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蠢く者

 都内の廃屋。降霊術師の神田明宏と白河泉は、彼を待っていた。

 姿はまだ見えない。だが、外から流れてくる妖気で近くまで来ていることはわかる。

「来る」

 何かがやって来る。どす黒い靄に包まれた何かが。

「遅刻ですよ、後藤さん」

 名を呼ばれると靄が晴れ、黒い鎧に身を包んだ怪人の姿が露わになった。長い2本の触覚に、艶のある頭部。手には鞭が巻き付いている。見た目はゴキブリに似ている。

 彼こそが新たな降霊術師、後藤英明である。

「その姿のまま来たのか? 我々の存在が知られたらどうする」

「ふふふ、誰も僕の姿を見ることは出来ません」

「ああ、そうだったな」

「種は蒔いてきましたよ、2つ」

「仕事が早いですね」

 後藤はくすっと笑った。

 彼が蒔いた2つの種。それらが、世間を脅かすことになる。





 講義を終え、悠真はまた図書館に来ていた。理由は勿論怪しい事件のチェックだ。

 時刻は午後6時。外は既に暗くなっている。が、墓守に休む間はない。

 新聞をパラパラと捲る悠真。そこへ1人の男子生徒がやって来た。髪は短めで、緑色のジャンパーとジーンズを着用している。

 悠真には友人が全く居ない訳ではない。恵里と知り合う前から人脈はそこそこあった。但し、それらの知り合いは全て男子だ。この柏康介もその1人。偶にやって来て、他愛もない話をする。殆どは康介の愚痴だが、稀に妙な事件や噂を教えてくれる。そしてその内の幾つかが暴霊関係の事象だったりする。

「また新聞見てるのか」

「色々知りたいわけよ」

 康介は音を立てながら席に着いた。近くでレポートを書いていた学生が20秒近く睨んでいた。睨んでいる隙があればレポートを書けばよいのにと悠真は思った。しかし、後でいざこざになっても困る。悠真は読んでいた新聞を仕舞い、康介に外へ出ようと提案した。

 図書館を出るなり、康介が尋ねてきた。

「何の記事読んでたんだ?」

「ああ、不良グループが獄中自殺したやつ」

 5年前に逮捕された不良グループが、首を吊って自殺したらしい。最後まで無罪を主張していたのだが、結局彼等の声は聞き入れられなかった。しかし、この事件は悠真の琴線には触れなかった。それよりも、最近活発に動き出した降霊術師の方が気になっていた。

「あれか。まぁ大変だよな。それでさ」

 反応が軽い。それ程興味を示さないことに関しては適当な返事をしてしまう。それが康介の欠点だ。他の学生との会話でも今のような返事をするので喧嘩になったりする。悠真は別に気にしていないようだが。

「来月バスケの大会をやるんだけどさ、ここのOBが来るんだよ!」

「へぇ」

「何だよ、つまらなそうだな。その人上原さんって言うんだけど、滅茶苦茶優しいんだよ! 俺も教えてもらってさ」

 この後はずっと、その上原とやらの話だった。悠真はスポーツに興味が無いのだが、そのOBについては少し知っていた。

 康介はそのバスケの大会に来てほしいと、悠真にチケットを渡してきた。一応行くと返事したが、1ヶ月後会場にいるかどうかは解らない。

 目的はチケットを渡すことだったらしく、康介は帰った。チケットを仕舞って学校を出ようとすると、再び声をかけられた。今度は安藤だった。

「遅いぞ青年」

「すいません。あ、上の人にはいつ会えるんですか?」

「ごめんよ、今日の予定だったんだが、また暴霊が」

「新しい暴霊?」

「ああ。今なら間に合う。車で現場に向かうぞ」

「間に合う?」

「俺にも解らんが、奴らは監獄の中らしい」






 東京から少し離れた場所に位置する監獄。そこに設置された遺体安置所に、5体の遺体が運ばれた。昨夜自殺した不良グループだ。同時に命を絶つとは。彼等の結束は固かったということか。

