死神
廃屋での戦いの後、現場に現れた2人の術師、後藤英明と白河泉が取り調べを受けた。彼等を指揮していたとされる男・金谷空人、並びにその姿が確認されている2人の術師の居場所を聞き出そうとしたが、2人は何も知らなかった。空人からは何も聞かされていなかったのだ。結局彼等はその程度の部下だったということだ。
2人は後々警察に突き出される。ただし、公には明かされていない部署に。墓守の多くは別の仕事を掛け持ちしている。中でもエリートの墓守達はボディーガードや警察、政治家の秘書といった職に就く者が多い。
一般には殺人犯だと発表するわけだが、本当の罪は、降霊術の使用による殺害、ということになろうか。
彼等のことなどもうどうでも良かった。帰り道、悠真は最悪の事態を想像していた。次は、恵里達が狙われるのでは、そう感じていたのだ。
「青年」
「安藤さん、早くアイツを、金谷を止めなきゃ」
「それはわかってる。でも、アイツが次何処に現れるかなんて誰にもわからないだろ?」
「それはそうですけど、相手が動くのを待ってたら次の犠牲者が!」
「心配すんな青年」
焦る悠真を安藤が宥めた。
「あの子が心配なのはわかる。けどな、下手に動いたら、ホントにあの子の命が危険に晒されることになりかねないんだぞ?」
安藤の言う通りだ。
術士達は、悠真が恵里と一緒に居たときにも姿を現している。金谷が部下からそのことを聞いていても不思議ではない。特に悠真は術士達にとって脅威の存在だ。彼を止めるために恵里を人質にすることも考えられるのだ。
思い通りにはことは運ばない。そのことが、悠真の怒りを更に増幅させた。
その金谷は、先程殺害した術師の魂を憑依させ、あることをしていた。それは、記憶の搾取。あの術師が持っていた記憶を吸い取り、金谷の脳に送るのだ。彼はいつか金谷を殺してやろうと考えていたに違いない。ならば彼が隠し持っている情報もあるかもしれない。金谷はそれを探しているのだ。次の行動に出るためには、その記憶が必要なのだ。
あの日の記憶が蘇る。沖田家を襲撃した、あの日の記憶が。最後はこの魂の所有者によって邪魔されてしまったが、それでも作戦は成功、社長の地位に就くことが出来た。
そう、左右比対称の天使の姿をした術師、その正体は沖田恵里の兄・沖田誠治だったのだ。彼はある理由でこの男の秘書になり、彼に従って暴霊を量産していたのだ。だが洗脳されたわけではない。彼は仕方なく、この男のもとで働いていたのだ。働きながら金谷の隙を伺い、そして先程、遂にトドメを刺す瞬間が訪れた。が、結果金谷に敗北、しかも命を落としてしまった。あっけない最期だった。
沖田家の映像が終わった後、今度は1人の墓守の記憶が出てきた。悠真の姿が映し出されている。神田達から聞いていた墓守だ。この墓守だけは他とは違う。金谷の今後の活動の邪魔になる存在だ。
更に興味深い映像がもう1つ。悠真がある人物と一緒にいる光景だ。その人物とは、沖田恵里。悠真は彼女の前で墓守の力を発動している。故に恵里は、悠真が何であるかを知っている。
これは良い収穫だった。魂を引き抜くと、それをまじまじと見つめた。
「誠治君。君も私のために役立ってもらうよ」
捕まえた魂を見つめ、優しい口調で金谷が言った。
彼は思ったことは即実行に移す男だ。まず最初に、複数体の霊を社長室に呼び寄せた。彼が降ろしてきた暴霊達である。しかも皆、今まで墓守達が倒してきた者達ばかりで、中にはキャンプ場で友人を惨殺した坂下官斗、川西由紀恵もいる。
誰にも邪魔されずにターゲットを殺すには、暴霊を各地にばらまいて墓守を散り散りにするのが1番良い。
「君達に仕事を与えよう。好きなだけ、愚かな人間共を殺すが良い」
狂喜乱舞する霊達。彼等は金谷の命令に従い各々好きな場所へ飛び去った。
その間に金谷は身支度を整え、必要な魂を小瓶に詰めた。
「簡単だな、人間も、死人も」
再び静かになった社長室。金谷もそこから飛び立つ。ターゲット……沖田母子を殺すために。
各地に現れた暴霊の情報はすぐ墓守達にも伝えられた。今頃都内の墓守達が殲滅に向かっているところだろう。まだ昨日の戦いから数時間しか経っていない。墓守達の疲労も溜まっていることだろう。悠真と安藤も経った今ファミレスで朝食を採っていたところだった。
