伝説の殺人鬼
その日、また1つ星が刻まれた。
壁に描かれた謎の模様。それは血で描かれていた。
自分の仕留めた獲物を見つめ、男は唸り声を上げた。
晴れた昼下がり。
悠真は大学付近のファミレスにいた。向かい側には安藤が座っている。
テーブルには新聞が広げられていて、『切り裂き・ゾディアックの恐怖』と書かれていた。
「とんだ馬鹿がいたものですね」
「ああ、犯罪なんて馬鹿以外の何者でも……」
「そうじゃなくて、切り裂き・ゾディアックって名前ですよ」
ゾディアック。嘗てアメリカを恐怖に陥れた犯罪者の代名詞。そして切り裂きジャックは、売春婦を惨殺し続けた正体不明の殺人鬼だ。切り裂き・ゾディアックというのは、その2つを合わせた名前なのだろう。
「犯罪を犯すのも駄目ですけど、有名な殺人鬼2名の名を1度に語ろうなんて、目立ちたがり屋なんすかね。俺嫌いなんすよ、自慢する奴。だってあいつら……」
「判った判った! お前の好き嫌いは聞いてねぇよ!」
「安藤さんが持って来たってことは、この目立ちたがり屋が暴霊だって言いたいんすか?」
「話が早いな」
また上層部からの連絡だろう。
その切り裂き・ゾディアックは蘇ったことで、自分は超人だとでも思っているのだろう。
事件の内容はこうだ。
最近、女性だけを狙った連続殺人が起きている。被害者は皆、体をズタズタに引き裂かれて死んでいた。これは切り裂きジャック的な面だ。
その犯人は、『自分はゾディアックだ』という声明を、英語で出版社に送りつけており、必ず円と十字を組み合わせた印が記されていたという。こちらがゾディアック的な面だ。
犯人は両者が行ったのと同じことをやり、さも伝説の殺人鬼になった気でいるのだろう。
ターゲットは女性に絞っているが、怨恨ではないため、誰が暴霊なのかは全く判らない。行動範囲は都内だが、あまりに広すぎる。
「また上から連絡が来るかもしれない。ま、そうしたら……」
「その前に探した方が早くないすか?」
「え? ああ、そうだな」
何かしらヒントが欲しい。2人は新聞や携帯で事件について調べていた。
ネットで検索し、切り裂き・ゾディアックの犯行現場を書き出してみる。が、やはり接点はない。
では繋げてみてはどうか。
既にそれをやったサイトがあった。何の形も表していなかった。となると次の犯行現場は予測出来ないわけだ。
次に被害者について調べた。年齢、職業……駄目だ。どちらもバラバラだ。
「駄目かぁ」
「いやあ、難しいっすね」
「な? 俺らだけで探すのはやめた方がいいんだって」
「何かある筈なんだよ」
「青年、何故そう思う?」
「こういう犯罪者って、何かしら行動パターンがある筈なんですよ。フィクションだけど、ジェイソンにも子供は殺さないっていうのがありますし。切り裂きジャックは売春婦を狙ってたんですよ? リスペクトしてるんだから、何か法則をつくってると思いませんか?」
確かに、有名な殺人鬼は、殆どの場合法則を持っている。
伝説的犯罪者の名を、しかも2つも名乗っているのだから、犯人も真似してルールを作っていてもおかしくない。それが判れば対策も立てられそうなのだが。
「そうだ。写真を見てみましょう」
「写真?」
そうだった。まだ彼等の調べていない項目があった。
被害者の外見の特徴だ。犯人のフェティシズムがそこに反映されているかもしれない。
再び携帯で検索をかけようとしたが、残念ながら、充電切れだ。
「お前、充電しとけよ」
「安藤さんのは」
「え? ああ悪いな。今日は持ってくるの忘れたんだよ」
話にならなかった。
結局、その日は何のヒントも得られず夜をむかえた。
その夜、安藤はフラフラと人気のない道を歩いていた。目線の先には、白いコートを着た女性がいた。どうやら安藤も女性を求めているようだ。
しばらくすると、女性の足が止まった。そして、後退りした。
