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処刑人

 山に到着した1台のバス。中には悠真、恵里を含めた計8人が乗っている。

「もうじき着くぞ」

 運転をしている若者が言った。向かう先には大きなログハウスがある。入口の前には老夫婦が立っている。

 彼等は今回、キャンプをしにやって来た。まさかこのキャンプ場が、血みどろの事件の舞台になるとも知らず。





 その頃、ログハウスの上では安藤肇が誰かに電話していた。

 つい今し方暴霊を1体浄化させたばかりなのだが、その後から携帯の電波が復活した。先程圏外だったのは暴霊のせいだったのかもしれない。

「ああ、場所は判るだろ? 兎に角頼んだぜ」

 どうやら救助隊を呼んだらしい。あの話しぶりからして、相手は安藤の友人なのだろう。

 もしかしたら、彼が所属する組織のメンバーかもしれない。実態はよく判らないが、暴霊を瞬時に見つけ出すことが出来るくらいだ。しかも、警察の捜査より早いのだ。救助隊を向かわせるくらい容易い事だろう。

 安藤はチラッとログハウスを見た後、空に目をやった。彼にはまだ、ここでやらねばならない事があるのだ。





 さて、何故悠真達がここにキャンプに来たのか。話は1週間前に遡る。

「こっちこっち! みんな待ってるよ」

「俺みたいなのが来ちゃって良いのかなぁ? 空気壊しちゃわない?」

「大丈夫大丈夫!」

 先日のお礼も兼ねて、恵里は悠真を食事会に招待したのだ。そこには彼女の友人達も参加している。

 場所は近くのファミレス。席に行くと、待っていた6人全員が悠真に注目した。対人恐怖症の悠真にとって、この様な状況はあまり好ましくない。挨拶もオドオドしてしまった。

 図書館で見たことがある者もいたようで、何人かは「ああ、知ってる!」と指差して笑っていた。笑っているのは悠真の見た目や異名に関してだろう。

 軽く自己紹介した後、他の全員も挨拶した。

「僕は子安陽介。宜しく」

 悠真に握手を求めてきたこの青年は、中では1番年上のようだ。皆をまとめるリーダー的な存在か。短めの髪に眼鏡、まさに秀才といった感じの男だ。

「オッス! 小島賢治っていいます! ってか、君あれでしょ、死神っしょ? 会ってみたかったんだわ〜」

 テンションの高い青年。グループのムードメーカーといったところか。引かれるどころか逆に受け入れられた悠真。賢治のおかげで緊張が少し和らいだ。

 続いて、顔たちの良い女子が立ち上がった。但し、悠真のタイプではなかった。

 ちょこちょこした動き。何となく、自分は可愛いのだということを誇示している感じがする。

「こんにちは、川西由紀恵です!」

「ああ、ど……」

「おい! 先に言っておくけど、由紀恵は僕の彼女なんだからな! 手を出すなよ!」

 由紀恵の隣に座っていた青年が言い放った。彼氏だろう。

 誰も手なんか出さないよ、と言ってやりたかったが、後々面倒くさそうなので止めた。

「大丈夫よ官斗。あたしが愛してるのは官斗だけだから!」

「僕もさ。誰にも渡すものか!」

 何なのだろう、この芝居がかった喋り方は。

 この2人が面倒くさいことだけはよく判った。

 ここで陽介が咳払いした。空気を察したのか、青年は真顔になり、悠真の方を向いた。

「すまない。僕は坂下官斗だ。宜しく」

 次は坊主頭の青年が立ち上がった。悠真以上にオドオドしている。顔色も悪い。

「あ、あの、じょ、城島紀夫です」

「はははは! 暗いんだよ、お前!」

 賢治が紀夫の肩を強く叩く。紀夫は転びそうになっていた。癪に障ったのか、鋭い目つきで賢治の方を睨んだ。

 最後は、これまたかなり目立つ女子である。英国の人形のようなドレスに縁の赤い眼鏡。金髪のため、よけいに英国人形らしく見える。

「3年の木崎楓です」

「ああ、はい」

 なんと、彼女は年上だったのか。服装が子供っぽいので同い年のように見えた。

 こうして、全員の挨拶が終了した。なかなかユニークな集まりである。

「サークルとか授業とかで知り合ったの」

「ふうん」

「まあ座ろうや」

 賢治が席を空けてくれた。彼とはすぐに仲良くなれそうだ。

 席に着くや否や、悠真は質問責めにあった。図書館で死神と呼ばれている謎の男が目の前にいる。色々なことが気になるのだろう。

「サークルには入ってるの?」