出現したポイントはメールで通知された。都会から離れた所にある村、コンサートホール、町中、水道局、そして……
「青年、ここ、青年の学校じゃないか?」
悠真と安藤の所に送信された地図。大学の所に2つの赤い点がある。2体の暴霊が現れたということだろう。
恵里が危ない。何も言わず、悠真は大学に向かおうとする。それを安藤が制した。
「行かせてください! 友達が危ないんです!」
「そんなことはわかってる! 俺はお前の担当だぞ? 俺がついて行かなくてどうする?」
「……すいません」
「行くぞ。車ならすぐだ」
手っ取り早く会計を済ませ、2人はパーキングに停めておいた車に乗り込んだ。確かにここからなら車で行けば10分もかからない。規定の速度を守りつつ、極力速く車を走らせる。すると、運の悪いことに途中で渋滞にあたってしまった。この近くで工事が行われているらしい。
「ああっ、くそっ! こういうときに限って!」
「安藤さん、俺、ここから行きます」
ボードを使えばすぐに大学に着くことが出来る。それに0の姿で行けば正体を学生に知られることもない。
車から降りると、悠真は物陰に隠れて0に変身し、ボードに乗ってキャンパスに向かった。上空から建物を探していると、地上から悲鳴が聞こえてきた。見ると、キャンパス内で2体の怪物が生徒を襲っている。1体は緑、もう1体は茶色。以前倒した暴霊だ。金谷が降ろしたであろうことはすぐに察しがついた。
急降下して着地すると、0は刀を振るって暴霊達に斬りかかった。暴霊は攻撃を躱すと0の姿をまじまじと見つめた。
「あれぇ? どっかで見たことあるぅ」
「気のせいじゃね?」
カマキリに似た2体の暴霊、ラダマンティスは大げさに首を傾げている。彼等が興味をもつのは殺人のみ。もしかすると、本当に0のことを覚えていないのかもしれない。
0はそのことが腹立たしかった。友があれほど悲しんでいたというのに、彼等はちっとも覚えていないと言うのか?
「気のせい……へっ、俺は1度たりとも、お前等を忘れたことなんかねぇよ!」
すぐさま黒い霧……《−》の力を発動した。この力があれば複数の敵でも同時に相手することが出来る。
霧を2体に放って力を吸収すると、今度は両手に霧を溜め、黒光りする小型の鎌を2本呼び出した。
「金谷って野郎の仕業か!」
「さぁ、どうだろうね!」
2体が絶妙なコンビネーションで0に襲いかかる。
「見ず知らずの人とはお話ししちゃいけないんだよ〜!」
狂ったように鎌を振り回して茶色のラダマンティスが迫ってきた。
こんな暴霊達を相手にしている暇は無い。黒い霧を再度発射して2体の動きを止め、鎌で素早く首を切断した。暴霊達は霧に飲み込まれて姿を消してしまった。0が強くなったのか、はたまた彼等が弱かっただけなのか。
そんなことはさておき、0は恵里を探し始めた。逃げ惑う学生達を観察するが、数が多すぎてよくわからない。
そうこうしているうちに、早くも次の暴霊が現れた。以前術師2人と共に0を襲撃した白い暴霊、木霊だ。
「くっ、今度はお前かよ!」
「命令は絶対です。あなたを、殺す!」
木霊は今までと同じく木を自在に操って攻撃してくる。先程のようにその力も吸収し、0も木を操って木霊を取り押さえた。そして相手を固定したところで手に霧を集め、その拳で木霊にトドメの1撃を食らわせた。霧が木霊を飲み込むと、木々も元の姿に戻った。
悠真も変身を解除し、携帯を取り出して恵里に電話をかけた。
「頼む、出てくれ……」
悠真の思いが通じたのか、恵里はツーコール目で電話に出た。
「沖田か!?」
『う、うん。そうだけど、どうしたの、そんなに慌てて?』
「無事か?」
『え? うん、今お母さんと買い物に来てるけど』
「何処?」
『な、何で?』
「いいから早く! 何処に居るんだ!」
焦ってしまい、ついつい恵里にも声を荒げてしまう。恵里は戸惑いながら、今自分たちがいる場所を教えた。
『に、日本橋の、デパートだけど』
「わ、わかった。ありがとう。気をつけろ、アイツが来るかも……あれ?」
運の悪いことに、途中で携帯の充電が切れてしまった。
こうしてはいられない。安藤にもメールで連絡し、悠真は再び0に変身してボードに飛び乗った。
途中で電話が切れ、恵里は首を傾げた。
今日の悠真は妙に焦っていた。気をつけろ、とはどういうことだろう。まさか、自分を狙っている怪物がいるというのか?