「う〜ん?」
女性が後退りしたため、黒い人影が露わになった。
帽子を深くかぶり、赤いマフラーをしている。薄茶色のコートには奇妙な模様がついていた。それを見て一気に酔いが醒めた。血だ。
人影は何かを出した。巨大なナイフだ。
「ぃや、いや……止めて!」
人影は女性の懇願を聞き入れることなく、ナイフで女性を切りつけた。あの大きさでは即死してしまうだろう。
女性は悲鳴をあげる間もなくその場に倒れた。だが、人影は更に女性をいたぶる。ナイフを使い、体を刺し始めたのだ。
グシャッ、グシャッという音が何度も聞こえた。無意識のうちに安藤はうつ伏せになっていた。
犯人も気が済んだのか、ナイフを仕舞い、女性の鞄を探った。少しして、何かを取り出した。それは携帯だった。ボタンを押すこと無く耳に機械を押し付けると、異国の言葉で何かを話し始めた。何を言っているのかは判らなかったが、人影が話題の切り裂き・ゾディアックである事は判った。
ゾディアックは周りを確認すると、霧のようにスッと消えてしまった。
「ああ、見ちまった」
ここにいたら疑われる。安藤は来た道を逆走し、人気の多い場所へ逃げた。
悠真がいれば……電話を家に忘れてきたことを改めて後悔した。
見てしまった。日頃扱っている相手だとはいえ、あんな酷たらしい現場を見てしまうと震えが止まらない。
あれが、切り裂き・ゾディアック。その名に恥じぬ、最悪の殺人鬼だった。
翌日、安藤が目撃した事件が新聞に載っていた。被害者は小村洋子、24歳。キャバクラで働いていた。
安藤は落胆していた。自分が止めていれば彼女は死ななかったかもしれない。暴霊と戦っている身でありながら、その暴霊を恐れるとは。本当に情けない男だと安藤は思った。
今は悠真と一緒に昨日のファミレスに来ている。勿論、昨夜の話をしているのだ。
「悄げてても仕方ないでしょ。早く切り裂き・ゾディアックを止めないと」
「俺は屑だ。墓守の仕事が始まって以来最低の屑だ」
「勘弁してくださいよ。マイナス思考がうつります」
「俺、この仕事辞める!」
突然何を言い出すのか。宥めようとしていた悠真も堪忍袋の緒が切れた。
「何なんですかあんたは? 安藤さんには俺の手伝いっていう大事な仕事があるでしょうが! お宅が辞めたら誰がやるんですか!」
「うるせえ! もっと立派な奴が来るだろうし、お前は充分やっていける! 俺みたいな屑は手を出さないのが1番なんだよ!」
安藤は拗ねてしまった。
悠真は立ち上がり、1人で店を出て行ってしまった。
ムッとしながら道を進む悠真。安藤を置いてきぼりにしてしまったが、やはり居ないと妙な心地がする。
いや、そんなことを考えている暇はない。一刻も早く暴霊を止めなければ。取りあえず学校に戻ってパソコンを使うことにした。キャンパスに戻って来ると、中にはまだ何人も学生が残っていた。果たして、すぐに要件を済ませられるだろうか。
「あれ? もしかして」
PCが置かれている場所へ向かう途中、後ろから肩をたたかれた。振り返るとそこには沖田恵里が。今日は赤いイヤリングをつけている。
「西樹君、だっけ?」
「ああ、どうも」
今日も緊張してしまった。
まさか沖田の方からこちらに声をかけて来るとは。そのことが何よりも驚きだった。今日は耳元のイヤリングのせいかより美しく見える。
「どうしたの?」
「あの、調べ物を」
「ふうん。手伝おうか」
「大丈夫大丈夫。……あ、あの、イヤリングつけたんだ」
イヤリングのことを指摘され、恵里は少し嬉しそうだった。全員とは言わないが、女性は、ちょっとした変化でも気づいて貰いたいようだ。
悠真は恵里の顔を見つめた。ハーフのようにも見える顔だ。今まで顔を合わせたことは無かったので、つい見とれてしまった。
「これね、駅前で売ってたの。友達も買うっていうから私も……あれ? 西樹君?」
