100. 冬季休暇 (15)
100話目です。
ジオタークは北区のあちこちに点在する小さな村の一つ。
時たましか訪れないマイクと、2年近く村に一度も帰って来ず、その間に身長が伸びたヴィーは目立っていた。
小さな村では当然の如く住民全員が知り合いであり、そこへ見慣れぬ人間が入り込めばかなり目立つのは必然で、2人に村のあちこちから、好奇と警戒の視線が送られる。
しかし、視線には気づいてはいるものの、殺意とか害意は感じられなかったので別段気にしてはいなかった。
そして、外との交流が薄いこのような場所では、住民が新鮮なネタに飛びつくのは良しにつけ悪しにつけ仕方がないといえよう。
「何だい何だい?若い良い男がこの村に来るなんて久しぶりだねぇ!」
「いつもゴツイ、イカツイ、ムサイおっさん連中ばかり見てるから心が洗われるねぇ・・・」
「キレイ、カワイイ、カッコイイ子はこの辺にはいないからねぇ・・」
「カワイイ、ナマイキな子ならシェリルんとこのヒイロとヨシュアがいるけど、子供だしね。」
「薄茶の髪の子、優しそうでいいねぇ!」
「あら!珍しい黒髪の子も凛々しいじゃないの~!」
「私も、10年若かったら行っちゃうよ~」
「「「あははははは・・・・」」」
とか、朗らかに大っぴらに噂をするのは村のおばさまたち。
同じ年頃の女の子は、遠くからこっそり噂するだけだ。
「何なに?若いイケメンがこの村に来るなんて久しぶりだわ!」
「いつもゴツイ、イカツイ、ムサイおっさん連中ばっかりだから目の保養よね!」
「キレイ、カワイイ、カッコイイ男子はこの辺にはいないし!」
「カワイイ、ナマイキな子ならシェリルさんとこのヒイロとヨシュアがいるけど。」
「薄茶の髪の人、優しそうで素敵!」
「あら!珍しい黒髪の子も凛々しい~!」
「どこにいくのかしら?」
「「「ついて行っちゃう?!」」」
噂している内容は、おばさまたちと大差なかった。
しかも、追跡するつもりのようだ。
雪も深いこの時期は、村外に出ることは少女たちだけでは出来ない上、小さな村なので娯楽もあまりない。
見知らぬ人間に興味をひかれるのも当然といえよう。
後ろから4,5人の人間が付いてきてることに気がついていない訳ではないマイクとヴィーは、歩きながらお互いの視線だけで意思の疎通を図る。
(なぁ、何か付いて来てるけど、どうする?)
(実家に行くだけだから、別に良いんだけど・・)
(もしかして、知り合いか?)
(あーうん。何の用か聞いてみる?)
(・・・そうだな)
後を付けていた2人が急に歩みを止め、黒髪の少年が向きを変えて自分たちの方へ歩いてきた事に慌てる5人の村の少女たち。
無言で自分たちの顔を1人1人見て来る黒い瞳に、徐々に頬に熱が集まってくるのを自覚して両手で隠す。
その仕草を気にするでもなく、声をかけた。
「私たちに何か用?」
「「「「「!!」」」」」
こんなにすぐに見咎められるとは思ってもみなかった5人は、ノリで後を付けてきた後ろめたさも手伝って、顔を真っ赤にする。
しかし、ここで何も言えないままなのは、負けた気持ちなりそうで悔しいのか1人が喧嘩腰に言った。
無駄に気が強いらしい。
「し、知らない人間を警戒して何が悪いのよ!へ、変な事したら騎士団に通報しちゃうわよ!」
「騎士団の人にならさっき挨拶したし、目的も伝えたよ?というか、変な事って何?」
事も無げに返されて、5人は返す言葉が一瞬出てこない。
「~~!!こ、ここの冒険者はつ、強いんで知られてるんだから!!」
「?知ってるけど、何が言いたい・・・・・あ、もしかして・・・私が誰だか判ってない?」
「!し、知るわけないじゃない!」
「そ!そうよ!ちょ、ちょっと格好良いからって、う、自惚れないでよ!」
「知らない人間は、この村では警戒対象なんだから!」
「そうよ!そうよ!」
2年前まで、この5人は自分たちは容姿に恵まれている、何でも出来ると自信満々な態度で、下の双子の弟たちとヴィーの容姿を比べてたりと何かと体の小さいヴィーを小馬鹿にしてきた人達だった。
それが、テンパって涙目になって喚いている。
呆れるやら困惑するやら複雑な気持ちになっていた。