「恵里?」
母・百合子が恵里を呼ぶ。母は恵里の新しい服を選ぶのに夢中だ。
恵理もすぐに母のもとに向かう。悠真の言葉が気がかりだったが、今日は久しぶりに母と長時間過ごせる日。このときを、この瞬間をもっと楽しんでいたい。それに、2人が笑い合っていることは、死んだ父と兄の供養にも繫がるのだ。いつまでも落ち込んでいては2人も安心して成仏出来ないだろう。
「どっちが良い?」
百合子が2着の洋服を持って恵里に見せた。
「え? うーん、じゃあこっち」
恵里が選んだのは、赤いチェック柄のコート。
自分の服を選んでいるのに、無意識のうちに悠真のことを考えていた。
少し高いコートだったが、百合子はすぐにそれをカウンターに持って行き、会計を済ませた。
「他に見たいものはある?」
「ううん」
「そう、じゃあそろそろご飯にしようか」
「そうだね」
この日の前に、百合子は日本橋周辺のレストランをくまなくチェックし、良さげな店をサーチしている。場所はデパートを出てから5分ほど歩いた所にある洋食料理店だ。
コートの入った紙袋を持って店を出る。あれだけ暑かった夏も終わりの兆しを見せ始めている。夏が終わって肌寒くなってきたら、このコートを着るのだ。はたして友は何と言うだろう。そして悠真は、どんな反応を見せるだろう。そんなことを考えていると、自然と笑みがこぼれた。
「ちょっと何?」
「ううん、何でも無い」
そろそろ目的地に着く頃だ。
だが、そのとき、
「沖田さん」
後ろから2人を呼び止める者が。振り返ると、そこにはスーツ姿の金谷が立っていた。
金谷の姿を見て2人は驚いた。今日、この時間には会社で会議が行われている筈だからだ。毎週父が「今日は会議だ」と呟いていたので覚えていたのだ。
「金谷さん、会社は?」
「ああ、会議ですね? 会議は来週に延ばしてもらいました」
「あら、何かあったの?」
「ええ……」
金谷がゆっくりと歩み寄る。その間に、彼は懐から魂を呼び出し、大きな鎌を召喚した。
このときやっと、悠真の言葉の意味がわかった。
「お2人を、あちら側へお連れする時間です」
この鎌。
以前見たことがある。そう、あのとき。怪物が沖田家を襲撃したとき。あの怪物が持っていた鎌を、今、金谷が持っている。あの日のことを思い出した途端、金谷の笑みがもの凄く恐ろしいものに感じられた。
百合子が悲鳴を上げる。その直後、鎌を見た一般人が同じように叫び、その場から逃げ出す。混乱する市民。その中で、恵里と百合子は恐怖でその場から動けずにいた。
「お、お父さんとお兄ちゃんを殺したのは……」
「ええ。会社のためにね」
淡々とした口調で答える金谷。罪悪感は微塵も感じられなかった。
「さぁて、長話も難ですから、とっとと終わらせましょう」
1体の人魂を身体に取り込む。すると、彼の肉体が青い炎に包まれ、次の瞬間、黒い死神の姿に変化した。骨ににた仮面、カラスを思わせる身体。間違いない。あの日の怪物だ。
術師はゆっくりと鎌を振り上げた。
「じゃあ、さようなら」
今度はそれを、勢い良く振り下ろす。恵里は強く目を瞑った。