 エレベーターを出て、長い廊下を進んだその先に、あの冷たい部屋がある。遺体の腐敗を防ぐ為でもあるが、それとは違う、妙な寒さを覚える。

 部屋に向かう直前、遺体全ての目が開いた。

「ん? 何だこれは」

 異変に気づいた医師が遺体に近づく。臭いがわかるくらいに。その瞬間、

「ひゃあああっ!」

 廊下に医師の悲鳴が響いた。彼の肩を、遺体の腕が貫いていた。腕が引き抜かれると、穴から赤い液体が大量に吹き出し、間もなく医師は絶命した。

 遺体が全て起き上がる。その顔は笑っていた。

「こいつら生きてるぞ!」

 周りの警官が銃を出した。それよりも速く男の遺体が動き、警官の首をかき切った。

「死んでるよ、バァカ」

「う、撃て! 撃……」

 最初の男に続いて他の4人が動きまわる。銃弾を浴びても止まることはなく、跳びついて首を噛んだり、腕を腹に刺したり、何らかの方法で首を切り落としたりした。白で統一された廊下には、血で奇妙な模様が描かれた。

 彼等は死んでいる警官から服を奪い、それを着用した。最初に動いた男は警棒を眺めると、それを簡単に折ってしまった。

「案外上手くいくもんだな」

「亮、次どうする?」

 女性がリーダー格の男に尋ねた。男は折った警棒を投げ捨てて言った。

「俺達を豚箱にぶち込んだあの町の奴らを、殺す」

 全員が天井を向く。その顔は怒りで歪んでいた。





 安藤が運転する車は、猛スピードで高速道を走る。あまりの速さに事故を起こすのではと悠真はひやひやしていた。助手席に座っているため事故にあったらひと溜まりもない。

「あの集団自殺は、多分降霊術師に言われてやったんだ! 早くしないと奴等が逃げちまう!」

「なるほど」

「こういう仕事はあいつがやれば良いのによぉ。あいつも何かデカい仕事らしい」

「あいつ?」

「知らねぇか? 秋山荘司、上司であり、俺のダチだ」






 その男、秋山荘司は国会議事堂にいた。紳士風の男で、歳は安藤と同じくらいだ。外は寒く、薄着の秋山にとってはきつかった。彼とその部下6名は、総理大臣の野口十三と秘書の飯塚竜を囲み、ガードしていた。

 秋山の目線の先に、革ジャンを着た太った男性が立っている。中年で、手に銃を持っている。

「そこをどきな! お前等も解るだろ、その男がどれだけ国を乱しているか!」

 秋山の耳に男の言葉はさほど入ってこなかった。それよりも仕事のストレスで頭がいっぱいだった。ランクが上がると部隊の指揮を任され、政界や危険な仕事等、ハードな仕事ばかりまわってくる。おまけに安藤や秋山のようなベテランだと、新米の育成・サポートもするので余計疲れるのだ。

 後ろでは野口が喚いている。これもまたストレスになっていた。

 現在秋山達はボディーガードとして潜入している。

「予告は本当だったか」

「総理」

「邪魔するなら、お前等もぶっ殺す!」

 男の身体が炎に包まれ、鎧を纏った暴霊になった。胸の鎧にはバズーカがついており、背中にはパイプが伸びている。

 暴霊は胸のパーツについた2対の取っ手を掴んだ。

「お前達、総理を連れて隠れろ」

「はい」

 部下と総理、飯塚は国会内へ避難した。

「ふざけんなあっ!」

 暴霊のバズーカから砲弾が放たれた。するとパイプから蒸気が吹き出した。なるほど、バズーカの反動が大きいため、取っ手で固定しているのだろう。

 飛んできた砲弾を、秋山はステッキで弾いた。

「なっ?」

「そう、お前とほぼ同格だ。違いは生きてるか、死んでるか」

 指先を少し噛んで血を出し、ステッキに吸わせる。すると炎が燃え上がり、黄金の鎧を纏った秋山が現れた。犬のような頭の鎧だが、これはエジプトのアヌビスをイメージしているようだ。

