「ロベルト、スイゲツ・・・・」
不安そうに自分たちを見るルーフェスに、にっこり笑って言う。
「「でも」」
「さっき、ルーフェスのお父上は、”自分の嫁は自分で見つけてもらう事にした。金輪際、見合いの斡旋などはせんと決めた”って宣言してたから、問題はないよね~。」
「そうだな。」
息子と息子の友とのやり取りをドキドキしながら見ていた当主夫妻は、息子が友を失くさず良かったと胸をなで下ろす。
夫人はふと他家の子供の意見を聞いてみたくなり、スイゲツとロベルトの問いかけた。
「ねえ、ロベルト様スイゲツ様?今回ウィステリア家が礼を欠き、とても失礼な態度でお相手を不快にさせてしまったことは深く反省するとして・・・・他に何か助言がお有りかしら?」
思ってもみなかったことを質問され、キョトンとなるが、しばし考えて2人は応えた。
「あの人たち、デリカシーが無さ過ぎ、基本的な女性の扱い方を学んだ方が良いと思います。」
「自分がされて嫌な事、不快になる事は相手にもしない。」
蓋し至言。
蓋し至言・・・まさしく、この上なく適切に言い表した言葉。