「え? ああ、ごめん」
「大丈夫? ごめんね、急いでるのに」
「いやいや、大丈夫」
「じゃ、これからサークルだから。じゃあね!」
校舎につくと、恵里はサークルに向かった。
夕日で空が赤くなっていた。急がないと夜になってしまう。早めにヒントを見つけなければ。
まずは何から調べようか。悠真の答えは決まっていた。被害者の外見だ。昨日調べた事はどれもハズレだった。残っているのはこれしかない。
校内のパソコンを見つけると、席に座り、被害者を検索し始めた。
まずは昨夜殺害された小村洋子。良かった。写真が出てきた。忘れるといけないので、携帯で写真を撮っておく。他の6人も検索し、同じように写真を撮った。すぐには見つからず、全員の、ぼやけていない画像を見つけるのに2時間もかかった。
その様子を、数人の生徒が訝しげに見つめていた。
席を離れ、人目に付かない場所で写真を見た。スマートフォンなので、指を動かすだけで写真が変わる。
やはり接点はないように思える。だが、最後の写真を見たとき、ある物に気づいた。その写真は顔のアップ写真だった。だからこそ、それに気づいたのだ。
被害者の耳に、赤く光る物が。そう、イヤリングだ。
他の写真も耳元を拡大してみた。やはり皆イヤリングをつけている。
犯人はイヤリングをつけた女性を狙っていたのだ。しかも、全員赤いイヤリングをつけていた。
それにしても、何故赤いイヤリングが気になったのだろう。
そうだ、先程イヤリングを見たからだ。これと同じ赤いイヤリングをつけた女性を見ているからだ。そしてその女性の名は、沖田恵里。
「まずい」
慌てて校舎を出た悠真。
遠くに恵里らしき人影が見えた。
嫌な予感がする。追いつかなければ。
気づけば彼女はかなり先を歩いていた。走っても追いつかない。
交差点に差し掛かったとき、信号が青に変わり、大勢の人が移動した。人混みに揉まれ、思うように進めない。
人が居なくなった頃には、恵里は居なくなっていた。
イヤリングを触りながら、恵里は楽しそうに歩いていた。
その後ろから、何者かがついてくる。帽子を深くかぶり、薄茶色のコートを羽織った男。墓守達が探している暴霊だ。暴霊は巨大なナイフを取り出し、構えた。その眼には恵里しか映っていない。
少し歩調を速め、恵里に追いつこうとする。射程圏内に入ったところで、ナイフを振り上げた。彼女はまだ気づいていない。
切り裂き・ゾディアックは高く掲げたナイフを振り下ろした。しかし、ナイフは彼女にはあたらなかった。
フードを被った黒服の青年に止められたのだ。青年はステッキでナイフを止めていた。
物音に気づき恵里が振り返る。ただならぬ空気を感じ、小走りでその場を去った。
彼女が逃げたのを確認して、青年……悠真はフードを取った。
今までの犯行現場はどこも人気のない場所だった。恵里が人気のない道に向かったという方に賭け、急いでここまで来たのだ。
「間一髪だったな」
悠真を睨みつけて、相手は肩を震わせて息を荒げている。
「お前、やっぱり暴霊らしいな」
早速刀を取り出すと、悠真は果敢にゾディアックに切りかかった。対するゾディアックもナイフで攻撃を防いだ。更に左手に何かを持ち、悠真に投げつけた。銀色に輝くメスだ。メスは悠真の右腕を掠めて飛んでいった。あんな飛び道具まで持っているのか。伝説の殺人鬼の名を語るだけのことはある。犯人の殺人鬼等に対するリスペクト、そして殺人への愛は本物のようだ。
ゾディアックが再びメスを構える。次は刺さるかもしれない。
メスを持った手を上げた、まさにそのとき。横から何かが飛んできて、ゾディアックの左手に直撃した。
投げられたのは小刀。それを投げたのは、
「悪いな、やっと連絡が届いてよ」
「遅いですよ!」
木陰から、数本の小刀を持った安藤が現れた。