「なんだてめぇっ!」

 暴霊は2発、3発と砲弾を放つ。しかし全て、アヌビスのステッキに弾かれてしまった。

 アヌビスはステッキを使って棒高跳びのようにジャンプし、空中で武器を構えた。ステッキは槍に変わっていた。弾を撃ちすぎたのか、暴霊は攻撃してこない。

「はい、終了!」

 アヌビスが下降しながら槍を暴霊に突き刺した。暴霊はたまらず元の姿に戻った。秋山も鎧を解除し、倒れた男に歩み寄る。

「はあ、はあ……かかったな、若、造」

 男は霧のようになって消えてしまった。

 最後の言葉は何を意味するのか。秋山はその意味がわかっているようで、議事堂を睨み付けた。

「面倒臭い」

 ステッキを回しながら、秋山は中に入っていった。

 議事堂内に入ると、そこには秋山が想像していた通りの光景が広がっていた。部下が全員床に倒れており、その先では後退りする野口に飯塚が銃を向けていた。

「たっ、助けてくれ」

「おや? 外の男を殺したのですか?」

「彼は1度死んでます。あなたが誘ったのですね?」

 飯塚は銃を秋山に向けた。全ては彼が仕組んだことだったのか。

「バレてたみたいですね」

「ええ、死臭が酷いのなんのって」

 死臭。つまり飯塚は、死体から精製されたタイプの暴霊。降霊術師でなければその方法での暴霊化は無理だ。

 エリートの秋山のことだ、飯塚が暴霊であることはとうに解っていただろう。いや、死臭がするのだから、ベテランの墓守なら誰でも解るか。

 飯塚の身体が炎に包まれ、機械の兵隊のような姿になった。その姿を見た途端、野口は気絶してしまった。正体を知られたくない秋山にとっては好都合。再び血を捧げてアヌビスの姿に変わった。

「あなたも死んでいるのですね」

「いや、霊力で錬成した鎧を纏っただけです。さて、仕事なんであなたを地獄に送らなければなりません」

「ほう。その前に、あなたが死になさい!」

 飯塚が銃を撃つ。暴霊の1部である為に弾は無限に出続ける。それらの弾全てをステッキを回して弾き落とし、飯塚に攻撃を仕掛けた。

「降霊術師はどこにいる?」

「お教えできません!」

 放たれた銃弾を、今度はジャンプしてかわし、飯塚の頭をステッキで殴った。怯む飯塚の首をステッキで突き、更に銃もはたき落とした。

「くっ、強い」

「あなたに褒められても嬉しくありません」

「ひねくれた方ですね!」

 銃を拾わず、飯塚は自らの拳で秋山に殴りかかった。鉄の拳からの打撃はさぞ痛かろう。しかしアヌビスは冷静で、先程落とした銃を拾い、飯塚の腹に何発も打ち込んだ。よろけた隙にステッキを槍に変え、飯塚の胸に突き刺した。

「こいつっ! に、日本がどうなっても知らんぞぉっ!」

「うるさい」

 槍を引き抜くと同時に秋山は元の姿に戻り、飯塚は霧になった。次は、床に倒れている部下をステッキで叩いて起こした。

「全く、しっかりしてくれないと困るよ」

「申し訳ありません」

「でも総理は守れたし、後で呑むか」

「ありがとうございます!」

 全員が秋山にお辞儀した。

 帰ろうと出口へ向かおうとすると、白いタキシードを着た青年が視界に入った。金髪に整った顔。肌は白い。

 雰囲気ですぐにわかる。彼が敵であることが。

「降霊術師か」

「ええ」

 降霊術師はゆっくりと歩み寄る。秋山の部下全員が構えた。

「初めまして、僕は後藤英明。以後お見知り置きを」

 まさか、いきなり素顔を明かし、更に自己紹介までしてくれるとは。捕まらない自信があるのだろうか。それにしても、彼のような温厚そうな青年まで降霊術師の職に就いているのか。

「1つ言わせてください」

「は?」

「皆様は降霊術師のことを勘違いしていらっしゃる。我々はただ、困っている方に救いの手を差し伸べているだけなのです」

「そう言って人を更に困らせてる奴がわんさかいるんだよ」

 後藤はくすりと笑った。何故だろうか、彼の笑みからは恐ろしいものを感じる。眼だ。眼が笑っていないのだ。

 彼が手を広げると、飯塚が消えた場所から人魂が現れた。これが降霊術師に恐るべき力を与える。人魂はスッと後藤の身体に入ってしまった。

「僕達は彼等のような失敗はしません。こうやって、彼等の死後も仕事を与えてあげるのです」

「そうしないと、お前達は活動出来ないからな」

「さっきから何を言っているのですか?」

 後藤の体が青い炎に包まれ、ゴキブリのような姿へと変化した。

 秋山はため息をついた。今日1日で3回も指を噛み、血を流してステッキに吸わせている。そして3回もアヌビスの姿に変貌している。

 ステッキで術士の身体を突こうとするアヌビス。術士はそれよりも早く移動し、反対にアヌビスに突きを食らわせた。しかもその間に、アヌビスの部下全員に攻撃して気絶させてしまった。流石はゴキブリ、そのスピードはエリートの秋山でさえ追いつけないほどだ。