「趣味は?」

 様々な質問に、悠真は1つずつ答える。そうしているうちに緊張も解れ、自分からも話題を振るようになっていた。

 それから更に話し続け、気がつくともう日は落ちていた。

「ああ、そうだ! みんな、ちょっといいかい?」

 陽介が言うと、全員が彼に注目した。

「実は、軽井沢の方に叔父と叔母が経営してるキャンプ場があってね。この次の休みに全員で行こうと計画しているんだが、どうだ?」

「キャンプ? いいっすね!」

「私も賛成!」

 陽介の意見には全員賛成のようだ。メンバーの確認を取った後、陽介は悠真の方を見た。

「君も行かないか?」

「俺?」

「そうだよ、行こうよ西樹君!」

 恵里も悠真にすすめる。

「いいんですか、俺も」

「勿論だよ! よし、じゃあ日曜、またここに集合だ!」

「イエーイ!」






 というわけで、悠真もこのキャンプに参加したのだった。

 車を停めると、陽介が後ろの席のロックを解除した。ずっと同じ体勢だったからか、立ち上がるのは少々辛かった。

 ログハウスの前には老夫婦が立っている。彼等が陽介の叔父と叔母だろう。

「お待ちしてましたよ」

「ようこそ、スター・ヴィレッジへ」

 この地は都会とは違って人工の明かりが少なく、夜になると星がよく見えるそうだ。スター・ヴィレッジというのはそこからきているのだろう。

 夫婦に案内され、悠真達はログハウスの中に入った。かなり広く、木の香りが心地よい。2階は寝室だろうか、扉が幾つか確認出来る。

「あなた達が泊まる家はここよ。近くに私たちの家もあるから、何かあったら来てね」

「はい」

「ありがとう、叔母さん」

「いいのよ。じゃ、私たちは行くわ」

 2人はログハウスから出て行った。最後まで笑顔だった。

 このキャンプに参加して良かったと、改めて悠真は思った。友人だけで旅行に行く経験はまだない。

 メンバーは2階で陣取りをしている。寝る場所はどこでも良かったので、1人外に出てみた。

 他のハウスとは距離をとっているようで、近くには見当たらない。その方が赤の他人を気にせずキャンプを満喫出来る。

 突然、山内に轟音が響き渡った。上を見ると、大きな飛行船が山頂付近に向けて飛んでゆくところだった。

 その後、冷たい風が吹いた。山の寒さとは質が違う、後味の悪い冷たさ。

「西樹君! 早く早く!」

「え? ああ、今行く」

 悠真はログハウスの中に入っていった。








 救助要請してから2時間。まだ16時だというのに、辺りは薄暗くなっていた。夕空を、真っ黒な物体が滑空している。安藤はそれを睨んでニヤリと笑った。

「やっと来たか」

 物体は、安藤のいる場所のすぐ近くに着陸した。中から数人の救助隊員が降り、ログハウスに向かった。その後、杖を持った背広姿の男性がゆっくりと降りてきた。金髪に色白の肌。安藤とさほど歳は変わらないようだ。

「遅いんだよ」

「潜入任務の途中だったんだ」

 ログハウスの中から、隊員に率いられて子供達が出て来た。これから、彼等はそれぞれの家に帰還することになる。

 紳士は杖で安藤の肩をたたくと、一緒に乗るよう促した。安藤は首を横に振った。

「悪いな。まだやることがある」

「……あぁ、なるほど」

 空を見上げ、何かを察したのか、紳士はニコッと微笑んだ。そして安藤に軽く会釈し、飛行船に戻っていった。

 プロペラが回りだし、轟音とともに飛行船が浮き上がる。

「よし」

 飛行船は元来たルートを戻っている。安藤はそれを見ながら下山し始めた。彼のサポートをしているのか、飛行船が飛ぶスピードは少し遅めだった。





 一方、悠真達は夕食の支度をしていた。と言っても、料理が出来るのは女子と陽介だけなので、あとのメンバーは簡単な作業だけだ。殊に賢治に至っては、ソファに寝転がって携帯をいじっている。彼曰く、メールをすぐに返さないのは無礼なのだそうだ。

 そんな彼を余所に、紀夫がテーブルをセッティングしていた。だが少々雑で、あまり綺麗ではない。

 ピーマンを切りながら、悠真は料理をしているメンバーを見回した。恵里は手際よく肉と野菜を炒めている。

 ハーフと間違われそうな彼女の顔は美しかった。先日、「切り裂き・ゾディアック」なる暴霊が恵里を狙ったが、単に赤いイヤリングをしていただけでなく、自国の女性にも見えたからだろう。