悠真と安藤に挟まれた切り裂き・ゾディアック。ナイフを悠真に、メスを安藤に向けている。
「行きますよ!」
「あいよ!」
2人が同時にゾディアックに襲いかかった。ゾディアックは巧みな手捌きでナイフを操り、メスを安藤に投げた。
かわそうとしたが、1本が右肩に刺さってしまった。しかもかなり重く、その場に倒れ込んでしまった。
「安藤さん!」
「馬鹿! よそ見すんな!」
ゾディアックが悠真の首を切ろうと迫ってくる。すぐにかわし、逆に刀の先をゾディアックの腹に突き刺した。ゾディアックは悲鳴もあげず、ただ静止した。
「やったか?」
「いや、まだだ!」
ゾディアックが刃を自力で引き抜いて再びナイフを振り回した。何という生命力だ。いや、暴霊なのだから、生命力というのは間違いか。
犯人の念はかなり強い。憎悪のような負の思いだけでなく、尊敬のような正の思いでも暴霊が生まれてしまうということなのか。
突然、ゾディアックはナイフを腰につけた。いったい何を始めるのだろう。悠真は刀を構えたまま動かない。
相手は両手を広げると、コートと帽子が霧となって消え、おぞましい姿が露わになった。2つの顔が融合したような頭に、腐敗した身体。赤いマフラーはまだ残っている。足には鎧のような硬いパーツを装着している。
再びナイフを持ち、その場で振り回してみせた。これが、切り裂き・ゾディアックの真の姿。
炎を出さなかったということは、相手はずっと暴霊の姿で活動していたのか。
「気味の悪い野郎だ」
悠真の身体を青い炎が包み、白い戦士、0の姿に変えた。
無を表す0。日本を震撼させた殺人鬼の存在も、間もなく無に帰す。
暴霊はナイフを構えて0の方へ走る。0は落ち着いており、剣を回転させて大型の剣に変化させてナイフを止めた。先程よりも強度が上がっており、相手が反動で後ろへ下がった。
その隙をついて更に剣を斧に変え、暴霊の身体を斬りつける。この暴霊には強めのダメージを与えた方が効果的だ。刃が相手の肉を切り裂くと、傷口から炎が噴き出した。
「アンタは殺しすぎた。そろそろ逝くべき場所に逝ってもらおうか」
斧が紫色の輝きを放つこれがトドメの合図だ。0は飛び上がって大きな武器を垂直に振り下ろし、ゾディアックの身体を縦に切り裂いた。
傷口から炎が噴き出し、殺人鬼の身体は2つの人魂に別れると、空中で灰となって消えてしまった。
暴霊が消えたのを確認してから、悠真は元の姿に戻った。安藤の肩に刺さっていたメスも消え、傷口も綺麗になくなっている。
「よく判ったな、あいつの出る場所が」
「奴は赤いイヤリングをつけた女性を狙っていたんです。にしても、今までの暴霊とは違った感じでしたね」
「え?」
「もしかしたらあいつ、本物だったんじゃないですか?」
安藤は夜空を見上げ、
「かもな」
と答えた。
何はともあれ、殺人鬼を止めることが出来たし、恵里を助けることも出来た。そのことが、悠真は嬉しくてたまらなかった。
自然と彼は恵里を受け入れていた。彼女となら、自然に会話が出来る。
この次は緊張せずに話をしよう。悠真はそう心に決めた。
「そういえば、あのイヤリング」
「イヤリングがどうした?」
「学生が、あのイヤリングを誰かから買ったって言ってたんです。他の被害者も似たような物をつけていた。これ、偶然だとは思えないんですよね」
まだ謎は残っていた。
赤いイヤリングを売った人物。
悠真の話を聞いて、安藤の顔が少し険しくなった。
近頃活動を再開した降霊術師。今回の騒動が彼等の引き起こしたことだとすれば説明がつく。先程悠真が言ったように、切り裂きジャックとゾディアックの霊を降ろしてくるのも不可能ではない。
厄介なことになりそうだ。安藤は再び空をみた。
「奴も失敗か」
夜の繁華街。
金髪の男はニヤニヤしながら歩いている。
美しい緑の布で作られた服。その姿は僧のように見える。
男はチンピラとぶつかった。チンピラがガンを飛ばす。