「ちっ」

「ふふふ、それっ」

 胸に埋め込まれた石が怪しく輝く。すると、何処からともなく黒い霧が発生した。蒸気ではない。無数の虫が群れをなして飛んでいるのだ。

「なっ」

「どうです、蔑まれる者達の力は」

 アヌビスはステッキで害虫を払おうとする。が、虫は分散して攻撃を回避し、再び大きな塊となってアヌビスに襲いかかった。

「滑稽ですね! じゃあ、僕には仕事があるので」

 術士が指を鳴らした。中に入っていた魂が抜け、元の姿に戻った。それと同時に虫達もどこかへ飛んで行ってしまった。

 漂っている火の玉を、後藤は持っていた瓶に入れた。この魂が召されるまでは、いつでも利用出来るというわけだ。

「あ、そうだ。もう1つ種を植えさせていただきました。今頃美しい華を咲かせている頃でしょう」

「華?」

「興味があるなら、見に行ってみてはどうでしょう」

 それだけ伝えて術士は姿を消した。魂を利用したのか。

 いや、今は『もう1つの種』をどうするかだ。秋山は姿を戻すと、自分の携帯を取り出した。安藤からメールが入っている。内容は、監獄で5体の暴霊が生まれたというものだ。これがもう1つの種か。そういえば、監獄で不良が自殺したというニュースをやっていた気がする。

 後ろでは、気絶していた部下が起き上がるところだった。

「お前達、先に帰ってくれ。用事が出来た。あと、さっきの戦い方じゃ暴霊に殺される。闇雲に殴るんじゃなく、相手の隙を見つけてそこを打て。じゃあ解散」

「ありがとうございました!」

 全員がお辞儀した。先程洗脳されたことは覚えていないようだった。

 秋山は停めておいた車に乗り込んだ。フェラーリだ。

「やれやれ。残業代貰えるのかな?」

 フェラーリは群馬の監獄に向け出発した。






 脱走した亮、亜弥、健二、丈、朋樹の5人はある屋敷に押し入った。丈と健二が年配の男性を押さえていて、亜弥が殴る蹴るの暴行を加えている。

 亜弥と交代し、亮が男性の前に立った。

「覚えてるよな、クソジジイ!」

「てめぇの娘を殺したのは俺達じゃねえ。俺達はあの時この村にはいなかった。なのに、あんたらは真っ先に俺達に疑いの目を向け、そして俺達をサツに突き出した!」

 亮の蹴りが男性の腹に入った。男性は血を吐き出した。もう、自分で立つ気力も無い。それでも両サイドの2人に無理やり立たされ、亮達にひたすらいたぶられる。

 いつまでこの拷問は続くのだろう。

「サツは俺達の言葉なんて全く受け入れず、豚箱にぶち込んだ。それもこれも、てめぇらが悪いんだ!」

「朋樹、あれ見つかったか?」

「あいよっ」

 朋樹が亮に何かを投げた。骨壺だ。亮はニヤニヤしながらそれを空け、骨の臭いを嗅いだ。

「なっ、なっ、何を」

「俺達を疑った罰だ。あんたの娘を、骨までしゃぶりつくす」

 そう言うと亮は骨を引っ張り出し、口に入れ、ボリボリと噛み砕いた。

「あああっ! やめ、やめろおっ!」

 亮は骨を全て食い尽くし、粉も茶を飲む要領で飲み込んでしまった。

 骨を食べた後、身体に力が漲り、両腕から鋭い爪が生えた。

「あの世で娘とハグしなぁ!」

 亮の爪が男性を引き裂いた。

 絶命した男を睨むと、亮達はその肉を食らった。彼等の恨みがそうさせているのか、単に腹が減っているのか。

 彼等の犠牲になった家はこれで8件目だ。

 食事が済むと、彼等は次の家へと向かった。








 安藤の運転する車は、午後9時に高速道から出た。途中渋滞に引っかかったせいで時間がかかってしまったのだ。

 しかも渋滞の中にいたとき、上層部から新しい命令が下った。不良グループは脱獄し、山の麓にある村で暴れているというのだ。なので監獄には行かず、このまま村に向かうことになった。