 その隣では川西由紀恵がスープを煮込んでいるが、眼は釜ではなく、彼氏の坂下官斗の方だけを見つめている。さほど集中していないようだ。そして、その官斗も由紀恵を見ているだけで仕事をしていない。

 悠真の後ろでは、陽介が魚を捌いている。なんでも、彼の実家は寿司屋らしいのだ。

 左隣の楓も負けていない。彼女は可愛らしいスイーツを沢山作っていた。あまりに綺麗なので、食べてしまうのが勿体無い。

「西樹君、出来た?」

「ああ、はい」

「ありがとう」

「うん、準備オーケーだな。よし、じゃあ」

 陽介が声掛けしようとした瞬間、居間からガタンという音がした。見ると、紀夫が賢治の胸ぐらを掴んでいて、官斗がそれを止めようとしている。

 思えば初めて会ったときも、紀夫は賢治の言葉に苛ついていた。どうもこのメンバーの中で、この2人の仲だけはさほど良くないようだ。

「本当の事を言っただけだって!」

「ふざけるな! いつもいつも僕を馬鹿にしやがって!」

「やめろ! やめろって!」

 官斗が2人を無理やり引き離した。賢治は乱れた服を整えながら、ネチネチ文句を言っている。

「いい加減にしろ!」

 紀夫が吠えた。全体が静まり返る。

「いい加減にしろよ。こんな奴がいたんじゃ、キャンプなんて楽しめない! 僕は出て行く!」

 そう言うと窓を開け、本当に飛び出してしまった。外はもう暗くなっている。今この森に出て行くのはかなり危険だ。

「あっ、おい!」

 その後を官斗が追っていった。由紀恵が不安そうな声を上げた。

 険悪なムード。全員が固まっている中、賢治は再び携帯をいじり始めた。流石にこれはまずいと思い、陽介が一喝した。

「おい小島、何やってんだ! 折角西樹君も来てくれたのに、何でそうやって気分を台無しにするんだ!」

「アイツが勝手にキレただけだろ? 俺は悪口なんて言ってねえよ!」

 賢治が怒鳴ったあと、楓が彼の前に来て、頬を平手打ちした。おっとりした雰囲気の彼女が怒るとかなり怖く見える。

 頬を押さえている賢治に楓が言った。

「可愛くない後輩ね。何を言ったか知らないけど、あなたは楽しいムードを壊したのよ? それに、城島君と坂下君も出て行っちゃったわ。こんな暗い森にね。携帯いじる暇があったら、2人を早く連れ戻して来なさい」