「よぅオッサン、よそ見してんじゃねえや!」
「お前も死んでみるか?」
「はあ?」
「死ねばお前の魂は暴霊として蘇り、更なる力が手に入ろう」
「何言ってやがる!」
チンピラが男を殴ろうとした。すると、男の腕が蛇のようになってチンピラの腕に巻きついた。驚いて腕を引き抜こうとするが強く巻きついていて抜けない。
「残念だ。お前なら素晴らしい暴霊なれたものを」
締め上げる力が強すぎて、チンピラの腕から一気に血が噴き出す。その様は火山が噴火する様子に似ている。
「もう遅い。死界を永久にさまようが良い」
「たっ助けてぇぇっ!」
悲鳴をあげながら、チンピラの身体はドロドロに溶けてなくなった。周りにいた者達は一目散に逃げ出した。
静かになった。面白味がない。
男は再び歩き出した。目指す場所に向けて。
翌日、悠真は1人食堂で天丼を食べていた。
今日も向こう側には沖田恵理の姿が。彼女の周りを数人の女子が取り囲んでいる。彼女等がチラチラとこちらを見て来るのがわかる。悠真は顔を上げないようにして飯を頬張る。
だが、その中に違う質の視線を向けて来る者が。沖田だった。彼女だけは真顔で、澄んだ目でずっと悠真のことを見つめている。
悠真はある仮説を立てた。もしや昨日、彼女は自分たちの戦いを見ていたのではないか? 彼女を暴霊の攻撃から助けたのは確かだが、その後彼女が帰路に着いたかどうかまではしっかり確認する暇が無かった。
見てしまったのか、墓守の仕事を、あのおぞましい光景を。だとしたら、彼女はもう自分のことを本当に死神のように見ているのかもしれない。
そう思うと、悠真は何だか悲しくなってきた。飯を平らげると、食器を持って静かに席を立った。
食器を片して、とぼとぼ歩いていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。振り返ると、そこには沖田が立っていた。
「西樹君」
「ああ、ど、どうも」
軽く挨拶をして立ち去ろうとすると、
「待って!」
と呼び止められた。
「何?」
「あの……き、昨日」
やはり見られていたのか。あの視線は、墓守の仕事に対する恐怖の現れだったのだ……と、思っていたのだが、相手から返ってきた言葉は思わぬものだった。
「昨日は、ありがとう」
「えっ?」
「その、見間違いだったらごめん。昨日、見ちゃったんだ」
悠真は我が耳を疑った。この仕事を始めて2年経ったが、感謝されたことは今まで1度も無かった。
恵理はゆっくりと歩み寄り、悠真に微笑んだ。
「ありがとう。守ってくれて」
「いや、その、怖くないのかよ?」
あんなものを見れば常人なら怖がってしまう。恵理も同じような思いを抱いていると思ったのだが。
恵理は視線を逸らして遠くを見つめ、悠真の質問に答えた。
「これで、2回目だから」
「2回目?」
「ううん、忘れて! それより今度時間ある? お礼も兼ねて、話したいことがあるの」
「ああ、いいよ。俺、暇だから」
「良かった! じゃあね!」
恵理は笑顔でその場から立ち去った。
彼女が自分に対して好印象を持ってくれていたことは嬉しかったが、最後に言った「2回目」というのが妙に引っかかった。
彼女の過去に、いったい何があったのだろう。気になったが、あの様子だと恵理はそのことを知られたくないようなので、これ以上深く考えるのは止めることにした。
今は次の仕事だ。安藤からはもう連絡が入っている。急いで向かわなくては。
Complex Murderer・・・2つの顔を持つ殺人鬼の暴霊。ゾディアックと切り裂きジャックという、2人の殺人鬼をリスペクトしていた者なのか、はたまた彼等本人が1つの肉体を持って蘇ったものなのか、今となってはもうわからない。ナイフやメスを利用して戦う。
complexには複合の、合成の、という意味もある。