……全く痛みを感じない。刃が触れた感触も無い。死の瞬間とは、こんなものなのだろうか。ゆっくりと目を開けると、そこには刀で鎌を抑える忍者の姿が。アサシンだ。彼も途中で車を停め、墓守の力を使って急いでここまで来たのだ。
「早く! 早く逃げろ!」
「はっ、はい!」
恵里は母を起こしてその場から逃げた。だが、突如現れた2体の怪人のせいで人々はパニックし、隊列を乱したアリのごとく散り散りに逃げはじめた。逃げ惑う人々の波に飲まれ、恵里と百合子は離ればなれになってしまった。
「お母さん! お母さん!」
「そこか」
恵里の声を聞きつけ、金谷は鎌でアサシンを払ってそちらへ向かった。また人々が散り散りに逃げ、恵里が1人取り残される形となった。
「死ねええっ!」
ジャンプして恵里めがけて鎌を振り下ろす金谷。鎌から発せられる衝撃波が、猛スピードで彼女に迫る。
これで1人殺した……と思われた。
しかしここでも邪魔が入った。2人の間に割って入り、衝撃波を弾き飛ばした者がいる。ボードに乗った、白い鎧を纏った戦士。0だ。
「西樹君!」
「だから言っただろ、気をつけろって」
ボードから降りると刀を連射式の銃に変え、死神に向けて弾を連射した。初めは怯んでいた金谷だったが、すぐにそれに慣れ、鎌で全ての弾を弾き落とした。
「ほう、君が例の墓守ですね?」
「そっちでは人気者なんだな」
「ええ。みんな言ってましたよ、あなたが邪魔だってねぇ!」
鎌を垂直に振って波動を放ってきた。0もそれに対抗し、斧で衝撃波を放った。だが力は死神の方が上。0は攻撃を受けて吹き飛ばされてしまった。
「青年!」
「何だ、大したことはありませんね。では、改めて」
目標を再び恵里に変え、鎌を持ってスタスタと歩み寄る。すると、ここでもまた予想外のことが起こった。今日の金谷はどうもツイていないようだ。
次に彼を妨害したのは、1つの淡い光を放つ人魂だった。人魂は死神の懐から飛び出すと、金谷の胸めがけて突進した。すると、金谷はダメージを受けて後ろに後ずさった。
人魂は徐々に大きくなり、人間の形をとった。その姿を見て、恵里は再び驚くこととなる。
「お、お兄ちゃん?」
「……下がっていろ、恵里」
人魂は沖田誠治のものだったのだ。
0もその姿を見て驚いた。あの術師が、恵里の兄だったとは。まだ状況を飲み込めていない。だが、ある言葉が彼の脳裏をよぎった。
「頼んだぞ」
初めて誠治と戦ったとき、彼が0に言った言葉。あのときは何のことかわからなかったが、あれは恵里のことを守ってくれと頼んでいたのかもしれない。
誠治は死神を睨みつける。
本当なら妹を抱きしめてやりたかっただろう。安心させてやりたかっただろう。しかし、そんなことをしている暇は無い。
「金谷……今度こそ、お前の息の根を止める!」
青い炎が彼の身体を包み込む。誠治は瞬く間に左右比対称の天使の姿に変身した。以前破壊された剣も元に戻っている。
この怪物……。
恵里は、目の前の怪物が兄であることを改めて認識した。
・マモン・・・沖田グループ現総帥、金谷空人が変身した姿。沖田家を襲撃した張本人。死神の姿をしているが、カラスを思わせる部位も多々存在する。
マモンは《七つの大罪》の1つ、《貪欲》を象徴する悪魔である。