しかも自分が誰だか検討もついていないらしい。
(えー・・・何これ?説明しなくちゃダメなのかな・・・)
「あら?ヴィーじゃない?お帰りなさい。」
別方向から突然声をかけてきたのは、買い物籠を抱えたヴィーの母シェリル。
とても2年間ブランクがあるような感じの呼びかけの仕方ではないが、髪を短くしてかなり背が伸びて顔つきが変わったがちょっと見ただけで自分の子供の”リヴィオラ”であると判ったようだ、さすが母親と言った所。
反して村唯一の薬師であるシェリルの知り合いに、喧嘩をふっかけてしまったのかと5人の少女は青くなった。この村には、他に治癒術師も医者もいないため、何事かあった時は薬師のシェリルに頼るしかない状態だ。
シェリルにしてみれば仕事と私事は別なのだが、頼る側からしてみれば頼りにくくなるのは出来るだけ避けたい所だろう。
親たちに事有るごとにそう言い含められている5人の少女は、付けていた事が見つかってしまいテンパって難癖を付け、更にその難癖を付けた相手がシェリルの知り合いだったことで、それ以上の情報が彼女たちには飲み込めず混乱状態になった。
「久しぶり!母様!ただいま!」
やっと自分を認識してくれる住人に会えてほっとしたのか、ヴィーは笑顔全開で返事を返し走って近寄っていった。
「久しぶりも何もないわよ~、中々こっちに顔を見せに来ないんだから!」
「ごめんなさい。でも、私の方もいっぱいいっぱいだったから。」
「・・・・わかってるわよ、そんな事。元気そうで何よりだわ!今日は泊まって行けるの?」
少し3人で会話をした後に、立ち話もなんだわねと家に帰ることにしたらしいシェリルたちは、それじゃあまたね~と言う言葉を残してその場を去って行った。
混乱の元の人物たちがいなくなった事で、5人の少女は大きく溜息を吐いた。
少し冷静さが戻ってきたのか、先ほどの出来事を振り返る。
「ねえ、さっきシェリルさん”お帰りなさい”って言ってたわよね?」
「・・・・そうね”ヴィーじゃない”って・・・・・あっ!!」
「あ、あれ!ヴィー?!リヴィオラ?!」
「王都中央のロガリア学院に行ったきりで、今まで帰って来なかった?」
「あれがヴィーなら・・・あんなにチビだったのに、2年でどれだけ背が伸びたのよ?私たちより絶対目線が上だったわよ?」
「・・・・ヴィーって、女の子だったわよね?でも、さっきの子は髪と目は確かにヴィーみたいに黒かったけど、髪は短かったし・・・かなり中性的に見えたわよね?」
「・・・・全然女の子らしく育たなかったから男の振りでしてるんじゃないの?」
「「「「そ、そうよ!そうだわ!きっと!」」」」
ヴィーに見つめられて、ちょっとぽ~っとなったり、格好いいと思ったりした事は棚に上げて都合良いように解釈することにしたようだ。
でも、結構当たらずとも遠からずな所に着地していた事は、本人たちは知らない。
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久々に実家に着いて、懐かしいシェリルの入れてくれたお茶と茶菓子を堪能しながら、2人は今回訪ねてきた理由を話したがその反応は意外なものだった。
「え~?やっぱり?まだ、変化してなかったのね。」
「やっぱりって、知ってたんだな?ヴィーが中性だって事!」
「当たり前じゃない~マイクったら!誰が生んだと思ってるの?何を隠そうこの私よ?」
いや、隠してもいないし、隠す必要はどこにもない。
「じゃあ、何で教えてくれなかったの?私本人に。」
「だって!最初は女の子が良いって、シュンが言うから~どっちでもないなら、希望を込めて女の子として育てようと思ったの。その内そのまま本当に女の子になってくれるかな~って。」
「父様が?」
「そうよ~、シュンが一姫二太郎三茄子が良いって力説するから。」
「えっ?それって、一姫二太郎と一富士二鷹三茄子が混じってない?」
「ううん。”イチヒメニタロウサンナスビ”って言っていたわよ?意味が判らないから聞いてみたら、1番目は女の子、2番目は男の子、3番目は”ナス”に似た子が育てやすいからって・・・・僅差で3番目になったヨシュアは”ナス”には似てないなって、シュンは言ってたけど・・・・ナスって何かしらね?」