 静かに賢治を注意する楓。陽介よりも効いたかもしれない。

 だが、それでも賢治は心を入れ替えなかった。携帯を床に投げ捨てると、2階の寝室に行ってしまった。

「全くしょうがないな」

「大学生だっていうのに」

「官斗……」

 由紀恵はかなり心配そうだった。

 賢治を説得していても時間の無駄だ。まずは森に飛び出した2人を捜さなくては。

「懐中電灯がある。そんなに遠くへは行ってない筈だ。早く行こう」

「ええ」

 全員がハウスを出た。賢治がまだ残っているので窓の鍵は閉じておいた。

 陽介が懐中電灯を付ける。範囲は小さいが、何もないよりはましだ。

皆が走り出した少し後、

「ああああっ!」

 すぐ近くで悲鳴が聞こえた。おそらく紀夫だろう。

 声のした方に走り出す。すると、暗闇の中から何者かが這い出てきた。左腕を押さえている。

 近づくにつれ、何者の姿ははっきりとしてきた。

「官斗!」

 由紀恵が官斗のもとに駆け寄った。酷い怪我を負ったらしく、押さえている腕からは血が出ていた。

「坂下、大丈夫か?」

「出た」

「え?」

「出た?」

 震える口で、官斗は言った。

「本物の、死神」

 誰もが耳を疑った。しかし、今彼は確実に『死神』と言ったのだ。

 そんな話が俄かに信じられるだろうか。おそらく悠真以外のメンバーは理解出来ていない筈だ。

 左腕の傷もその死神とやらに負わされたものだろう。では、紀夫は……。

「そうだ。城島! 城島が、死神に!」

 詳しくは聞かなかった。官斗も立ち上がり、息を切らしながらメンバーについて行く。

 向かう先に、また何かが現れた。それは地面に転がっていた。

 懐中電灯に照らされ、物体の形が露わになる。

 人型のそれは真っ赤になっていた。首には穴があいている。恐ろしい物を見たのか、眼と口は大きく開かれている。

 それを見た途端、由紀恵が悲鳴を上げた。

 赤い物体。それは、無惨な姿に変わってしまった城島紀夫だった。

 凄惨な事件の舞台と化したキャンプ場。つい先程まで一緒だったメンバーが、首に穴を開けられ横たわっている。

「叔父達に連絡する。それから警察にも」

「嫌」

「由紀恵?」

 由紀恵が震えている。

「嫌……死ぬのなんて、絶対に嫌ぁっ!」

 由紀恵は叫びながら、暗い道を走り出した。懐中電灯も持っていないのに、あのパニックした状態では森で迷ってしまう。

「由紀恵! 由紀恵!」

 官斗も由紀恵を追って走り出す。彼女が心配なのは判るが、傷を負っている身で派手に動くのは無茶だ。悠真と恵里も彼等を追った。

 陽介が懐中電灯を貸してくれた。2人を捜すのが幾分楽になった。

 しかし、今になって悠真は後悔した。殺人鬼が森に潜んでいる以上、バラバラに行動するのは危険だ。たまたまなのか、この状況もまた、犯人の思う壺なのか。後者なら、相手は相当厄介だ。

 考えを巡らせていた、その時。

「嫌ああっ!」

 再び、悲鳴が聞こえた。この先は悠真達の居たログハウスだ。

 ログハウス。嫌な予感がした。あの中には賢治が残っていた。

 ハウスに近づくと、震える由紀恵と、彼女を抱える官斗が見えた。そしてその奥に、真っ赤な床が確認出来た。

「はあ、はあ……そんな」

「2人目、か」

「何で? 何で私たちが?」

「坂下先輩!」

 官斗がゆっくりと振り返った。その目は恐怖の色に染まっている。由紀恵を宥めようとしているが、自分も気が気でない様子だ。

「由紀恵が、悲鳴をあげて、来てみたら、もう」

 悠真はハウス内を見た。

 血に染まった賢治の死体が転がっている。やはり首には穴が開けられている。これも死神の仕業か。紀夫を殺したすぐ後、やや離れたこの場所まで来て賢治を殺害したのか。何となくは判っていたが、今回も暴霊が絡んでいるようだ。

 少しして、陽介達もやって来た。手には携帯が握られており、ライトが起動している。

「悲鳴が聞こえて……小島!」

 陽介が賢治の死体のもとに駆け寄った。

「あの子、死んだの?」

「はい」

「多分また、死神の仕業でしょう。ん?」

 楓の方を向いたとき、森の奥で、何かが動いているのが見えた。

「連絡はつかなかったの。だからこれからオーナーさん達のハウスに……ちょっと、聞いてる?」

「悪い。すぐ戻る!」

「あっ、西樹君!」

 悠真は森の奥へと向かった。影はまだ動いている。

 相手は暴霊。すぐに仕事にかからなければ。悠真はコートの内側に隠しておいたステッキを取り出し、回転させて鎌に変えた。

 音がする。近くにいる。悠真のすぐ近くに。そう、後ろに!

 振り返ると、額に指を突き立てられた。

 見覚えのある男。安藤だった。

「安藤さん!」

「ふふふ、あいつ、ちゃんと道案内してくれたんだな」

 安藤は空を見た。轟音が鳴り響く。

 夜空を巨大な何かが飛行している。飛行船か何かだろう。

「全く、何でお前がここにいるんだ?」

「それはこっちのセリフですよ」

「俺は仕事だよ。この山に降霊術師が入ってな。しかも暴霊まで連れて来やがった」

「その暴霊、もう暴れてますよ」

「らしいな」

 安藤はもう少し前から彼処に居たらしく、ログハウスの様子を見ていたそうだ。

 ということは、暴霊の姿を見ていたかもしれない。安藤に会えて良かったと悠真は思った。だが、

「ああ、悪いな青年。暴霊の姿は見てないんだ。悲鳴が上がって、中から可愛い子が出て来て……」

「もういいです」

 暴霊の姿は安藤も見ていなかった。

 早く止めなければ新たな犠牲者が出る。頼りないが、安藤にもダウジングをやってもらおうか。

 頼んでみると、安藤は快く快諾した。友人達が心配だ。電話で連絡を取ることにし、悠真はハウスに戻った。

 戻ってみると、事態は新たな展開を見せていた。

 皆が俯いている。殊に陽介は泣き叫んでいる。

「どうし……」

「どこに行ってたの!?」

「え? 何かあったんですか?」

「死んでたの。オーナーさん達」

 まさか、更に2人も殺害されてしまったとは。今度は陽介の近親者が襲われた。頼れる者を奪うことで、メンバーを更にパニック状態にさせようとしているのか。

 恵里、楓、官斗の3人はまだ平静を保っているが、由紀恵は更にパニック状態になり、陽介は身内が殺されたことで精神が滅入っている。これでメンバーの対立はより大きくなる。