「奴ら、もう何人か殺したって言ってた」

「早くしないと犠牲者が増えますよ」

「あああっ、チクショウ! 免許でも何でも剥奪しやがれ!」

 安藤はアクセルを踏み込んだ。スピードは制限値を超えていただろう。それでも、1人でも多く助けることが出来ればそれで良かった。

 恐ろしいスピードで走る車を、あの男が睨んでいた。キャンプ場の惨劇の元凶、神田明宏だ。

「あのガキ1人には任せられん。奴等は私が殺す!」

 腕を伸ばして電信柱を掴み、神田は車の前に跳んできた。突然現れた男の姿に安藤と悠真は驚いた。

 車を急いで止め、2人は外へ出た。ずっと座っていたため足が痺れている。

「最後に会ったのは、あの山だったか」

「ああ、あんたか」

「あの暴霊どもはお前の奴隷か?」

「ふん、違う! 奴等は青2才が生んだ駄作だ」

 愚痴をこぼしながら手を広げ、そこから人魂を出してみせた。

「あの時は失敗したからな。2人まとめて我々の道具にしてやろう」

 神田の身体に人魂が入り、蛇のような姿へと変えた。安藤は刀に血を捧げ、悠真刀を引き抜きながら、それぞれアサシンと0の姿に変わった。

 早く不良達を止めなければならないのに。2人は少々焦っていた。

 ナーガは4肢を伸ばす戦法を駆使して戦い、刃を刺そうとする2人を翻弄する。

「ちっ、青年! 弓だ!」

「はいよっ!」

 0がボウガンでナーガに向けて矢を放つ。それらは瞬く間に相手の4肢を固定した。しかし、今日は以前と違った。ナーガは更に身体を伸ばし、強引に鎖を破壊してしまったのだ。

「私を止められると思うなあっ!」

「何だこいつ!」

 ナーガの長く伸びた身体が急速に縮み、それと同時に2人に強烈なダメージを与えた。1度高く飛ばされ地面に叩きつけられる2人。そのダメージで元の姿に戻ってしまった。ナーガは首をならしながら安藤の方へ歩み寄った。

「私を忘れたか、安藤肇君」

「あ?」

 丁度そのとき、遠くの方から悲鳴が聞こえた。あの5人が来たようだ。神田は元の姿に戻った。

「私がせずとも、彼等がお前達を殺すだろう。またゆっくり話そう、安藤肇君。君が生きていたらな」

 トドメを刺せたはずなのだが、神田はその場から去っていった。降霊術師内もギクシャクしているようだ。別の術師が生んだ暴霊に協力せず、煙たがっているようにも見える。

 安藤と悠真はゆっくり立ち上がり、声がした方向を見た。

「体は平気か?」

「そっちは」

「俺は平気だよ」

「そうですか」

 ちょっとした会話をすませてから、2人は走り出した。逃げて来た住人とすれ違った。見られただろうが2人は気にしていない。

 更に進むと血の香りがしだした。大分近づいている。途中、安藤が何かにつまずいた。よく見えなかったが、感触からして多分死体だろう。キャンプの時の2人も危険だったが、今回はあの2人をはるかに超えている。人数が多いということもあるが、殺した者の数が多すぎる。恨みが強いのか、それとも殺している途中で味を占めたか。

「安藤さん!」

 悠真が指をさした。その先に、四つん這いになっている者達がいる。街灯に照らされており、その状況が伺える。何かを囲んでいるようだ。

 そのうちの1人が顔を上げると、残りの4人も悠真達の方を向いた。同時に、囲んでいた物が何か確認出来た。

 骨だ。いや、もしかしたら、少し前まで人間だったのかもしれない。5人の口が血で汚れていることから察しがつく。

 1番奥の男……亮が立ち上がり、悠真の目の前までジャンプしてきた。その瞬間死臭が鼻を突いた。

「ん?」

「顔に何かついてるか?」

「何故だ? 俺達と同じものを感じる。ああ、そうか。同類か」

「何か文句でも?」

 亮は鼻で笑うと、悠真の腹に1発お見舞いしようとした。だが、刀の鞘で弾かれ、逆に胸を突かれてしまった。痛みはさほど感じない。死体から生成された暴霊であるうえ、亮独自の改良を身体に施したからだ。そのことについては胸を突いた悠真も気付いただろう。

 ニヤリと笑みを浮かべ、亮がシャツを捲り上げた。そこに驚くべき光景が広がっていた。彼の胸は、肋骨の様な形の鎧で守られていたのだ。

「骨を食べてたら、自然にこうなったのさ」

「骨を食った?」

「お前らも、俺の力の糧となるのさ。おい!」

 亮が仲間に呼びかけた。4人は気をつけをし、夜空を見上げた。そして獣のような雄叫びを上げると、彼等の身体は青い炎に包まれ、瞬く間に犬に似た獣の姿に変わった。手足が長細く、毛が剥げて肉がむき出しになった部分もある。皆、場所はバラバラだが、黒い刃状の毛が生えている。具体的に言い表すとすれば、彼等はハイエナだ。死肉を食い荒らすという行為はまさにそれに近かった。