「父様・・・・!」
「ところで、”イチフジニタカサンナスビ”ってどういう意味?」
「・・・・・俺には説明が難しいから、シュンが帰ってから聞いてくれる?」
「そう?判ったわ。でも、残念~折角ヴィーとマイクが帰って来たのに、シュンもお祖父様も仕事で2~3日帰って来ないのよ~?」
「母様、ヒイロとヨシュアは・・・・男の子だよね?」
「そうよ~?ヴィーだって2人のおしめを変えたことあったでしょ?」
「・・・・・そうだった、付いてたね。」
「でしょ?」
マイクは自分の事でもないが、なぜか恥ずかくなってしまった。
ヴィーは外見はともかく、中身というか性格の基本が絶対母親似シェリル似なんだと思った。
「・・・・2人とも・・・!どうして、そういう事、すっぱり口にしちゃうかな?!」
「「は?何がいけないの?」」
「・・・・・いや、いいよ。でさ精霊の血筋って、ヴィーの祖母方なの?祖父方なの?」
「祖父方よ?だから、お祖父様は年いってても今だに強いんじゃない~。」
「くっ!やっぱり、爺か!くそお!!一縷の望みが絶たれた!ヴィー!お願いがある!!俺とマイカの望みだ!!」
「は?マイク兄とマイカ姉の望み?何でそんなものが今の流れで出てくるのか判らないけど・・・・一応聞くよ?何?」
「男にはならないで欲しい!!」
「・・・・ええー・・?」
「あら?母様は女の子になって欲しいわ。」
「えー?今だに?マイク兄たちは何で?これから一人で生きてくには、女より男の方が生きやすそうだけど?」
「何で1人で生きてくなんて言ってるんだよ?俺だって、マイカだっているだろう?」
「何言ってんの?実際問題、その内マイカ姉だってマイク兄だって結婚して家庭を持つでしょ?いつまでも、妹・・・いや弟・・・えーと、下の弟子にばっか構ってられなくなるじゃない?交流とかは絶ったりはしないにしてもさ。」
「!!」
将来は個別に生きていくことになると既に考えているヴィーに、一瞬ドキっとさせられたマイクは少なからず動揺する。
「母様もさ、もうちょっと現実的に考えて?私は女として結婚とか無理そうなの判るでしょ?」
「え?でも、イザークから先の話だけどって言ってたけど、そういう話が来てるわよ?」
「・・・・は?イザーク様?何回か顔を会わせてるけど・・・・そんな話しなんかされたことないよ?というか会話すらしたことないなぁ・・・世間話的な冗談なんじゃないの?」
「ヴィーが15歳になったら、会って話すって言ってたけど?そんな素振りも見えないの?」
「だから、会話すらしてないんだって。」
ロガリア学院祭の時に、親に話しをしてあると言っていたイザークを思い浮かべるが、何か腑に落ちない。何度も顔はあわせているのに、声すらかけないのはおかしいのではないかと。
「俺もその話はイザークからちょっと聞いてるけど。今のヴィーが”リヴィオラ”だって判ってないかもしれないな・・・・そう言えば、さっきも会ったけど判ってるような感じじゃなかったもんな?」
「でしょ?何だかどうなってんのか今ひとつ判らないけど、今の私には興味もないみたいだから。その話は無しって考えてよ。」
ヴィーに限って言えば、このままでいけばイザークの一族との話はなくなるかもしれないとちょっと安心したが、それで行くとヴィーは将来男になってしまうかもしれないと慌てて言う。
「でもでも!ヴィー!考えてくれ!精霊の血筋は爺なんだよ?男になったら将来爺みたいに、ムキムキ筋肉で、痛そうなヒゲが生えて、胸毛なんか生えっちゃったり!すね毛でありんこが出来っちゃたりするかもしれないんだよ?!俺とマイカはそんなヴィーは見たくないよ!!」
「ムキムキ筋肉・・・はいいとして。痛そうな髭?む、胸毛?すね毛で・・・・ありんこ?」
復唱していくうちに、自分の頬に両手を添えてわなわなと震えながら、ヴィーの顔色が悪くなっていた。
一富士二鷹三茄子四扇五煙草六座頭・・・六の座頭ってなんでだろう?と思って調べたら”毛がない”⇒”怪我ない”の洒落でした・・おおう・・・。