 しかもここで、予想だにしなかった展開が訪れる。

「西樹君じゃないの?」

 由紀恵が震える指で悠真をさした。

 まさか、この事件に悠真が加担しているとでも思っているのか。彼女の顔色からすると、本当に疑っているのだろう。

「待ってください! 西樹君は私達と一緒だったじゃないですか!」

「でもさっき、どこかに行ってたじゃない! 先回りしてオーナーを殺したのよ!」

「おい、由紀恵!」

「死神だって、あなたの仲間なんでしょう? ねぇ、そうなんでしょう!?」

 ここまで精神が錯乱状態になるとは、死神も影でほくそ笑んでいることだろう。

 どう考えても悠真が犯人である確率は0に近いのだが、今の由紀恵を説得するのは難しい。

「もう止せ!」

 怒鳴ったのは陽介だった。目は真っ赤に充血している。

「もう、止せ。バラバラになったら、犯人の思う壺だ」

 そう言った後、トボトボとログハウスの中に入っていった。由紀恵も官斗に抱えられてハウスに戻っていった。

 寝室がいくつかの部屋に別れていて良かった。たこ部屋だったら険悪なムードになっていただろうし、由紀恵は部屋に入ることを許してくれないだろう。

「西樹君」

「俺は大丈夫だから。あの人もしばらくしたら落ち着くでしょ」

「それなら良いんだけど……」

 悠真の携帯が振動している。安藤からの電話だ。

「はい」

『暴霊がどこにいるか判った。来られるか』

 今安藤の所に行ったら余計に疑われる。

「いや、今は難しいです」

『そうか。まあ、今夜は気をつけろよ。案外近くにいるぜ』

 そう伝えると、安藤は電話を切った。

 案外近くにいる。

 外にいるのなら安藤が対処している筈。信じ難いが、死神はメンバーの中にいるのかもしれない。だとしたら誰だろう。あの状況で殺人が出来た人物。それに安藤の目撃証言。暴霊はどうやって逃げたのか。

 電話を閉まって見ると、側にいたのは恵里だけだった。楓は先に戻ったらしい。

「戻らないの?」

「まだ犯人がいるんだし、寝てられないよ」

 会話をしていても、悠真は脳内で犯人捜しを続けていた。

 すると、

「少し、休んだら?」

「え?」

「事件のこと考えてるんでしょ? 少し休んだら、何か判るかもしれないよ?」

 それもそうか。

 1度に色々な事が起きすぎて、悠真も混乱しているのかもしれない。ここは頭をすっきりさせる必要がある。

 考えるのを止めて気づいたが、少々気まずい状況になっていた。恵里とはまともに会話出来るようになったとは言え、これほど静かな場所で2人きりになるのはやはり緊張する。

 しばらくそのまま座っていると、強烈な睡魔が襲ってきた。自覚はなかったが、心身ともに疲労していたようだ。

「眠いな。やっぱ中に……」

 隣を見てみると、恵里は既に眠りについていた。彼女も疲れていたのか。

 起こして中に連れて行くか、いや、彼女に悪い。

「いいか」

 悠真も外で眠ることにした。

 寒空の下、2人はログハウスの壁にもたれて眠っていた。






 早朝、ハウスの中から聞こえた悲鳴で、悠真は目を覚ました。男女の悲鳴。昨夜錯乱状態に陥った由紀恵だろうか。

 肩を揺さぶって恵里を起こすと、悠真はハウス内を見た。

「どうしたの西樹く……」

 中では、想像を絶する光景が広がっていた。

 楓が男性を抱えて後退りする。男性は左肩を押さえている。

「お前達だったのか」

「喋らないで! 傷が」

「木崎先輩!」

 後退りする2人が振り返った。

 怪我を負った男性は陽介だった。ではその向こうにいるのは、

「早く、早くここから逃げろ! あああっ!」

 陽介が叫ぶ。腹から何かが突き出ている。鎌だ。鎌が突き出ている。

 力を失って陽介が倒れ、抱えていた楓も倒れてしまった。その瞬間、死神の姿があらわになった。これまた予想外だった。何故なら死神は、2人いたのだから。

「くくくくく、名演技だったろう?」

「あっははは! 探偵の真似事なんかしちゃって。だから死ぬことになるんだよ!」

 そこには鎌を持ち、凶悪な顔付きをした、坂下官斗と川西由紀恵が立っていた。

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