「俺達は復讐する。端っから俺達を疑い、俺達を軽蔑した世の中に!」

 亮の身体も炎に包まれ、獣人の姿に変わった。ハイエナとは違って毛は全身に生え、爪も立派で、骨の装飾品を身にまとっている。目を引くものは、肩を覆っている頭蓋骨のアクセサリーだ。もしかしたら、あれは被害者の頭で作ったのかもしれない。

「青年、こっちも本気でいこうぜ」

「勿論」

 悠真は再び0の姿に変わった。安藤はアサシンにはならず、短剣で0をサポートするらしい。彼ももう歳なのだ。

 まずは4匹のハイエナが襲いかかる。亮とは違い、彼等は強くないだろう。鎌を使い、1匹の首を切り落としてやった。他の3匹は素早く後ろへ周って0を押さえた。安藤が短剣を投げようとするが、いつの間にか亮に後ろを取られ、強烈な蹴りを入れられた。

「安藤さん! あああっ、邪魔だ!」

 0が抜け出そうと暴れる。すると、驚くべきことが起きた。彼の体から黒い光が放たれ、周囲のハイエナ達を全て弾き飛ばした。

 亮はジャンプして0の前に降り、足を蹴って彼のバランスを崩した。

「てめえぇっ!」

「ちっ、こいつ!」

「青年、今のやつ出来ないのか?」

「やり方わからないんで、いつも通りやらせてもらいます!」

 更に攻撃を仕掛けてくる亮。0は隙を見つけて亮の左腕を切り落とした。悶える亮にもう1撃食らわせる。次は腹に刃を突き刺した。骨の装甲を纏った部分は攻撃が通じないが、それ以外の箇所はハイエナ達と同じだ。

 普通ならこれで終わりだが、生命力が強いため、斧を用いなければならない。傷が回復する前にすぐさま武器を斧に変化させて縦に亮の身体を切り裂いた。硬い骨の装甲も斧にはかなわなかった。

 亮達5人は灰になって消えてしまった。最期まで彼等はヒールのままだった。暴霊にならなければ無実が証明されたかもしれないのに。いや、なっていなくとも、釈放されたら被害者一家を殺しに行っていたかもしれない。

 やはりこの仕事は後味が悪い。どれだけ浄霊してもすっきりしない。

 元の姿に戻った悠真に安藤が近寄った。

「早速だけど、明日、上層部との会談が許可された。予定空けとけよ」

「はい、わかりました」

 車に戻ろうとした2人。すると、そこにもう1台車が向かってきた。停車すると、中から男性が降りてきた。つい今し方2体の暴霊を浄霊してきた秋山荘司だ。

「おお、何してんの? 早く暴霊を」

「今終わったばかりだ」

「は? 終わった? 何だよ、仕事終わらせて急いで来たのに」

 秋山は車のボンネットを叩いた。

 この男には初めて会ったのだが、悠真は何となく、彼が安藤の言っていた同期だとわかった。

 秋山が悠真を見た。彼も悠真の事は安藤から聞いていたのだろう、すぐに誰かわかったようだ。

「ああ、君の相方か。安藤、あんまり迷惑かけるなよ。じゃ」

「あ、待てよ! 酒でも飲みに」

「明日も仕事だよ」

 そう言って秋山は車に乗り、先に帰ってしまった。

「安藤さんも早く出世しないと」

「うるせぇ! 明日は会談なんだから、くれぐれも失礼な態度はとるなよ?」

「わかってますよ」

 2人も車に乗り込み、静かになった町を出た。






 その翌日、悠真は安藤の家の前にいた。そこら中ボロボロのアパートだ。

「ほらほら、早く出て来ないと騒音だしますよ? 住む家無くなりますよ?」

「わかったわかった! 何なんだ青年、ヤクザの真似事か?」

「馬鹿言ってないで早く行きましょう」

「ああ。来い」

 安藤と悠真は車に乗り込み、墓守の上層部が待つ場所へと向かった。

 墓守の上層部は大手企業として機能しているらしい。今まで安藤も場所はわからなかったが、今回会見するということで、初めてその場所を知らされた。

 場所を聞いて安藤も驚いた。そこはテレビでも紹介されたような超有名企業だったのだ。だからこそ自由に、そして広範囲にわたっての活動が出来るのかもしれない。

「そろそろだな」

 カーナビが目的地付近であることを告げた。見ると、先の方に黒く輝く巨大なビルが建っている。あれが墓守の上層部が経営する、H・Yコーポレーションだ。表向きは新しい自動車や精密機械等の企画・製造を行い、そして裏では墓守達のサポートを行っている。

 車庫にはあまり車は入っていない。適当な場所に車を停めて社内に入った。中は清潔だ。床は大理石、ロビーは全面ガラス張りで、とても明るいイメージである。中央に受付嬢が2人、何かの書類を整理していた。ここは普通の会社ではない。あの書類も墓守関係のものかもしれない。

 安藤と悠真が受付に近づくと、連絡を受けていたのか、受付嬢がお辞儀した。

「お待ちしておりました。地下3階です」

 彼女達はニコッと笑ったきり、案内しようとしない。自分で行けということか。これが秋山だったら少しは違っていただろう。ただ、これは差別に値する。上層部の者に会ったら伝えねば。

 隅のエレベーターに乗り、地下へ向かう。誰も乗っていない。先に入った悠真がB3のボタンを押した。安藤が乗ると扉が閉まり、エレベーターは下降を始めた。普通のエレベーターより少し速めだ。

 目的地に着き、扉が開いた。ライトに照らされてはいるが、廊下や壁が黒光りする素材で統一されている。更に廊下も狭いため、ロビーのような開放感はない。

 上層部の者が待っているであろう部屋はすぐ見つかった。『社長室』という文字が、扉の隣のモニターに表示されていた。安藤がノックすると、中から「入れ」という声がした。開けると、中も全て黒1色だった。天井のライトは白で、床の四辺に青いライトが埋め込まれている。

 皮製のソファーに、平岩雄一郎は座っていた。H・Yというのは彼のイニシャルだろう。安藤達より少し年上で、身体はよく鍛えられている。腰には何かを備え付けてある。銃だ。銀色の銃が彼の武器のようだ。

「待っていた。ここの代表取締役、平岩雄一郎だ」

「お忙しい中申し訳ありません。こちらが相方の」

「西樹悠真です」

「会うのは初めてだな。安藤君に直に会うのは久しぶりか」

 悠真と平岩は握手を交わした。その後、ソファーに座るように促され、2人は反対側のソファーに腰掛けた。座り心地は良い。きっと高級品だ。

 中央のテーブルにはモニターが内蔵されていた。ここの製品だろう。モニターをタッチすると、この会社のロゴが表示された。

「丁度良かった。いずれは話そうと思っていたからな」

 言いながら、平岩はモニターにタッチし、降霊術師に関わるであろう画像を表示した。人らしき絵の隣に火の玉が描かれている。

「降霊術師は、元をたどれば我々と同じだ。嘗ては死者の声を聞くために用いられていた。しかし、降霊術には人間を殺める力もあるため、それらの仕事は潮来や僧に引き継がれ、降霊術は墓守により封印されてきた」

「それが、何故今になって復活を?」

「わからないかね?」

 平岩はニヤリと笑った。

 つまり、こういうことである。今暴れている降霊術師が現れたのは、墓守の誰かがその術を教えたからなのだ。

 何ということだ。降霊術師を生んだのが、他でもない墓守だったとは。

「降霊術師が活動を再開したのは最近だ。だから、彼等に術を伝えた墓守はまだ生きている。我々は活動を行いながら、その墓守……Xを捜している」

「X?」

「我々は全ての墓守を調査した。しかし墓守は全世界合わせて数万人近くいる。捜すのは非常に困難だ」

 墓守は日本だけでなく、ありとあらゆる国にいる。上層部も平岩1人ではない。日本にももう何人かおり、更に海外にもいる。墓守は思っている以上に巨大で、また国同士の争いが無い時点で、政界を超えた組織と言える。

 それだけいれば確かに発見は難しい。もしかするとX以外にも裏切り者がいるかもしれない。他の区域でも降霊術師が目撃されている。それに、脅されたり、力に目がくらんだりといったことも考えられる。彼等も同じ人間なのだから。

 おそらく上層部は、このXを捜すために、全ての墓守に知らせる予定だったのだろう。

 降霊術のルーツはわかった。しかし今悠真が知りたいのは彼等を止める方法だ。悠真は平岩に尋ねた。

「どうすれば、完全に奴らを潰せるんですか?」

「潰す、か。君は彼等に恨みを持っているのか?」

 悠真は少しだけ笑った。安藤はハラハラしている。

 平岩は画像をスライドさせ、別の画像を表示した。今度は古代文字のような奇妙な紋様だ。

「降霊術を操るには、契約が必要だ。その証として、身体には紋章が刻まれている。その効力が魂を呼び寄せ、時に肉体を強化させる力を人間に与えている。だから、紋章さえ破損させれば、彼等は只の人間に逆戻りだ」

「なるほど、紋章か」

 そういえば、最初の降霊術師にも紋章があった。あれを、斬るか撃つかして効力を無くせば良いのか。

 弱点を知りながらそう出来ないのは、術師の力が想像以上に高いからだろう。伸縮自在の身体に、人間を操る力。確かに簡単にはトドメを刺すことは出来ない。

「降霊術師は我々の双子同様の存在。しかし、その力は今や我々を遥かに超えている。彼等を潰すのは、君達が思っている以上に困難だぞ?」

 潰す、という部分にやや力を入れて平岩が言った。すると悠真は、それでも彼等を潰すと断言した。過去に降霊術師との間に何があったのだろう。安藤はそのことを知っているらしかった。彼が悠真のパートナーになったのは、悠真の過去も絡んでいるのかもしれない。

 悠真の意志を感じ取り、平岩はニヤリと笑った。そしてモニターをタッチし、画面をオフにした。

「我々が今提供出来る情報はこれだけだ」

「これだけか」

「こら、欲張るんじゃない!」

 安藤が悠真の頭を軽くはたいた。安藤は半ばギャグのつもりでやったのだが、悠真は至って真剣で、安藤をチラと睨んだ。

「はははは、すまないな。規定により、これ以上は発表出来ないことになったんだ」

「ん? じゃあ、前は違ったんですか?」

「ああ。Xが情報を持ち出す前まではな」

 どうやら、情報を規制し始めたのはつい最近のようだ。平岩が言うには、降霊術の構造が非常に複雑で、誰もこれを理解する者はいないと考えていたらしいのだ。力を手にしたいという欲が、降霊術解読を可能にしたのだろう。

 兎に角、これ以上は聞けないようなので、2人は帰ることにした。でも、今日知ったことはこれからの戦いに重要なことだ。2人は平岩に礼を言うと、社長室を出てエレベーターに向かった。やはり同伴者はいない。

 小さな部屋の中で、安藤は言った。

「早く奴らを倒したいのはわかるが、そう焦るなよ? あんまり急いでお前が倒れたら、元も子もないだろ」

「大丈夫です。俺は死にません」

「全く」

 小部屋の扉が開き、明るい空間が現れた。やはり受付嬢は挨拶しない。ここまで来て、彼女達のクレームを平岩に言うのを忘れたことを思い出した。しかし、今から戻るのは面倒くさい。クレームは電話でする事にした。

 車庫には先程よりも車が入っていた。こちらは、H・Yコーポレーションとの契約等のために来ているのだろう。

「ああ、そうだ。今日はありがとうございました」

「いえいえ、俺はお前の相方だからな」

 2人が乗る車は元来た道を戻っていった。

 その様子を、会社の屋上から見ている男がいた。神田明宏だ。今回は偵察が目的だったのか、車を見送り、自分も去った。

 彼等の戦いはこの先どうなるのか。その結末は、誰にも解らない。

・キャファール・・・新たな降霊術士、後藤英明が変身した姿。ゴキブリの特性をもち、驚異的なスピードで移動することが出来る。手足を使っての攻撃も得意だが、鞭や害虫を利用した攻撃法も得意とする。

 キャファール(cafard)はフランス語でゴキブリの意味。


・ハイエナ・・・脱獄した5人の暴霊のうち、4体がこれにあたる。手足が長く、スピードと貪欲さが桁外れに高い。


・スカベンジャー・・・脱獄犯・亮が変身した姿。基本能力はハイエナと変わらないが、骨を食べたことで防御力を強めた。


・アサルトボディ・・・総理大臣暗殺を目論む男が変身した姿。大砲を装着している。


・コマンダー・・・大臣暗殺計画の黒幕、飯塚竜が変身した姿。その名の通り戦闘力は高い。機械の兵隊の姿をしている。


・アヌビス・・・墓守のエリート、秋山壮士が変身した姿。武器はステッキだが、槍に変化させることも可能。ボディーガード業と墓守を掛け持ちしている。

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